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砂漠の梟  作者: CANDY
幸運の星
27/28

閑話 船旅にて余談

 独特な浮遊船の揺れ。

 未だに慣れなくて、不規則な動きに体がとんでもない方向へ動く。

 それを捕まえるのが、二匹の遊びになりつつある。

 今日もアデイムさんの砂よけを被って、甲板で居心地のよさそうな場所を探していると、ふわっと足元から浮き上がった。

 ちょうど、オルトバルお姉さんはいなくて、二匹のうち茶色が飛び出す私を咥えると引き戻した。けど、アデイムさんの被り物だけ風に流された。

 本当は頭に留めて置けばよかったんだけど、体ごと包んでる状態だからいいかって被ってるだけだった。

 のわーって思わず叫んで、被り物の行方を追う。

 もう、はかったように、ちょうど船室から出てきた人の顔面を攻撃するし。

 無事、船の外へは飛ばされなかった。そして無事じゃない、ごめんなさい。

 攻撃じゃなくて直撃を受けた人は、たぶん、怒ろうとした。

 不注意だし危険だものね、でも、私と灰色と茶色を見て、怒った顔が困った顔になった。

 うん、分かってるよ、わかってる。怒りづらいよね、お爺ちゃんごめんね。

 ごめんなさい、不注意でした、うん、うん、ごめんなさい。

 っていつものごめんなさいの仕草をとる。

 同じ船のお客で、お年寄りの男の人だ。

 商人なのかわからないけど、とっても裕福で召使いが数人側にいる。そして、お爺さんから、私の面紗を受け取ると畳んでこちらに持ってきた。ごめんなさい。

「上は風がつよいものだ、砂よけや面紗は留める物をつけぬのは、大変危険な事なのだ」

 あい、そうです。まったく、その通りです。船の縁にいたら、転落しちゃうものね。

「と、まぁお前さんより、まわりの大人の不注意じゃ、後でそっちに注意しとく。裾の長いのも歩く時に危険だし、子供が一人、一人ではないか。まぁ、二匹もいるんだからそれは大丈夫だろうが。もっと気をつけねばならん」

 ごめんなさい、お爺ちゃん。いや、お前ら、威嚇するなよ。これこれ。


 ***


「お前が選んでやりなさい」

 クスコ・ガルダは養父の顔をまじまじと見た。

「用意したものは無いのですか?」

「用意していた物が役に立たない。人族の方々だ、奥地の照り返しを知らぬ」

 困惑する息子に、彼は肩をすくめた。

「何を思っているかはわかる、だが、公爵より聞かされたであろう?」

「だからこそです。誤解を受ける行動は慎まねば失礼かと」

 今度は養父がまじまじと息子を見た。

「ひとつ言おう。

 打算であろうとなかろうと、相まみえた機会を逃すのは馬鹿だ。

 そして、打算が元であろうと、誠意をもって相対すればいいのだ。

 打算の無い人間などいない。

 それとも、お前は自分の利益を考えずに、すべてを選ぶのか?」

 相変わらずの正しい言葉に苦笑いが浮かぶ。

 クスコ・ガルダは片手で頬を擦った。

 手につく薬剤の色にため息を吐く。

「嫌ならばよい。他の誰かに頼むとしよう。お前以外にも連れてきた者なら、身元は確かだ」

 黙る息子に養父は続けた。

「だが、気がついているだろう?あの子は、お前になついているぞ。ほぼ初対面でようよう顔も中身も分からぬのにな」

「それが不思議でなりません」

「笛を吹いてやったそうじゃないか」

「あまりにも奇天烈な音をだしていたので」

 それに養父は口をつぐんだ。

 息子の居心地が悪くなる程度の長さでだ。

「お前がか?」

 兄弟のルフトならば、子供の相手を喜んでしただろう。

 だが、クスコ・ガルダはそんな男ではない。

「私の息子は二人とも、口では野心は無いという。演じて嘘をついているのか?それとも本当に馬鹿なのか。だが、お前はいい、お前は私に似ている。」

 実の息子ではないが、伯父として血が繋がっている。

 皮肉なほど、実の息子よりクスコ・ガルダは似ていた。

 狡猾で残忍な本性を隠して、まっとうそうな人間を装える。

 自分が普通ではない事をわかっていた。

「だが、ルフトは理解していない。今回の事は、そこをつけこまれたのかも知れぬな」

「遺跡の狂気ならば、まだ、生きている可能性もあります。向こうにつき次第、遺跡の警備地へと人数をまとめて向かいます。交代の人員としていけば、中に潜り込めるでしょう」

「急ぐ必要はない」

 思いもよらぬ言葉、否、半ば予想してた言葉にクスコ・ガルダは黙った。

「呑まれた者は何者であろうと、そこまでだ。

 遺体を回収できれば良い。

 部族内の裏切り者を探り出すのが先だ。

 幸いにも招くことができたのだ、祝宴を催し全ての族長を呼び出すのだ。

 お前は手勢を集結させろ全て守護持ちでな」

 その意味は考えずとも理解できた。

「新しき事は素晴らしいが、守らねばならぬ掟もある。

 何をもって我らがニィ・イズラであるのか。それを忘れた者は必要がない。

 そして掟を守れぬのなら、ニィ・イズラ(大鷲の戦士)と名乗ってはならぬのだ。

 後始末は私の名を使うがいい。もし、詮議に異議を唱える者あらば、それこそ裏切り者の証よ、裸で砂蟲の巣に投げ入れれば良い。死体の後始末にも困らぬ」

「見抜けなかった罪を償う機会を得たいのです。探索に向かう準備をするべきです」

「お前に罪はない。

 それは親の私こそだ。あれが違う者であった。呪いの所為であったと言われて安堵した。

 生き死にを確かめる前に安堵したのは、人の親としては失格だ。違うか?」

「いいえ、元は変節を受けての言動に、私が揺らいだ弱さが原因。ですので、粛清の後は」

「必要がない。偽る者を見分け、敵を潰す事に注力をするのだ。無策で向かえば同じ結末となる」

「簡単に見分けられればよいのですが、神官を同道するにも彼らを要所から動かすことも危険。

 探索に耐えうる人員がア・メルンに到着後、さらにこちらに呼ぶには時間がかかり過ぎましょう」

「見分けるか、神の目でも見抜けぬのは、同じく神に寄るものなのか。どれもこれも同じに見える。忌々しいことだ」

 ふと、その言葉に子供の言葉を思い出す。

 なぜ、ホルホソロルは顔を隠すのか?

「どうした?」

 気配を緩めた息子に、養父は問うた。

「いえ、サリーヤが何故、顔を隠すのかと」

 それに養父も唇を歪めた。

 答えは簡単だ。

 ホルホソロルは、砂蟲も殺すが、人をより殺す。

 他の土地の兵隊よりも、日々、人を殺しているだろう。

 ホルホソロルの兵士は尋問よりも処刑を主にしている。

 恐ろしい者だと知らしめて、治安を維持していた。

 それだけ、この砂漠地帯の周辺は治安が悪く、気を弛めれば、あっという間に荒廃してしまう。

 教育も最低限であり、やっと布教が行われ道徳が説かれるようになった。

 ヨランダなど年中行事のように襲撃があった。

 だからこそニィ・イズラが尊敬を受けるのだ。

 それが盗人に加担した?

 万死に値する事だ。

「答えたのか?」

「いえ」

 人殺し、死神は顔をもたない。

 それは殺す相手に顔を見せないことであり、人に顔をみせられない生業だからだ。

「どうやって相手を見分けるのか不思議がっていましたよ。腹の肉でみわけるのかと」

 久しぶりに養父は笑った。

 眉間に指を置き、声を押さえるようにして笑う。

 実の息子と絶縁まがいに追い出してから、殊更、何も変わらずにしていた。だが、さすがに腹を抱えて笑うような事はなかった。

 これもオラ・ゾエルの子供が齎すご利益か。心労は思う以上に大きなものだったのだろう。

 自慢の息子を一人失った時の気持ち。

 クスコ・ガルダだけは知っている。

 ホルホソロルにならなかった息子を、養父が自慢に思っていたことを。

 特に教育水準の低い南部辺境だ。

 そこから医者となり学者となった。

 自分たちが駆り出される遺跡を調べる学者になったのだ。

 自慢の息子だったのだ。

 ただ、ニィ・イズラのホルホソロルであった族長としては表立っては自慢もできない。

 その父親の気持ちを、ルフトは察していただろうか?

 自慢できない仕事をするクスコ・ガルダは思うのだ。

 外に出てニィ・イズラの価値観が実に偏っている事を、ルフトは理解できたのだろうか?

 ニィ・イズラのホルホソロルは、人が羨む仕事ではない。

 なれない事こそが、まっとうな証明だと、ルフトは理解できていたのだろうか?

 ホルホソロルにしかなれなかった、クスコ・ガルダはため息をついた。

 兄弟を探さねばならない。

 里に戻りしだい、本物の兄弟が何かを残していないかを探す事にした。



「ガルダの倅や、何であんなに遠慮しとるんだ」

「ズエル老の顔が怖いんじゃないのか」

「それを言うなら、ホルホソロルの野蛮な男のほうが怖いわ。そうじゃなくて、誰ぞに何かされていたのか?まさか、奴隷商いの方にいたのか?」

「そんな恐ろしい話はやめてくれ。事実そうだったらどうなる。血の雨どころか嵐になるぞ」

「違うのじゃろう?」

「あぁ幸いにも水売りをしていたそうだ」

「幸いじゃないわい。大奥様に知られてみろ、禿鷹が来るぞ」

「公爵が保護し、我々が招き、オラ・ゾエルがいるかぎり、順位は低いさ。

 禿鷹が最初に向かうのは、原因のほうだろう」

「分かっているのか?」

「しらぬ。発見されたのがつい先日だ」

「恐ろしい話だ。オラ・ゾエルの客人のご利益だの、ここで知らねば、どうなっていたか」

「何れ知れる事だ」

「阿呆が、それでは遅すぎる話じゃ。どう考えてもこの後は荒れるだろうが。商売の事もあるが、何処の誰が何をしていたかで、火の海に放りこまれる事になりかねん。」

「今更だが、ズエル老だから族長も話たのだぞ」

「言われるまでもないわ。話されなんだら、逆にこの地域の通商が死ぬわい」

「それほどか?」

「考えてみれば、奴隷商いの方にいたのなら、もっと早く見つかっていたかもしれぬ。いや、禿鷹の方なら見つけ次第、大奥様に渡したはずだしのぅ。」

「どういう話だ?」

「憶測じゃ、まぁよいわ。はやく呼び入れてくれんか、あのままだと柱と同化しそうじゃぞ」


 子供用の頭衣に面紗など、砂漠の衣装と装身具が並ぶ。

 商人には支払いは全てニィ・イズラのガルダが払うと告げてある。

 高位の神官を呼ぶと思えば安いものだ。

 それもオラ・ゾエルを二体も連れた子供だ。

 サリーヤは不思議がっていたが、迷信深い土地の者ほど、神が来たと喜ぶ。

 オラ・ゾエルは魔神の獣で、友誼をかわす子供は、神と同じく特別だと。

 元々は子供が生贄として出された蛮習の名残である。

 オラ・ゾエルが連れた子供は生贄であり、人間よりも知性と品性でまさる彼らが、不遇な子供を保護しているだけなのだ。

 神の祝福を齎す者。

 神として持て成すべき者。

 尊いとしながら犠牲にした者。

 彼らに対し、恥じるべき人の心があるならば、伏してわびるは当然である。

 オラ・ゾエルは最奥の地域に生息地があり、そこに誤って子供が迷い込む事はありえない。

 生息地域の水場を求めた人間が勝手に子供を生贄に捧げただけである。

 今はそんな蛮習は無く奥地で彼らが育てている子供は滅多にいない。

 いないことは無いが、生贄ではない。

 孤児や遭難した流浪民あたりだ。

 それでも、子供が犠牲になり、彼らの元へとたどり着く。

 たどり着かねば死んでいた、神の元へとたどり着いていた子供だ。

 皆、拝み伏す。

 神の守護と幸運に、そして己が不徳に。

 だが、ア・メルンのサリーヤは、曲がりなりにも自活をしていた。

 オラ・ゾエルが彼女を選んだ理由は謎だ。砂漠に置き去りにされたわけでもなく、街中で生きる彼女。

 ただ、あの神官が関わっているなら、さもありなんとも思う。

 オラ・ゾエルは、無邪気で不幸な子供を見かけると、育て守ろうとするからだ。

 しかし、二匹ともなれば、彼女に偶然与えたとは思えない。

 オラ・ゾエルは余程の不幸な子供でなければ人間の暮らしに割り込むことはない。

 二匹もいるということは、それだけの守りが必要であると彼らが考えた。

 もしくは、元の主が、彼女を守って欲しいと願ったかだ。

 たぶん、それが最初ではないかと彼は考える。

 まぁ実は、彼女が与える餌が好きなだけと、ノモメナスの方は言いそうだが。


「はやく、入ってきなさい」


 戸口から覗き込む桃色がかった白い髪が見える。

 綿毛のような頭髪が遠慮がちにチラチラと見え隠れしていた。

 だが、その主に寄り添う巨大でふてぶてしい生き物が、まったく隠れていない。


「オラ・ゾエルは入るなよ、商品が傷むからな。」


 クスコ・ガルダの言葉に、オラ・ゾエル二匹が睨み返す。

 主にはヘラヘラと笑顔を向けて媚びているが、男に対しては本性を顕にする。

 それはこちらも同じで、小さな子供には見えないように、威圧を向ける。

 今の所、敵対の意思はお互いに無い。

 彼にしても、オラ・ゾエルは知恵ある獣であり、厄介な隣人だ。

 意味もなく敵対するつもりはないが、オラ・ゾエルの方は子供が絡むと見境が無い。

 元々、オラ・ゾエルは知恵があるだけ、質の悪い存在だ。

 総じて砂漠の水源地に生息する生き物は、皆、悪魔のようだと思う。

 東側のアッシリは人間だが、同じ言語を話す魔物だと言われても信じそうだ。

 そしてこの西側のオラ・ゾエルは、人型をとらなくなった獣人だと言われても納得する。

 両者とも頑迷で攻撃的で執念深い。

 ただ、どちらを同胞とするか考えれば、オラ・ゾエルになる。アッシリは駄目だ、あれは駄目だ。

 そんな余計な事を考えていると、やっとサリーヤが中に入ってきた。

 ちょこちょこと入ってくる姿は、女子供が可愛がる愛玩用の兎のように見える。

 彼女の父親を考えれば、まったくの異種に見えた。

 しかし、養父によれば、その瞳の色は同じであり、草食型の見た目に反し、たぶん肉食型の内臓だろうという。

 食事の貧しさと世話をされなかった所為で、育っていないのだ。

 これだけで、オラ・ゾエル達がつきまとう理由にもなると彼は思った。


「サリーヤお嬢さん、ほら、遠慮せずに手にとって選びなさい。

 なんでも好きな物を選ぶんじゃよ、ほら、こっちのも可愛らしいじゃろ」


 と、言って商人のマカラダ・ズエルが地味に見えて一番高い宝飾品をグイグイ子供にすすめる。

 内心、この因業爺がと思ったが、子供の本来の親を考えれば、それでもまったく見合わない。

 そして何も知らない子供が、高いの買えないからいらないと言い出す。


「大丈夫じゃ、サリーヤお嬢さん。そこの生意気そうなホルホソロルの男が全部買ってくれるぞ。甲斐性が無いと男が下がると言われるんじゃ。顔を立ててやってくれ」

「いいよ、クゥ。私ね、アデイムおじさんの砂よけで十分だよ。小さな留める金具で十分なの。それに姫様から服も貰ってるし」

 慌てて跳ねながら全身で訴えてくる小さな子供。

 怯えたように耳が震えている。

 その背後から、巨獣二匹と因業爺が冷ややかにクスコ・ガルダを睨む。

 誰も買い渋っているわけでも、金を出さないとも言っていないのに、この有り様だ。

 悪魔どもめ。

「サリーヤ、向こうはもっと照り返しが強くなる。ジュミテックからの旅は、もっともっと暑いんだ。だから、ここで一式全部そろえなさい。」

「でも」

 もっと何か言えと背後の悪魔どもが睨む。

 悪魔どもはいいが、悩んで唇を三角にしている姿が可愛らしい。

 可愛らしくて可哀想だ。子供は我儘で馬鹿なものなのに。

「選べないのなら、ここの商品を全て買って、すぐに使わない物は梱包して運ぶぞ」

「おぉそれがいい、それがいい。砂漠の男は甲斐性がなくてはな!メッシナ、メッシナ、お嬢様の体の大きさを測りなさい。靴もだ靴も奥から出してきなさい。そうそう、騎獣に乗る時の衣装もじゃ」

 糞爺が。

 だが、泣きべそになりそうな子供に、何とか言葉を先にかけねばならない。

「大丈夫だ、そんなたいした金額ではないし、客を持て成すのが役目だ。すぐ使う物をえらびなさい。それに好きな柄や色があるだろう?遠慮はいらないんだ。これはお礼でもあるんだよ」

 兄弟だったら言うだろう言葉を探す。

 もともと子供と接する機会はなかったし、子供は苦手だ。

 かつては己も子供だったのに、まったく子供の考えも動きもわからない。

 自分がいるだけで怯えるし、あやす方法もさっぱりわからない。

 幸か不幸か、サリーヤは人との間合いを読もうと必死だ。クスコ・ガルダにも、そっと近寄りまとわり付くこともない。そして、こちらが話しかけねばならぬ時は、先に笑顔で語りかてきた。

 遠慮なく見えて、必死に大人の感情を読もうとしてくる。

 そんな彼女は、可愛らしくて可哀相だ。

 と、接した時から思っていた。

「ほら、そこの飾りは瞳の色と一緒だ。これを頭衣留めにするといい」

 小さな花形の薄い紫色の髪飾り、それを二つ手にとって適当な砂よけを被せて留める。

 中々良い仕事をした。

 と、柄にもなくクスコ・ガルダは頷く。

「なら、こっちが面紗と耳飾りじゃな。同じ色と花形じゃ」

 似合う似合うとマカラダ・ズエルと侍女が褒める。

 褒められて照れる小さな子供。

 褒められなれていないのだろう、ぎくしゃくと礼を言う。

「ありがとう、お兄ちゃん」

 ウム、と、見えもしない面紗の下で、彼は顔をしかめている。

 親しげに呼ばれると、ウムウムと頷きながら笑顔で聞きそうになるからだ。

 もっと、買っていいんだぞ。遠慮するな、兄ちゃんが買ってやるからな。

 そして我にかえるのだ。

 何も忘れていないのに、忘れていたような気持ちになるのだ。


「必要だと思える物は全て揃えておいてくれ。公爵あてに目録もだ」

「この後、南都へ向かうところだったので、折返しの便によっては二月ほどかかるかの」

「商売の機会だ、それを逃すかどうかは、そちら次第だ。こちらは関与せん」

 子供が部屋に戻った後、出される商品を適当に選びながら、クスコ・ガルダが言う。

 それに砂漠の商人の大元締めは、ニヤッと笑った。

 出向かぬといいながら、次の係留地で船を仕立ててヤカナーンへと面会に向かうだろう。

 中央に繋がりのない商売人だ、ここで一気に顔をつなぐのもありだ。

 それに南部貴族が集まる東に食い込む機会でもある。

 ガルダの族長から齎された商機だ。ここで生かさぬのは商売人ではない。

「言うまでもないが、お前はオラ・ゾエルの客人を相手にしているだけだ」

「言われるまでもないのぅ。黄金の飾りはいかがかな?」

「下品な物は控えろ」

「金は魔除けになるじゃろうが。良い品を見たことも無い荒くれ者にはわからんじゃろうがな」

「そうだな、因業な爺が売りつける品の良さはその程度だろう」

「糞ガキが、相変わらず口が悪い。年寄りを敬え」

「フン、敬われるだけの徳があるなら、もう少し良い物を出してこい。耄碌したか?」

「お前の甲斐性に合わせただけだ、贈る品は最高級を揃えておくわい」

 クスコ・ガルダが子供の頃、ガルダになる前からの付き合いである。

「情報の収集も頼むが、あくまでもオラ・ゾエルの客人である子供が同じとは感づかれるな」

「誰にものを言っているんじゃ」

「イカサマで子供の小遣いをむしり取る老爺だな」

「大昔のことじゃろうが」

「子供の遊びに首を突っ込んで毎回毎回、勝負をして小遣いを巻き上げていく爺だな。今もやってんのか?」

「道端で子供が賭け事をしているのが悪い」

 今もやっているらしい。小遣い以外にも独楽や絵札なども巻き上げていく。代わりに、菓子を置いていくが。

「世の中の厳しさを教えているんじゃ、そして賭け事は身を滅ぼすとな」

 熱が入りすぎて、時々、小者を控えさせて子供と遊びで勝負している癖によく言う。

「じゃが、おかげで賭け事をしなくなったろう?」

 確かに、賭け事が嫌いになったが、それはクスコ・ガルダの場合だ。逆にむきになった子供のほうが多いだろう。理不尽な大人の存在を知るには役に立ったのかもしれない。


 ***


「はい、オルトバルお姉さんにも」

「へぇ可愛いねぇ、これは視界が遮られなくていいね。ありがとうサリーヤお嬢さん」

「クゥお兄ちゃんが買ってくれたんだよ」

「あぁ気を使ってもらっちまったね。」

 目元が透けているけれど、しっかりと砂と陽射しの眩しさを遮る面紗を渡す。するとオルトバルお姉さんは、嬉しそうに受け取ってくれた。

 奥地用の衣装を点検したら、あんまり実用的じゃないって事が判明した。

 そこであの顔面を攻撃しちゃったお爺さん、お爺さん商人なんだってさ。

 商人のお爺さんから、奥地用の服を買うことになった。

 着替え二組と面紗一枚でいいのに。

 ズタ袋ひとつに全部ツメツメでいいのに。

 なぜか、衣装箱が積み上がった。

 ちょっと驚くし心配になるし、これ後でお金よろしくって言われたらどうしよう?

「大丈夫、ありえないから」

 ひょいひょいと衣装箱を部屋に置くとオルトバルお姉さんは、伸びをした。

「ねぇお姉さん」

「何だい?」

 まだ寝るのには早い夕ご飯の後だ。

 灰色と茶色はオルトバルお姉さんが部屋にいるので、甲板に出て運動しているようだ。

 何だか船員さんとか男の人達のワーワー言ってる声が聞こえる。

 遊んでいるだけだと思うけど。たぶん大丈夫だよね?

「ホルホソロルの面紗って分厚い生地だよね、あれで見えてるのかなぁって」

 何度もクゥに顔が見えないと言ったけど、他のホルホソロルの人も白い顔全体を覆う面紗をつけている。

「ニィ・イズラ以外のホルホソロルだと、薄い生地だね」

「そうなの?」

「獣人の部族でもニィ・イズラは目が良すぎるんだよ。だから、あれでも見えているんだ。目のあたりの生地は少し薄いはずだよ。表の紋様でわからなくなっているけどね」

「あの紋様も何か意味があるの?」

「意味があるんだろうね、何度もお嬢様が聞いてる、どうやって見分けているのか?の答えの一つさ。

 あの面紗の模様と色が皆ちがうだろ?あれが名前代わりになっているのさ。クスコ・ガルダの目玉みたいな紋様も、古い言葉になってるようだよ。私はわからないけどね。」

「真似できそうだよ」

「真似できないような言葉の意味、らしい。まぁそれは秘密なんだろうよ。だから、あれがアイツの顔なのさ。それから個人の見分け方は他にもあるらしいが、それもわざと秘密なんだろうな。お嬢様が内緒で聞いてみるのが一番かな」


 ***


 外甲板に出るとモルゲン・オルトバルは、目的の男を探した。

 器用に帆桁に足をかけている姿を見てため息をつく。

 体を鍛えるにしても、強風で煽られながら逆さになっているのは頭がおかしい。

 まぁ大体、ホルホソロルは頭がおかしい。だが、元第八師団の荒くれ者のオルトバルとしては、他人の事は言えない。

「喜んでたぜ、お兄ちゃんよ」

 それに動きを止めると、男は帆桁に体を引き上げた。

 言えないが、代わりにからかうぐらいはする。

「体調不良は無いか?」

「肉に変えたから、満腹感がでて眠そうだったよ、お兄ちゃん、よ」

 わざと区切って言ってやると、ホルホソロルがたじろぐ。

 共通語でお兄ちゃんは、お兄ちゃんだが、ニィ・イズラのお兄ちゃんは違う意味になる。

 だから、何度もサリーヤに呼ばれると、この男でさえ狼狽える。これが父親の方だと、そのままの意味じゃなかろうとなんだろうと、笑顔であしらうだろうに。

 相手もオルトバルのからかいに、言いたいこともあるだろう。

 だが、護衛、兼、侍女の代わりのオルトバルは大元から派遣されている。本来なら上官の地位だ。

「冗談だよ、言い返してもいいのさ。八番目は中立右派になるのかな。どっちにしろ、陣営は同じだ。今回だって先を見据えての派遣だよ。

 新神殿の建立の場所は知っているか?ジュミテックからの通信は?」

 知っているという反応に、オルトバルは息を吐いた。

「砂漠を含めた、南領南西部は極貧の土地から繁栄する場所になるんだ。

 だから、ここに幸運の星を守り、神に許しを得ねばならない。

 と、神殿と上司からのお達しだ。私の役割は、その幸運の星の世話だね。

 さて、幸運の星に気に入られた、お兄ちゃん、よ。

 一つ約束してほしいんだよ」

「何だ」

「血も涙もないホルホソロルに言うのも無駄だが、お嬢様には残酷な物は一切見せるな。私も見せないように今後気をつける。例え、それが災厄を打ち払うためであっても。お前達、ニィ・イズラの利益であってもだ」

「約束しかねる」

「言葉を変えよう。王家の命令だ、黙って下命を拝せ。

 娘に醜い物を見せるんじゃないよ、いいね。

 見せない、聞かせないだ。

 常識の無いお前らにも言うが、子供には見せても聞かせてもいけない事があるんだよ。」

 振り返ると聞き耳を立てていた茶色が慌てて部屋に戻っていく。

 あれはあれで、中々、賢いのだ。

「分かっているだろうが、私が従うのは一番下の息子だ。そして実質、お前たちの王だ。

 その王の不利益になる輩は必要がない。それにな、この地方で発見された事も問題だってわかっているか?」

 それにやっとクスコ・ガルダが注意を向けた。

「お前の父親は気がついているぞ?利益ばかりではないのだ。わからないのか?」

「子供はオラ・ゾエルがいるかぎり、安全だ」

「当たり前だろう、それに私もお前達部族も、そしてオラ・ゾエルが側にいるかぎり、何ら困る事はないだろう。で、わからないのか?」

「先程の商人は、恐れていたが」

「そりゃぁこれから先を考えれば、恐れるだろう。」

「利益を得る機会だろう?」

「不利益を考えろよ、お兄ちゃん、よ。

 サリーヤ自身は十四だと言っているが、見立てでは年数がおかしい。

 おまけに親と逸れた記憶がおかしい。

 八番目は疑われないだろうが、他はどうだ?

 南領の貴族はどうだ?

 そして、ア・メルンに逃れてきた。逃れ逃した者はどうなった?」

「だが、我々には関係がない」

「だといいよな、で、真実関係が無いと言って誰が信じるんだ?子供はア・メルンで放置され、たった一人で生きてきた。生き残ったのはたまたまだ」

 それにクスコ・ガルダは黙った。

「で、商人は何と言っていた?」

「禿鷹が来ると」

「一番、怒り狂っているだろうさ。だが、大奥様は寝付いているって話だ」

「だから、余計に早く手を回すのではないかとな」

「戦になる前に、掃除か。ぞっとするね。

 私としては今後の予定は、そっちの部族会議に出た後は、オラ・ゾエルの歓待、砂蟲狩り見学。そしてジュミテックに戻って、ア・メルンへ帰還のつもりだ。

 だが、初っ端のヨランダであの様子だ。今後、予定道理になるとはとても思えない」

「いや、こちらもそんな不手際はしない」

「お前らの手際の問題じゃねぇんだよ。神様のご予定って奴だ。」

 正気かよ、この女。と、いう雰囲気が相手からする。

 殴ってやろうかと思ったが、クスコ・ガルダは知らないのだから仕方がない。

「こっちの地方では疎いかも知れねぇが、神殿から夜の話は伝わっていると思う。

 私は東で神に会った。これ、言うと頭がオカシイってなるから、言いたくねぇけどな。

 つまり、神官ほどじゃないが、見えるんだよ。

 そしてな一番やばいのが、お嬢様が光り輝いて見えるんだよ。

 真っ暗な夜に見えるお月様ぐらいにな。

 こりゃぁイケねぇってわかるんだよ。

 悪いモノにも見えるだろうってぐらいの輝きなんだ。」

「どうしろと」

「小賢しい考えで利用する前に、娘の身の安全を優先しろ。最終的には、それがお前達全体の利益になるんだ。物品で懐柔を考えるのもいいがな」

「それは族長に言ってくれ」

「お兄ちゃんとやらに言っているのさ。あの花の留め具は中々趣味がいいぞ。もっと買ってやれ」

「懐柔するのは止めろって話じゃないのか?」

「お兄ちゃんと呼ばれて喜ぶ、変態野郎に言っているのさ。慰謝料だな」

「変態ではない。いい加減しろ」

 でも、喜んでいるのは否定しないんだなぁとオルトバルは思った。

 ニィ・イズラの地方言語で、兄とは夫や、その他、信頼する親しい男性をさして使う女言葉である。

 本来の兄や弟を指す言葉は無く、兄弟を呼ぶ時は名前で呼ぶので、兄という単語は使われない。長子相続で長子を指す言葉はあるのだが、それも兄とは言わないのだ。

 それもあって崩して呼べば呼ぶほど親しいととれる。だからか最初から親しげに、お兄ちゃんとサリーヤが呼ぶたびに、この男は動揺した。

 子供に親しげに呼ばれる生業ではない為だろうか。

 まぁ理由はどうでもいいが、人間性の欠片が残っているなら、娘の味方でいて欲しいと思う。

 あのような輝きを見ると、オルトバルは不安になる。夜は残酷だから。

「さて、カレラで補給して次のツエルパオ、ジュミテックまで結構あるなぁ。なまっちまうよ」

「帆桁の上に行くと変調荷重力で負荷がかかるぞ」

「だから上に登ってるのかい?やっぱり変態だね」

「訓練にいいから言っただけだろうが、面倒くさい女だな」

 次の日から、帆桁から逆さに体を吊り下げて、体を鍛える兵士の姿が見られるようになった。

 サリーヤが蝙蝠みたいと言ったことで、蝙蝠鍛錬と呼ばれる事になったのは余談。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お嬢様が輝いて見えるらしいところ。 これ、見える護衛のお姉さんからしたら、心配だけど見つけるの楽そう。 [気になる点] サリーヤと犬二匹とで生活してた頃のクゥと今のクゥの態度というか対応が…
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