十話「星空に思い馳せ」
夜、祝勝会で賑わっているダーナ神族の陣営からこっそり抜け出してきたヘラクレス。
丘の上で一人酒を嗜む。
夜空に流れる天の川。
まるで宝石箱のように輝く星の海を眺めながら、静かに酒を飲む。
美味い空気も、羽虫の奏でる曲も、全てが愛おしい。
ぼぅとしていると、ヤマトタケルが現れた。
大きなワイン入れを揺らしている。
ダーナ神族の陣営からとってきたのだろう。
「持ってきてくれたのか?」
「お前は酒飲みだからな」
「ありがとう」
「どーいたしまして。一緒に飲もうぜ」
「ああ」
ヤマトタケルはヘラクレスの横に座る。
小さな容器にワインを注ぎながら、彼に聞いた。
「なぁ、将来の夢とかあるか?」
「……夢?」
いきなりだったので面食らってしまうヘラクレス。
ヤマトタケルは語りはじめる。
「俺は祖国に戻って将軍になるつもりだ。皇帝はアイツに、弟に任せる」
笑いながら、しかし確かな決意をもって言う。
「生まれ育った国を強く、豊かに、何より平和にしたい。それが俺の夢だ」
「それは、いいな」
ヤマトタケルらしい夢だ。
ヘラクレスは頬を緩める。
「お前の夢はなんだ? 聞かせてくれよ」
「俺か?」
ヘラクレスは困った顔をする。
「お前のような大層な夢はない。ただ……そうだな。好きな人と結婚して、子をなして、最後は家族に囲まれながら死にたい」
「いいじゃねぇか、最高だよ」
ヤマトタケルは穏やかな表情で頷く。
「いるのか?」
「……何がだ?」
「好きな人だよ」
「まぁ……な」
ヘラクレスは星空に視線を泳がせる。
「アテナイの花屋の娘、知ってるか?」
「知ってる。そばかすが目印の元気な子だろう?」
「そうだ。あの子が……好きでな。まるで一輪の花のように健気で、元気なあの子が」
ヤマトタケルは、まるで自分のことのように嬉しく感じる。
「あの子か……いいねぇ。お前らしいや」
「……」
「式には呼んでくれよ。絶対に行くから」
「まだ付き合ってすらいないのに、気が早いぞ」
「ハッハッハ」
ヤマトタケルは笑う。
そしてワイン入れを掲げた。
ヘラクレスも掲げる。
「俺たちの夢に」
「希望に満ちた未来に」
「「乾杯」」
ワイン入れを重ねると、ヤマトタケルはヘラクレスの肩に腕を回して陽気に歌いはじめた。
ヘラクレスはやれやれと肩を竦めながらも、振り払おうとはしない。
未来を夢見る青年たちの姿が、そこにはあった。
夜空も、星々も、彼らのことを静かに見守っていた。
◆◆
オルフェウスは詩を終える。
聴いていた明は感動で目を潤ませていた。
「スゲェ……!」
オルフェウスが詩っている間、まるで自分がその場にいるかのようだった。
世界を救おうとしている二人の若者が、さっきまで隣にいた。
詩を終えたオルフェウスは微笑む。
「どうだった? 彼らは始原の英雄……全ての英雄のはじまりだよ」
「凄いですよ! あんなヤベェ魔王を倒しちゃうなんて! マジモンの英雄じゃないですか!」
「ふふふっ、そうだろう?」
「オルフェウスさんの詩も凄いです! まるでその場にいるかのような臨場感を味わえました!」
「吟遊詩人の能力だね。語り部として、歌っている間は本当の出来事を見せることができるんだよ」
「マジで凄いです!!」
明は興奮気味に聞く。
「それで、あの二人は! ヤマトタケルとヘラクレスは夢を叶えたんですか!?」
「…………」
「……え? もしかして」
明の顔が絶望色に染まる。
「夢は、叶わなかった」
「そんな……」
オルフェウスは悲しみに満ちた顔になる。
「生きているよ、二人は」
「ッ」
「死に場所を見つけられずに、今もまだ。……魔界都市の中央区に行けば会えるだろう」
「……」
「今夜はもう休みなさい。空は暗く、星が輝いている。キルケーの館に戻れば泊めてくれるだろう」
「……オルフェウスさん」
「なんだい?」
自分が嫌になっていたオルフェウスに、明は言う。
「また今度、お話聞かせてください」
「……!」
「明るい話でも暗い話でもいいです。……俺は、知らなきゃいけないから」
そう言い残して去っていく。
オルフェウスは立ち上がると、輝く夜空を見上げた。
その景色は二人が夢を語り合ったものに似ていた。
「……ヤマト、遂に英雄が現れたよ。この時代を代表する英雄が」
君は今、幸せかい?
心の底から笑えているかい?
そう問いかけるオルフェウスの目から涙がこぼれ落ちた。
この物語の主人公は英雄ではない。
死に場所を見失った、英雄の成れの果てである。
灰色の英雄譚がはじまる。
《完》




