分岐点
クゥはニッコリした。
キラキラと輝く緑の瞳が私を見る。
「私はニィ・イズラのクスコ・ガルダとしての人生を選んだ。」
「うん」
「虚勢もあった」
「うん」
「母が死んで、ガルダ・アスラムの人生も受け入れた。」
「うん」
「私の母は、ニィ・イズラだった。だから、息子の私は、その人生をまっとうしようと思った」
「うん」
「私には、ルフト・スウェナムという義兄弟がいた。
ルフトは、アデイムの息子で、私とは逆にガルダ・アスラムの人生を拒否した」
「クゥ、茶化すつもりは無いけど、これ怖い話でしょ」
「そうだな」
「今更だけど、聞きたくない気がする」
「そうか、すまんな」
「うぅ」
「私は、ヤカナーンの血が入っている。
これは義父との約束で秘密にしていた」
「うん」
「だぶん、その秘密がルフトをおかしくした。
どれが嘘だかわからなくなった、私への信頼が失われたのだろう。
疎外感を与えてしまったのか、それとも、私が家族に割り込んだことが不快だったのか。義父の言葉も、何もかもルフトは曲解していった」
「クゥ、それって」
「わかるか?私も今更、思うのだ」
「シシルンの、遺跡の呪いかな」
「外まで続く呪いは無いはずだ。それに出来得る限り、私が同行していたのだ」
「本来のルフトさんってどんな人」
「私とは逆で、穏やかで静かな男だ。争い事を嫌うし、前に出るのも嫌がる」
あぁそうか。
と、口には出さずに思った。
クゥはルフトさんが羨ましくて、ルフトさんは、きっとクゥが妬ましかった。
クゥが言うルフトさん。
つまり、その反対がクゥだ。
前に前にと出て、人の中心にいるクゥ。
争うのが嫌いで、人をさけていたルフトさん。
関係がうまくいっていれば、友達としてはよかったかもしれない。
けど、兄弟になって比べられたら軋轢は生まれる。
そして、クゥは恵まれているだろうルフトさんの考えはわからない。
「クゥが呪われないのは」
「私の父はヤカナーンの死んだ公爵だ」
「前の公爵様は、客死って聞いたよ」
「素行が悪い男だった。死んで喜んでいる者も多かろう」
「聞きたくないよ、クゥ」
「すまんすまん」
「じゃぁ、オルロバ様は」
「異母兄弟か、異母弟の死と義父の死、そして仲間達と私の半身が死に、お前に助けられてここにいる。
さて、命の恩人、我が同胞、そして可愛い妹よ。ここから私は何をするべきだと思う?」
復讐だ、武器をとれ!
頭の中で、野次が飛ぶ。
暴力で解決できるなら、もう、解決してるよね。
「聞いてどうするの?」
「サリーヤは賢いからな、私よりずっと物事をよく考えて見ている」
「私は目的が一つだからね」
「目的か」
感情の整理ではなく、現状の整理と目標。
そして私の目標は、安全第一、クゥと私の生存である。
こればっかりは譲れない。ほら、簡単。
「クゥの目的、到達すべき事は?」
それにクゥは、答えた。
「簒奪の阻止だ。
私はクスコ・ガルダであるが、クラヴィス・ヤカナーンでもある。黙って家族を殺される訳にはいかない」
「では、クゥは、迷いなく進むだけだよ」
ただし、死なないようにね。
答えは元から分かっているんだよね。
「それで、クゥは何を迷っているの?」
私を見て、クゥは眉を下げる。
「何か、思い出した事が他にもあるんだね」
それにクゥは、私の頭に手を伸ばし、撫でた。
何度も撫でてから、やっと言った。
***
クゥは、混血で獣人の血に傾いた亜獣人だ。
亜獣人は軽量って言われる私みたいな形で生まれる。
けれど、クゥは大きな獣人で混血の影響は皆無だ。
公爵が長命種人族の為、当然だね。
でも、普通はニィ・イズラの戦士にはなれない。
クゥの言うニィ・イズラとは、一族の中での戦士の事だ。
戦う人って事。
初めは分からなくて、どうして儀式でニィ・イズラになるのか理解できなかった。
つまり、一族の中の戦士を指してる。
外の人からすると、彼らの部族全体を指していると思うよね。つまり、彼らの部族の戦う集団を指している。
だから、ホルホソロルになるニィ・イズラとは、戦い専門の人って事。
そして、ニィ・イズラの戦士は、当然、部族内での地位は高くて尊敬されている。
だから、部族内では子供が最初に意識する職業ってこと。
この説明を聞いて、あぁこれも原因だよって思った。
もちろん言わない。
クゥにしてみれば、混血としての立場や、お母さんを思って努力してきた訳だし。その努力を妬まれてもね。
話は戻るけど、特殊な儀式で認められなければ、戦士にはなれない。それにだ、たまたまかも知れないけれど、混血がいなかった。
クゥは、その戦士に選ばれた。
どのくらいの割合で、戦士になれるのか聞いてみたよ。
十人の子供の内、一人なれるかどうか。
だから、なれない事は普通って事。
それになれたクゥは、嬉しかっただろうね。
儀式により正式に選ばれた、初めての外の血のニィ・イズラだった。
クゥが混血である事は、族長連中だけが知っている。
そして誰の子供か知っているのは、養父とクゥだけだ。
だから、クゥは、公爵の血をあまり、重く見ていなかった。
ホルホソロルになったのも、義父への恩返しもあるけれど、彼は自分をニィ・イズラのクゥだと思っていたからだ。
けれど、彼の従兄弟で義兄弟となったルフトさんは、気がついたんだ。
なんども彼と遺跡で行動したからね。
クゥはヤカナーンだって。
それでも問題はなかったはずだ。
だって、クゥのお母さんはニィ・イズラだ。儀式も正式に彼を認めた。
けれど、ルフトさんはおかしくなった。
クゥを偽物と呼び、彼はニィ・イズラの一族内で妙な派閥を作り始めたんだ。
混血を廃絶しようってね。
でも、考えてみてよ。
人族長命種との混血は少ないかも知れないよ。
でもね、オルタスは多民族多種族国家だ。
混血なんて掃いて捨てるほどいるし、獣人族の種族は多種多様。
何をもって純血統と考えるか、それだけでも面倒な事になる。
そしてね、そういう純血統主義は、人族の長命な貴族の考え方で、大方の獣人は、大嫌いな思想なんだ。
獣人を差別してきた長命種と同じ考え方だもの。
そうは分かっていても、クゥは自分が身を引くべきだと思った。
クゥは、世話になったアデイムさんの顔を潰したくなくて、ホルホソロルのクゥとして生きようって思った。故郷を出るつもりだった。
でも、アデイムさんは族長だ。
自分の血の繋がった息子でも、一族の分裂を招くような者は許せなかった。
だから、ルフトさんの方を勘当しちゃったんだ。
クゥは関係の修復をはかろうとしたんだ。
けれど、ルフトさんは勘当されてすぐ、ヤカナーンの派閥争いに首を突っ込んだ。
それも酷い方法でだ。
ルフトさんが、どこまで真実を理解していたのか。
遺跡の呪いだったのか。
それとも別の思惑があったのかわからない。
でも、彼は、前公爵の息子だと名乗ったんだ。
純血統の次に、自分は混血だと主張する。
アデイムさんは、息子は死んだと落胆した。
でもさ、それは荒唐無稽な話だよね。
神官様と巫女様の話を思い出せばわかるよね。生まれのごまかしはきかないんだよ。
ルフトさんは生粋の獣人だもの。
そして神聖教は買収できないんだ。
ごまかす事をするとね、現実にバチがあたっちゃうって言われてる。
この名付けの儀式ができる人は、神様の加護っていうものだから、それに背くような行いをすると、力が無くなるんだ。
そして力が無い人は、神官同士、巫女様でも、見ればわかってしまうんだ。
生きていく上での嘘でバチはあたらないけど、この儀式の嘘だけは神罰が下る。だから、神官様や巫女様を誰も疑わないんだ。
でもね、神殿は、彼をヤカナーンであると認めたんだ。
そうしてルフトさんは公爵の血縁となった。
彼を以前から知っていたイライフ・アマドさんは、主治医の錯乱に困惑した。
でも、前の公爵の素行を考えると否定できない。
そこでアデイムと連絡をとり、事の真偽を確かめる事にした。
それはニィ・イズラの中でも波紋を呼び、そしてアデイムさんと奥さんを貶める行いになる。
だって、誰もがルフトさんが何処で誰の子として生きてきたか、知っているんだもの。
そこでアデイムさんは、簒奪が実行される前に、神殿に異議を申立た。そして軍には、今回の事を内輪の小競り合いとしておさめたいと願ったんだ。
このままだと、ニィ・イズラも馬鹿な欲を出してしまうかもしれない。
そしてなにより、自分の息子を取り戻したい。たとえ命を刈り取ろうと、ニィ・イズラとしての息子を取り戻したいと考えた。
それはクゥにも異存は無かった。
ルフトさんの申立は、誰がみても根拠が無い。
彼はクゥよりもずっと獣面が顕著な人だった。
クゥは一見しても、獣の部分が見えない完全な擬態をしている。
本人曰く、混血としての部分が、そこに凝縮してて嫌だって。
だから、クゥが、自分が公爵の実子だと言ったほうが、誰もすんなり納得できる。
けれど、本当の実子であるクゥは、長命種の跡継ぎなんぞになりたくはない。だってクゥは、獣人のニィ・イズラで戦士なのだ。
彼は今の自分が好きだ。
きっとルフトさんは、クゥとは逆だったんだね。
ルフトさんは何がしたかったのか?
これだよね、彼こそ本当に誰なんだって話だと思う。
けれど、クゥが困っている事はそこではない。
ニィ・イズラのルフトさんの仲間が先行し、罠を張っていた。そしてヤカナーンの公爵と利害が反する勢力、ルフトさんを担ぎ出した勢力も、クゥ達を待ち構えていた。
もちろん、そんな事はわかったいるから、クゥ達はホルホソロルの人達を連れて、そして先行もさせていた。
それは十日より前だ。
だから、神殿の再審によって、ルフトさんの虚偽をあばき、ホルホソロルの威光で抑え込んでしまおうって事だった。
油断があったってクゥは言うけど、まさか、幼い公爵を殺害してしまうとは思わなかった。
殺すほうが簒奪の失敗になる。
人質などで脅してオルロバ様から奪えば、中央政府の介入を拒否できる。
そしてこれまでの主張の正当性も、得られる可能性があった。
殺して殺して、血まみれにする必要は欠片もなかった。
それにルフト自身に、ヤカナーンへの恨みは無いはずだ。
それとも恨みがあったのか?
クゥは、きっと自分の所為だと思ってる。
さて、そんな中で、クゥ達は公爵と対面を果たした。
公爵は誰が嘘をついているか、すぐに悟った。
クゥが何者か、わかる人にはわかる。
ヤカナーンの人は、クゥを見て、こっちが本物だってすぐにわかったんだ。
この時、双子からア・メルンの統治に必要な事を知った。
シシルンの遺跡に暮らす者であり、血を受け継ぐ者の話だ。
オルロバ様は、元々、ルフトさんの虚言は相手にもしていなかった。
だって、シシルンを抑えられる事ができなければ、親戚だろうがなんだろうが、無意味だから。
だから、本当の血縁で、自分たちの役割を分かってもらえる兄の出現を、彼ら双子は心から喜んだ。
クゥは嫌がっているけど、顔が父親にそっくりで、対面したオルロバ様も笑顔になるくらい、兄弟だってすぐ分かったんだってさ。
裁判どころか、何をしなくても、彼を見た人はわかる。
私は案外、これがルフトさんの目的な気がした。
注目と殺意を全部、クゥに集める為。
そして元々彼は、遺跡を探したかっただけ。
邪魔なものは、全部、集めて始末しようとした。
嫌な話だ。
色んな事が十日の間にあったけど、クゥが心配しているのは、最後の日だ。
ルフトさんは、オルロバ様の殺害には関与していない。
クゥとオルロバ様とアデイムさんを殺そうとしたのは、ニィ・イズラの血統主義の人と、ヤカナーンの比較的新しい家の人達だ。
オルロバ様が公爵になった事に元々異議のあった人達だね。
彼らはきっと、ア・メルンの成り立ち、シシルンの遺跡の意味を知らなかった人達だね。
だから、嫡子継承とはいえ、若いオルロバ様が公爵になる事が納得できない。まぁ誰がなっても納得できない人達だ。
この襲撃がうまくいってしまったのは、イライフ・アマドさんが毒殺されていたって事だ。
彼の代わりを努めていた彼の息子が、簒奪者の側についていた。つまり、裏切り者で毒殺の主犯は、この息子だ。
このおかげで、正統な主張も何もかも、殺して奪えという話に変わった。
凶刃に倒れるオルロバ様。
でも、これだけでは即座に何かが起こるわけではない。
遺跡の主になる権利が浮き、そして地下暮らしの私達が徐々に狂気に落ちるだけだ。
それも誰かが主におさまれば済む事だ。
このシシルンの遺跡の主は、誰もがなれるわけではない。
シシルンの血であるが、指名。そして、指名なければ、一番の親しい血筋。
兄弟でも子供がいれば、その子供へ。
子供がいなければ、その者と一番血が近い兄弟へ。
オルロバ様なら、双子のニラガ様が順番だ。
だが、先にニラガ様はお亡くなりになっていた。
あの、笛の人の塔だ。
クゥはずっと言っていたね。
塔には誰もいない。
ニラガ様は侍女共々、殺されている。
心が卑しいイライフさんの息子は、自慢気に言ったそうだ。
先に待つ者がいて良かっただろうって。
ここで何処にシシルンを得る権利はいくのか?
クゥだ。
オルロバ様が公爵の座に着いていたのは、血族として遠い人間ばかりだったからだ。
簒奪を企てた者達なぞ、シシルンの流れには関係が無い有様だ。
でも、その時のクゥにはわからない事だ。
皆を守りきれず、クゥにも矢が射掛けられた。
クゥはせめてもと、裏切り者、イライフさんの息子に剣を投げつけ殺害した。
私が見た奴だ。
そして次には、クゥの相棒が、彼を外に放り投げた。
あの場所の南側は露台になっていて、クゥはそのまま外へ。
彼の相棒は射殺されて絶命するのが見えた。
クゥは、この時、ア・メルンの街が崩れていくのを見た。
この間が悪い時に、誰かがシシルンの遺跡に踏み込んだのだ。
当然、一人だけしか残っていない。
罠を踏み抜き、番人を全部外にだすような、悪意をもった。
アルラホテから順々に崩落し煙をたてて崩れていくのが見えた。
城の階段では仲間が番人と戦い、埋め尽くすような呪いの産物が這い出てくるのも見えた。
クゥは落ちながら、死んでいく。
相棒が庇ってくれたが、彼の体は矢に抜かれ、暗い水路に落ちたのだ。
確実に死ぬようにと打ち込まれた矢は、抜けないような形のいびつな鏃であった。
その感触を覚えている。
溺れていくのも覚えている。
信じられないという思いもだ。
そうして、クゥは死んだ。
誰も、何も得をしない結末だった。
けれど、ここにクゥはいる。
無傷で、私が泉から引き上げた。
死に際の夢にしても、クゥは私を放置できない。
だが、夢にしてはおかしな具合。
夢ではなく、これがシシルンの呪いの続きであるならとクゥは考える。
「人の消えたア・メルン。
ここを私が訪れる前だと仮定する。
ここで私が、シシルンの墓にたどり着き、ルフトが欲しがっている物の一つを先に手に入れる」
「どんな物?」
「シシルンの墓にあるとされる護符だ。宝石の装身具で、番人や罠、呪いに認識されなくなる」
「そういう言い伝え?」
「そういう言い伝えらしい。
あれば、あの崩壊の手段はとれなくなる。ルフトは最初に、その護符を手に入れていたのではないかと考えている。」
「何が心配なの?」
「手に入れた時、変化があるだろう。
私は元々ヤカナーンの血で、影響がない。
護符を手に入れた時点で、死に戻るだけかも知れない。」
「えっ」
「ただ、その護符がルフトに渡らなければ、強引な手段がとれないだろう。」
「どうしてそんな風に思ったの?」
「自分の死を思い出した。
人がいないア・メルンにいるのは影だ。
抑えきれなかった怨念の影。
いま、罠を踏み抜いているのは、ルフトの影か。
何がおきても、私は死んだ身だ。
これ以上の後悔も、これ以上の苦しみも無い。
ただ、一つだけ思うのだ。
サリーヤ、私の命を拾い上げた、お前はどうなるのだろうか?」
サリーヤとクゥは名をよぶ。
「嵐が去った日、砂船が到着してから十日目だ。
結び目が解かれれば、私は多くを忘れるのか?
お前に助けられた時は、こちらが現実で死んだ自分は夢。
だが、元の流れに戻されれば、今が夢になるのか?」
「クゥ、確証の無い仮定の話は無意味。なんでしょう?」
クゥは笑った。
「そうだな。
護符を手に入れ、シシルンの墓の中身は閉じる。
そうすれば、誰にも渡らず眠るだろう。
まぁこれも想像にすぎない。
墓荒らしどもが押し出されるまで、少し休もうか」
「押し出される?」
「失敗した者は、外に押し出される。
あぁそうだ、ヤカナーンの血筋が途絶えた場合、サリーヤは逃げるんだぞ」
「クゥ」
「呪いが広がれば、逃げるのも難儀になる。もし、その兆候がでたら、ア・メルンを捨てるのだ。」
私はクゥの腕に手を置いた。するとあたたかい手が握り返す。
何が言えるだろう。
クゥの邪魔になりたくない、けれど。
話をした後、クゥは泉の部屋で休んだ。
私は、すっかり渡された話に竦み上がって落ち着かない。
私の孤独な日々は、時を無理やり曲げた結果なのか。
シシルンが与える呪い。
クゥが行ってしまう。
怖い。
でも、引き留めるのか?
「クゥ」
寝ている側に座る。
このまま、と言うわけにはいかなそうだ。
問題を整理しよう。
不安な時に考える答えは、怖い事ばかりだ。
そして間違う事が多い。
聞いた限り、ルフトさんはルフトさんじゃない。
まず、ヤカナーン様の血族という判定が最初にあった。
この時点で、ルフトさん本人か怪しい。
彼の目的は遺跡のシシルンの墓への侵入だ。
クゥは彼に、護符が渡り、強引に墓を荒らされる事を阻止したい。
ここがもし、クゥの時間で言う過去ならば。
この不自然な場所には、抵抗する意識もある。
本来の流れで行われた事を繰り返そうとする意識、影だ。
これ、この影。
クゥの話の流れで考えれば、これ、ルフトさんじゃなくて、ルフトさんみたいにしていた奴だと思う。
だって、影、形変えてたし。
影は何かを探していた。
あれはクゥを探していたのか、シシルンの墓を探していたのか。
影が押し出された後、時間を朝にあわせて墓に向かう。
危険は減る。
でも、クゥが珍しく昼寝をしているのは、夜に向かうつもりだろう。
影が再度侵入する前に、クゥはたどりつきたいと考えているのか?
同行は難しいだろうか?
叫びだしそうな私ではあるが、それが難しいと判断する。
「どうしたサリーヤ」
クゥが起きた。
怖い、クゥ。
一人になりたくない。
「なんでもないよ、今夜、行くのか考えてた」
頭を肘に乗せ、クゥはこちらを向いた。
「そんなに悪い話ではないんだ。怖がらせたな」
「どういう事?」
「サリーヤにとっては、まだ、何もおきていないって事なんだよ」
「何もおきていない?」
「ア・メルンでは、誰も死んでいない。
兵士も私も、そしてヤカナーンの誰も死んでいない。
終わってはいないんだ」
「終わっていない?」
「そして、私が先んじて護符を手にできれば、何も起きないかもしれない」
「何もおきないの?」
「護符を手に入れてどうなるのか、たぶん、サリーヤの時間から私は弾かれてしまうと思う。
そしてサリーヤも私も、これが幻になるだろう。
この記憶は薄れ消えてしまうかも知れない。
だが薄れる前に、この場所に帰ってくる。
そしてサリーヤと会えなくても、私がいて、この会話が幻で無い証拠を残しておく。」
さよならは、嫌だ。
「大丈夫だ、サリーヤ。覚えておいてほしいのは、シシルンの呪いの兆候だ。それを見逃さず、無事に生きて欲しいのだ。」
でも、泣かないぞ。
クゥを忘れないように、じっと顔を見る。
優しい垂れ目を見つめて、私は忘れないぞと思う。
クゥは、また、さよならを忘れた。
夜になって、クゥは行ってしまった。
灰色と茶色を同行させようとしたら、駄目だと言われた。
戻らないから、いらないって。
泣かないぞって、頑張ったら、疲れた。
灰色と茶色と一緒にぎゅうぎゅうして寝た。
何も変わらず、夜が過ぎた。
何も変わらず、朝が来た。
でも、朝起きたら。
***
「名前は、サリーヤね。出身は?そう。滞在は保留ね。どうしてかって?
そりゃぁ、お嬢ちゃんの連れがね。
たぶん、共同体から止めるように言われるから。
流浪民って言われてもね。
わからない?おぉーい、誰か、この子の説明してくれる?
この子、絶対家出だから。
俺、この子の親に惨殺される未来しか見えねぇ。誰かぁ、おい、今日の担当のお役人呼んでよ。」
「何々、おいおいおいおいぃ。ニィ・イズラのオラ・ゾエルが二体もいるのかよ。なぁお嬢ちゃん、親はどうしたんだ?
いない?そんな訳あるかよ、オラ・ゾエルが二体も保護してるとか、普通は無いの。何、オラ・ゾエルって何だって?あぁ、生まれた時から一緒だとわからんか。今日は、共同体の人、いないの?」
「何、呼んだ?俺、今日非番。げっ」
「ちょっと逃げないでよ、オラ・ゾエルが保護してる女の子が来ちゃったんだから。アタシ、まだ、死にたくないの」
「俺もだよ、ニィ・イズラの子供かよ。それもオラ・ゾエル、あれ、あのオラ・ゾエルだろ、特別審問の為に、わざわざ来るって言ってたじゃん」
「あ〜、でも、セドリック・モストク神官が連れてくるんじゃなかったの?」
「いや、あの人、お告げあると消えるから」
「神の人、あるあるね」
「やだ、じゃぁ審問の為に来たから、保護してる子供も連れて来ちゃったとか。やだ、やっぱり殺されるわ」
「神殿に確認して、筆頭家臣のアマド様にも連絡でよろしく」
「お菓子用意して、あと、オラ・ゾエル様達にもお水」
「様って」
「様でしょ、アンタ、審問官と審判官とか来たら?」
「這いつくばってる」
「茶菓子、なければ買ってきなさいよ」
朝、起きたら、流浪民の野営地にいた。
灰色と茶色は一緒。
二匹の鑑札も私の札も無くなっていた。
着ているのは、いつもの砂堀の服。
荷物は無くて、ア・メルンに入る列に並んだ。
たくさんの人、たくさんの音。
灰色が頭をゴンゴンしてきて、茶色がグリグリ体を押し付けてくる。
泣きそうになっていたら、兵隊の人に列から連れ出された。
混乱して、私は泣き、灰色と茶色が唸りだす。
そうしたら、詰め所の兵士の人達が慌てふためいた。
ここはア・メルンなのだろうか。
そして、ここは何時なのだろうか。
クゥはどうしているだろうか。
皆、生きているね。
色んな、事が押し寄せて、シクシク泣いた。
泣いていたら、お城から人が来たと言われた。
「よかった、間に合ったのね」
お城から、お姫様が来た。




