嵐が来る前に
竪琴よりも笛の方が上手に吹けた。
腕の長さの問題?うるさいのだ。
私の家族が見つかるという事態に、頭が動かなくなった。
前なら素直に喜んだかも知れない。
今は?
今も嬉しいけど、何だかモヤモヤ。
きっと、このア・メルンの出来事が終わったら、きっと。
ルフト・スウェナム氏のお家は、アルラホテの方にある。
そして、あの時計の店の二階だった。
鍵の壊れた裏口、猫、時計。
あの朝と夜がわかる時計は、ルフト氏の物だったのか?
鍵の壊れた裏口の、意味。
お城からのお調べが終わった後に、店に来た。
裏口にまわるが、細い路地は上の階で洗濯物が干されて、賑やか。
奥まった場所には洗濯用の水場もあった。
あのア・メルンの息詰まるような静けさは無い。
数匹の猫が歩き、鍵は扉の鍵は壊れていない。
色んな事が頭をよぎる。
クゥがいたらいいのに、ふと思う。
二階に上がる階段の所、時計は無い。
置いてあるのは、少し煤けた銅版画。
記憶よりも、やはり明るい階段に、趣味の良い調度が置かれている。
急な階段を上ると壁の一方向全部が窓になっていた。
しかし格子はなく、採光を優先するように戸を畳んでしまうとまるで外だ。
簾を下ろすようになっているが、高い位置から街並みが一望できる。
晴れの日が続くア・メルンらしい部屋だ。
寝台に食事用の卓。物が少なく、落ち着いた色合い。
静かで開放的で、居心地が良い。
台所は小さく、食器も少ない。だが、一人暮らしならばこのくらいだろう。
「お仕事の関係の物とかないですね」
「仕事の物は全て、オットー・カドリスの工房にあります。
オットーの工房は、ルフト・スウェナムが出資した研究施設になります。
ヤカナーンの援助事業の成果は、城の工房で管理します。それ以外の彼個人の医者としての仕事や、研究などは、オットーの方で扱っています。
遺跡研究での成果などは、ヤカナーンの利益となりますが、その他の副産物、例えば未発見の動植物や鉱物等は、彼の収益になります。
けっして不満を抱くような契約ではないはずなのですが」
遺跡は元からヤカナーン一族の所有だし、発掘などの費用資金もヤカナーンから出ている。それ以上を求めるなら、遺跡ごと買取、発掘資金も自前でとなる。
手記書類など、そういった物は既に運び出されていた。
アマドお爺ちゃんが、今日も案内だ。
水回りもきれいだし、部屋もいい。
奥の箪笥にある服は、どちらかというと中央風だ。
お役人の人が着るような奴で、砂漠用の服ではない。
やっぱりそうだよね、お医者様って感じ。
同じニィ・イズラなのに、クゥとは本当に真逆の生活だ。
そして部屋を見ただけでは、彼がおかしくなったのか、彼じゃない何かだったのか。それはわからないよね。
開放感のある部屋の寝台が置かれた壁には、不思議な絵が置かれていた。
銅版画の様な細い線で描かれた、幾何学模様だ。
その絵だけは暗い色合いで、赤い線が描かれている。
じっと見ていると不安になるような、妙な絵だ。
私が見ていたら、灰色と茶色も並んで見始める。
変な絵だね。
そうだね、って感じで並んで見ていたら、アマドお爺ちゃんが教えてくれた。
「それは出土品に描かれていた模様ですな。遺跡からの出土品の表面に、ときおり描かれている模様で古い言葉ではないかと言われております。彼らしい遺跡にちなんだ品ですな」
無意識かな、アマドお爺ちゃんはルフト氏を懐かしんでいる。
毒を盛るような人ではない。真面目で努力をし、自分の興味のままに研究に没頭する。
そして居心地の良い部屋で休み、クゥと遺跡で働き、時々実家へ帰る。
とてもそれは素晴らしい日々。
そりゃ、人間だもの。
クゥとの間にわだかまりはあったかも知れない。けれど、それで彼の築いたものは消えない。
そんな自らを狭めるような事をするだろうか?
ましてや、学問の道にすすみ、都に渡り、認められてここに来た。
それが故郷で差別的な思想を広め、友人で兄弟を排斥する?
父親や母親を悲しませる?
人格の変化は特別なことではない。
病気や事故、薬や酒、辛い出来事、生きていれば変わる事もある。
けれど、これはそういう事か?
そうだったら、悲しい。
だから、探す。
クゥは、探すだろう。
ルフト氏が変わったのではない。
じゃぁ私は何を探せばいいのか。
西の遺跡で行方知れずなら、そちらを探せばいい事だ。
けれど、ア・メルンでここに来た。
時計を探しにだ。
なら?
階段を降りて、住居部と店をつなぐ場所に来る。
店の方は営業中。
質屋も兼任する店主は、にっこりと笑って手を振ってきた。私も挨拶をして、倉庫を指差す。
あぁいいよ、と、言う感じで頷く。
別に中を漁るわけではない、あのガラクタの詰まった箱だ。
あった。
キラキラした硝子の置物や、何に使うかわからない小物。
あの時、ここを漁った。
灰色も中を覗き、茶色は店舗の猫にちょっかいをかけて怒られている。
アマドお爺ちゃんは小さな庭を見ながら階段に腰を下ろした。
「不思議でございますな」
何が?
「ここで寝起きをしている事は知っていましたが、どんな暮らしをしているのか、知りませんでした。
彼の父親とは面識がありましたが、彼の息子としては扱ってこなかった。」
ア・メルンは乾燥しているけれど、地下水のおかげで緑がある。城壁のおかげで砂と風が防がれているけれど、風通しもよくて、気温が高くても過ごしやすい。
こうして裏庭で木陰をながめるだけで、気持ちが安らぐね。
その緑を眺めるアマドお爺ちゃんは、長命人族種の貴族だ。
長命種の多くが、寿命の違いや生活の違いから、他の種族と価値観が合わない。
差別や区別、色々あるけれど、批判的にとらなければ、まったく別の生き物なんだ。無理もないって事。
だから、こうして他の種族に対して歩み寄ってきたお爺ちゃんは、珍しい人、になる。
きっと、ア・メルンの立地とヤカナーンとしての役職が、そうさせたんだね。多種族を排斥してたら生活できないし、流浪民や下々を不当に扱えば、それだけ自分たちの利益も損ねる。
そして、経験から仲良くやれると信じてきた。
長い人生、様々な摩擦は人同士あったろう。
けれど、毒殺される程の、悪辣さが己にあったろうか?
息子と医者、彼らに死を望まれる理由を考えて、自分の行いを振り返る。
自分が悪いとすれば、知りたい。
他に原因があるのなら、それを知りたい。
誰かが悪事を考えているなら、それを知りたい。
お爺ちゃんは、息子から理由が聞けなかった。
そして息子にも、理由がなかった。
だからルフト氏も、もしかしたらと考えている。
そしてお人好しにも、何で気がついてあげられなかったのかと考えている。
ルフト氏のまわりは、人に恵まれているよね。
クゥを含めて、皆、優しいや。
そして、そんな優しいアマドお爺ちゃんに贈り物だ。
「何ですかな?瓶の中に紙が..」
三十七回目、探索前期 西二十四区域
十二層目にて杖と剣を発見、杖は朽ちていた。
剣も刀身の形状が見て取れるが、こちらも形を写生するのみとする。
この刀身に残る紋様と十五層の扉に一致。
模様は古代文字でいう順番を描いており、その順番を選んで扉の紋様を触ると絡繰により扉が開いた。
扉は身一つ分の小さな小部屋に続いており、そこにあった武具一式は埋葬品と思われる。
この発見の後、私も含めて皆、悪夢に晒される。
意識が戻る時間は日に日に短くなり、それ以外の時間を支配されていく。
意識のある時に、助けを求めようとしたが、行動の制限がかかる。
シシルンの狂気とは違い、こちらは明確な意思が介在している。
感染性の病原体ではない。
意思を奪おうとするモノが、発言から記録までを都合のよい事に書き換えていく。
また、六層部分に別の通路があり、巣、が形成されていた。
この事を書いた記録が無い。
手紙等に残すも、意識のない時に処分されているようだ。
自立行動は難しく、これ以上反抗すると、巣に入れられるだろう。
この紙に関しては、処分する瓶に入れた。
こうしておけば補助要員が勝手に家に配送する。
処分品は自宅で各自処分するのだ。
私が戻らねば、処分はされない。そして誰かが処分するだろう。
その時に見つけた人に、お願いする。
我々は深層に到達したのかもしれない。
西側二十四区域の地層は、探索の中止が必要だ。
そしてルフトと名乗る者は、私ではない。
「他にはありますかな」
「処分品が配送されて、きっと家主さんが倉庫に保管してるのかなぁ、おじさぁ〜ん」
「はいはい、どうしたね」
「ルフト先生の荷物って何処?出張先から送られてくるガラクタ」
「あぁ、先生が戻ってきて処分する奴か。確か、こっちの棚のもそうだね」
「後で回収の者をよこします、それまでここを立ち入り禁止に」
「畏まりましてございます、恐れ入りますが、問題が?」
「何、どうも書類が紛れ込んでいたようでな」
「それは大変でございます、ここは誰も入らぬように鍵をかけさせていただきます。開く鍵はお持ちください」
「すまぬな」
戸締まりすべく店主が鍵を探しに行く姿を見送ると、お爺ちゃんは手の中の瓶を握りしめた。
***
「何だい、私じゃ不満なのかい?」
茶色とオルトバルさんが向かい合う。
彼女が睨むと、茶色の耳が横に伏せられた。
一緒にお肉食べてた癖に、悪いことすると叱る彼女がちょっと苦手のようだ。
叱ってくれる人は貴重。
だって、こんな大犬、怖くて誰も怒れない。
「別に此奴ら、力は私よりずっと強いだろうけど、頭はいいんだ。ちゃんと悪いことは悪いって言ってやらないとね。」
前は新兵を鍛えていたオルトバルさん。
動物の躾はしっかりしている。新兵は動物以下だとか言ってたけど。
「お前らのお嬢ちゃんは人間なんだから、人間の付き添いも必要なんだよ。お前ら、よく考えてみろ。まったく知らない兵隊がいたら嫌だろう?」
あの小瓶の他にも、ルフトさんは手紙を残していた。
全部、処分品の箱に入れられていたみたいだ。
そして、その御蔭でお城は再び忙しくなり、今度、戻ってきた人を改めて尋問する事になった。
人ならざる者にはなっていなくても、何かおかしくなっていそうだからだ。
そして、次の探索隊の前に、ジュミテック城塞への連絡と、発掘調査に関わっていた人の調査を連絡。
と、聞いただけでもアマドお爺ちゃんは忙しくなった。
筆頭家臣の謹慎は終了だ。
そしてリプア神官様は、ラウロとアマドお爺ちゃんの息子リカラの調べに滞在が伸びた。
そこでオルトバルさんの上司、っていう厳つい男の兵隊さんが来て交代。
長期滞在の任務になって、一応手のあいた彼女が私の護衛に来たのだ。
顔見知りで女の人で、犬達にも慣れている。
そしてそれはリプア神官様が是非にと言ったらしい。
私の親というか、その関連があっての事かな。
灰色は良いみたい。茶色は耳が寝たままだ。
それに彼女はニカッと笑うと、懐からスッと棒を取り出した。
ただの棒きれではない。それは投げた途端、奇妙な音をたてて飛んでいった。
茶色大興奮。
結構な勢いで飛んでいった棒をめがけて走っていく。
空中で咥えたし、その後、体にひねりをわざと加えて着地。
「おぉ、すげぇ。格好いいぞぅ」
なんて彼女に褒められた茶色は、尻尾を振り立てて戻ってくる。
灰色もやる?やらないの?やるんでしょ。
ぐははぁ〜と豪快に笑って犬達と走り回るオルトバルさん。
外見は華やかな美女なのに、中身は男前で格好いい。
オルトバルさんは、この一連の出来事に関わりがない。
そして灰色と茶色も彼女は大丈夫という感じなので、街に行く事にした。
街の色々気になっていた所に行く。
朝ご飯が終わって、姫様に挨拶して、さて出発。の、前に庭園でこの状態。
分かっていたのか、オルトバルさんの懐には、謎の音がする棒が二本もあった。
「騎獣用の玩具です」
説明してくれたのは、オルトバルさんの上司。
リプアさんから顔を見せてこいって言われたみたい。
厳つくて大きな、典型的な獣人の兵隊さんだ。
見上げるような大きさで、クゥよりも大きいから純粋な重量獣種の人だね。
上司の人は、両の目が色違い。そして片手に金属の手甲をしている。手そのものが金属みたい。
ただ、喋るとやっぱり南部のなまりで、ゆったりと落ち着いていて怖くない。
「騎獣」
「えぇ体高は彼らよりも大きく、やはり獰猛です。彼女は慣れているので大丈夫かと」
上司さんを始めて見た時の灰色と茶色の反応は凄かった。
全身の毛並みが逆だって凝視。
すわ何事かと皆が見守る中、彼は静かに話しかけた。
子が無事ならば、眠りは覚めず
共に在る事を平伏し願う
彼がゆっくりとした南部なまりで言うと、二匹は徐々に力を抜いた。
それから彼は微笑んで言った。
尊きご意思、敬服いたします、と。
灰色は最初の驚きを収めると、彼にガウガウと喋りかける。茶色は珍しく近づかなかった。
けれど、オルトバルさんと同様、この人は安全らしい。というかむしろ、この人の側が一番安全らしい。
確かに強そうだもんね。
「教官、行ってまいります」
「優先事項を忘れず、行動しろ。わかっているな」
「了解です」
出発し、上司さんが見えなくなってから、お姉さんに聞いた。
「何で教官って呼んでるの?」
「兵隊になった時、訓練の教官だったんですよ。そりゃもう、強いし怖いし厳しいし」
と、言う割に嬉しそうだ。
「ホルホソロルの人と同じ感じがするね」
「お嬢様わかってるぅ、軟弱なその辺の奴らとは大違いですもん。お前らも教官にはふざけんのナシな」
それに灰色が馬鹿だなぁって顔をして、茶色がそんな事するはずないだろって、お姉さんを凝視。
「まぁそうだよな。騎獣も教官見ると乗せるの嫌がるしな」
わぁ強そうな人って大変だ。
最初はセルナトの墓地公園。
貴族や裕福な人達の姿がちらほら。
そう言えば、あの影が出てきた屋敷は?
使用人の出入りが見えて、開け放たれた窓から陽射しを遮る布が揺れていた。
うん、何も無いね。
二匹の姿に相変わらず、人が避けたり拝んだり。
それも奥の霊廟がある場所になると、水の流れと生き物のたてる音だけになる。
「誰も来なくなったら確かめるよ」
私の言葉に、二匹は通り道を見張る。時々、鳥とか蝶に気が持っていかれるけどね。
「何を探しているんです?」
「シシルンの泉です」
「へぇ」
あの苔むした古い霊廟を探す。
それは城壁近く、土と苔に埋もれるようにしてあった。
あの花の印を探すと同じ場所にある。
誰も来ない事を確認すると、叩いて仕掛け場所を探す。
一度仕掛けが噛み合えば、あとは印を押し込めばいい。
扉は開いた。
「へぇ、古い霊廟の仕掛けかな」
中を覗くと青い光に水の音。
シシルンの泉は、水が満ちていた。
あの時は水はせき止められていたのに。
扉をあけたまま、様子と伺う。
「灯りが必要かい?発光筒ならあるよ」
お姉さんは細長い筒をへし折ると中に投げた。
少しの煙が空気孔に吸い込まれていく。
それを確認してから、中に入った。
物がある。
私とクゥの荷物がある。
驚きと喜び、悲しみ。
中に入ってみれば、掃除をして寝床をつくった跡がある。
それは昨日の事のように、埃も積もらずだ。
「へぇ、中は休めるようになっているんだね。空気もかび臭くない。水も、きれいだね」
どういう事なんだ?
人の消えたア・メルン。
時の捻れが戻って、本当ならここは枯れた泉のはずだ。
それともここは、違うのか?
恐る恐る教会へ立ち寄る。
「あら、サリーヤじゃないか。久しぶりだねぇ、どうしたんだい何かあったんじゃないかって心配してたんだよぉ」
私は雨季があけた頃から姿を消していたらしい。
水売りの元締めの方は、私が死んだと考えていた。
流浪民にはよくある事だ。
だが、預けていた金はそのままあると聞いた。
よかった。
十七番井戸は、まだ、あの破落戸はやってきていない。
私の寝床はそのままだ。
私は二度、ア・メルンに入った事になる。
出現地と時間のずれ、他は思ったよりもかけ離れていない。
同じ流れであり、やり直しの時間で。
護符はルフト・スウェナムの手には入らなかった。
護符はクゥが手にしている。
彼はシシルンの墓で護符を手に入れて、ヤカナーンとして閉じた。
私は結び目が解けてクゥの時間と離れた。
それからのクゥ。
未だに護符は相手の手に入っていない。
それはクゥが使わずに手にしているから?
クゥは心配していた。
結び目が解けて、私がどうなるのかを。
クゥは、結び目が完全に解ける前に戻ると言った。
「どうしたんだい、走り出して?」
「忘れ物、わすれてた」
「取りに行くのかい、そんな走らなくても」
「待たせてたから、どうしよう、待たせちゃった」
私は懐かしい道を走る。
地下遺跡の街、喧騒、匂い、薄暗い通路に街灯。
何だか、悲しい気持ちがする。
何処にも行けないような、何処かに行きたいような。
寂しくて、悲しい気持ち。
忘れていた、どうして忘れていたんだ。
細いあの西側の通路に続く道。
乾いた風の音がする。
砂漠が見える大穴に、差し込む陽射しが明るく輝いて。
全てが薄れる前に、この場所に帰ってくる。
壁の扉を叩く。
何の不思議もなく開く。
そしてサリーヤと会えなくても、私がいて、この会話が幻で無い証拠を残しておく。
西の泉はサラサラと流れていた。
クゥは護符を使わずに、ここまで持って帰ったのだ。
落ちていた鎧と籠手と剣を見て、ここで消えてしまったのだと分かった。
死んだんじゃない。
死んだら、護符の権利が中に浮く。
私は女神像にかけられた、輝く護符を見て思う。
これをクゥに渡さなきゃ。
このシシルンの泉は遺跡の中で、特別なのかも知れない。
この護符がクゥの所有を未だに保っているのがよい証拠だ。
手に取ると一瞬大きく輝いた。
石はクゥの瞳と同じ色、そして中にはキラキラと光る模様があった。見ていると頭がクラクラするので首に掛けると服の下にしまう。
「忘れ物は回収できたかい?」
中に滑り込んだ私と、入り口で留まった灰色と茶色に阻まれて、お姉さんは入ってこれなかった。
「もう、お前ら護衛が一緒に入れないと護衛にならないんだよ」
たぶん、二匹はクゥの護符を見せたくなかったのだろう。
「大丈夫、今、中の荷物を整理してるだけです」
クゥの落とした鎧と剣、その他を回収すると長櫃に収納した。
「へぇ、こっちもきれいに片付いてるね。避難場所って話だけど、ここにお嬢様はずっといたのかい?」
「水場を独り占めしてたんですよ」
「涼しくていいね、何か持っていく物があれば運ぶけど」
「大丈夫、また、来るし」
私の答えに、お姉さんは頬を掻いた。
「私もね、最下層の生活をしてきた。だからね、又今度ってのは当てにならないって知ってるんだ。持っていきたい何かは持っていくのが一番だよ。」
美人で強いオルトバルお姉さん。
お姉さんを見上げて、私は頷いた。
又今度で会えないこともある。
「じゃぁ、あの長櫃の中身を持っていきたいです。」
中身と言ったのに、お姉さんは長櫃を外に引き出した。
それから茶色を捕まえて、その背中に長櫃をくくりつけた。
あんな顔の茶色は始めて見たよ。
「お前、私に荷物を担がせるのかい?まさか、女に重い荷物を担がせるとか、本当に言っているのかい?」
灰色は終始静かだった。
お城に戻ると、ニラガ様が晩餐を一緒にしたいと声がかかった。
お姉さんと分かれて、埃を落とすとロレアナさんが世話をしに来てくれた。
何だか、元の生活場所に行ったからか、違和感が凄い。
そんな事を考えていると、持ち込んだ荷物にロレアナさんがきづいた。
彼女は私の持ち込んだ荷物、正確には長櫃の模様が気になったようで、本館の侍従を呼びに行った。
本館とはお城のオルロバ様の居住区域の事。
何ぞ?と、思っていると、確認に来た侍従の人が驚いている。
「これを何処で手に入れたのですか?」
盗品だったら嫌だなって想像しちゃったけど、元々、セドリック様から預かったんだから問題は、問題あるなぁ。
「灰色の飼い主の持ち物です」
本当の事を告げたら、侍従の人は困った様子で出ていった。
次に来たのはオルロバ様とリプア神官様。
嫌な予感が増々。
「灰色の飼い主が来るまで、一時的に預かってって言われて預かっていたら、飼い主が来なくて、茶色もいつの間にか合流して今に至る、です」
嘘ではない。
「誰にサリーヤは言われたのかな?」
「セドリック渡り神官様です」
前の時の流れでの、だけど。
そしたら、何故かオルロバ様が嫌そうな顔をし、リプア神官様が謝りだした。
それでも、嘘はつきたくなかった。
クゥの護符を預かってる今は、嘘より知ってもらった方がいい。
「何で僕は、ここに居合わせたんだぁ」
ぐぉぉって滅多に言わない唸り声をリプア神官様はあげている。頭を抱えている姿を始めて見た。
「どういう事ですか?」
「モストク神官は有名でね、神の声が聞こえる人なんだ」
あの筋肉の人が?
「だから、凡人には理由がわからない事ばかりをするんだよ。そしてまわりの被害は大きい。良くも悪くもね」
「あの、この長櫃が何か?」
「それね、モルデン王家の紋章。中身は王家由来の品だね。たぶん、君に運んできたんだよ。それを君に届けるのが目的」
「良くわからないのですが」
「オラ・ゾエルを君に預けたんじゃない。オラ・ゾエルが君を気に入っただけだ。そもそも彼らは誰にも飼われない。
強いて言うなら、彼らの飼い主は神だ」
どういう事?
「オラ・ゾエルの行動は理解できる。サリーヤと気があう星まわりだったのかもしれない。けれど、これは違う」
オルロバ様は困ったように長櫃を見た。
「君の所に運んできた。それは君の持ち物だと思ったからだよ。中身を見ても?」
どうぞ、どうぞ。
クゥが使った鎧一式である。
「下賜品だ、長櫃の蓋の裏に由来が書かれている。
リプア神官、これの由来と所有者が今どうしているか、モストク神官と連絡をとってください」
オルロバ様とリプア神官様が長櫃の蓋の裏を見る。
細かな文字が並んでいるが、共通語ではないので、私にはわからない。
「あの方と連絡をとるのは至難の技ですが、本神殿の方から各所に連絡をまわしましょう。由来品の方は直接、下賜をした方に問い合わせたほうが早いでしょう」
「八人もいるが、本元に問い合わせればわかるか?」
「時間はかかりますがわかるでしょう。ただ、実質七人、そして彼女の関わりとなれば、一人です。調べるも何も、その方に直接問い合わせるのが確実でしょう」
その答えに、オルロバ様が唸った。
「どうなのだ?」
「たぶん、予想ではそう、悪い話にはならぬかと」
「そういう方なのか?」
「さぁわかりかねますが、モストク神官が運んだのであれば、良き事のはず」
それにオルロバ様は無表情だ。
「たぶん」
目をそらしたリプア神官様に、私は言った。
「セドリック神官様が灰色を連れてきたのは、ちょうど今頃です」
意味のわからない話に、皆、黙った。
「ちょうど今頃、私は灰色を渡されました。」
「どういう事かな?」
「お話を聞いてくれますか?」
雨季が明け、ちょうど今頃、セドリック様が神殿に滞在していた。
私は、教会で知り合い、灰色を預けられた。
そして二月過ぎても、飼い主は現れず。
激しい嵐が起きた後、時間が巻き戻り、何故か外の流浪民の列にいた。
夢幻かと思ったが、かつての住居を探してみれば、この長櫃が出てくる。
街の者にも変わりなく、自分を知る者もいた。
と、色々な事を省略して伝えた。
「信じられないですよね、だから、セドリック神官様に問い合わせても、何もわからないのかなって」
それに考え込んでいたリプア神官様が手を上げた。
「いえ、そのような流れであれば、逆に、モストク神官は理解しているでしょう。早急に探し出さねばなりません。」
信じるの?
「嘘をつくなら、もっと信じられる話をするでしょう。そして一番の理由は、説明のつかない出来事をふりまく人物がモストク殿だからです。後始末なしで」
思わず長櫃を皆で見る。
煤けているが、確かに下賜品を入れるに相応しい作りである。
ため息ばかりが聞こえる室内に、明るい声が響き渡る。
「遅いから来てしまいましたわっ!
あら、どうかなさいましたの?そんな暗い顔をして。
爺やがやっと元気になったら、今度はお兄様と神官様が、そんな。サリーヤ、貴女もちょっとどうしたの?
お腹がすいたんじゃない?
お腹がすくと悲しくなるのよ、そうですわよね、灰色様と茶色様。今日もたくさんお肉を用意しておりましてよ。
そうだ、お兄様も神官様も一緒に参りましょう。
さぁ、暗い顔をしても何も解決の足しにはなりませんのよ」
リプア様も含めて、皆で晩餐となった。




