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砂漠の梟  作者: CANDY
幸運の星
14/28

第四の選択

わたくしね、お願いをしていましたの。

 どうしても、私の卦には禍事ばかり。

 なら、どうすればと聞きましたの。」


 濃い緑の瞳が輝いている。

 私は砂まみれのまま、灰色と茶色は汚れたまま、お姫様の前にいる。

 座っている敷物が心配だ。

 初めて飲む、濃くて甘いお茶。

 二匹は、珍しく唸りもせずに座っている。

 おまけにすまし顔とか、お前らできたんだ!


「ならば変えてみてはと。

 確かに、我らでは煮詰まるばかり。」


 お花に包まれた塔だ。

 たくさんの侍女がニコニコして働いている。

 そして何故か、こっちをみては、頭を下げる。


「戦う方では駄目でしたの。

 思慮深い方もだめでしたの。

 それでは知識深い方をさがしましたの。

 そうしたら、全部、駄目になりましのよ。

 仕方がないので、欲深い者に託しましたら、まぁ見るも無残なありさまに」


 何を言っているのかわからない。

 ただ、ここはあの笛の人の塔である。

 クゥが行くなと言った場所。

 お姫様は、クゥの妹のニラガ様。

 まったく、どうしてこうなった。

 涙や感傷は、消えたけどね。


「それでお名前は?」


 直答できないよって、お姫様の側に控える侍女さんを見る。

 すると、彼女はニコニコ。

 いや、そうじゃなくて。


「いいのよ、いいの。ほら、お名前は?」

「サリーヤです」

「お二方は?」

 誰?

 それに灰色が頭を小突く。

 何?

「もしかして、灰色と茶色の事ですか?」

「あら、灰色様と茶色様ですのね。中々、よいお名前ですこと。やはり、名前は隠されておりますのね」

 隠すも何も、犬の名前だし他人の、犬?

 あれ、そうだ。

 どうなるんだろう?

 困って見上げるとベロベロされる。

「仲が良くて大変よろしい。さて、さっそくお願いがありますの。お三方には、体を休めて貰った後、私の伴をしてもらいたいのです」

 いや、私、どうして?

「大丈夫ですわ、ただ、いていただければ良いのです。そうですね、サリーヤは私の従姉妹としましょうか」

 それは無理、姫様。

「ほほほっ、何だか楽しくなってきました」

 そうじゃなくて、私、やること。

 やること、って何をやればいいんだろう。

「さぁ、ロレアナ。サリーヤの支度とおもてなしをお願いするわ。私は準備をしますから」


 二匹と私は丸洗いされた。

 そして着せられたのは、綺麗で涼しい女児服だ。

 なんとなく、扱いが赤ちゃんである。

 そりゃぁ、ニラガ様のような、スラッとした美人ではない。

 けど、共通年齢なら同じぐらいに思える。

 つまり、長命種でいう成人前で、獣人でいう十四歳ぐらい。

 外見はもう、いうまでもなく、私はちびっちゃいが。

 ニラガ様を初めて間近でみれば、クゥに似ていた。

 クゥより白い肌と、濃い緑の瞳。

 薄い髪色のお姫様だけど、なんとなくわかる。

 口元と目元。

 クゥだと優しげ。

 ニラガ様だと可愛い。

 悪戯を考えてますの、おほほって感じ。

「今って、いつですか?」

 それに丸洗いした後、食事を運んでくれた侍女さんに聞く。

 彼女は不思議そうに答えた。

 嵐の前で雨季が終わった頃だ。

 まってまってまって。

 つまり、クゥの話で言う、問題が起きた頃だ。

 神殿への異議申立の頃だ。

 どうしよう、何から手をつける?

 そもそも、下に私はいるのか?

 お水をもらって二匹と飲みながら、考える。

 まず、自分の事より、クゥが最後にいたる場所までの、塵掃除だ。

 私は覚えている。

 一人ぼっちのア・メルン。

 クゥとの数日。

 だから、クゥの十日間がこれからなら、その道に落ちてる石や塵を先に捨てるんだ。

 思い出せ、私の頭ぁ、最初は何だっけ?


 お髭のお爺ちゃん。

 お姫様のところに行ったら、白いお髭のお爺ちゃんがいた。

 誰だろう?

「爺や、話していたサリーヤよ。

 可愛いでしょう、可愛いでしょう、えぇ可愛いのよ。こんな小さな子だとは思わなかったのよ。もっと大人かと」

「はぁニラガ様。二体もお連れとなれば、誰も文句は言いますまい」

 可愛いといいながら、いつのまにか撫でられていた。

 姫様はすっと立ち上がると、入ってきた私の頭を撫でた。

 いや姫様、私、赤ちゃんじゃないのだ。

「姫様、私、もう、成人」

 ぐりぐりされながら訴えると、彼女は笑った。

「まぁ冗談がお上手」

「いま、十四才。共通年齢で十四才、実際、もっと長く生きてる」

 その顔、見たことある。

 ニラガ様のお兄ちゃんも同じ顔をした。


「実は私、ある神殿の方々をお招きしていましたの。ところが、その方々はいらっしゃれなくて。

 とても困っていましたの。

 なので、お願いを別にしましたのよ。

 そうしたら卦にも、幸運の采配が。

 ですので、サリーヤとお二方に代役をお願いしたいのです」

 言葉の繋がりが無いと思うのは、私だけ?

 それともクゥとかヤカナーンの人は、これが普通?

 いやいや、何言ってんの?私、水売りだし。

 とは、不敬になるから言わないよ。

 でも、そもそも神殿からのお客様と何処が釣り合うのか教えて欲しい。

「今日はこの城の中を案内するわ。気になった事があったら言ってちょうだいね」

 会話が成り立たない感じも似てる。

 と、思っている内に、繋いだ手をひっぱられた。

 お姫様は自由だった。

 そして、私は多分、灰色と茶色と同じ扱いだと思う。

 うーん、私、そもそも何でここにいるのかなぁ。

 人違い?にしては変。

 でも、いいのか。

 クゥの問題はお城でおきてる。

 ウンウン唸っている内に、綺麗な石の通路に出る。

 見える窓からは、濃い緑が茂り、様々な鳥の姿があった。

 そのまま視線を後ろに向けると、灰色とお爺ちゃんが何故か向かい合って立ち止まっている。

 どうしたの?

 それに茶色が横からお爺ちゃんを突き飛ばした。

 ぎゃぁ!

「何をするんじゃぁ茶色ぉ」

 凍りつく周囲に、慌てて走り寄る。

「お年寄りになんつーことをするんだ、怪我しちゃうでしょぉ」

 それでもゴイゴイ頭をお爺ちゃんに押し付けるんで、それを両手で押し戻す。

 と、茶色が何か緑色の布袋を咥えてた。

「ぺぃって放しなさい。お爺ちゃんのでしょ!ぺいっ」

 おっ逃げるのか、逃げるんじゃないこりゃ。

 ヒョイヒョイと逃げる茶色。

 そして何故か前足でお爺ちゃんを抑える灰色。

 ひえぇってなりながら追いかける私。

「爺や、あれは何ですの?」

「はぁ、薬でございます」

「薬?」

「一度転倒しましてな、痛みが残ったので、その薬でございます」

「のぉぉ、渡すのぉこっちぃ」

「サリーヤ、茶色様は、そのお薬が気に入らないみたいですわね」

「ごめんなさぃ」

「違いますの、それを侍女に渡してくださいます?爺やには、別の薬を渡しますから」

 お姫様の言葉に、すすって感じで同行の侍女の人が、一人側に来た。

「茶色、渡して」

 きゅるきゅるって可愛い感じで首を傾げると、袋を侍女の人に渡す。

 もうもう、って顔をグニグニしてたら喜んでいる。怒ってるのにぃ。

「ごめんなさい、転がして」

「いやいや、痛くもありませんよ。手加減していたようですし。それに」

 お爺ちゃんは顔を片手で拭った。

「他にも何かありますかな?」

 それは何故か灰色に向けての言葉だった。

 灰色はじっとお爺ちゃんを上から下まで見て、鼻面をぐいっと脇腹に押し付けた。

「確かに、確かに、そこでございますな」

「爺や、言った通りであろう?」

「今日中に当主様のまわりを確認いたしましょう」

 お爺ちゃんの言葉に、ニラガ様は唇を引き上げた。

「あやつら、覚えておくがいいわ」

 すんごい怖い顔だ。怖いけど美人だ。

「あらあら、大丈夫ですわ。サリーヤはいい子ですね。よしよし」

 頭を撫でるなし。

 そして説明してくれ。

「色々、サリーヤにはわからない事だらけでしょうけど、暫くは黙ってついてきてちょうだいね。後ほど、ゆっくりと説明するわ。さて、ここが緑光庭園、ヤカナーンの女子供が暮らす場所ね」

 水と緑、それに南方の鳥が放し飼いになっている庭園だ。それを囲むように部屋が並ぶ。

 といっても仕切りは薄布で、吹き抜けが多く光で溢れていた。

「先に中央部ね、そこを中心に見て回りましょう。

 オルロバの所にもね。ふふっふ、楽しみだわ」

 何言ってるの姫様、私、戸籍さえない流浪民なの。いきなり上がりが公爵様とかやめて。


 そこからお城の見学旅行だった。

 お姫様がおなりになって、働く人が頭を下げて控える。

 それから、何故か灰色が控えた人達の間を練り歩き、時々茶色が突進。

 私がぎゃぁ〜ってなると、姫様がいいのよぉ〜ってとめる。

 その度に、物や人が姫様の指示で分けられている。

 繰り返す内に、私もわかってきた。


 灰色と茶色は特別賢い。匂いや異変を嗅ぎ分けるはずだ。

 これほどの大犬など、見たこともないし、たぶん、大犬だから?連れてきたのかも。


 灰色と茶色が、何かを嗅ぎ取って、それを姫様は取り分けて調べようとしてる。

 それがわかると、別の意味で緊張するようになった。

 異議申し立ての頃から、姫様はわかっていたのかもしれない。

 だって、邪魔な人から殺されていったと考えれば、筆頭家臣の人が殺されて、ニラガ姫様が先になったのは、それだけ前から疑い反抗していたからだ。


 豪華絢爛であった奥の宮から、城の中心部に入る。

 調度は落ち着いた物になり、歴史を思わせる高価な物へと変わっていく。

 領主兵も一層恐ろしげになっていくが、何故か、灰色と茶色には無抵抗。

 女性やお年寄り子供には、あれでも手加減していたようで。

 兵士になった途端に、突進が本気の攻撃になっているような音が、音がぁ!

 ごめんなさいと謝ると、何故かニコニコされた。

 何で?

 一度、ご年配の女性に拝まれた。

 ありがたや〜ありがたやぁって。

 驚いていたら、周りの人に連れて行かれちゃったけど。

 拝まれるとか、どういう事だ?


 既に、おかしい事もあった。

 シシルンと影、人のいないア・メルンと同じような事だ。


 使用人の人だった。

 男の人で若い人だ。

 別に変な所はなかった。

 けれど、灰色は最初から唸った。

 茶色は私の前に出て、牙を剥き出して怒っている。

 私が驚いていると、(その頃には侍女以外にも兵士の人が一緒だったんだ)兵士の人達が、その使用人を拘束した。

 抵抗は無くて、無言だった。

 ただ、こっちを見て驚くと、無言でじっと見つめてくる。

 内心、怖くて竦んでいると、灰色が噛み付いたんだ。

 これには皆、驚いた。

 だって、灰色は並の大きさじゃない。それが食いついたらどうなる?

 それに人に攻撃したら、灰色の方が人間に殺される事になる。

 私が悲鳴を上げるのと、それが姿を変えたのは同時だ。

 掴んでいた兵士の人は手を離した。

 灰色は、それの首に噛み付いて離さない。


「下からの客人が出た。審問の終わった者だけでかたまりなさい。」

 怒りと冷たさの含んだ、姫様の声が命令する。


 それは奇妙な人に似た何かに変わっていた。

 影だ。

 解けた半透明の人型、色んな顔や姿が浮かぶけど、灰色が噛み付いているところから、焼けたように崩れていく。

 残ったのは、奇妙な石の玉と何か糊のような黒い滓。


「神殿に連絡を。それから、この者が何処の使用人かも確認を。それはそのまま、見張りをたてて。

 この後、全ての下働きから役人、その他、城の者は一人になってはなりません。

 オラ・ゾエルの審問が終わるまでは、何人なんびとも、この城から出してはなりません。

 宗主殿へと早急に面会と護衛を増やすように」


 不味い物を食べた。

 と、言う感じで、灰色がペッと口を開いた。

 中は大丈夫そうだぞ。

 口を覗いて確認。

 よくやったぞぉ、茶色もだ、えらいぞぉ。

 あれってシシルンの呪い?

 でも、変だな。

 ア・メルンの呪いは、条件が揃っていない。

 じゃぁ何だ?

 これはルフトさんが、悪人だ!という起点と同じ考えだ。

 でも、ルフトさんが、シシルンの呪いと同じ症状だった。って考えた場合、彼は何処でおかしくなったんだ?って事。

 そして、さっきの事は、それだ。

 どこからきた呪いだ?

 これだよ、これ。

「サリーヤ、大丈夫?驚いたわね、兵士もいるから、あと少し頑張れるかしら?」

 いや、姫様、全然、大丈夫。

 灰色と茶色の機嫌をとってただけだし、大丈夫、元気。

 灰色、噛み付いたけど、怒られないかな?

「どんどん、噛み付いてくださいな」

「姫様、それ誤解うける発言」

「サリーヤは良い子ですねぇ」

 やっぱりクゥの妹だ。


 不思議な気分だ。

 日没が来ても、慌てて逃げ込む場所を探さなくていいのだ。

 それを思い出して、それぞれの隠れ家や、流浪民の街、そして水売りの元締めや仲間、色んな人に会いに行きたいと思った。

 きっとクゥとの別れで、飛んでしまっていた感情が、やっと戻ってきたのかも知れない。

 姫様と一緒に城に来ちゃったのもある。

 けど、お城の巨大な回廊で、夕陽に染まるア・メルンを見たら思った。

 皆に会いたいなぁ、クゥに会いたいなぁ。

 このア・メルンには、水売りの私はいるんだろうか?

 ニィ・イズラのクゥは、私の知らないクゥなんだろうか?

 嬉しくて寂しくて、夕陽をじっと見る。

 そうだ、こんな夕陽をずっと見られるア・メルン。ここの明日が続くように、私は戻ったんだ。

 カァと烏が鳴く。

 灰色が荒ぶって戻ってくるのが見えた。

 茶色と私は、ロレアナさんていう侍女の人と回廊にいる。

 灰色が、どうやら先に何かあるので、私を連れて行きたくないとごねたのだ。

 茶色は私と待つ事に。

 すると自分で言いだしたのに、灰色は機嫌が悪くなる。それでも姫様と先に行き、茶色はご機嫌で今、仰向けになって私に撫でられていた。

 それをロレアナさんはニコニコ。

 たぶん、茶色のちょっと駄目な所を見て、笑っているんだと思う。

 この子、きっと末っ子だと思うんだ。

 灰色は群れの頭領って感じ。

「もう、大丈夫よぉ、いらっしゃいな」

 呼ぶ姫様に、茶色を押しのけて私にくっ付く灰色。

 まるで、夢みたいだと思った。


 その部屋は石造りではなかった。

 暗い色の木が使われ、丁度は更に落ち着いた色合い。

 深い藍色の布が下がる窓に、夕暮れの風が吹き抜ける。

 暖かな灯りは既にともされていた。

 大きな従者は太刀を佩き、部屋の四隅に立つ者は、全て物々しい。

 けれど、当の公爵は、忙しそうに人を寄せ、指示を出しては物を書く。

 私は二匹とそれを見て、あの夢を思い出していた。

 オルロバ様は線の細いお方だ。

 ニラガ様は実に活発でともすれば、オルロバ様より大きく見える。

 ただし、御当主は細いが活力はあるようで、日没を迎えようというのに忙しく働いていた。

 その御姿は、クゥに似ていないように見える。

 白金の短い髪に、蒼白の肌、北部の人の特徴だ。

 けれど、その瞳はキラキラと輝くクゥと同じ物だった。

 似ていないと見えてしまうのは、オルロバ様だけ切れ長の瞳がすっと上に流れているからだ。

 でもきっとクゥと並んだら、そっくりぃ。

 冷たい表情の公爵様を見ても、萎縮よりも似ている部分を探すのに一生懸命になる。

 どうやら、私は、クゥ贔屓らしい。

 クゥの弟様だぁ、握手してください!

 無礼者めっ!

 これは無い、な。

 お仕事が終わるのを待っている間、表情だけは真面目にして控える。

 ふざけてるだけじゃなくてね、生きてるオルロバ様を見て、嬉しかったんだ。

 孤独の後にクゥと出会って、家族みたいってどこかで思ったのもあるんだ。

 だから、怖い最後を阻止したい。

 クゥは最後の日、すべて無くしてしまった。

 オルロバ様の顔も見た。驚いて、立ち上がって。


「待たせたね、ニラガ。それにお客人。」

 声がクゥと同じだ。

 低くて優しい。

 オルロバ様は若い、というか少年の姿だ。

 けれど、声も喋りも大人の落ち着いたものだ。

 長命種だからかな、長命種としては若いけれど、寿命は短命種の三倍から五倍。

 そう考えると、当主として不足は無いんだよね。

 因みに、私は中間種なので短命種の二から三って言われてる。

 だから、年齢は大陸共通年齢ってのを当てはめている。

 来年成人って言ってるのは、その大体の成熟年齢って事。

 クゥは絶対外れてる、栄養問題とか本当か?って疑ってたけどね。


「待たせた上にすまないが、さっそく私が使っている塔へ移動しよう」

 先導するのは、側に控えていた筋肉な従者の人。

 でっかい太刀の房飾りが気になって、さっきから茶色が凝視してる。

「ホランドに異変はないのだろう?」

「無いですわ。茶色様は揺れる物がお好きなようよ」

「ほぉ」

 うん、茶色はそういう子なんです。

 案内の先は、当主が使う塔らしい。

 使用人が既に通路で並んで膝をついていた。

 先導するホランドさんが止まる。すると灰色が喉を鳴らしながら、通路の先に立った。

 茶色は私から離れない。

 どうしたのかと傍らを見上げる。

 いつもどおり、機嫌のよい茶色だ。何も考えてないよぉって表情で私にすり寄っている。

 機嫌の悪い灰色は、小走りのまま人の間を縫うよう行く。

 と、傍らの茶色が驚いたように吠えた。

「お兄様」

 ニラガ様の声をかき消すように、灰色も吠えた。

 通路の先に頭を垂れる役人の姿。

 身分の高そうな男の人だ。

「おかしい、何故、息子が」

 私と茶色にお爺ちゃんが言った。

 ん?

「スウェナムからの薬を渡したので、匂いが移ったのでしょうか?」

「アマド、薬とは?」

 オルロバ様の問に、お爺ちゃんが答える。

「はい、私の薬でございます。中身を調べるべく息子へと」

 それって、あぁ。


 クゥを殺そうとして、返り討ちになった奴だ。

 オルロバ様を殺した奴!

 お爺ちゃん、筆頭家臣の父親を殺した息子?

 クゥも勘違いしていた。

 ルフトさんは、混乱を望んだが、目的は遺跡だ。

 たくさんの人が死ぬ原因を作ったが。

 実父を始め、ヤカナーンを殺したのは此奴。


「でも、何も手に入らないのに」


 馬鹿だなぁ、馬鹿だよ。

 最後に死んで、ア・メルンも終わった。

 私の呟きに、はっと男が顔を上げる。

 聞こえるような呟きじゃないのに。

「ホランド」

 灰色は体を大きく震わせた。

 ホランドさんはオルロバ様の前に身を置く。

 困惑するお爺ちゃん。

 イライフさんだね。私も、まるでシシルンの呪縛を受けたように間抜けだ。

「リカラ、何故、こちらに?」

 問いかけに、彼は穏やかに返した。

「はい、先程お渡しいただいた物を調べまして、ご報告に」

「それで?」

「特段、何も」

 それに灰色がゆっくりと、リカラの後ろに回り込む。

「何処で調べた」

「はい、もちろん、オットーの工房にて」

「オットーの工房はスウェナムの物だ。城の工房へ運べ」

 それに男は首を捻った。

「何故でしょうか?畜生が吠えたからと、何故、このような無駄な調べを増やすのでしょう」

 急に口数が増えた。

 それに何だろう、お腹のあたりが動いてる。

 長衣のお腹の部分だ。

「やはり血筋が卑しいからでしょうか?」

「リカラ、何を言っているんだ」

「裏切り者どもが、のうのうと」

「黙りなさい、リカラ。本当にどうしたのだ」

「ヤカナーンの汚らしい血が問題なのです」

 不思議そうだ。

 聞こえない歌でも聞いているかのように見える。

 でも、それより誰も指摘しないけど、リカラ・アマドのお腹が変だ。

 妊婦みたいに膨らみ動いてる。

 ねぇ、誰か指摘しないの?

「それ動いてるの何?お腹、何がいるの怖すぎでしょ」

 また、勝手に言ってから、気がつく。

 リカラが私を見た。

「貴女は」

 私の言葉を受けたわけじゃないと思うけど、灰色はリカラのお腹に食いついた。

 相手も素早く避けたつもりだろうけど、私の方に注意を向けていた。

 灰色は彼のお腹を食いちぎった。

 正確には、服と彼のお腹にいた何かを食いちぎった。

 絶叫があがって、私は耳を塞いだ。

 灰色の牙が刺さっている何かが、ビチビチ動いている。

「茶色ぉ、灰色助けて」

 と、言ったが、茶色は警戒を解くと座って耳裏を後ろ足で掻いた。

「大丈夫じゃないでしょう、ビチビチビチビチいってるぅ」

 ひょえぇぇって私が半泣きになっていると、オルロバ様を囲んでいた兵士達が動いた。

 そして倒れて動かないリカラを囲む。

「息はあります」

「申し開きはございません、どうしてこんな事に」

 イライフのお爺ちゃんは、息子の姿に膝をついた。

 灰色は戻ってくると、ビチビチを見せてくれる。

 見たくない、見たくないが、見ないとぉ。

「何それ、おっきな虫?こんなのお腹にいたら死んじゃうし、栄養全部吸われてそう。って、いらない。それはいらないから、気持ち悪い」

 灰色は、そう?

 って感じで、ビチビチ動いてる足のいっぱいある虫を離した。

 そして動き出しそうなそれを前足で押さえる。

「誰か、入れ物をもて」

 適当な入れ物が無くて、鳥かごが運ばれてくる。それに灰色は咥えて、虫を放り込んだ。

 うわぁ改めて見ると、虫の腹の部分に口みたいのがあるよ。気持ち悪いなぁ。

 この騒ぎで、やはり塔の人達は部屋に入らず、通路に控えるようにとなった。

 灰色と兵士達は、一人ひとり体を調べる事にも。

 オルロバ様も個室には入らず、そのまま通路に椅子が置かれ、休まれている。

 そして医者も、ルフト・スウェナムではない人物が呼ばれた。

「このような異物、見たこともございません。いるとすれば、例の物かと」

「やはり、そうか」

 オルロバ様は手で顔を覆った。

「私の所為だ」

「宗主、愚息の行いは、自身の不徳が結果にございます」

「違うわ、爺や。誰も悪くないの」

 灰色が手早く終わらせるんだって感じで尾を立てて走り回っている。

 そして茶色は私に絡みついて、ご機嫌。

 多分、明日は逆だね。

 そんな私の目の前では、深刻に姫様とオルロバ様達が話し合っている。

 ビチビチは通路の中央で、鳥かごの中動いていた。

 見張りもいるよ。

 鳥かごは横に大きな四角い物で、金に塗られた可愛らしい物だ。

 中身は悪夢だけど。

「意識は戻らぬか?」

「やはり工房の補液治療が必要でしょう。内臓が傷ついておりますし、寄生が残っていないか、大きく一度開いた方が良いかと」

「兵と共に運び、できれば死なせずに調書をとりたい」

「畏まりました」

「無理は必要ない」

 大きく開くって、解剖だろうか?

 オルロバ様の住まう塔周辺。

 灰色がイライラしながら探したら、残り二人ほど虫がひっついていた。

 ともかく、オルロバ様の寝室まわりと人員を調べるまで、ご飯は食べれなかった。

 代わりに深夜、新鮮な肉が二匹に提供されたが、私は睡魔に抗えず寝た。お腹がすいた。


 ***


 何も聞こえず、何も感じないはずなのに、突然、聞こえた。


「でも、何も手に入らないのに」


 そうだ。

 と、彼は思った。

 クソクソクソクソッ、俺から出ていけ。


「お腹」


 そうだ、奴が腹に。

 霞む視界に、小さな姿が見える。

 見える!


 あれは、輝く幸運の星

 誕生日の祝いに送られる、星の飾り。

 ふわふわとした綿毛、白い花。


 意識を取り戻したのは、黄緑色の液の中。

 それでも、一つ、道が分かれた。

 幾度も繰り返された事に、初めて新たな道が開く。

 リカラ・アマドによる実父毒殺という選択が退けられた。



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