記録.97『いっぱい笑う君が好き』
エビふりゃーが俺の隣でルービックキューブを弄りながら歩いている。
きゅるきゅると謎の挙動で動く奴の手元を見ながら歩いていると、普通に石に躓いて俺は地面にダイブした。
しかし、エビふりゃーはそんな俺など見ていないとでもいうように、地面に倒れ込んだ俺に目もくれず、ルービックキューブだけに意識を割きながら、先へ先へと歩いていった。
俺は、そんなエビふりゃーを見るや否や、奴から離れる様に距離を取ろうとする。
…今なら、今ならいけるんちゃいますの…。
一歩、二歩、立ち上がる動作に奴から離れる為の歩みを織り交ぜていく。
そして、それが三歩目に差し掛かろうとしたその時―――、
「逃げたら殺す」
カチャカチャとルービックキューブを動かす手を止めることもなく、こちらを振り向くこともなく、エビふりゃーは俺にそう言った。
……。…やだなぁ!エビふりゃー君!
俺が逃げるとでも?そんな訳ないじゃーん!俺の心は、いつ何時も人の為にという信念を掲げた慈愛のエネルギーに満ちているんだぜ?
適当な言葉を並べて、俺はすぐさまエビふりゃーの隣まで走った。
そして、奴の表情をちらりと盗み見しながら、小さく舌打ちを入れた。
クソが…、やはり腐っても最強廃人…。そう簡単にゃ逃がしてくれないわな。
心の内でそう呟いて、空を見上げた。
俺達の真上には、大きな太陽がこちらを睨むように佇んでいた…。
……俺はエビふりゃーのスキルを奪ってしまった。
奴のスキルを奪うというのは、死を意味する。俺と抹茶は幾度と無くエビふりゃーにキルされ続け、途中で解放された抹茶とは別に俺はそこから数十回、更に殺された。
そして、エビふりゃーは俺と抹茶の大量の死体を積み上げた程度では満足しない。
抹茶は別としても、俺はエビふりゃーに引っ張られて、無くなったスキルの再取得に付き合わされる羽目になった。
俺はエビふりゃーの隣で深い溜息を吐く。
奴が俺に奪われてしまったスキルは《ペナルティドロー》。あらゆるマイナス効果を一定確率で無かったことにする現時点では最上位の耐性スキルだ。しかも、そのマイナス効果はボス戦時などのレベルダウンも含まれる。戦闘の多い廃人共にとってはゲットしておいて損のないスキルだ。
勿論、一週間すれば勝手に戻ってくるが、廃人に一週間は長すぎる。
それ故に、エビふりゃーは俺を引き連れて《ペナルティドロー》のスキルの再獲得に赴いたのだ。
だが…、
なぁー、エビふりゃー君よぉ。
俺がいたって何も変わんねーだろー?なーんで抹茶連れてこなかったんだよぉ。あいつ連れてくりゃもっとマシな戦略立てられただろ?
なぁー、えびー。聞いてんのかよ、おい。
俺の駄々をこねるようなそれに、エビふりゃーは一切の反応を示さずにルービックキューブを弄っていた。
こ、こいつ、無視を決め込んでやがる…。なんちゅー白々しさ。それに何時まで経ってもルービックキューブの一面すら完成しない呑み込みの悪さ…。エビふりゃー…、恐ろしい子…。
俺はそう思いながら、辺りを見回した。
エビふりゃーが俺を連れてきた場所は新世界、廃人共しか対抗できない魑魅魍魎の溜まり場だ。草は青く、水は翡翠に輝く、怪物の住まう場所…それが多くのプレイヤーの脳裏に刻まれた新世界の共通認識だ。
―――…しかし、エビふりゃー君は違う。
俺が呑気に亜空間から取り出したみたらし団子をもっちゃもっちゃと咀嚼していると突然、バァンッ!という爆音がエビふりゃー君がいる場所から鳴り響く。
うぇっ!?え!?
俺が団子を頬張りながら、呆けた声を上げてそちらを向くと、そこにはもうエビふりゃー君はいなかった。そして、その代わりとでもいうように先程まで奴がいた場所には、砕け散ったルービックキューブが散乱していた。
…え、エビふりゃーがルービックキューブに取り込まれたァッ!!
俺は間違いようもない事実を、確認する様に叫んだ。奴はルービックキューブの神の怒りに触れたんだ!あまりの不器用さに神が怒ったんだ…!
「おい、何してんだ。ルート」
しかし、俺の叫び虚しく、前方からエビふりゃーの声がした。
その声がする方を向くと、そこにはデカい兎の上で、蒸気剣についた血を払って立つエビふりゃーの姿があった。
わぁ、エビふりゃー君すごぉい。
俺は顔の横に両手を持ってきて、パーを作るとそれをふりふりと振った。そして、そのまま奴の傍まで近づいて何事もなかったように兎のドロップアイテムを自分のものにした。
ほほう。
こりゃ中々のもんじゃねーか。
俺は思わぬ臨時収入にニマニマとしながら、親指をまだ見ぬ新世界へと向けて、口を開いた。
おい!何してんだ!エビふりゃー!
さっさとお前のスキル回収しに行くぞ!んでもって道中の魔物も狩るぞ!
おら!さっさとそこから降りろや、木偶の坊!
俺の事を無機質な表情で見つめるエビふりゃー。
そんな奴の前で、俺はイキイキとした笑顔を浮かべるのだった。
◇■◇
はーい、魔物入りまーす。
新世界の一際高い崖の上で、そんな事を呟いた。
俺は腕をぐるんぐるんと回して、その情報をエビふりゃーへと伝達する。
交通整理マンと化した俺の挙動を見て、エビふりゃーは剣を鞘に納めて、瞼を閉じる。奴の鞘から勢いよく蒸気が噴出する。
そして、それと同時に瞼を閉じたエビふりゃーの元へと、頭と腕だけの浮遊した魔物が近づいていく。
魔物の浮遊した腕が伸び、エビふりゃーを握り潰そうとしたその時…―――、
「隙の、―――糸」
そう零したエビふりゃーの剣が、蒸気と共に超速で抜かれ、奴を襲おうとした魔物が一瞬のうちに一刀両断された。
それを見た俺はさっさか崖を降りていき、エビふりゃーが獲得しないアイテムの獲得権を貰い受ける。
上等なアイテムやら何やらが亜空間へと収納され、俺は再び崖へと戻っていった。
正味、MMORPGとは単調作業の繰り返しだ。
『Soul・Learning・Online』は、他のMMOと比べるとその傾向は薄いものの、スキルの獲得など確率ドロップ作業は、何がどうして単純作業の繰り返しになる。
俺は魔物に見つからない様に立ち回りながら、それとなしに目的の魔物をエビふりゃーの元まで誘導し、報告する。奴はそれに従って隙の糸を見つけ出し、一撃で屠る。
新世界の魔物は強い。
エビふりゃーが無双できるのも、結局は新世界の途中までだ。
奥へ奥へと進んでいけば、一筋縄ではいかない連中ばっかだ。だからこそ、奴は集中して糸を紡ぐ必要がある。奴の糸さえ紡げれば、それは一撃必殺の技になる。それが奴のUnique・Skill、《猟るる糸》の本領に他ならない。
でもまぁ、暇だよなぁ。
俺は再び周りに目的の魔物がいないかを確認しながら、飴を取り出して口に放り込んだ。オレンジ味の飴が口内を転がる。俺は鼻から抜ける甘い風味を感じながら、血液腕で目的の魔物の傍の地面を殴りつけた。音に引き寄せられる魔物を見ながら、欠伸をする。
あー、クソ暇だなぁ。
金も集まるし、上等なアイテムも揃うけど、やっぱちげーんだよなぁ。
つくづく俺はルーキー側だ。同じ作業をしていたくないし、やっぱりゲームっつったら駄弁りながらやりたい。
エビふりゃーに、魔物が来た合図を身体全体で表現しながら、フレンドリストから来てくれそうな連中をリストアップし、見境無くメッセージを送った。
殆どの奴はダンジョンに潜っていたり、既にパーティを組んでいたりと予定が入っている。それに、この新世界の奥地にまで来れる奴も限定される。
ちぇ~…、やっぱ誰も来れそうにねぇな。
抹茶は単体じゃここまで来るのは厳しそうだし、もうしばらくはこのクソ作業に黙々と従事するしか―――、………ぉ。
早々に諦めて、さっさとエビふりゃーが倒した魔物のアイテムを回収しに行こうとしたその時、俺の脳内にメッセージファンファーレが鳴り響く。
そして、そのメッセージの差出人は「どうせこいつは来ない」と高を括っていた人物だった。
本当に来るのか…?
俺は半ば疑いながら、そいつにヘルプコールで座標を送信した。
そして今一度、俺は送られてきたメッセージをまじまじと見つめるのだった。
《ョミョ:面白そうだし、行ってあげようか?エビふりゃーにも会いたいしね》
インテリクソ眼鏡ドブ野郎がログインしました。
◇■◇
β時代の愉悦主義者、それがョミョ…人呼んでヨミ君だ。
奴の為す事は全てが全て、奴が楽しいと思うことに還元されるように出来ている。だが、まぁ良いさ。それで奴の手の平で踊っちまうのは奴の技量がある故だ。
俺が、俺達が、β組連中が、頑なにこのインテリ雑魚眼鏡を気に入らない理由はただ一点…、この男のキャラメイクがとにかく気に入らないのだ。
お洒落ぶった丸眼鏡も、カッコよさげなその髪型も、常に笑顔を浮かべるその姿勢も、何もかもが気に食わない。
俺とエビふりゃーが満腹度回復の為に亜空間から適当な食べ物を見繕う。
そんな中、ざっざっと心をざわつかせる足音が俺達の耳朶を震わせた。その音を聞いた俺とエビふりゃーは顔を上げて、音がした方を見る。そこには、やはりというべきか――、
「やぁ、待ったかな?」
手に持ったバスケットを少し上に見せびらかしながら、その男……ヨミ君は嬉しそうに言うのだった。
俺とエビふりゃーは、その姿を瞳に映した瞬間、ヨミ君の持つバスケット目掛けて強襲した。
ふしゃー!!
いの一番に俺が奴に飛びつくも、奴はそれを華麗に躱して、にやりと笑う。エビふりゃーも間髪入れず俺に続いたがそれすらもいなされた。
「ぶえッ」
地面に激突した俺の上にエビふりゃーが着地し、蛙が潰れたみたいな声が喉から出る。
ちょ…、え、エビふりゃー君…どいて…どいてくれぇい…。
防具やら武器やらのせいでやけに重いエビふりゃーへと俺は訴えた。しかし、奴はそんな事眼中にないのか、俺の背中を思い切り踏み躙りながら立ち上がり、笑顔を浮かべるヨミ君を睨みつけていた。
「よぉ、ヨミ」
「やぁ、エビふりゃー。元気そうでなにより」
ヨミ君とエビふりゃーが久方振りといった雰囲気を醸し出しながら、会話をする下で俺は藻掻き苦しんだ。
ぐ、ぐお、ぉぉ…!ご、ゴミ共が…!
てめぇらのそういう所が、ゴミと言われる所以ってことに何故気づかない…!人が苦しむ上で、何故そうも飄々とした顔をしていられる!?ただ足をどかすだけでいい事を、どうしてそうも引き延ばす!
俺は必死に訴えた。
エビふりゃーの足裏が俺の背中に食い込んでいく。
「遺跡憑きの件では世話になったな」
「あれ?僕の仕業って知ってるんだね。流石【終着駅】だ」
しかし、俺の訴え虚しく奴らは会話を続ける。
俺はそこで自分の命がここで潰えるのだと悟った。エビふりゃーに押し潰され、内臓を爆散させながら、醜い死に様を晒すのだ。
く、くそぅ…!やはり否応にでも逃げるべきだった…、エビふりゃーについてきて良い事なんてありゃしない…!
俺が心の中で終生の句を詠もうとしたその時、ふと前方を見るとヨミ君の視線と俺の視線が交差してバチリと火花を散らした。そして、ヨミ君はポンっと右拳で左掌を叩くとエビふりゃーへとこういうのだった。
「エビふりゃー、そろそろルートを踏むのやめてあげなよ」
「ん、あぁ。悪い。間違えた」
……ま、間違えた…?
何をどう間違えたってんだ…?
俺は、エビふりゃーの訳の分からない言葉に震えた。しかし、それ以上にヨミ君が俺に助け舟を出したことへのムカつきを覚えた。
このタコが俺のことを助けた理由は既に分かっている。
β時代、嫌ってくらい聞いてきたし、この身一つで感じてきた。このインテリ丸眼鏡は、面白けりゃ何でもいいのだ。
俺は奴の丸眼鏡の奥の瞳を見る。その瞳には、ありありとこう書かれていた。
”ルートがいた方が、面白いことが起こるからね”
っけ…食えねぇ奴だ、ヨミ君よぉ。
俺は痛む背中を摩りながら、嬉しそうにこちらを凝視するヨミ君と見つめ合うのだった……。
ョミョ君はβ勢屈指の良い人です。
◇■◇
ヨミ君が持ってきたバスケットの中身は、酷く無難にサンドイッチだった。
俺はそれを恐る恐る手に取り、サンドイッチとヨミ君を交互に見る。
なにぶんパクローとかいうゴミが、お菓子に小細工を施したせいで俺はここにいるのだ。ヨミ君には悪いが、人から貰う物全てに疑心暗鬼フィルターが掛かっている。
だ、だいじょーぶ?本当にだいじょーぶなのぉ?
俺は恐る恐るといった具合に、ヨミ君の服の裾を引っ張りながら、手に持つサンドイッチをちらちらと見た。
「だいじょぶだいじょぶ」
ヨミ君は、そんな俺を宥める様にサンドイッチを口に運んで見せた。
それを見た俺とエビふりゃーは、お互いの顔を見合うとぱくりと一口、口に運んだ。……うーん、平気か…?しかし、パックマンの前例がある。あれが奴のレア職業の力なのかも分からない今、下手に断定はしない方がいい。
しかし、腹が減っては戦はできぬ。
俺は、ワンチャン死ぬ可能性も考えながら、ヨミ君が持ってきたサンドイッチに再び手を付けるのだった…。
粗方満腹度が回復したエビふりゃーは、何気なしに立ち上がると未だもそもそとサンドイッチやら唐揚げを頬張る俺とヨミ君を見て、言うのだった。
「さっさと再開するぞ」
エビふりゃーの欲しい《ペナルティドロー》は未だにドロップしない。
有用な性能なだけに、ドロップ率が低いのだろう。
金平ごぼうを口に突っ込んだ俺が、上から見下ろすエビふりゃーへと不満げに言う。
もうちょいゆっくりでもいいだろー!
労働者にだって、選ぶ権利はあるぞー!強制労働はんたーい!はんたーい!はんたーい!
俺は右手を高らかに上げ下げして、悪徳監督官エビふりゃーへと抗議した。
何時の時代も、下の人間が割を食う。俺はそんな世の中を変えたいのだ。その為には、まずは誰かが立ち上がる必要がある…!それこそが俺なのだ…!
深い決意と共に、口にしたその言葉。しかし、それを聞いたエビふりゃーが露骨に顔を歪ませて、口を開く。
「お前が言える筋合いないだろ。黙って従え、ルート」
……。
俺は右手を上に掲げたまま、固まった。
そして、泣き付く様にヨミ君へと縋りついた。
うぇ~ん、ヨミくぅん。エビふりゃー君が僕をいじめるのぉ。玩具一個壊したくらいで、ずっとネチネチ嫌味みたいに言ってくるのぉ。
こいつ絶対小さい頃、玩具の独占とかして他の子供泣かせてたに決まってるよぉ~!それで先生に怒られて泣きべそ掻いてたに決まってるよぉ~!
「そうだね」
ヨミ君が笑いを零しながら、泣き付いてきた俺の頭を優しく撫でる。
…ヨミ君がこちらに来るというメッセを受信した際、断らなかった理由は幾つかある。
まずは、総合的な戦闘力の上昇だ。
ヨミ君は腐ってもβ組、エビふりゃーには敵わないとしても俺よりは強い。それだけで死亡率はぐっと下がるだろう。
次に、暇の解消。
正直、これが占める割合が大きい。
そして最後に、こういう場面でヨミ君は俺の味方になってくれるという点だ。
ヨミ君は、確かに愉悦主義者のクソ眼鏡だが、βの頃から節々で”良い人”オーラが醸し出されるのだ。勿論、誰にでもって訳じゃない。奴には奴なりのルールを持っているのだろう。しかし、奴の優しさは何故か俺にも適用される。
だからこそ、奴をここに招き入れたのだ。
エビふりゃーが強硬策をしようとした時の防衛札…それがヨミ君だ。
俺は鼻水をヨミ君の服で汚しながら、にやりと笑った。
エビふりゃーと言えど、ヨミ君を敵に回した時の恐ろしさは知っている。奴もこれ以上強気には出られない筈…。
そう高を括り、俺は再び泣き真似を始めた。
そうすりゃ、俺が泣いてる内に少しは俺にマシな条件での作業をヨミ君が取り付けてくれるに決まってる。はぁ~!なーんて頭が良いんでしょ!俺ってば冴えてるぅ!
「それじゃ、それで行こう」
「あぁ、確かにそうだ。解放すれば死んでも問題ないし、そろそろ解放しなくては…とは思っていたところだ」
あ、話し合い終わりましたぁ~???
俺は泣き真似をやめて、すくっと立ち上がるとエビふりゃーとヨミ君の顔を交互に見た。奴らは俺の顔を見て、にこりと笑顔を浮かべると、俺の両肩をがしっと組むや否や、その場から離れる様にさっさと歩き出した。
あ、え?え?
俺は、奴らの突然の謎の行動に理解が追い付かないような様子を見せる。
そんな俺の様子を見たエビふりゃーとヨミ君は、俺を挟んで視線を交差し合うと、再びこちらに満面の笑顔を向けて言うのだった……――。
「――それじゃ、行こうかルート!」
「――新世界の街を解放しに、な」
……は、ははは。
なーんでそーうなるのぉ……。
力無き声が新世界に響く。
ひくひくと口角を震わせながら、笑みを浮かべるキチガイ二人に挟まれて、俺は一歩…また一歩と新世界のまだ見ぬ場所へと進んでいくのだった…。
エビふりゃー君の素敵な笑顔がいっぱい見れてよかったね!




