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〜Past Glory〜  作者: パイナップルの妖精
第一章「黒鬼伝」
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二話「三羽烏」


 昼過ぎ。

 大和は自室の窓から顔を出してあくびをかいた。


 中央区の中でも裏路地の治安は最悪だ。

 当たり前のように銃声と爆撃音、そして女の悲鳴が聞こえてくる。


 丁度、真下にある道路で男性がヤクザに半殺しにされていた。

 連れの女性は泣き叫びながら助けを求めている。

 しかし、誰も助けようとはしない。


 面倒事に巻き込まれたくない。

 金にもならない。

 だから助けない。


 この都市の住民はどこまでも利己的だった。

 自分のためにしか動かない。


 欲情したヤクザが女性を捕まえて人気のない所に連れていこうとする。


「俺の目の前で気分悪いことすんな」


 そう言って、近くにあった目覚まし時計を外に放り投げた。

 それは吸い込まれるようにしてヤクザの頭部に直撃する。


「アア゛!?」

「誰だ今投げたヤツぁ!!」

「殺されたいんかゴラァ!!」


 顔を真っ赤にして振り返る。

 しかし、大和を見た瞬間顔面を蒼白にした。


 シッシと、煩わしそうに手を振るう大和。

 その眼に宿っているのは絶対零度の殺意だ。


 ヤクザたちは情けない悲鳴を上げて逃走する。

 襲われていた女性は呆然としていた。


 大和は外に出る準備をはじめる。

 着物を着て、帯を締め、真紅のマントを羽織り、得物を腰に差す。

 そうして外に出ると、女性は倒れている男性に縋り付いて泣いていた。

 大和は数枚の名刺を渡す。


「闇バス、闇タクシーの運転手の名刺だ。連絡すればすぐに来る。そしたら中央区の総合病院に連れていってもらえ。俺の名刺を見せれば、初診でも通してくれる筈だ」


 女性は、ありがとうございます、ありがとうございますと何度も頭を下げる。

 大和は背を向けた。


「もうこの辺には来るなよ」


 そう言い捨て去っていく。

 女性は大和の背に何度も頭を下げ続けていた。



 ◆◆



 本日の天候は曇天。良好な部類だ。

 デスシティに快晴という概念はない。晴れていても曇り空。

 理由は度重なる科学実験で生じた有毒ガスと妖魔たちが醸し出す瘴気のせい。

 雨も降るし雪も降る。だが決して晴れることはない。


 大和は不意に甘い香りを嗅ぎとった。

 ほんのり酸味の効いた柑橘系の匂い……

 この辺りでは珍しい香りだが、大和は何故か心当たりがあった。


 後ろに振り返る。 しかし誰もいない。

 大和は意味深に肩を竦めた。


 暴力団の拠点は西区にある。

 大和の住処から近いので、そう時間はかからない。


 西区の様相は、一言で表せばスラム街だ。

 廃墟のような建物がいくつも点在し、壁にはカラースプレーの落書きが走っている。

 剥き出しの電気ケーブルは束になって散乱しており、痩せ細った死体がいたるところに転がっている。

 住民たちは皆みすぼらしく、無意味に殺気立っている。


 ここの住民は力が弱い者や目立ちたくない者たちだ。

 故に大和を見つけるとすぐに姿を消す。


 大和は暴力団の拠点付近にたどり着いた。

 二階建ての事務所を確認して、「さて」と腰に手を当てる。


 乗用車が目に入った。

 表世界にもよくあるタイプで、重量は二トン近い。

 中には誰も乗っていない。


「ラッキー」


 大和はソレを片手で軽々持ち上げる。

 そして暴力団の事務所に投げ込んだ。



 ◆◆



三羽烏(さんばがらす)?」


 乗用車が投げ込まれる数分前。暴力団の事務所で。

 葉巻を嗜んでいた組長は首を傾げた。

 髪が薄く恰幅の良い、四十代ほどの男である。

 凝ったスーツを膨らますでっぷりした体は同性にすら嫌悪感を抱かせる。 


 彼の目の前には純白のスーツを着た大男が立っていた。

 年齢は三十代ほど。少し長めの黒髪をワックスでオールバックにしており、カジュアルなサングラスがよく似合う。

 顔立ちは端正ながらも傷だらけ。

 身長は二メートルを超えており、鍛えこまれた肉体はスーツの上からでもよくわかる。


 彼はデスシティでも腕利きと名高い用心棒だ。

 現在、組長の護衛を務めている。


 彼は人懐っこい笑みを浮かべながら言った。


「旦那も聞いたことはあるでしょう? デスシティの三羽烏」

「ああ、少しな」

「ヤバイ奴らですよ。旦那にはじゅーぶん注意してもらいたいです」

「ほう、君でも勝てないのか? その三羽烏には」

「ハッ」


 用心棒は笑った。

 乾いた笑みだった。


「勝てませんよ。そもそも戦うって選択肢が間違ってる」

「ッ」


 用心棒は殺人空手の達人だ。

 その気になれば表世界の軍隊くらい余裕で蹴散らせる実力を持っている。

 そんな彼でも勝てない──組長は顔を真っ青にした。


「……関わりたくないな。絶対に」


 次の瞬間だった。

 事務所に乗用車が投げ込まれたのは。



 ◆◆



 事務所に乗用車が直撃した。

 間を置かずに構成員が出てくる。

 その数、15名。


 彼らは一見ただの人間だが、サイボーグ手術済みの強化人間だ。

 簡単な施術しかされていないが、それでも驚異的な筋力とタフネスを獲得している。

 武装は魔改造を施したPDW(個人防衛火器)、最新式のグレネードランチャー、特殊繊維仕様のスーツ、魔除けのアミュレットなど……

 その気になれば表世界の街一つ占領できそうな戦力だ。


 ──斬ッ


 いつの間にか、大和は15名の間に佇んでいた。

 その指にはドロリと生温かい血がこびりついている。


 構成員たちはバラバラになった。

 サイコロ状になって辺りに飛び散る。

 断面から滲み出る血はまだ温かい。


 極限まで鍛え込まれた指先は岩を砕き、鉄をも引き裂く。


【砕岩指・斬鉄指】


 この程度の者たちにわざわざ武器など用いない。

 勿体な過ぎる。


「さて……」


 大和は事務所を見上げた。

 二階建ての事務所には面白いように乗用車がめり込んでいる。


「今から殺しに行ってやるから、大人しく待っとけよ」


 事務所へ入っていく。

 少しすると断末魔の悲鳴が聞こえてきた。


「……」


 その様子を、離れた場所から見ている第三者がいた。

 柑橘系の香りがほのかに漂う。

 フードを深く被った何者かは、大和に憎悪のこもった眼差しを向けていた。


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