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砂漠の梟  作者: CANDY
時の結び目
13/28

分岐点

 クゥはニッコリした。

 キラキラと輝く緑の瞳が私を見る。

「私はニィ・イズラのクスコ・ガルダとしての人生を選んだ。」

「うん」

「虚勢もあった」

「うん」

「母が死んで、ガルダ・アスラムの人生も受け入れた。」

「うん」

「私の母は、ニィ・イズラだった。だから、息子の私は、その人生をまっとうしようと思った」

「うん」

「私には、ルフト・スウェナムという義兄弟がいた。

 ルフトは、アデイムの息子で、私とは逆にガルダ・アスラムの人生を拒否した」

「クゥ、茶化すつもりは無いけど、これ怖い話でしょ」

「そうだな」

「今更だけど、聞きたくない気がする」

「そうか、すまんな」

「うぅ」

「私は、ヤカナーンの血が入っている。

 これは義父との約束で秘密にしていた」

「うん」

「だぶん、その秘密がルフトをおかしくした。

 どれが嘘だかわからなくなった、私への信頼が失われたのだろう。

 疎外感を与えてしまったのか、それとも、私が家族に割り込んだことが不快だったのか。義父の言葉も、何もかもルフトは曲解していった」

「クゥ、それって」

「わかるか?私も今更、思うのだ」

「シシルンの、遺跡の呪いかな」

「外まで続く呪いは無いはずだ。それに出来得る限り、私が同行していたのだ」

「本来のルフトさんってどんな人」

「私とは逆で、穏やかで静かな男だ。争い事を嫌うし、前に出るのも嫌がる」


 あぁそうか。

 と、口には出さずに思った。

 クゥはルフトさんが羨ましくて、ルフトさんは、きっとクゥが妬ましかった。


 クゥが言うルフトさん。

 つまり、その反対がクゥだ。

 前に前にと出て、人の中心にいるクゥ。

 争うのが嫌いで、人をさけていたルフトさん。


 関係がうまくいっていれば、友達としてはよかったかもしれない。

 けど、兄弟になって比べられたら軋轢は生まれる。

 そして、クゥは恵まれているだろうルフトさんの考えはわからない。


「クゥが呪われないのは」

「私の父はヤカナーンの死んだ公爵だ」

「前の公爵様は、客死って聞いたよ」

「素行が悪い男だった。死んで喜んでいる者も多かろう」

「聞きたくないよ、クゥ」

「すまんすまん」

「じゃぁ、オルロバ様は」

「異母兄弟か、異母弟の死と義父の死、そして仲間達と私の半身が死に、お前に助けられてここにいる。

 さて、命の恩人、我が同胞、そして可愛い妹よ。ここから私は何をするべきだと思う?」


 復讐だ、武器をとれ!

 頭の中で、野次が飛ぶ。

 暴力で解決できるなら、もう、解決してるよね。


「聞いてどうするの?」

「サリーヤは賢いからな、私よりずっと物事をよく考えて見ている」

「私は目的が一つだからね」

「目的か」

 感情の整理ではなく、現状の整理と目標。

 そして私の目標は、安全第一、クゥと私の生存である。

 こればっかりは譲れない。ほら、簡単。

「クゥの目的、到達すべき事は?」

 それにクゥは、答えた。

「簒奪の阻止だ。

 私はクスコ・ガルダであるが、クラヴィス・ヤカナーンでもある。黙って家族を殺される訳にはいかない」

「では、クゥは、迷いなく進むだけだよ」

 ただし、死なないようにね。

 答えは元から分かっているんだよね。

「それで、クゥは何を迷っているの?」

 私を見て、クゥは眉を下げる。

「何か、思い出した事が他にもあるんだね」

 それにクゥは、私の頭に手を伸ばし、撫でた。

 何度も撫でてから、やっと言った。


 ***


 クゥは、混血で獣人の血に傾いた亜獣人だ。

 亜獣人は軽量って言われる私みたいな形で生まれる。

 けれど、クゥは大きな獣人で混血の影響は皆無だ。

 公爵が長命種人族の為、当然だね。

 でも、普通はニィ・イズラの戦士にはなれない。


 クゥの言うニィ・イズラとは、一族の中での戦士の事だ。

 戦う人って事。

 初めは分からなくて、どうして儀式でニィ・イズラになるのか理解できなかった。

 つまり、一族の中の戦士を指してる。

 外の人からすると、彼らの部族全体を指していると思うよね。つまり、彼らの部族の戦う集団を指している。

 だから、ホルホソロルになるニィ・イズラとは、戦い専門の人って事。

 そして、ニィ・イズラの戦士は、当然、部族内での地位は高くて尊敬されている。

 だから、部族内では子供が最初に意識する職業ってこと。

 この説明を聞いて、あぁこれも原因だよって思った。

 もちろん言わない。

 クゥにしてみれば、混血としての立場や、お母さんを思って努力してきた訳だし。その努力を妬まれてもね。


 話は戻るけど、特殊な儀式で認められなければ、戦士にはなれない。それにだ、たまたまかも知れないけれど、混血がいなかった。

 クゥは、その戦士に選ばれた。

 どのくらいの割合で、戦士になれるのか聞いてみたよ。

 十人の子供の内、一人なれるかどうか。

 だから、なれない事は普通って事。

 それになれたクゥは、嬉しかっただろうね。

 儀式により正式に選ばれた、初めての外の血のニィ・イズラだった。

 クゥが混血である事は、族長連中だけが知っている。

 そして誰の子供か知っているのは、養父とクゥだけだ。

 だから、クゥは、公爵の血をあまり、重く見ていなかった。

 ホルホソロルになったのも、義父への恩返しもあるけれど、彼は自分をニィ・イズラのクゥだと思っていたからだ。

 けれど、彼の従兄弟で義兄弟となったルフトさんは、気がついたんだ。

 なんども彼と遺跡で行動したからね。

 クゥはヤカナーンだって。

 それでも問題はなかったはずだ。

 だって、クゥのお母さんはニィ・イズラだ。儀式も正式に彼を認めた。

 けれど、ルフトさんはおかしくなった。

 クゥを偽物と呼び、彼はニィ・イズラの一族内で妙な派閥を作り始めたんだ。

 混血を廃絶しようってね。

 でも、考えてみてよ。

 人族長命種との混血は少ないかも知れないよ。

 でもね、オルタスは多民族多種族国家だ。

 混血なんて掃いて捨てるほどいるし、獣人族の種族は多種多様。

 何をもって純血統と考えるか、それだけでも面倒な事になる。

 そしてね、そういう純血統主義は、人族の長命な貴族の考え方で、大方の獣人は、大嫌いな思想なんだ。

 獣人を差別してきた長命種と同じ考え方だもの。

 そうは分かっていても、クゥは自分が身を引くべきだと思った。

 クゥは、世話になったアデイムさんの顔を潰したくなくて、ホルホソロルのクゥとして生きようって思った。故郷を出るつもりだった。

 でも、アデイムさんは族長だ。

 自分の血の繋がった息子でも、一族の分裂を招くような者は許せなかった。

 だから、ルフトさんの方を勘当しちゃったんだ。

 クゥは関係の修復をはかろうとしたんだ。

 けれど、ルフトさんは勘当されてすぐ、ヤカナーンの派閥争いに首を突っ込んだ。

 それも酷い方法でだ。


 ルフトさんが、どこまで真実を理解していたのか。

 遺跡の呪いだったのか。

 それとも別の思惑があったのかわからない。


 でも、彼は、前公爵の息子だと名乗ったんだ。


 純血統の次に、自分は混血だと主張する。

 アデイムさんは、息子は死んだと落胆した。


 でもさ、それは荒唐無稽な話だよね。

 神官様と巫女様の話を思い出せばわかるよね。生まれのごまかしはきかないんだよ。

 ルフトさんは生粋の獣人だもの。

 そして神聖教は買収できないんだ。

 ごまかす事をするとね、現実にバチがあたっちゃうって言われてる。

 この名付けの儀式ができる人は、神様の加護っていうものだから、それに背くような行いをすると、力が無くなるんだ。

 そして力が無い人は、神官同士、巫女様でも、見ればわかってしまうんだ。

 生きていく上での嘘でバチはあたらないけど、この儀式の嘘だけは神罰が下る。だから、神官様や巫女様を誰も疑わないんだ。


 でもね、神殿は、彼をヤカナーンであると認めたんだ。


 そうしてルフトさんは公爵の血縁となった。

 彼を以前から知っていたイライフ・アマドさんは、主治医の錯乱に困惑した。

 でも、前の公爵の素行を考えると否定できない。

 そこでアデイムと連絡をとり、事の真偽を確かめる事にした。

 それはニィ・イズラの中でも波紋を呼び、そしてアデイムさんと奥さんを貶める行いになる。

 だって、誰もがルフトさんが何処で誰の子として生きてきたか、知っているんだもの。


 そこでアデイムさんは、簒奪が実行される前に、神殿に異議を申立た。そして軍には、今回の事を内輪の小競り合いとしておさめたいと願ったんだ。


 このままだと、ニィ・イズラも馬鹿な欲を出してしまうかもしれない。

 そしてなにより、自分の息子を取り戻したい。たとえ命を刈り取ろうと、ニィ・イズラとしての息子を取り戻したいと考えた。

 それはクゥにも異存は無かった。


 ルフトさんの申立は、誰がみても根拠が無い。

 彼はクゥよりもずっと獣面が顕著な人だった。

 クゥは一見しても、獣の部分が見えない完全な擬態をしている。

 本人曰く、混血としての部分が、そこに凝縮してて嫌だって。

 だから、クゥが、自分が公爵の実子だと言ったほうが、誰もすんなり納得できる。

 けれど、本当の実子であるクゥは、長命種の跡継ぎなんぞになりたくはない。だってクゥは、獣人のニィ・イズラで戦士なのだ。

 彼は今の自分が好きだ。

 きっとルフトさんは、クゥとは逆だったんだね。


 ルフトさんは何がしたかったのか?

 これだよね、彼こそ本当に誰なんだって話だと思う。


 けれど、クゥが困っている事はそこではない。


 ニィ・イズラのルフトさんの仲間が先行し、罠を張っていた。そしてヤカナーンの公爵と利害が反する勢力、ルフトさんを担ぎ出した勢力も、クゥ達を待ち構えていた。

 もちろん、そんな事はわかったいるから、クゥ達はホルホソロルの人達を連れて、そして先行もさせていた。

 それは十日より前だ。

 だから、神殿の再審によって、ルフトさんの虚偽をあばき、ホルホソロルの威光で抑え込んでしまおうって事だった。

 油断があったってクゥは言うけど、まさか、幼い公爵を殺害してしまうとは思わなかった。

 殺すほうが簒奪の失敗になる。

 人質などで脅してオルロバ様から奪えば、中央政府の介入を拒否できる。

 そしてこれまでの主張の正当性も、得られる可能性があった。

 殺して殺して、血まみれにする必要は欠片もなかった。

 それにルフト自身に、ヤカナーンへの恨みは無いはずだ。


 それとも恨みがあったのか?

 クゥは、きっと自分の所為だと思ってる。


 さて、そんな中で、クゥ達は公爵と対面を果たした。

 公爵は誰が嘘をついているか、すぐに悟った。

 クゥが何者か、わかる人にはわかる。

 ヤカナーンの人は、クゥを見て、こっちが本物だってすぐにわかったんだ。


 この時、双子からア・メルンの統治に必要な事を知った。

 シシルンの遺跡に暮らす者であり、血を受け継ぐ者の話だ。

 オルロバ様は、元々、ルフトさんの虚言は相手にもしていなかった。

 だって、シシルンを抑えられる事ができなければ、親戚だろうがなんだろうが、無意味だから。

 だから、本当の血縁で、自分たちの役割を分かってもらえる兄の出現を、彼ら双子は心から喜んだ。

 クゥは嫌がっているけど、顔が父親にそっくりで、対面したオルロバ様も笑顔になるくらい、兄弟だってすぐ分かったんだってさ。

 裁判どころか、何をしなくても、彼を見た人はわかる。



 私は案外、これがルフトさんの目的な気がした。

 注目と殺意を全部、クゥに集める為。

 そして元々彼は、遺跡を探したかっただけ。

 邪魔なものは、全部、集めて始末しようとした。


 嫌な話だ。


 色んな事が十日の間にあったけど、クゥが心配しているのは、最後の日だ。


 ルフトさんは、オルロバ様の殺害には関与していない。

 クゥとオルロバ様とアデイムさんを殺そうとしたのは、ニィ・イズラの血統主義の人と、ヤカナーンの比較的新しい家の人達だ。

 オルロバ様が公爵になった事に元々異議のあった人達だね。

 彼らはきっと、ア・メルンの成り立ち、シシルンの遺跡の意味を知らなかった人達だね。

 だから、嫡子継承とはいえ、若いオルロバ様が公爵になる事が納得できない。まぁ誰がなっても納得できない人達だ。

 この襲撃がうまくいってしまったのは、イライフ・アマドさんが毒殺されていたって事だ。

 彼の代わりを努めていた彼の息子が、簒奪者の側についていた。つまり、裏切り者で毒殺の主犯は、この息子だ。

 このおかげで、正統な主張も何もかも、殺して奪えという話に変わった。

 凶刃に倒れるオルロバ様。


 でも、これだけでは即座に何かが起こるわけではない。

 遺跡の主になる権利が浮き、そして地下暮らしの私達が徐々に狂気に落ちるだけだ。

 それも誰かが主におさまれば済む事だ。


 このシシルンの遺跡の主は、誰もがなれるわけではない。

 シシルンの血であるが、指名。そして、指名なければ、一番の親しい血筋。

 兄弟でも子供がいれば、その子供へ。

 子供がいなければ、その者と一番血が近い兄弟へ。

 オルロバ様なら、双子のニラガ様が順番だ。

 だが、先にニラガ様はお亡くなりになっていた。

 あの、笛の人の塔だ。

 クゥはずっと言っていたね。

 塔には誰もいない。

 ニラガ様は侍女共々、殺されている。

 心が卑しいイライフさんの息子は、自慢気に言ったそうだ。

 先に待つ者がいて良かっただろうって。

 ここで何処にシシルンを得る権利はいくのか?

 クゥだ。

 オルロバ様が公爵の座に着いていたのは、血族として遠い人間ばかりだったからだ。

 簒奪を企てた者達なぞ、シシルンの流れには関係が無い有様だ。

 でも、その時のクゥにはわからない事だ。

 皆を守りきれず、クゥにも矢が射掛けられた。

 クゥはせめてもと、裏切り者、イライフさんの息子に剣を投げつけ殺害した。

 私が見た奴だ。

 そして次には、クゥの相棒が、彼を外に放り投げた。

 あの場所の南側は露台になっていて、クゥはそのまま外へ。

 彼の相棒は射殺されて絶命するのが見えた。


 クゥは、この時、ア・メルンの街が崩れていくのを見た。


 この間が悪い時に、誰かがシシルンの遺跡に踏み込んだのだ。

 当然、一人だけしか残っていない。

 罠を踏み抜き、番人を全部外にだすような、悪意をもった。


 アルラホテから順々に崩落し煙をたてて崩れていくのが見えた。

 城の階段では仲間が番人と戦い、埋め尽くすような呪いの産物が這い出てくるのも見えた。


 クゥは落ちながら、死んでいく。


 相棒が庇ってくれたが、彼の体は矢に抜かれ、暗い水路に落ちたのだ。

 確実に死ぬようにと打ち込まれた矢は、抜けないような形のいびつな鏃であった。

 その感触を覚えている。

 溺れていくのも覚えている。

 信じられないという思いもだ。

 そうして、クゥは死んだ。

 誰も、何も得をしない結末だった。


 けれど、ここにクゥはいる。


 無傷で、私が泉から引き上げた。

 死に際の夢にしても、クゥは私を放置できない。

 だが、夢にしてはおかしな具合。

 夢ではなく、これがシシルンの呪いの続きであるならとクゥは考える。


「人の消えたア・メルン。

 ここを私が訪れる前だと仮定する。

 ここで私が、シシルンの墓にたどり着き、ルフトが欲しがっている物の一つを先に手に入れる」

「どんな物?」

「シシルンの墓にあるとされる護符だ。宝石の装身具で、番人や罠、呪いに認識されなくなる」

「そういう言い伝え?」

「そういう言い伝えらしい。

 あれば、あの崩壊の手段はとれなくなる。ルフトは最初に、その護符を手に入れていたのではないかと考えている。」

「何が心配なの?」

「手に入れた時、変化があるだろう。

 私は元々ヤカナーンの血で、影響がない。

 護符を手に入れた時点で、死に戻るだけかも知れない。」

「えっ」

「ただ、その護符がルフトに渡らなければ、強引な手段がとれないだろう。」

「どうしてそんな風に思ったの?」

「自分の死を思い出した。

 人がいないア・メルンにいるのは影だ。

 抑えきれなかった怨念の影。

 いま、罠を踏み抜いているのは、ルフトの影か。

 何がおきても、私は死んだ身だ。

 これ以上の後悔も、これ以上の苦しみも無い。

 ただ、一つだけ思うのだ。

 サリーヤ、私の命を拾い上げた、お前はどうなるのだろうか?」

 サリーヤとクゥは名をよぶ。

「嵐が去った日、砂船が到着してから十日目だ。

 結び目が解かれれば、私は多くを忘れるのか?

 お前に助けられた時は、こちらが現実で死んだ自分は夢。

 だが、元の流れに戻されれば、今が夢になるのか?」

「クゥ、確証の無い仮定の話は無意味。なんでしょう?」

 クゥは笑った。

「そうだな。

 護符を手に入れ、シシルンの墓の中身は閉じる。

 そうすれば、誰にも渡らず眠るだろう。

 まぁこれも想像にすぎない。

 墓荒らしどもが押し出されるまで、少し休もうか」

「押し出される?」

「失敗した者は、外に押し出される。

 あぁそうだ、ヤカナーンの血筋が途絶えた場合、サリーヤは逃げるんだぞ」

「クゥ」

「呪いが広がれば、逃げるのも難儀になる。もし、その兆候がでたら、ア・メルンを捨てるのだ。」

 私はクゥの腕に手を置いた。するとあたたかい手が握り返す。

 何が言えるだろう。

 クゥの邪魔になりたくない、けれど。

 話をした後、クゥは泉の部屋で休んだ。

 私は、すっかり渡された話に竦み上がって落ち着かない。


 私の孤独な日々は、時を無理やり曲げた結果なのか。

 シシルンが与える呪い。

 クゥが行ってしまう。


 怖い。


 でも、引き留めるのか?


「クゥ」

 寝ている側に座る。

 このまま、と言うわけにはいかなそうだ。

 問題を整理しよう。

 不安な時に考える答えは、怖い事ばかりだ。

 そして間違う事が多い。


 聞いた限り、ルフトさんはルフトさんじゃない。

 まず、ヤカナーン様の血族という判定が最初にあった。

 この時点で、ルフトさん本人か怪しい。

 彼の目的は遺跡のシシルンの墓への侵入だ。

 クゥは彼に、護符が渡り、強引に墓を荒らされる事を阻止したい。


 ここがもし、クゥの時間で言う過去ならば。


 この不自然な場所には、抵抗する意識もある。

 本来の流れで行われた事を繰り返そうとする意識、影だ。

 これ、この影。

 クゥの話の流れで考えれば、これ、ルフトさんじゃなくて、ルフトさんみたいにしていた奴だと思う。

 だって、影、形変えてたし。

 影は何かを探していた。

 あれはクゥを探していたのか、シシルンの墓を探していたのか。

 影が押し出された後、時間を朝にあわせて墓に向かう。

 危険は減る。

 でも、クゥが珍しく昼寝をしているのは、夜に向かうつもりだろう。

 影が再度侵入する前に、クゥはたどりつきたいと考えているのか?

 同行は難しいだろうか?

 叫びだしそうな私ではあるが、それが難しいと判断する。

「どうしたサリーヤ」

 クゥが起きた。

 怖い、クゥ。

 一人になりたくない。

「なんでもないよ、今夜、行くのか考えてた」

 頭を肘に乗せ、クゥはこちらを向いた。

「そんなに悪い話ではないんだ。怖がらせたな」

「どういう事?」

「サリーヤにとっては、まだ、何もおきていないって事なんだよ」

「何もおきていない?」

「ア・メルンでは、誰も死んでいない。

 兵士も私も、そしてヤカナーンの誰も死んでいない。

 終わってはいないんだ」

「終わっていない?」

「そして、私が先んじて護符を手にできれば、何も起きないかもしれない」

「何もおきないの?」

「護符を手に入れてどうなるのか、たぶん、サリーヤの時間から私は弾かれてしまうと思う。

 そしてサリーヤも私も、これが幻になるだろう。

 この記憶は薄れ消えてしまうかも知れない。

 だが薄れる前に、この場所に帰ってくる。

 そしてサリーヤと会えなくても、私がいて、この会話が幻で無い証拠を残しておく。」

 さよならは、嫌だ。

「大丈夫だ、サリーヤ。覚えておいてほしいのは、シシルンの呪いの兆候だ。それを見逃さず、無事に生きて欲しいのだ。」

 でも、泣かないぞ。

 クゥを忘れないように、じっと顔を見る。

 優しい垂れ目を見つめて、私は忘れないぞと思う。


 クゥは、また、さよならを忘れた。

 夜になって、クゥは行ってしまった。

 灰色と茶色を同行させようとしたら、駄目だと言われた。

 戻らないから、いらないって。

 泣かないぞって、頑張ったら、疲れた。

 灰色と茶色と一緒にぎゅうぎゅうして寝た。

 何も変わらず、夜が過ぎた。

 何も変わらず、朝が来た。

 でも、朝起きたら。


 ***


「名前は、サリーヤね。出身は?そう。滞在は保留ね。どうしてかって?

 そりゃぁ、お嬢ちゃんの連れがね。

 たぶん、共同体から止めるように言われるから。

 流浪民って言われてもね。

 わからない?おぉーい、誰か、この子の説明してくれる?

 この子、絶対家出だから。

 俺、この子の親に惨殺される未来しか見えねぇ。誰かぁ、おい、今日の担当のお役人呼んでよ。」

「何々、おいおいおいおいぃ。ニィ・イズラのオラ・ゾエルが二体もいるのかよ。なぁお嬢ちゃん、親はどうしたんだ?

 いない?そんな訳あるかよ、オラ・ゾエルが二体も保護してるとか、普通は無いの。何、オラ・ゾエルって何だって?あぁ、生まれた時から一緒だとわからんか。今日は、共同体の人、いないの?」

「何、呼んだ?俺、今日非番。げっ」

「ちょっと逃げないでよ、オラ・ゾエルが保護してる女の子が来ちゃったんだから。アタシ、まだ、死にたくないの」

「俺もだよ、ニィ・イズラの子供かよ。それもオラ・ゾエル、あれ、あのオラ・ゾエルだろ、特別審問の為に、わざわざ来るって言ってたじゃん」

「あ〜、でも、セドリック・モストク神官が連れてくるんじゃなかったの?」

「いや、あの人、お告げあると消えるから」

「神の人、あるあるね」

「やだ、じゃぁ審問の為に来たから、保護してる子供も連れて来ちゃったとか。やだ、やっぱり殺されるわ」

「神殿に確認して、筆頭家臣のアマド様にも連絡でよろしく」

「お菓子用意して、あと、オラ・ゾエル様達にもお水」

「様って」

「様でしょ、アンタ、審問官と審判官とか来たら?」

「這いつくばってる」

「茶菓子、なければ買ってきなさいよ」


 朝、起きたら、流浪民の野営地にいた。

 灰色と茶色は一緒。

 二匹の鑑札も私の札も無くなっていた。

 着ているのは、いつもの砂堀の服。

 荷物は無くて、ア・メルンに入る列に並んだ。

 たくさんの人、たくさんの音。

 灰色が頭をゴンゴンしてきて、茶色がグリグリ体を押し付けてくる。

 泣きそうになっていたら、兵隊の人に列から連れ出された。

 混乱して、私は泣き、灰色と茶色が唸りだす。

 そうしたら、詰め所の兵士の人達が慌てふためいた。

 ここはア・メルンなのだろうか。

 そして、ここは何時なのだろうか。

 クゥはどうしているだろうか。

 皆、生きているね。

 色んな、事が押し寄せて、シクシク泣いた。

 泣いていたら、お城から人が来たと言われた。


「よかった、間に合ったのね」


 お城から、お姫様が来た。


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