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ゴミ溜めVRMMO記録  作者: どうしようもない
95/115

記録.95『だから僕らは英雄になれない』

 ――やはり、この世界の時間軸は地続きだ。


 狐面の覚醒を促したように、エビふりゃーとの初対面が最悪だったように、それらの事象が事実として今に繋がっている。

 恐らく、俺が最初にそれほど大きな事を起こさなかったからこそ、基本正史に従って事柄が進んでいるに過ぎない。


 そして、この遺跡内部でのβ最初期~現在に至るまでの時間軸を過ごしたのは、今ここにいる俺ではなく、紛れもなく過去のルート君だ。

 今ここにいる俺は、β最初期と今現在という二つの時空にピンポイントで出現しているイレギュラーに過ぎない。


 そう、間違いなく最初期~現在という俺が知らない時間が存在するのだ。

 その間に起きたことを俺は知らないし、別に知りたくもない。ただ、それでも……。


「んふふ」


 俺の腕に絡みつき、ふやけた様な笑顔を浮かべる狐面(こいつ)を俺は”知らない”で通すべきなのか、と考えていた。

 現実の狐面は、恥ずかしがり屋の一面が根底にある。内弁慶であり、好意に脆弱で、それでいてどこかしたたかな奴だ。


 にも拘らず、今のこいつはどうだ?

 俺の腕にタコみたいに絡みつき、胸を押し当て、俺の肩に頭を乗せる。

 これが恥ずかしがり屋ってのは無茶があるだろうよ。内弁慶なんてもんでもない。したたかさこそあるのかもしれないが、そのしたたかさは現実の奴が持っているものとは別種のものだ。


「なぁ……狐面…」


「……?なんですか?」


 俺の言葉に、狐面が少し不思議そうな顔をして首を傾げる。

 奴の瞳に、怪訝な顔をした俺が映し出される。


「………」


 ”お前、俺となんかあった?”

 そう聞いてしまいたかった。しかし、それ以上に怖かった。現実の奴の瞳には、決まって狂気に染まった光が宿っていた。しかし、今のこいつの瞳には何の光も宿っていない。ただ、俺だけが瞳に映し出されていて―――。



「あぁ、いや……なんでもねぇ」


「変なルートさんっ」


 挙動不審な俺に、狐面は嬉しそうにそう言いながらまた強く俺の腕を抱きしめた。



 こ、怖ぇ……。

 ホラーゲームか何かかな?

 選択肢間違えると詰む系の奴かな?

 そう考えてしまうくらいには、こいつの存在はおかしな方向に捻じ曲がっている。


「そういや、よく金集まったな」


 俺は何か話題を探す様に手探りで言葉を紡いだ。

 口から出た話題は、俺の釈放についてだ。


「えへへ…凄いですか?」


 狐面が嬉しそうに顔を赤らめる。

 犯罪者の早期釈放には、多額の賄賂が必要になる。それこそ、その賄賂一回で中堅並みの装備が全身揃えてしまえる程の大金だ。正直、賄賂を出すくらいなら素直に時間が過ぎるのを待った方がいい。


「あぁ、すげーよ。一体どこでそんな金を……」


「アイテムを全て売り捌いたらどうにか集まりました!」


 …ぁ?

 俺は狐面の口から飛び出たその言葉を聞いて、身体を固まらせる。

 アイテムを全て…?お前、何を言って…。


「売り口については闇市が最近やっと再開したので困りませんでした!」


 ………。

 まるで小さな子供が親に何かを自慢でもするように胸を張って、奴は舌を回した。脳味噌の奥底で、耳鳴りにも似た音が響く。何か、懐かしいものを見ているような感覚に襲われる。


 この余りにも危うげで、ほんの少し押してしまえば崩れてしまいそうなこの幼い姿を、俺はどこかで見たことがあるのだ。


「あぁ、もう、もう良い。よく…分かった」


「…め、迷惑でしたか……?あ、あの…」


 顔の半分を隠して、空を仰ぐ俺を見て、狐面がおろおろと泣きそうになる。先程までの嬉しそうな顔とは正反対に、すぐに情緒を反転させるその不安定さは見ていられないくらいに脆く感じられた。


 おろおろと右往左往する狐面を見て、俺は言う。


「あぁ、違う。嬉しくて空を仰いだだけだ」


 その瞬間、狐面の顔が花でも咲いたくらいにぱぁっと笑顔になる。



 ――……ララに似ている。

 あの存在自体の脆弱さ、そしてすぐに壊れてしまいそうなその姿も、何もかもがあの子に重なるのだ。

 誰かに認められていたいという欲求も、がらんどうを瞳に宿したその姿勢も、何もかもがあの幼女と重なるのだ。


 狐面は、正史とは完全に違う存在になった。

 自分一人で立ち上がれず、誰かに縋って依存する酷く小さな子供。それが、今の奴だ。


 俺は狐の御面をつけていない狐面の髪を優しく撫でる。

 すると、狐面は嬉しそうに瞼を閉じて、ごろごろと猫みたいな鳴き声を上げた。

 …狐面をこうしてしまったのは間違いなく過去の俺だ。なんとなしに分かる。過去の俺はきっと甘やかしすぎたんだ。

 それならば、今の俺はこいつに関わるべきじゃない。


 この世界が俺抜きで続く保証なんてどこにもないが、過去の事は過去の奴らだけでケリをつけるべきだ。それこそ、狐面をこうしちまった過去の俺こそが、こいつをどうにかするべきなんだ。

 この世界のイレギュラーである俺が多分に干渉して良いことじゃない。



「――なぁ、狐面」


「はぁい?」


「――…お前はきっと、近い未来…俺から()()()を――」



 ――。

 ―――。

 ――――。

 ―――――。


 街道を一人で歩く。

 狐面には悪いが、ここから先は俺一人で行った方が何かと好都合だ。なんとなしにではあるが、この世界の事は掴めてきたしな。



 ……はぁ、つくづく実感する。

 β組は、やはり人としてどこか壊れている。

 ぺろりんを見ろ、猫埜を見ろ、おはぎを見ろ、杏を見ろ、ピュヒュイ君を見ろ。誰一人として、狂気を宿した奴なんていやしない。そう、誰一人として、だ。その逆、β組の奴らは皆が皆、どこかに狂気を隠し持っていやがる。正常な連中なんていやしない。


 酷い気分だ。

 そのβ組の中に俺がいるっつーのも酷く気分が悪くなる。あーんなキチガイ連中と同じ括りに俺がいること自体が間違ってんだ。


 こつこつ、と靴音が鳴る。

 〔サイショ〕の街は、製品版と比べれば随分と閑散としている。まぁ、そりゃそうだ。製品版は無数にサーバーを開かなきゃいけないくらいにプレイヤー人数が多いが、β時代はそこまで多くない。それに、ほとんどが戦闘型のプレイヤーだった為、フィールドに出払っている事が多いんだ。


 にも拘らず………、


「―――お前は、ずっとここにいる」


「………」


 路地裏の奥、太陽が差し込むその場所でプロペラは俺をじっと見つめていた。


 ◇■◇


 ――何かアクションを起こせば、世界は進行する。

 推測だが、この遺跡はそのルールに則って構築されている。


 始まりは、狐面の覚醒だ。

 狐面が臓物を愛すキャラへと進化を遂げた瞬間、世界は歪み、時間が進んだ。

 詰まる所、俺が奴を覚醒させたことにより、世界は進行したのだ。

 次に、目隠れやターミナルと共に行動を果たした。しかし、これで世界の進行は起きなかった。


 何か、条件が必要なんだろう。

 始めに世界が進行したときに関わったのは狐面だった。そこで思いついたのは、同時にこの遺跡に入った奴らに何らかの干渉を与える事…じゃないだろうか。


 正直、判断材料がカス過ぎる為、そのくらいの推測しか俺は出来ねぇ。もしかしたら、ここにいる連中の誰でもいいのかもしれねぇ。

 しかし、それでも、だ。

 もしも、その仮説が合っているならば、俺は今目の前にいるこのラピュタマンに何らかの干渉をしなければいけない訳だ。


 目の前でこちらをじっと見つめてくるプロペラの視線に、無性に心地悪さを覚える。


「随分熱視線を向けてくるじゃねーか」


「そりゃずっと目の前で立たれては気になりますからね」


「あーそうかいそうかい。そりゃ悪かったな。あぁ、悪かった」


 俺はそんな事を言いながら、プロペラの真正面から少しズレた場所に腰を下ろした。

 それを見たプロペラが少しだけ浮足立つようにそわそわとする。しかし、直ぐにその感情を隠す様に紙飛行機の工夫案を書き出している紙にペンを走らせた。


 俺は胡坐をかいて肘を立てると、その上に顎を置いて黙々と作業を進めるプロペラを見つめた。



「………」


 ………。


「………」


 ………。


「………」


 ………。


「…暇なんですか?」


 …いんや、別に。


「そう、ですか」


 プロペラはそう言って、再び作業に戻った。

 静寂が再び、その場を支配して、俺とプロペラはただただその時間を過ごしていた。更にそこから少しして、俺は亜空間に手を突っ込んだ。


 突然俺が動いたので、プロペラはびくりと肩を震わせてこちらを見る。

 俺が亜空間から取り出したものは、ナイフと木片だった。

 俺はそのその二つを持って、作業を始める。


「ふんふんふ~ん」


 鼻歌交じりに作業を始めた俺を見て、プロペラは不思議そうな顔を更に歪ませて頭の上に?マークを浮かばせた。

 俺はそれをちらと確認しながら、失敗しないように木片にナイフを滑らせるのだった。




「ルート…くんはどうして僕の傍にいるの」


 ふと、プロペラは俺に聞いた。

 俺は、作業に集中したまんまで口を開く。


 …意味なんかねーだろ。

 ゲーム一つとって、その行動一つ一つに意味があったらそいつはプロゲーマーなれるぜ。ほとんどの奴は、ゲームに費やす大半を脳死でやってんだよ。


 それはVRMMOになったって変わらねぇし、MMOっつー時点で 脳が壊死してる連中ばっかだ。


「……そっか…ねぇ」


 プロペラはそんな俺の言葉に、小さく呟いた。


「――僕たちが、このゲームを続ける理由ってなんだろうね」


 ペンを走らせる手を止めて、プロペラはこちらを見る。

 今にも崩れてしまいそうな奴の瞳は、罅割れている様にも見えた。




「βが終わって、このゲームが発売される頃に僕らはどうなっているんだろう」


「昔も、今も、きっと未来も、このゲームの最前線を牽引するのはたぶん有名どころの人たちだ。今でこそ、”不死身”さんや”鉱石卿”さん達が前線を張っているけど、きっと移り変わっていく」


「新たな世代が、新たな人が、才と努力の人たちが、最前線に立つんだ」


「それなら」


「それなら僕は、なんなんだ」


「――…空を飛びたい」


「――遠い何処かで空を見たい」


「――鳥になってしまいたい」


「僕の夢は、どこに行くんだ」


「彼らばかりが脚光を浴び、僕の夢は朽ちるのか」


「英雄共の影に隠れて、僕の夢は朽ち果てるのか」





 ……んふぅ。

 俺は心の中で、深い深い溜息を吐いた。


 β時代、幾度かプロペラに見られた傾向だ。

 プロペラが、ターミナルと出会う前の頃。俺とエビふりゃーだけがこいつの友達だった頃。

 プロペラは、今でこそ落ち着いたやつではあるが、ターミナルという精神的支柱を得る前は酷いもんだった。


 言っちまえばメンヘラ気質。

 それに中二病みたいな言い回しに重度のポエミー。


 奴の根底は、他の連中に馬鹿にされた過去に立ち返る。

 自らの夢を優しく否定され、嘲笑を受けたことによる傷が奴の心に暗雲を齎した。ターミナルという存在がいたからこそ、プロペラは明るくなったが、奴がいなければプロペラはβの途中で抜けていただろう。


 VRMMOの嫌な弊害だ。

 顔の見えないはずの言葉が、面と向かって言われちまう。それもSNSで発言するみたいに酷く簡単に。


 プロペラは傷付き易い子供だ。

 小さなカッターが、奴にとっては包丁たりえる。傷付き、血を流し、涙を流し、自分自身に絶望してしまう。


 ならば、ならばこそ――、



「めんどくせぇなぁ、プロペラ君」



 再現する他ない。

 立ち返るしかない。

 あの頃と同じ、プロペラに。

 いつしか、プロペラ自身が俺に言ってくれたあの言葉を。



「お前の夢だろ?人を理由に諦めんなや」


 プロペラを救うのは俺じゃない。


「てめぇの夢はその程度かよ」


 このゲームに主人公がいるとするならば、それはきっと俺じゃない。




 ……そうさなぁ。例えばプロペラ。お前は四六時中、このゲームに張り付けるか?


「…ぇ?」


 俺の言葉に、プロペラが呆けたように口を開いた。



 ボトルを常備して、クエストを探しているか?

 飯すら無視して、魔物を狩るか?

 DPSチェックを常に行っているか?

 Discordで常に情報を共有し続けているか?

 他のゲームに(うつつ)を抜かしすぎていないか?

 この仮想世界を、現実(リアル)に置き換えているか?

 シーズンパスはいつもプラスの方を買っているか?

 プレイヤーランキングを常に気にして生きているか?

 レアアイテム求めて、同じ事を何百時間も繰り返しているか?

 直ぐ傍にエナドリの空き瓶が幾つある?



 …俺達は、確かに世間一般から見たら重度のゲーマーだ。

 だがな、それでも所詮上澄みにすぎねーんだ。ほかの連中に比べりゃ、俺達なんて雑魚だろう。俺もお前も、風呂に入るし、飯も食う。トイレ行きたくなったら離脱するし、エナドリだって8、9つ転がってるくらいだ。


「…そ、れは…MMOなんだから、……」


 あぁ、そうだ。

 MMOっつーのは無限の時間がある者にこそふさわしいゲームだとも。

 だけどな、プロペラ君。

 俺達と奴ら(英雄)、一体どれだけの差があるってんだ?


「…ぼ、僕に力はないよ。他の人たちの方がよっぽど……」


 あぁ、そうだな。

 他の奴らが精一杯レベルを上げている間、お前はずっと空を夢見ていた。そりゃ差が出るさ。


 プロペラの表情に影が落ちる。


「……そう、だね」


 その言葉には、噎せ返るほどの苦渋が満ちていて、まるで「君も僕を見捨てるのか」と小さな子供の癇癪が詰め込まれている様にも感じた。


 しかし、俺はそんなプロペラを無視して口を開く。


 お前の数十倍、奴らは自分を強くするために努力してる。奴らにも、奴らなりの努力がある。

 お前とは違う方法で、お前とは違うやり方で、だ。


「うん、…うん」


 プロペラは自分を無理矢理に納得させようとでもしているのか、首を縦に振る。

 俺はそれを無機質な瞳で見つめた。そして、




「…ふぅ、まぁ建前はこんなもんでいいだろ」


 不意に、そんな事を言って青々とした空を見上げた。


「…へ?」


 俺の言葉を聞いて、プロペラが驚いたように縦に振っていた顔を上げる。

 俺はそんなプロペラの顔を見て、カラカラと笑うと、奴の脇に手を入れて無理矢理に立たせる。


「わ、わ」


 驚いたように身動ぐプロペラの足をしっかりと地面に立たせて、脇から手を抜く。プロペラの俺の視線が同じくらいの高さになる。

 俺は奴の空が内包されたように奇麗な青の瞳に自分を映しながら、


「正直さ、今最前線にいる連中…雑魚じゃねーか?」


「え、ぇえっ?」


 プロペラが本気で分からなそうに動揺する。

 突然の俺の言葉に、奴の頭の上には?マークが何度も浮かび上がっては霧散する。

 カサリ、とプロペラの足元にある紙が風で蠢く。


「このゲームって、遺跡とか特別なアイテムとかがフィールドに散らばってんだろ?にも拘わらずだーれも見つけてねぇじゃねぇか」


 …β時代、多くのプレイヤーが文明遺跡や遺失の欠片を獲得しようと躍起になった。

 だが、結局最後の最後までその片鱗の一つすら掴めず、βは幕を下ろした。


「ボスだってそうだ。奴らだけじゃ結局勝てないから、俺達を連れてって数で押し潰す。奴らは奴らの中でだけ強いに過ぎない。ゲームシステムの前じゃ、俺達はみんな蟻んこ同然だぜ?」


 これは極論で、詭弁だ。

 だが、事実でもある。俺達は結局、皆雑魚なんだ。

 ボス相手にはどんな装備も紙同然だし、防具に意味があるのはボス戦以外の雑魚敵だけだ。


「別によ、そんな深く考えなくていいんだって。お前は空が見たい。奴らはゲームの先が見たい。根本は同じじゃねぇか」


 俺とプロペラの間に風が吹く。

 地面に積み重なった紙が宙を舞い、空に巻き上げられる。



「――俺達は英雄にはなれない」


 そんな事、誰しもが分かっている。そうだろう、プロペラ。

 英雄になろうとして、なれる奴なんていやしない。まず、英雄の定義だって曖昧なんだ。人によって誰が英雄かなんて違うぜ。

 敵を100人倒した奴が英雄と呼ばれる裏には、味方を100人殺した大悪鬼と感じる奴もいる。


 んでもって、そういう考えをしちまう時点で俺達はどうしようもなく英雄足り得ない。


 俺は、そう言ってとある物をプロペラに投げ渡す。

 プロペラはそれを拙い手つきで受け取り、まじまじと見た。


「……タケコプター…」


 それは、酷く不格好な木彫りのタケコプターだった。

 お世辞にも上手とは言えないそれを持ったプロペラは、そのタケコプターと俺を交互に見る。


「空には、希望があるんだろ。夢があるんだろ」


 タケコプターを指差して、言う。

 遥か彼方の記憶、プロペラは嬉しそうに言っていた。今とは比べ物にならないくらいの笑顔を浮かべて、酷く嬉しそうに空を見上げて俺に言ったのだ――。




 俺に、ラピュタを見せてみろや。




「―――っ」


 プロペラの瞳が強く潤む。

 そして、次の瞬間、世界が大きく歪み、目の前のプロペラが水面に映った様にぐねぐねと歪み始める。


「るぅ……とくん、…僕、は」


 歪む世界で、プロペラが何かを言う。


「君に…空を、…見せてみせる――」


 あぁ、そうだな。

 俺達はそれでいい。誰かの為じゃない。自分の為だけに遊ぼうぜ。エゴの塊が俺らだ。他人のことなんて知るか。自分と大切な誰かが幸せならそれ以外どうでもいいんだ。



 だから、きっと――


 だから俺らは英雄になれない。




 歪む世界で、最後に見たのは泣き笑いの様な表情を浮かべたプロペラの顔だった。


 ◇■◇


「おい、ダスト。てめぇ突っ立ってないでさっさといけや」


 不意に、俺の背中を誰かが押した。

 眼前に広がるのは、巨大なネズミみたいなボスの周りをわらわらと廃人共が取り囲んでは凸っている、レイドボス戦でよく見るゾンビ特攻戦法だった。


「先行くぞ、おい。てめぇもさっさと火力出せ」


 俺の背中を押した見覚えのある廃人が、俺にそう言いながら槍を片手に走っていった。

 右手を見ると、そこにはナイフが握られていた。


「世界は、無事に進行したわけだ」


 そう呟きながら、俺はネズミに向かって特攻を仕掛けた。


「ごみ溜め!スイッチ!」


 傍にいた腕が千切れた廃人が後ろに下がりながら、俺に叫ぶ。


 おう!

 俺は勢いよく廃人の胸をナイフで貫き、血を払った。

 腕なしの廃人は口から血を吐き、天に召され、後衛職の更に後ろで復活した。


 早々の戦線離脱に戦線復帰。

 これがβ時代の戦い方だ。腕が片方でも千切れりゃ、火力はまともに出せなくなる。それならさっさと殺してもらった方がDPSは最終的に出るのだ。

 製品版からは幾らかの調整が入ったものの、βの最良はこの戦法だった。


 俺のどてっぱらに穴が開く。

 視界が白く染まり、幽体になる。俺はこの戦いに参加している連中の顔ぶれを確認しながらリスポーンポイントへと向かった。


 エビふりゃーとターミナルはいるな。

【終着駅】の顔ぶれも幾らか見える。時間軸はβの終盤付近か?いや、終盤のちょい前だな。まだ武器がそこまでこいつら揃いきっていない。妥協装備の連中が多い。


 少ししてリスポーンした俺は、壊れかけのナイフを常駐している鍛冶師に投げつける。おらッ!さっさと直せや!早くしねぇと殺すぞッ!!


「うるせぇな!!特攻するだけのてめぇらと違ってこちとら繊細かつ力業の作業なんだよ!!っつーかさっさと戦線戻れや!ああ!?武器のスペアくらい用意しと――」


 ぴーぴーと泣き言を言う鍛冶師の言葉に耳を塞いで、戦況を見る。

 魔法職が極彩色の魔法を放ち、前衛共が武器を手に取りちくちくと攻撃をしている。何かを叫ぶターミナルの声が戦場のどこからか聞こえる。


「暇そうだな」


 ふと、戦場を見つめる俺の横に一人のプレイヤーが並んだ。

 そのプレイヤーは巨大な岩かと見紛うほどの巨大な(ハンマー)を軽々と抱え、俺の視線の遥か下から俺を見上げていた。


「……誰だ、お前」


 口から、そんな言葉が漏れる。

 βプレイヤー共の顔触れは大体覚えていると、自負している。

 勿論、佐前は知らないが薄っすらと顔を見たことあるとかその程度の関わりの奴も多くいる。しかし、βプレイヤー自体、そこまで多くはない。必然的に顔触れくらいは覚えられる。


 しかし、この小さな背丈のプレイヤーの顔を俺は一度たりとも見たことがなかった。

 深紅に輝く髪に、鋭い瞳、酷く小さい背丈に、巨大な武器。その幼女染みた姿は、ララを想起させる。


 ぷっくりとした唇で、並び立った幼女が俺に言う。


「…あぁ、……初めまして」


 少しの間と、何かを抑え込むような表情。

 その表情に、俺はどこか尊い何かを感じた。これがてぇてぇという感情…?




「――私は、……ラミミだ」


 まるで一世一代の告白みたいな空白を置いて、ラミミと名乗った幼女は俺を見た。


 らみみ、ラミミねぇ。

 マジで覚えがねぇ…。…まぁ、そういうこともあるか。ワンチャン、俺がいることによるバタフライエフェクトの影響ってこともあるし、おかしなことじゃねぇ。


 あぁ、挨拶遅れました。ルートと申します。紳士で通ってるんでよろしくどうぞ。


「っは。面白い冗談だな」


 んだよ、そういう反応するっつーことは俺の事知ってるって事じゃねーか。猫被りの労力返せや。

 つーか、そんな馬鹿デカい武器持ってんなら、さっさと突撃してこいや。こんな事してる内に、お前の報酬はどんどんまずくなってんぞ。


 愚痴愚痴と文句を言う俺を見て、ラミミは不敵な笑みを浮かべた。


「いや、もう終わるらしい」


 そう言って、ラミミは小さな手でネズミの方を指差した。

 俺がそれにつられてそちらを見ると、そこには断末魔を上げて地面に倒れ込むネズミと、その上に立つ”鉱石卿”の姿があった。


 功績の報酬Rankが視界にポップアップされる。

 俺はそれをすぐに閉じて、とりあえず狐面やプロペラの様子を探りに行こうとその場から踵を返そうとした。しかし、


「なぁ、ルート」


 服の端っこを控えめに掴んだラミミが、優しい笑顔で口を開くのだった。


「少し、歩かないか」


 ◇■◇


「たい焼き2つ。ルート、中身選んでいいぞ」


 あー、んじゃこしあん。

 ラミミが露店で買ったたい焼きを渡してくる。俺はそれを適当な礼を述べて受け取ると、頭から齧り付いた。


 にしても、随分と生産職のプレイヤーが増えてやがる。

 この増え方からして、β終盤の時間軸って事には間違いないらしい。たい焼きを食べ進めながら、周囲を見渡す。ふと、横を歩くラミミに視線を戻すと、ばちりと俺とラミミの目線が交差し合って、火花を散らした。


 …なんだよ、気まずいからあんまこっち見てんなや。

 いいか?ラミミちゃん。VRMMOっつーゲームをやる時点でな、俺達には一つ、限りなく必要な技能があるんだ。それが何かわかるか?


「さぁ」


 ラミミは俺の講釈に付き合うようにそう言って、たい焼きの腹を齧った。


 それはな、”刹那の見切り”っつーやつだ。

 そいつが、こちらを見ようとするそのコンマ数秒前、その一瞬でこちらが視線を外して、目と目が合う瞬間を無くしてやるんだ。

 そうすりゃ、誰もがエブリーハッピー。変な雰囲気にも、突如始まるラブコメにだって発展しないぜ。


 たい焼きの尻尾を口に放り込んで、もごもごとしながら俺は喋り続けた。

 しかし、勢い良く口に放り込んだ弊害で喉に突っかかってしまい、胸をドンドンと叩く。


「行儀が悪いぞ、ルート」


 ラミミはそう言いながら、亜空間から水を取り出して、俺に手渡した。

 俺はそれをすぐに受け取ると、ぐっと一息で飲み干してた。


 ぶ、はぁー…。

 悪い悪い。やっぱあんこって中々つるんとはいかねぇな!さんきゅーな、ラミミ。



「………」


 ……ラミミ?

 俺の言葉など、届いていないかのようにラミミは俺の顔を見つめていた。奴の口元には小さな笑みが浮かび、頬は朱に染まっていた。そして、その(しゅんかん)ラミミの背後から突如として風が吹いた。


 ラミミの赤い髪が靡き、表情を隠した。どこか甘い香りが俺の鼻孔をくすぐった。


「……なぁ、ルート」


 街中、人が行き交う喧噪の中、ラミミの声だけがいやに鮮明に聞こえた気がした。


「こんな歌を知っているか」


 ラミミはそう言うと、靡く髪を優しく撫でつけて瞼を閉じると、小さく口を開いた。



 ――ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る…



 透き通るようなソプラノが脳裏の奥で反響する。

 その一節で、ラミミは歌うのをやめて、こちらを見た。ラミミが歌をやめると同時に、吹いていた風は止み、先程まで見えていなかったラミミの表情が視界に映る。



 そりゃ……有名な歌だから、知ってるに決まってんだろ…。

 俺は、ラミミの異様な雰囲気に気圧されながら、おずおずとそう答えた。


「そう、だな」


 ラミミは、俺の返答を受けてそう言った。

 しかし、そう答えたラミミの表情が先までと比べて酷く悲しそうに歪んでいるのを俺は見逃さなかった。見逃せなかった。


「ら、み…」


「なぁ」


 ラミミの名を呼ぼうとした俺の声は、他ならぬラミミによって遮られた。

 俺なんかよりも余程小さく、柔らかな手を強く握り締めているのが見えた。彼女が、何かを俺に伝えようとしているのが痛いくらいに分かって、



「――ルート。お前が、私達にくれた歌だったんだ」



 ルート、と俺の名を呼ぶラミミの顔を、俺はきっとこれから先、忘れたくても忘れられないだろうと思う。

 それくらいに、奴の、ラミミの顔が―――




「いつか…私も、ボロも、救ってくれよ」




 ラミミの声と共に、世界が大きく歪む。

 歪む世界、その中で俺の身体が背後に出現した扉の中から、文様の刻まれた腕に掴まれる。


 その腕は、反抗を許さないとばかりに扉の中に俺を仕舞い込み、そのまま扉の取っ手を掴み、歪む世界と俺を遮断しようとしている。


 ま、まて!閉じるな!ラミミ!おい!意味深なことはやめろ!おい!


 俺の叫び虚しく、扉は止まることなく閉まっていく。

 ラミミの赤い髪が風に揺れているのが見える。しかし、それもじきに――、




 待っていてやる、契約だからな―――。




 扉が閉まる直前、そんな声が聞こえた気がした。


 ◇■◇


 ぺいっと扉が開き、俺は空に投げ出された。

 扉の中で、沢山の文様の刻まれた手がばいばいとこちらに手を振っている。俺は、おざなりにそれを振り返す。


 俺は、ちらと自分の身体を確認した。

 ところどころに傷がある。どうやら遺跡の身体的経験を受け継いで現世に帰って来たらしい。


 うーん…。

 俺は落下しながら考えた。ラミミ…文明遺跡…β時代…。

 そして、俺は遂に一つの解を導き出す。目をかっぴらき、息を大きく吸い込む。そう、それは…、





 もしかして、このまま死ぬって………コト!?




 遺言はそれでいいですね。

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