九話「魔王VS英雄 後編」
両者、極限まで闘志を燃やす。
バロールは左目のアイパッチに手をかけた。
空気が変わる。
世界が微かに、しかし確実に揺れていた。
まるで怯えているようだ。
ヘラクレスは振り返る。
完全に龍と化したクロウ・クルワッハと距離を取ると、ヤマトタケルに叫んだ。
クロウ・クルワッハもだ。
「よせヤマト!! お前でも直死の魔眼を正面から受けるのは危険だ!!」
「うるせぇヘラクレス!! これを乗り切らなきゃ英雄なんて名乗れねぇだろう!!」
『我が主よ!! どうか昂りをおさめください!! 眼前にあるもの全てを滅ぼすおつもりか!!』
「黙れ!! こ奴が受け止められなければ全て死ぬ!! それだけのことだろう!!」
駄目だ、止められない。
両者は悟る。
今はただ、ヤマトタケルが止められるのを信じるしかない。
ヘラクレスは叫んだ。
「ケルトの戦士たちよ!! ヤマトタケルに声援を!! 奴は今、理不尽な試練を踏破しようとしている!! 貴公らが戦士であるのなら、彼の背中を押してほしい!!」
ヘラクレスはヤマトタケルに声援を送る。
「ヤマト!! お前はここで死んでいいような存在じゃない!! 絶対に乗り越えるんだ!!」
クロウ・クルワッハも龍化を解いてヤマトタケルに激励を送る。
「貴様が真に勇者であるのなら、この試練! 乗り超えてみせろ!」
二名の叫びを聞いて、ケルトの戦士たちは我先にと声援を送りはじめた。
「異邦の勇者よ! 貴公のことを信じています!」
ルーは両手を重ねる。
「やっちまえ勇者サマ!! 魔王をぶっ倒せ!!」
「戦士の誇りを預ける!! 理不尽な試練を踏破してくれ!!」
「ガキに未来を預けるなんてムカつくが、アンタしか頼れるやつがいねぇんだ!!」
「みせてみろ!! 東の英雄!!」
個々の声援は瞬く間に戦場を揺るがす大声援へと変わる。
ケルトの民は生まれながらの戦士だ。
戦う者には最大限の敬意を払う。
背中に想いをぶつけられ、ヤマトタケルは嬉しそうに笑った。
「そんな声援を送られたら、乗り超えられないワケねぇんだよなァ!!」
気焔万丈。
猛る想いは力に変わる。
一方、バロールは正反対ともいえる気を纏っていた。
静寂……そこにあるのは絶死絶命の概念。
かつて神族をまばたき一つで滅ぼした最凶最悪の邪眼。
ヤマトタケルは剣を持った構えを取る。
「いくぜぇぇッッ!!」
裂帛の気合と共に闘気を迸らせる。
真紅の極光が天高く立ち昇った。
それは原初の輝き。
人間が獣だった頃の記憶と共に忘れてしまった、生命の輝きである。
曙光の如き輝きに、その場にいる者たちは目を細めた。
「美しい……」
ルーは思わず呟く。
ヘラクレスは大声で叫んだ。
「いけぇ!! ヤマトォっ!!」
極剣が振り下ろされる。
同時にバロールも邪眼を開放した。
解き放たれた左目は常夜に煌く暁のような紅色。
《直死の魔眼》
ソレは概念的な「死」。
万象一切を強制的に終焉へと導くご都合主義の体現である。
世界最高の殺傷力を持つこの権能に、ヤマトタケルは正面から立ち向かう。
《滅尽・雷光剣》
ソレは極限の生命力から生まれる命の奔流。
魔王だろうが神だろうが問答無用で消滅させる理不尽の体現である。
死と生命のぶつかり合いは拮抗していた。
いいや、僅かながら死のほうが勝っている。
「しゃらくせぇ!!」
ヤマトタケルは一歩踏み出し、片手にもう一本の雷光剣を造り出す。
それを思いきり叩きつけた。
《雷光剣・崩し・雷鳴剣》
重なりあった雷光剣はまさに雷鳴の如き轟音を響かせる。
一瞬の静寂の後、大爆発が起こった。
あまりの衝撃に天地が揺らぐ。
遠くにいるヘラクレスでさえ吹き飛ばされそうになった。
ケルトの戦士たちは踏ん張りきれずに吹き飛ばされる。
土煙が晴れる。
勝敗は、決していた。
ヤマトタケルがバロールの喉元に貫手を伸ばしていた。
バロールは両手を上げる
「見事じゃ、勇者よ」
「燃える戦いだったぜ、魔王様」
ヤマトタケルはバロールの左目を手で隠す。
そして無邪気に笑いかけた。
「今度は二人きりで戦おうぜ」
バロールは目を丸めた。
次には蕩けた笑みを浮かべる。
「ああ……完敗じゃよ。戦士としても、女としても」
そう言って、バロールはヤマトタケルの手に頬ずりした。
戦士たちの大歓声が響き渡る。
ヤマトタケルの完全勝利だ。
◆◆
バロールはヤマトタケルから離れ、アイパッチで左目を隠す。
そして提案した。
「我らは今よりオリュンポスの傘下に加わる。しかし条件を一つ提示してもいいか?」
「無理のない範囲で頼むぜ」
苦笑いするヤマトタケルに、バロールは告げる。
「貴様とヘラクレス、儂の弟子になれ」
「ほう」
「どうじゃ? 儂の知識と経験は役に立つと思うが」
「俺はだいじょーぶだぜ。しかしヘラクレスがなぁ……」
「俺も問題ない」
ヘラクレスが現れる。
クロウ・クルワッハも横に並んでいた。
「極西最強の女神に鍛えてもらえるなんて、願ったり叶ったりだ」
「決まりだな」
ヤマトタケルはバロールに白い歯を見せる。
「これからよろしく頼むぜ、お師匠様」
「……っ」
バロールは頬を染めると、「うむ」と一人頷く。
「それと、じゃな、ヤマトタケル。この後……」
しどろもどろになるバロールに、ヤマトタケルは言う。
「そーいうのは男から誘うもんだ。アンタがしなくていい」
「……う、うむ」
「今夜、迎えにいく。よろしくな」
「……ああ、待っておるぞ。身を清めてな」
バロールは花が咲いたように笑った。
邪神や魔王と呼ばれる女からは想像もできない、可愛らしい笑みだった。
ヤマトタケルは頷くと、ネメアと共にその場を後にする。
拳を握って腕を上げると、ケルトの戦士たちの大歓声が響き渡った。
ふと、不思議な視線に気付く。
エリザベスだった。
いつの間にか戦場に戻ってきていた。
真紅の瞳を輝かせてヤマトタケルを見つめている。
ヤマトタケルは笑顔で手を振るう。
エリザベスは恥ずかしそうに破顔した。
そして力いっぱい手を振り返す。
これがエリザベスの初恋であり、原点だった。




