第三の選択
暫く、西の泉にいる事になった。
セルナトにて城へ通う目論見は、御破算だ。
たぶん、クゥは城に行くだろう私の行動を見透かしている。
夕暮れに繋ぎの通路の開口部に頭を突っ込んで確認しているからだろう。もちろん、笛の音や竪琴の音の確認だよ。
最近は、楽しい曲が増えてるね。ちょっとホッとしてる。
罪悪感があるんだ。
私はクゥが生活に加わって、寂しさから解放された。
ぐっと心が軽くなった。
そうするとやっぱり後ろめたくてね。
でも、下で探索するクゥの側を離れるのは怖い。
西の泉に食料を運び、燃料を運びと、そこで私はクゥの探索を見守るって事になる。
一緒に探索は無理だよ。
あのイガイガした黒い化け物とか、他にも色々いるらしいんだ。
今まで暮らしてきた場所が、本当は化け物の巣の上だったんだって知った衝撃。それをいつか、消えた人達に教えてあげたいよ。ねぇねぇ、あの洗濯していた井戸、底に赤い目玉がいるんだよぉ。
誰も信じないよなぁ。
アルラホテに通う日を決めている。
動物の世話に食料の調達。
その日、クゥの探索は中止。
今日は教会で食料調達。
犬達のご褒美肉もだ。
「番人ってあのヌメヌメウニュウニュだけなの?」
という質問に、クゥが考え込んだ。
クゥは、私の質問に答える事を覚えた!
「で、これは何なん?」
クゥが色々書き込んでいる紙の書き損じに謎の絵が。
「番人には、人型と獣型、不定形型がある」
「おぉぅ」
「人型は二足歩行にみえるが、背面に多数の触手が生えており、それが攻撃手段となっている。
多くが電撃と毒、海月に似ているな」
「クラゲってなに?」
海の生物って話。
そんで芸術的なクゥの落書きだと、人間とミミズが合体中だね。
「獣型は四足歩行を指しているが、獣とは言い難い形状だ。多くが胴体部分から硬い爪を出して打擲などの攻撃を仕掛けてくる。溶解物を射出するのが多いか」
とても獣とは見えない。こういう蟲、見たことある。足がいっぱいあってモゾモゾしてるの。クゥの謎絵がすげぇ。
突き出した足に目があるけど、ほんとうだったら、見ただけでも殺られる感じ。
「もっとも厄介なのが不定形型だ。これは粘液を広範囲にまいてくる。そしてその付着面に任意で本体を移動させてくる」
液体が飛び散って、何だか木みたいなのが生えている。
又もや、これがクゥの絵力なのか、本当にいたら嫌だなぁってのが書かれてる。
でも、あの目玉怪物とかいるし、このまんまなのかも。
うわぁ、キモチワル。
どれも何ていうのかな、怖いのもあるけど、不愉快な形だね。
おまけにクゥ曰く、だいたいが巨大な生き物らしい。
何食べて生きてるのかな。
「この間のあれは?」
「不定形型に近いが、攻撃方法は二足歩行型だ。あの触手が熱と毒を出す」
「クゥ」
「何だ?」
「すごい普通に言ってるけど、危険すぎない?」
「複数体か飛行型が出ない限り、対処可能だ」
「本当?」
「繁殖時期の砂蟲の大群よりいい」
「あぁ」
砂漠を徒歩で横断できない原因第一位。
巨大砂蟲かぁ。
クゥの自信は、ホルホソロルならではの巨大生物駆除の実績からくるのか。
ジュミテック城塞の兵隊の仕事は、害虫退治につきるからね。それと遭難者の発見と盗賊退治。
「人間の狡猾さに比べれば、楽なものだ」
「この分類もルフトって言う人が?」
実は、他の遺跡では既に、発掘の段階で複数の敵性生物と遭遇済みらしい。
うはぁ。
落書きを見ている私に、クゥは笑った。
「番人を作り出したのが、セトなのかシシルンかで、意見が分かれているそうだ」
「まぁ、あの造形は女神様じゃないよ」
「シシルンは兄よりもセトに似ていたという話だ」
「娘は父親に似るっていうしね」
「女神は後付だと言ったが、セトと同じく呪術の素質があったとも言われている。
兄の犠牲によりシシルンは命を助けられたとあるが、その後、神鳥により加護得た。
まぁ、武力を得たわけだな」
「一つ気になってるんだけど」
「何だ?」
「あの影は、娘を殺したって言ってたよね」
私の解釈では、あの晩の気配は、影だと思ってる。
クゥの言うルフト本人だとは思えない。それともルフトって人が影になったのか。私にはわからないけどね。
ただ話題に出すたびに、クゥの顔色を見ちゃう。
今も何気なく聞いてるけど、大丈夫かちょっと不安。
「シシルンの事を殺したって事なの?でも、それじゃおかしいよね」
保存瓶の蓋が開かなくて、踏ん張ってたらクゥがあけてくれた。
「これ、酸っぱいけど美味しい実なんだ。毎日林檎みたいに食べると元気でるんだぁ」
それに一個づつ食べてみる。
灰色と茶色は匂いで降参してる。
「甘酸っぱいな、李?美味い。重い瓶は私の荷物に入れておけ。ふむ、ルフト曰く、セトの娘は二人だったかもしれないのだ。」
「つまり、シシルンとは別にもうひとり?」
「双子の娘だった。
これは双子の月と同じく、神格を与える後付と考えられている。だから、真実はわかっていない。
シシルンは、神となり地上で王となった。ルフトは国を再興したのは、その双子の片割れであると思っていた」
「でも、殺されているんでしょ?」
「兄が救えたのは、一人だった。だから、一人は神になった。という仮説だな」
「神話が楽しくない」
「神話の多くが、人の縮図だ。楽しいのはおとぎ話というものだろう。」
「シシルンの女神像って可愛いから、楽しいお話もあるかなぁって」
「楽しくなる人生ではないな。
生き残った娘は、義理の父、母、兄、双子の片割れと国民を、実父に殺されているのだからな」
「何となくわかった」
「何がだ」
「番人が化け物の理由」
「ほぉ」
「幸せにならない力は怖いんだよって教えているんだ。美味しい物が食べられて、安心して暮らせる場所と家族がいたら、十分幸せでしょ。それを失っても欲しい物なんて、無いもの」
家族がいない私より、家族を殺されたシシルンの人生は、暗く辛いものだったろう。
「せめてシシルンを守ってくれたお兄さんが生きてればね」
「それは無理だ」
「何で?」
「セトの復讐を手助けしていたのは、息子のクラヴィスだ」
「そうなの?だって、妹を助けようとして父親を殺したんでしょ?」
「復讐のお膳立てをしたのは息子なんだ。
だが、その途中で叔父の娘が、自分の本当の妹であると気がついた。
そこでクラヴィスは考えを変えた。
優しい兄とあるが、この男も十分、父親と同じく残酷無慈悲な性格であった。」
「でも、身代わりになったんでしょ」
「果たして、それが本意であったかは謎だという話だ」
何となく、ルフトという人とクゥは、本当に仲良しだったんだ。と、思った。
きっと遺跡の調査でも、クゥは協力していたんだろうね。
だから、番人と戦うのも平気なのかもしれない。
一緒に、行っていたのかもね。
裏切られたのか、何か別の事がおきたのか。
クゥは、復讐をしたいとおもっているのかもしれない。けれど、本心は、きっとその理由を知りたいのかもしれないね。
教会と神殿、霊廟と厩。
戸締まりと馬の様子を確認して、下へ出発。
クゥも今日は食料や、下で使える品々、探索用の色々を背負っている。
もうすぐ夕暮れで、灰色と茶色は、早めに食べたお肉で元気いっぱいだ。
塔から音楽が聞こえる前に、さっさと下に向かう。
で、今、気がついた事があるんだ。
これをクゥに報告するべきかどうか、ちょっと迷ってる。
クゥが気がついていれば、いいんだけどね。
もちろん、言うべきなんだけど、今、帰る段階で言うと、きっとクゥはアルラホテに泊まるって言うよなぁって。
そして気がついたと同時に、私は絶対に、今晩、アルラホテにはいたくない。と、思った。
でも、これもクゥの邪魔をしてる事になる。
下への門が見えてきた所で、あきらめた。
「クゥ、気がついた?」
「何だ」
「振り返って街を見てよ」
立ち止まり、クゥを見上げる。
クゥは、言われたとおり振り返った。
「何だ?何の気配もないぞ」
「違うって、何か気が付かない?」
クゥは全景を見るように、目を細めた。
「わからん」
噴水のある広場、三叉路に分かれる街。
商店街に続く道に、セルナトに向かう坂道。それから砂船の港へと続く倉庫への道だ。
北にはセルナトの街と城が、薄い青色の空に浮かんで見える。
勝手に馬とか猫とか動物が徘徊してるし、ちょっと道は汚れてるけどね。
私はため息をついた。
「クゥ、家の扉に泥がついてる」
家々の、商家も倉庫も、お屋敷もだ。
その建物の入り口に、手痕のような泥がついていた。
「私の手より大きくて、クゥの身長より小さい、人族の人の手だね」
指の本数で、人族とわかる。
クゥは考え込んだ。
私は何も言わない。
今夜、アルラホテに居たくないんだ。
と、言えばクゥは一緒に下に行くだろうね。
「人がいるか」
「影ではないね。神殿に泊まる?」
「確認したほうが良いだろう。神殿の出入り口を施錠して、サリーヤは何時もの小部屋だ。霊廟の入り口のほうへ、今日は何かで蓋をしよう。」
そうなるよね。
私は落胆を顔に出さないようにして、道を引き返した。
黙っていればいいって?
黙っていられる性格だったらねぇ。
「いつからついていたんだろう。街の中を動き回ったけど、覚えが無いよ。
灰色、気がついた?誰かいるのかなぁ」
私の問いに、灰色が首をひねった。
なるほど、同じく気が付かなかったか。
アルラホテにいたくない。
強烈な予感。
後頭部がゾワゾワしてる。
けど、もしかしたら、これでア・メルンの無人の意味がわかるかもしれない。
嫌だけどね。
荷物は教会の方へいったん仕舞う。
クゥは街を見て回る準備。
私は寝る準備。
だって、武器を持った所で、使えないからね。クゥが無茶しないかだけ心配。
「灰色と茶色、クゥのお供だよ」
嫌だって、そんなぁ。
「街の上だ、番人も罠もあるまい。サリーヤこそ気をつけねば。人間が一番危険だ」
おぅその理屈、確かになんだけどさぁ。
普通は巨大生物とか化け物の方が危険なんだよ、クゥ。
「じゃぁ今日は元気な茶色がお供。機嫌の悪くなってる灰色は私と一緒。犬無しの夜は駄目」
意見は受け付けない。
それから茶色は灰色の耳を齧らない。
ちゃんとクゥと一緒にいられたら、ご褒美するから。
何、鳥の頭が食べたい?
オバチャンの煮凝り残ってたかなぁ。
***
今夜は笛だ。
夜霧を思わせる静かで美しい音色だ。
灰色と一緒に目を閉じていた。
神殿の読み物もせずに、灯りは消していた。
クゥが無事で帰ってくるまで、待っているつもりだった。
それでも何もしないで横になっていると、眠くなっちゃう。
持ち込んだ柑橘類の香りを嗅いで、何とか寝ないぞと頑張る。
どれぐらい時間が過ぎたかな。
笛の音と同じぐらいはっきりと、ざわめきが聞こえた。
私は身をおこした。
人の気配である。
灰色も考えるように鼻面を上に向けた。
人の気配ではあるのだけれど、何だか変。
耳をすまし、じっと息を殺す。
すると傍らの灰色の毛並みが逆だった。
急にぶわっと逆立つと、灰色の体が大きく膨れ上がった。
小部屋いっぱいに膨れると、私を壁に置いて前を塞いだ。
灰色の尻尾が巻き付いて、小部屋の入り口から反対側の壁に押し付けた。
苦しくは無いけど、視界は灰色の毛並みで何にも見えない。
でも、灰色は最大限の警戒をしているのだ。
私は動かずにいた。
吠え声だ。
灰色が喉奥で唸る。
大きな大きな遠吠えの後に、怒り狂った吠え声が続く。
茶色だ。
そう思った。
茶色が怒っている。
吠え声に続き、下で聞いた地響きが続く。
金臭い匂い。
振動、破壊する音。
尻尾に押さえられていたおかげで、私は叫ばずに済んだ。
絶叫だ。
でも、クゥじゃない。
もっと高くて奇妙な声だ。
クゥ、大丈夫?
見に行きたい。あぁ、もう、私の馬鹿。
雷鳴だ。
今夜は晴れ渡っていたのに。
大きな地鳴り、そして雷鳴。
空雷が響きわたり、茶色が吠えている。
その喧騒の中で、何故か聞こえた。
また、耳元ではっきりとだ。
「七つだ」
男でも女でもない声だ。
「幸運の賽子が三度振られた」
賽子?
「今夜も凌いだが、あと四度」
四回?
「気をつけるのだ、泉の娘。
最後の選択を間違えてはいけない。」
クゥ。
「何が大切か、考えるのだ」
灰色が吠えた。
私を今度は腹に巻き込むと、部屋中に牙を剥いた。
息苦しい思いをしながらも、その言葉を考えた。
考えたけれど、わからない。
わからない事を考えるより、クゥが心配。
雷がいなくなるまで、灰色は唸り続けた。
どのくらいで静かになったのか。
灰色が私を腹の下から出した。
暑かった。
息は苦しかったが、代わりに怖さが半減した。
犬臭くなったけどね。
お礼を言って、灰色を撫でる。
いつもと変わらない顔になってた。撫でると、そうかそうかという顔をする。ほら、こっちも撫でて、耳裏も搔けって感じ。
外を見たい。
けど、クゥは明るくなるまで出てくるなって。
クゥの安否を確かめたい。
でも、茶色が普通に吠えている。
声の感じだと、怒っていると言うより、何か喋っている。
クゥと喋っているのかな?
雰囲気は怖くないと思う。
その吠え声が近づいてくるので、たぶん、クゥが無事なら一緒のはずだ。
そして小部屋を開けたクゥの姿は、煤けて少し焼け焦げていた。
「大丈夫だ、安心しろ。どこも欠けてないし、火傷もない。ほら、そんな顔をするな。
手痕の主もわかったぞ」
「誰かいたの?」
「まぁ、いたのはいたな」
薄い朝陽がさし始めた外へと出る。
厩の馬はそわそわと集まり、空気は何かが焼け焦げたような臭いがした。
「見える限り、始末した。動いているものはいない」
何だか、物騒な事を言う。
それにギャンギャンと鳴きながら、茶色が走り込んできた。
茶色は私に飛びつこうとして、灰色に振り払われている。
茶色も変わりなく、怪我もなさそうだ。
「すごい音がしたよ」
「まぁな」
「番人が出たの?」
「違うな、罠を誰かが発動させたんだろう」
「罠?」
表の通りに出てみれば、広場の噴水は瓦礫になっていた。
そしてそこら中に転がるのは、人間、ではない。
「あれ、何?」
「さぁ、多分、シシルンの罠の一つだと思う。」
そう言って、手近の屍骸をクゥは掴んだ。
白い人型だ。
歪な頭部には顔が無いが、尖った三角を描いている。
奇妙にも胸の部分は半分透けて、球形のモノが浮かんでいた。
胴体に腕は細長く、足に至っては鳥のようにも見えた。
まさに異形、そしてあの水柱の彫刻に似ていた。
「神鳥もどきだな。羽が無い。たぶん、不定形の番人と同じで、形を変えて、同じ粘液の部分で核を作るようだな」
それが広場を埋め尽くし、セルナトの階段にまで落ちていた。斬られ、一部は焦げ付いている。
クゥが斬ったのかな。
「我々以外の誰かが、シシルンの墓に侵入している。これは番人とは別の、侵入者への呪いだろう」
「どういう事?」
「墓荒らしが罠にかかったか、罠から抜けられずに失敗したのだ」
「なにそれ、酷いよ。でもア・メルンに誰かいる?」
「さぁわからない。だが、これで墓の位置がわかる」
「どういうこと?」
「通路が開いたままになる」
***
クスコ・ガルダは食料を調達すると、地下へと向かう。
何とかここまで追ってきた。
だが、日増しに相手の力が強まっている。
上で今晩は過ごそうと思ったが、先を進む相手を思い、彼は地下へと向かう。
二十六もの水柱、順番通りに赤い目を探す。
すると最後の水柱から、赤い宝石は消えていた。
あぁそうか。
彼は義兄弟の言葉を思い出す。
罠で相手を陥れる事ができるから、遺跡に潜る時は気をつけろと。
必ず、一人では潜らずに。
相手はよくよく選ぶこと。
振り返ると、そこには金色の姿があった。
神々しいはずの片翼が、何故か忌まわしく目にうつる。
クスコ・ガルダの首一つ。
クゥ・ウィル・クルスコ・クスコ・ガルダ・アスラム
アデイム・アルダ・ガルダ・アスラムの甥御で義理の息子
父の不始末と従兄弟の不始末を、一人引き受け、一人死ぬ
真実を知っているのは、義理の父と本当の家族だけ
地面に転がり、光りは失われた。
「クゥ、家の扉に泥がついてる」
(下に行く前に戻るか、李の瓶もあるしな)
***
ひょいひょいと屍骸を集めて、焚き火に放り込む。
「人がいるのかな」
「焼き終わったら西の泉に移動だ」
「こんな風になるなら、遺跡の調査なんて無理だね。墓荒らしなんてヤカナーン様からすれば、泥棒だし迷惑だ」
「番人や罠、おまけにしくじれば、この通り化け物もわくしな」
「どうやって、人を消したのかなぁ」
それにクゥは、私の目を見つめて微笑んだ。
「サリーヤ、うたた寝の後は良いことがおきるものだ」
「何の話?」
「サリーヤに良いことがあるよう、シシルンに祈ろう」
「ありがとう、じゃぁクゥの幸運の賽子で良い目がでるよう、お祈りしよう。って、また意味がわからん事を言う」
偽神鳥は燃やすと一瞬で灰になった。
そして下に入ると遺跡の街々を押しつぶして、通路ができていた。
「あれ、何処まで続いているのかな」
地下一階、入り口から既に見える。
薄青い炎のような丸い枠だ。
それがいくつも並んでいる。
門、のようにも見えるし、生き物の口や目のようにも見える。
それが等間隔にうねるように並び、水柱の間を通る。
門は、一階、中央に開いた穴へと続き、なだらかに下る道が見えた。
暗闇に青白く先導する門は、揺らめいて不穏。
不安だ。
「あれがシシルンの墓に続いている?」
「遺跡を開いた時にできる、通路だ。アタリの通路なら、番人は襲ってこない。
だが、中に罠がある。
上にわいたのは、誰かが間違った道に進んだからだ」
「もう信じられないよ、普通は罰当たりな墓泥棒が呪われるんじゃないの?」
「もちろん間違った道を進んだ者には、大きな災いが降る」
「死んでるの確実?」
「発動した罠をくぐり抜ければ、上にも広がらない。
罠を処理すればいいのだ。
上に出てきたのは失敗した証拠だ。
ただ、入り込んだ人数に余裕があるなら、犠牲にして先に進んでいる場合もある」
「それひどいなぁ。でも、ア・メルンの何処にいたんだろう」
クゥは中央の穴を見ながら、考え込んでいる。
私の視線に、彼は言葉を返した。
「方法が二つある。
私が後を追い、殺し、奪う。それか、待つだ。まぁもったいぶる必要もない方法だな」
「うん」
「ルフトの言葉を思い出していた。
シシルンの遺跡へ挑む時は、信頼できる者と組み、決して単独で、手を出すな。」
「帰還できなきゃ、研究にならないもんね」
「そうだな。そしてもう一つ、忘れていた。
シシルンの遺跡で、墓荒らしをするなら、一度失敗した者に勝つ目は無いとね」
「どういう事?」
「今、跡を追えば、届く」
「うん」
そういったのに、クゥは門へと進まずに、地下二階への通路を進む。
私はもちろん、歓迎だ。
あんな気持ちの悪い穴には入って欲しくない。
例え、墓荒らしが勝ったとしてもね。
いつもの西の通路に出た。
まだ陽も高く、犬達は元気に西の通路を走り回る。
クゥはずっと考え込んでいる。
邪魔にならないように、黙っていた。
ただ、あの穴に飛び込んで行ってしまわないだけ、それだけで私は満足だ。
また、クゥの邪魔しちゃったなぁ。
荷物を泉の部屋に入れ、食料をしまい込む。
最近持ち込んだ、小さな棚が活躍している。
下の段には、保存食の瓶を並べた。
ついでに、また、酸っぱい実をクゥに差し出すと、考え込んだまま受け取った。そして泉の冷たい縁に腰掛けて、齧る。
齧ってから、甘酸っぱさに目が覚めたようだ。
「おっ」
「お茶も飲もうよ。灰色ぉ、おーい茶色も、お水を飲もう。干からびちゃうよぉ」
ガウガゥしてるのが近づいてくるね。
皆で水分を補給して、泉で涼んだ。
この部屋はいつも適温だ。
開けっ放しの扉から外を見ていると、クゥが言った。
「私自身、忘れている事がある」
「どういう事」
「サリーヤも気がついているだろう。ここはア・メルンだが、同じ時ではない」
私は言葉に詰まった。
深く考えると、怖くて棚上げにしていた話だ。
「だが、まったく違う訳でもない」
実を食べながら、クゥは私に笑いかけた。
「ここはサリーヤの時間だ」
「どういう事?」
「サリーヤの時間として、確かに存在する場所だ。だが、私は違う。だから、少しづつ変化している」
「何、怖い話?怖い話は嫌だよ」
焦る私に、クゥは笑いを深めた。
「そんな話ではない。つまり、私の記憶が変わるのだ」
記憶?
「だから、もし」
「クゥ」
「大丈夫、もしもだ。この先、もう一度、私に会い、まったくもっていけ好かない男だとしても、許して欲しい」
「クゥ、また、わからない話になっているよ」
「あぁ本題にもどるか。シシルンの遺跡を探索する時の注意を忘れていたんだ」
「注意?」
「ルフトは熟練した研究者で発掘には慣れていた。
ただし、シシルンの関連だけは、本当に慎重にしていたんだ」
「何が違うの?」
「遺跡の発掘調査は、土木作業と同じ、肉体労働と忍耐力を試される仕事だ。
だが、シシルンの場合は違う」
「やっぱり怖い話ぃ!」
クゥは笑うと続けた。
「確かに、怖い話だ。
シシルンには番人という敵性生物が配置される上に、巧妙な罠が仕掛けられている。古代の王墓どころではない。
だから、毎回軍隊が同行する。
だが、それよりも恐ろしい事がシシルンの遺跡にはあるんだ」
「うぅ」
「怖い話だが、サリーヤも覚えておくんだ」
「うん」
「シシルンの遺跡表層は安全だ。だから、皆、学者も誰も彼もが最初は勇んでやってくる。
だが、彼らが地下に潜る度、問題がでてくるんだ。
これは番人や罠がなくてもだ」
「問題って何?」
「口論、喧嘩、仲違い、つまり、人間同士の関係が崩れていく。暴力沙汰や殺しあいもおきるんだ」
「たまたまじゃないの?」
「いや、必ずだ。そして遺跡を離れれば、そういった諍いは続かない」
「皆?」
「規律正しい軍隊も。子供の集団であろうと、宗教家の集団だろうと、諍いをはじめるんだ」
「それって遺跡のせいなの?」
「幾度かの発掘調査や、土地の開発で掘り起こされたシシルンの遺跡に共通する現象だ。
これを突き止めるまで、相当の犠牲者があった。」
「でも、ここでそんな事はおきなかったよ」
「覚えているか、ここはヤカナーンが治める場所だ」
「あぁ、シシルンの子孫が暮らす家だ!」
「だが、シシルンの子孫は?」
「あっ」
「簒奪者は勘違いしていたのだろう。
奪い取るには邪魔とね。
公爵から譲り受けなければ、一番、濃い血筋に権利が移ることを忘れていたんだろう。馬鹿な奴らだ」
「でも同じ一族だから」
「シシルンの血族となる血筋は多くない。だからこそ、年若い公爵が継いでいたのだ。そしてそれでも継げるであろう者を邪魔者として殺していったのだ」
「理解、していなかったんだね。シシルンの子孫なんて便宜上だと思ったのかな」
「例えそうだとしても、殺して奪い取るのは盗人だ」
そのとおりだね。
「話がそれたな。
シシルンには目に見えない呪いのようなモノがあるらしい。
それは遺跡の奥に行けば行くほど濃くなっていく。
錯乱と狂気に精神が支配されるんだ。」
「でも、クゥと私は喧嘩しないよ」
「そうだな。仲良しだ」
「へへっ、でも、あの穴に行ったら喧嘩するの?」
「私とサリーヤに呪いは効かない」
「良かったけど、何で大丈夫なの?」
「墓荒しがセトだ。私とサリーヤは罠を踏んだセトでは無い。
罠にかかると呪いが発動する。
ここで一度試される。
信頼する相手と罠から逃げるか、うまくやり過ごす。
罠を抜けられなければ撤退をするのが常道とルフトは」
そこまで言ってからクゥは目を閉じた。
「失敗を誰かの犠牲でやり過ごし、更に進もうとすると、錯乱も酷くなる。発狂していくんだ。いずれ墓荒しはセトになる」
「じゃあ正解を進めば?」
「錯乱していくのは変わらない。だから時間を決めて入るか、シシルンの流れをくむ者が同行する」
「ん?何かクゥの説明が変」
それに彼は目を閉じたまま、ニヤッとした。
「サリーヤは賢いなぁ」
「えーと、シシルンの遺跡は潜る時間が長いと頭がおかしくなる。
そんで罠を踏むと更に発狂がすすむ。だから罠を踏んだら撤退。
発狂がすすむ条件は、仲間を犠牲にして進もうとする事。長時間の滞在。
こうした呪いを抑えるには、シシルンの血族が必要。
現在、シシルンの血族は殺害されているため、他の遺跡と同じく呪いの判定が発動中」
「そうだ。後、単独行動も錯乱がすすむ」
「けど、私とクゥは大丈夫。ここは、遺跡判定されないの?」
「ここも遺跡だな」
「それでも仲良し」
「サリーヤが賢くて可愛いからな」
「えへへ」
そうじゃない。
「私は正真正銘、流浪民の亜獣人だ」
「今は私の妹だな」
「その冗談はいらんし、で、クゥ」
「何だ」
「クゥは獣人だけど、ヤカナーン様の一族でもある。なんて事はないよね?」




