ヨランダ土産と怖いモノ
ヨランダ土産に、魔除けの小さな土偶がある。
片翼の奇妙な姿をした土偶だ。
素朴でどこか間抜けな雰囲気だが、破邪の念が込められているとかいないとか。
ともかく、西の遺跡から出土した土偶を元に作られている。
偶像を禁止している神殿だが、この土偶はお土産として売られていた。
ほほぅとヨランダの兵隊さんと立ち話。
他にも五体の女神像が出土しており、それの模造品を五つ揃えて売っている。
女神像はそれぞれご利益があるとか。
古代の神様の娘でエウロラ、美しい精霊のカリユプ、祝福を司るクレイオラ、獣の主でケロエイナ、誕生を意味するパルカロ。
この五女神の神像、土器を写した小さな置物が土産として並んでいる。
無病息災がエウロラ、商売繁盛がカリユプ、開運除災がクレイオラ、勝利祈願がケロエイナ、安産祈願がパルカロ。
五体をまとめて贈れば、良い縁が結ばれる。
とか、商売してるなぁ。
外にでて、暫くするとクゥも出てきた。
どうやら、衰弱はしているが、例の入れ墨を彫られちゃった人の目が覚めたようで、取り調べが行われる事になったそうだ。
また、神殿とヨランダの偉い人、それにお医者も呼ばれる事に。
事件の真相がわかりそうでよかったよかった。
「いや、良かったんだが、後のがな」
茶色の頭突きで、見えるようになった。
見えた方がいいよね。
それにクゥは私の頭を撫でた。
今日はあの被り物はしていない。
あれだと足元も怪しくなるからね。
だから、懐かしい仕草になごむ。でも、クゥは深いため息だ。
「ヨランダの神官様は大丈夫かい?」
お姉さんの問いに、クゥは頭を振った。
「だろうなぁ」
何が?
「気にする必要は無い。良い経験になるだろう、という話だ。収容は見送られて、地下で観察をするようになる。目を覚ました男の方は、神官に見てもらってから普通の牢屋に移動だ」
「こんな事はよくあるのかい?」
「ヨランダでは珍しい」
ヨランダじゃなければ、あるのか。
「何をやっていたんだ、先に船に戻ったかと思っていたが」
「お土産を買いたいなぁって。姫様からお金を貰ったので、皆にお土産買おうかなって。」
土偶の詰め合わせ。
「あれは邪魔になるし、ヤカナーン公爵の元には本物が収蔵されている。」
確かに。
「じゃぁニィ・イズラへの」
「あれを内職にしている」
なんと!
「土産は自分用に買いなさい」
「お兄ちゃんは?」
それにクゥは急に体をよろめかせた。何、驚いてんの?
「自分のを買いなよ、お嬢様。もしかして初めてお土産買うんだろ?」
「うん、だから、誰かにお土産を買いたいのだ」
「そうか、そうか。急によろけるんじゃないよ、お兄ちゃんよ」
「土偶は散々見てきたからいらないな。自分の記念に何か他の物を買いなさい。もし、女神像の模造品を土産にしたいのなら、帰りの船の時に持って帰りなさい。私の村でも作っているから」
何故かクゥは額を押さえてため息をついた。
それからヨランダの商店が並ぶ場所へ寄り道して船に戻る事にした。
「頑張ってね」
発掘管理所に残るリカラ氏が涙目だった。
「サリーヤちゃん、きっと帰りの便が着く頃も、ここで仕事してるから。寄ってね、ぜったい寄ってね」
「どしたのリカラ氏」
「ぜったいね」
「どしたの、ほんとに」
かけている眼鏡がくもってるよ、泣きべそになる大人って、ちょっと。
「お嬢様を魔除けにするな、今までも何とかな..なってねぇな。腹を虫に喰われてたな」
曇った眼鏡を外して拭きながら、リカラ氏が項垂れる。
「ヨランダの神官様は見極めが上手な方ばかりですけど、地下のあれは論外ですよ。見た途端、お手上げと」
「まぁ怒れないわなぁ。できないことをできないと言うのは、勇気がいるからね」
「見極めが上手って?」
「ほら、仕事に戻りな。それなら発掘再開には時間がかかるだろ。やることやって神殿に通いなよ。ヨランダも神殿があるんだろ、教会だけじゃなくて」
「サリーヤちゃん、待ってますからねぇ」
お見送りが何だか今生の別れみたいになってる。
手を振り返しながら、首を傾げた。
「女神様の呪いは悪い事をしたらでしょ?風邪みたいにうつらないのに」
それに傍らを歩くクゥが頭を振った。
「災厄とは、元々の原因を中心に広がるものだ」
「広がるの?灰色、大丈夫だよね」
それに灰色は視線をクゥに向けた。
向けられたクゥは、何故かオルトバルお姉さんを見た。
見られたお姉さんが嫌そうに顔をしかめた。
「言っとくがな、私も南部で散々貧乏をこいたが、それもガキの頃までだ。こっちの常識はお前の方がわかってるんだよ。」
それにクゥは私を見たのかな?面紗が揺れて再びお姉さんの方を向いた。
「説明が苦手かよ。まぁ共通語も苦手だろうし、仕方ねぇな」
側にいる茶色を小突くオルトバルお姉さん。
今度は茶色がお姉さんに突撃している。あそぶの?あそぶの?って楽しそうだ。
お姉さんは片手で茶色の頭をグリグリしながら話し始めた。
「呪いの事はしらないが、喧嘩だと考えればわかるかな?」
「喧嘩、女神様と」
「誰かが喧嘩してるのに、割って入るのは危ないだろ。
代わりに殴られたり、恨まれたりする。
これがまぁ、神とあの三人の状態だ。
それに割り込むってことは、同じく恨まれても仕方がないんだ」
灰色が私を見る。
「ごめんね」
「違うよ、そいつはお嬢様が心配なだけだ。でもまぁ、大丈夫だってのをお嬢様に見せたわけだしな」
「ごめんね」
重ねて言ったら、ゴインっと頭に顎が乗った。ちょっと痛めだけど、たぶん、気にするなってことか。
「ありがと」
それを見て、オルトバルお姉さんが笑った。
「私だって呪いなんぞ、昔は鼻で笑っていた。
あまり頭が良くもないから、人も物も見たままを信じて突き進んできた。
けど、目に見えない不思議な事がたくさんあるってのも、今では理解してる。
夜にお化けが怖いっていう子供を笑わないし、腹に得体のしれない虫が張り付くってビビっていても、笑う気はしない。
世の中には怖い物は腐るほどある。
私なんて、最近、一番怖いのが笑顔の男だぜ。
笑顔で話しかけれられると反射で殴りそうになる。
裏があるんじゃないか、騙そうとしてるんじゃないかってね。
それに比べりゃ化け物や呪いってのは目に見えないけど、人間を疑うよりは楽だ。
おまけにそれが見えたら疑う必要がない。見えるようになってよかったんだ。」
「笑顔ってお姉さん美人だもの、男の人は殆どが笑顔で話しかけるんじゃないの?」
「気になるのは、そこかよ。
まぁそりゃぁ笑顔で善意のヤツの方がおおいさ。八百屋の親父やその辺の男に笑顔で話しかけられても殴らねぇよ。」
笑いながら頭を振るとクゥを指差した。
「私の幼馴染だった奴がな、いつも笑顔でな。此奴よりも大きな男だった。
色々あったが、そいつも苦労している奴だった。
長い付き合いだったし、わかりあえていると思っていたよ。
けどな、わかりあえていなかった部分を見逃していた。
わかってやれなかったし、奴を見捨ててしまった。」
「友達だった人と仲違い?」
「偽物だったのかもな」
「偽物?」
「笑顔で敵に回ったんだ。奴なら卑怯な事もするって思ってる。けど、最後、あれは本当に私の知る人間だったのか疑問でさ。
笑顔が怖くなっちまった。
私が先に見捨ててしまったからじゃないかってな。
だからな、呪いとか奇妙な事ってのを、私は馬鹿にしない。
怖いものだし、神ってのもいるって知っている。
それに神ってのが、怖いものだってのもな」
「神様って怖いの?」
「私はね。
話は戻るが、私が思うに、神の怒りってのは、一人じゃなくて全部なんだ。」
「ひとりじゃない?」
「そう、人間一人が間違った事をしたら、その本人だけが罰を受けると思うだろ。
でも、神様にとっては、人間が悪い事をしたってなる。
人間全部だ。
呪いってのは、それが怖いんだ。
誰かを誰かが呪うんじゃない、神が怒るってのは、それな。
だから、南部奥地には呪い師ってのが昔はいたんだ。
神様の顔色を伺う人間だ。
祭りや儀式の元だな。
今じゃぁ単なる村祭でも、大昔は、神様に感謝というお伺いをしてたんだ。どうか怒らないでねって」
日陰を探しながら、ゆっくりと街に向かう。
灰色は珍しくお姉さんに頭を押し付けた。
それに嬉しそうに灰色を撫で回すと、オルトバルお姉さんは続けた。
「神様と話す事は悪い事じゃない。危険が無いならな。怒りをおさめてもらう儀式も、それだしな。
けど、こいつらが加減を間違ったら、お嬢様だって危険だ。
まわりの人間や大人はいいだろうさ、神のお怒りってのが減るんだ。
けれど、肝心のお嬢様が危なくなったら駄目だ。
神様ってのは、罰する人間をよく見ているからな。
神様の覚えめでたい子供が危ないと、逆に怒るんだよ。
そして最初に戻るのさ。
罰当たりな人間めってな。」
「あ〜」
私の呻きに、オルトバルお姉さんは肩をすくめた。
「厄介さがわかったかい?
だから、神官は呼ばれても、無理だと思えば断る。
これは広がるし、祟るって断言する。
で、リカラ・アマドの仕事も増えたし、恐怖も倍増だ。
不憫だが、遺跡発掘再開は最重要な、大切な仕事だからな逃げるわけにもいかない。
だから、広がるか広がらないかは、この際、目をつぶる。
ヤカナーンは遺跡発掘調査や保存するのが事業で家業だ。それでたくさんの人間を養っているからね」
そだね。
「発掘再開が早急の課題、早く仕事をしたいんだ。
そこで警備を担当してるニィ・イズラと遺跡の中が大丈夫かを調べたい」
盗賊問題だね。
「で、お嬢様のイヌどもが盗品、不審な人骨を見つけた。なら、ニィ・イズラに出向くより、ここでお調べを優先するのが官吏の仕事だ。ニィ・イズラは族長様におまかせで、お嬢様も観光の続きができる。
わかっちゃいるが、腸を喰われた後だ。腰がひけるってもんだ。」
まぁ、そうだね。
「あ〜見えないほうが良かったんだね」
「違うさ、繰り返すけど、見えたほうが良かった。」
どんなのだったのかなぁ。
「ただなぁ、此奴らがいても、お嬢様はもっと用心深くしなきゃ駄目だよ」
「臆病だもの大丈夫だよ」
「じゃぁもっと用心深くしなきゃ」
確かに灰色達と護符に頼り切ってるのはいけないか。
「誤解するなよ、心配だって事だ。大人が喧嘩してたら中に割って入らないだろ?」
「うん」
「此奴らも分かってるから、あの男だったんだろうさ。一番小さな奴で剥がれやすかったんだろう」
「うん、小さかったね、女の子だった」
それにお姉さんが立ち止まった。
「女の子だったのか?」
「そだよ、ちょっとお話したら、ちゃんと聞いてくれたよね」
灰色がゆっくりと頭を振って同意する。
「残り二つは」
「見えなかったよ、だって外に出ちゃったもの」
「良かったよ、残りは女の子じゃねぇ事はたしかだ。体どころか寝台全体を覆っていたぞ」
クゥも頷いた。
「そんでだ、大きさは罪深さの度合いだとも考えられるだろ。
ようするに、神の怒りをかう罪深さって奴だ。
お嬢様が仲裁した男の顔、あれだって罰当たりめがって怒ってる証拠だ。
それが全身に命を奪うぐらいに張り付いてる。
お嬢様はさ、女神様に話を聞いて欲しいってお願いできた。
だがな、徳の高い神官が同じく自分も願ったら、祟られるだろうって見極めた。
ヨランダの神官がまっとうでよかったよ。
それだけ力がある神官だったから、相手の気持ちもわかったって事だ。
罰当たりめって思ってる気持ちをな。
忘れちゃいけないのは、倒れてる彼奴等が悪い事をしてるんだ。
だから、その罰を邪魔したら、まわりも怒られるんだよ。
まぁコイツラがいるから、お嬢様もやったんだろうがな。
でだ、まぁ何だ。
できるとしても、子供で無関係のお嬢様は、近寄っちゃぁ駄目なんだ。
今回は私も悪いと実感した。」
「でも」
「でも、大人が責任をとるのは当たり前の事だよ、お嬢様。すこしオラ・ゾエルに頼りすぎた。」
それは私だ。反省。調子に乗ってドヤる性格を反省。
ごめんねってしたら、又、灰色にゴインってされる。今度は茶色もグイグイ舐めてきた。臭いので、それは止めるのだ。
「二匹はもっと頼って欲しいとさ。
まぁ、今回の事に巻き込んでいる大人は皆、駄目だって事だ。
さて、リカラ・アマドの話な。
だから、遺跡管理官としては残るのは致し方が無いが、今度こそ正気で仕事を終えたい。
お嬢様の帰りに回収してもらって、呪われてないか調べてもらってからア・メルンに戻りたいんだろう。泣きが入ってるのは、何でも最初に手をつけなきゃならねぇ立場だからだ」
「私も残る?」
「残らんでいい。言ったろ、頼りすぎてる大人が駄目だ。
それにニィ・イズラの方が深刻だ。だろ?
ヨランダで運び屋が祟られてああなった。
なら、ラウロの小僧の証言が本当なら、ニィ・イズラの中に盗人どもが紛れていたならどうなる?」
「天罰だ」
「頼っちまうが、向こうに問題が無い事を確認する。そして帰りに、リカラ・アマドを回収してお土産を買わせるんだ。これなら、お小遣いはお嬢様が自分の好きな物を買って、土産は奴に買わせればいい」
話の結論がそれなの?
「で、気がついた奴は何だって?」
「まだ、話にはならん。名前を聞いたぐらいだ。」
「これから、あの人、大変だね」
「私から言わせれば命びろいしたんだ。感謝の言葉をお嬢様に言って、這いつくばって侘びなきゃ気がすまないね。それにヨランダとヤカナーンは、神官を呼ぶぐらいのお布施をお嬢様によこしてほしいよ」
「そうだな、上申しておこう。帰りに立ち寄った時に払わせるか」
「いや、観光だし、お金は貰ってるよ姫様に。それに貰うなら灰色と茶色にだよ」
「同じさ、お嬢様が此奴らに何か買えばいいのさ」
***
結局買ったのは、お土産じゃなくて食べ物。
おいしそうな果物と魔法の調味料だ。
魔法みたいにおいしい調味料って事。
何にでもかけて食べると美味しくなっちゃう調味料で、小さな木の筒に入ってる。
果物は灰色と茶色の好きな奴と、前にクゥが喜んでた果物と干し豆。
まぁおやつだね。
船に戻りながら、皆でもぐもぐした。
「うまいねぇ、やっぱりこっちの果物がいちばんだよ」
「そうなの?」
「最近は東だったからね、あっちも美味いんだけど、水分が多くて甘いのはこっちだね」
「いろんな所を移動してるんだね、うらやましい」
「そうか?仕事で移動してるだけさ。どうせなら、一箇所で落ち着きたいよ。まぁ来年あたりは、きっと南部さ。」
「そうなの?」
「教官が南部に移動するからね」
あ〜なるほどぉ。
「違う違う、好き嫌いじゃなくてさ。信用できる人間と一緒じゃないともう、働きたくないって事さ」
「皆そうじゃないの?」
それにオルトバルお姉さんは笑うだけだ。
笑顔の男が怖いか。
その点、ブロウさんは滅多に笑わないし、きっと彼なら笑っても安心できるのだろうね。
「荷物の積み下ろしも終わってるね。塔に登ってもよさそうだ」
また船に乗るのに灰色が咥えようとしたので、クゥに飛びついた。
クゥも慣れたようで、肩車をしてくれる。
あぁ陽が暮れるねぇ。
「取り調べ内容の連絡はすぐ来るの?」
「水晶通信がニィ・イズラにもあるし、船にもある。砂嵐以外なら通じているから大丈夫だ」
「なるべくなら、アデイムさんとお兄ちゃんが取調べ内容を受けたほうがいいよ」
「そうだな」
「まぁ、お節介だったね」
「いや、誰も身内を疑いたくないと思って遠慮する。言われた方が受け入れやすい」
「でも、嫌われちゃうなぁ」
「私は嫌わない。父もだ」
「ごめんね」
それにクゥは私の膝を軽く叩いた。
「ありがたいと思っているよ、小さな客人」
ちっちゃくねぇです、失礼だな。
「もし」
「なあに?」
「ニィ・イズラでおかしな物を見つけても、すぐには騒がず、私だけに伝えて欲しい」
強風で内緒話なら回りに聞こえないかな?
灰色達はいいんだよ。
「どうして?」
「良くも悪くも、閉じた社会だ。真実を伝えても排斥、受け入れてもらえないだろう」
あ〜了解。
「オラ・ゾエルがいるかぎり安全だが、逆を言えば、オラ・ゾエルを怒らせたくない。
それをわかっている者はいいのだが、何処にでも、理解のたりない者はいる」
「それは私も同じ。灰色達が嫌な思いをしてほしくないの」
クゥの面紗が風に揺れる。
白い線を描く模様が頬にあった。
「オラ・ゾエルは傷つかない。お前が傷つかなければ」
「サリーヤだよ、お兄ちゃん」
「私はクゥだよ、サリーヤ。ほら、見てみろ」
強風の中、藍色に変わりつつある西の方向を指差す。
塔の中程、それでも目も眩むような高所から西を見る。
夕陽が沈む色とは違う、青い光りが見える。
闇に沈む地平、砂の海の先にある山の稜線、その一角が青い。
「シシルンは夜に輝く。蓄光石の中でも青い物が遺跡に使われているんだ。
だから、もし、灯りを消されても死ななければ朝を迎えられる」
青い川の流れのように闇に浮かぶ光り。
うねり不思議な形で輝いている。
クゥは、閉ざされた暮らしの中で、受け入れてもらおうと頑張ってきたのかな。
青い光を見ていると、何だか悲しくなった。
この悲しみは、クゥの事じゃない。
自分の事だ。
何処かで羨んで怒ってる。寂しくて貧しくて、一人だった。
欲しい事、欲しい物、色々あるけれど、一人なのが辛かった。
辛いと気がつけた。
灰色がやってきて、茶色が加わって、クゥを見つけた。
クゥは優しかった。
けれど、それは特別な事じゃない。クゥは優しいのだ。
でも、それは私には特別な事だった。
だから、忘れていても、私は覚えている。
「クゥは杏が好きでしょ」
「おぉうん、そうだが」
「杏の干したの買ったの、ご飯食べた後で分けてあげる」
「サリーヤが食べなさい」
「じゃぁ一緒に食べよう、肩車のお礼」
ペシペシと頭を叩く。
そのまま塔を登りきり、乗船した。
その晩、灰色と茶色が寝台を占領したので、間にもぐりこんだ。
暑かった。
暑くて真夜中に目が覚めた。
お水を飲んで二度寝した。
二度寝した時、変な夢を見た。
すごい美人の女の人が夢に出てきた。
一人でお茶をしている貴婦人だ。
私がぼんやり見ていると、その人は怒った顔をして立ち上がった。
あらら、って思ってると、その美人は私をガッと掴んだ。
怖い。
でも、驚いたけど手付きは優しい。
私の脇の下に両手を差し込んで持ち上げると、自分が座っていた椅子に下ろす。
それから自分の杯を片付けると、新しくお茶をいれた。
私の前にお茶を置き、菓子を出す。
でも、美人は側で見てる。
いや、見てられると食べにくいし、一人は嫌だな。
嫌だなぁって思ったら、椅子が出た。
何もない所から椅子がニョキッと出たので、美人に促す。
すると彼女は頭を振った。
なに、座らないの?
一緒に食べようよ、一人は嫌だよ。
彼女は怒ったような顔をして泣きながら言った。
知らずにいた罪をどう償えばよいものか
旅立つ我が身のもどかしさ
悔しい
どうすればよいのだ
(奥さま、大丈夫?お腹すいてると悲しいの大きくなるから、食べようよ)
椅子は近くにあるので、その背を叩く。
(一緒に食べよう、一人は寂しいよ)
それに彼女は更に涙をこぼした。
でも、しぶしぶといった感じで椅子に座った。
はい、お茶ね。それからお菓子、そうだ果物はないの?
あっ出てきたよ、これ美味しいよ。たべようね。
(やさしい娘ですね、ちゃんとご飯は食べているのかしら?)
急に声が鮮明になった。
(うん、最近贅沢してる。だから、元の生活に戻れるか心配)
するとお茶の席の向こう側で、水売りの私が元気に走り回っていた。
ご飯は教会で、おばちゃんが大盛りでよそってくれてる。
また、おばちゃんの料理も食べたい。
それから灰色と茶色とでご飯だ。
クズ野菜と端切れの肉だけど、量はあるんだ。
二匹は喜んで食べてる。私も結構料理がうまくなったよ。
眺めてたら、又、泣き出した。
いや、何で泣くのさ。
ご飯、食べる?
そうだ何でも出てくるなら、あの買った調味料で。
(泣かないで、何か嫌な事があったの?)
卓の上に、料理が並ぶ。
何か、食べる?
これは最近編み出した残り物料理だよ。材料は安いけど味はいいんだ。
(やっとわかったわ。やさしい娘。
そうね、そうよ。時間はまだあるわ。
もし、私ができなくても、サルバトーレに頼みましょう。
この悔しさと無念、すべて彼に任せましょう。
全部、根絶やしにして首を持ち帰ってくれるはず)
いやいや、何か物騒だよ。やっぱりお腹すいてるんでしょ?
慌てて料理を匙ですくうと彼女に差し出した。
すると彼女はちょっと驚いたけれど、口を開いて食べる。
美味しいでしょ、これね、ヨランダで買った調味料をかけると美味しさ倍増。
料理にぱぱっと振りかける。
あぁいい匂い、おいしぃ〜。
(鮮明な夢ね)
夢なの?
なら、食べ放題だ。食べても太らないなら、貴婦人の奥さまでもいっぱい食べられるよ!
(苦労したのね)
あれ、何かまた泣いてる?
ほら、こっちの肉料理。合い挽きのやつだけど味付けには拘ってるんだ。
灰色達も好きなんだよ、もちろん塩分は控えてるけどね。
貴婦人の口に次々と料理を入れる。
だって、物騒な事言い出すんだもの。それに食べてるとほんのり笑顔だ。
(奥さま、きちんとご飯食べてる?太るのはあれだけどさ。食べないと悲しい気持ちになるし、元気になれないよ。ご飯食べて、お散歩して、よく寝ると元気になるよ。
楽しい事がないなら、綺麗な景色を見るといいよ。それから動物、動物を飼うといいよ)
食べさせながら、喋っていると、彼女は咀嚼しながら頷いた。
そして匙を握る私の手を止めた。
(貴女の取り分をとりかえすわ。
貴女と彼女の分まで、全部よ。
そして許しがたい者どもの分もね。
全部取り返して、私が悪い物を背負っていくわ。
全部取り返して、幸運を貴女に残すわ。
次に、サルバトーレを使うのは貴女よ。
それまでに全部全部掃除して焼いておくわね)
元気になったみたいだけど、物騒な発言、怖いです。
貴婦人のお耳が丸いし、牙が尖りだしたよ。
大きな猛獣型の奥さまだった。
(あら、いやだ。さぁ次は何を食べようかしらね)
こっちの奴がおいしかった。ヤカナーン様の所で出てきたやつだよ。
時々、泣き出したけど、奥さまは食べた。
私も食べた。
そして体が大きくならないって話を奥さまに言った。
(仕方がないわ、貴女の血筋は発育が遅いのよ。それに外見は違うでしょうけど、私と同じ肉食よ。もっとお肉を食べないと。)
なんですと!
「お嬢様、朝だよ。ってお前ら暑そうだなぁ。何で絡まって寝てるんだよ」
目が覚めた。
お腹が空いてる。
寝ぼけて起こしに来たオルトバルお姉さんを見上げた。
「今日から料理の品目を肉中心に変えてもらったぞ。お嬢様、がっつり食って大きくなろうな。って何で調味料の木筒を持ってるんだよ。腹、減ってるんだな。じゃぁさっさと顔洗って着替えな。
おう、お前ら、お嬢様に絡みついてないで、外へでろ。運動してこい、ほれほれ」
私は手に持った調味料を見て、首を傾げた。




