記録.93『キツネメンサーン!』
なーにがどーしてこーうなったー。
青い空を見上げて、俺は歌う。すぐ横ではエビふりゃーが必死に魔物を捌いている。
「…!―――!」
奴は何かを叫んでいる様だが、残念ながらお昼寝フォームに入った俺は断固として動かない。
飄々とした青空の端に、ポップアップするウィンドウにはこう記載されていた。
〔文明遺跡の発見!〕
〔遺跡名:不可逆の逆転世界〕
遥か過去の遠い記憶。
彼らが切り拓いた道は、今もなお歩く人々が絶えない。
遺跡への侵入者とその数によって変化する世界――。
遥か未来の正しき姿へ。
文明遺跡、ね……。
なんとなく分かってきたぜ。
何故、エビふりゃーが俺の事を知らないのか。
何故、白髪の筈の俺の髪色が黒になっているのか。
何故、掲示板もフレンドメッセージも送れないのか。
あぁ、そうだ。
詰まる所、この世界は……、
「魑魅魍魎が跋扈するβ時代の『Soul・Learning・Online』――!」
そう呟いて、俺は魔物に轢き殺された。
幽霊になった俺をエビふりゃーが迎え入れる。奴は青筋を額に張り付けながら俺を睨みつけている。しかし、俺はそんなことお構いなしにさっさと〔サイショ〕の街の教会へと向かった。
ふよふよと飛びながら、思考を回転させる。
エビふりゃーがあの程度の魔物に勝てないってことは、やはり奴の実力は雑魚だ。
そして、β時代の最初、俺たちはゴーレム討伐をしたことがある。そこで俺達はしくじり、運営は一度ゲームのロールバックを行った。その時には、既に俺とエビふりゃーの面識はあったことから、今の状況はまだロールバックが行われていないゲームの初期も初期…つまり、マジのガチの最初期…今だどのスキルが産廃で、どれが強いかすらも知られていない無知時代。
その証拠に俺のスキル構成は、
《刀》
《抜刀術》
《防壁の息》
の三つだ。どれも俺がこのゲームを始めたばかりの頃に取ったスキルだ。
それぞれ、刀が扱えるようになる、抜刀速度の上昇、息を吹いた場所に防壁を張る、という性能をしているスキルだ。
β時代の俺は初期に刀を愛用し、後にナイフ、弓など様々な武器を使用した。まぁ、刀とかいうクソ武器、座るときとかクソ邪魔で不便だったからね。
しかしそう考えると、やはり今の時代がβプレイ最初期という考察は間違っていないだろう。
……だからどうしろって話ではあるけどな。
とりあえず教会に到着し、俺は蘇生された。ゆっくりと考え込みながら浮遊していたから、エビふりゃーの奴とは蘇生タイミングが合わなかった。
あんなにもピキっていたにも関わらず、俺を無視して行くとなるとエビふりゃーの奴は随分と急いでいる様に見える。しかし、それも今はどんな情報すらも値千金の価値があると考えれば分かる話だ。廃人共は血眼でこのゲームをプレイするに決まっている。
立ち上がって、教会から出る。
NPCが街を歩き、遥か未来で廃人と化している連中が瞳を輝かせて食料やアイテムの買い付けを行っている。
とりあえずやる事は狐面とプロペラとの合流だ。
俺があの時計型の扉に取り込まれたのならば、奴らも絶対にこの遺跡に来ている筈だ。奴らと合流して、ここから出る手立てを見つける必要がある。
腰に帯刀した刀の柄に手を置き、俺は歩き出した。
奴らの事だ。同じ風に考えるはずだ。適当に街を歩けばいつかは会えるに決まってる。
―。
――。
―――。
……そんな、希望的観測をした私めを許してつかぁさい…。
ど、どこにもいねぇ…。
奴らの影の一つも見えやしない。こりゃ街にはいやがらねぇな。何考えてんだあの馬鹿共は。遺跡なんて危険な場所でなーんで単独行動をしたがる?
しかも、俺たちは今ユニークスキルを失ってんだぞ?
俺で言えば《血液操作》、プロペラで言えば《天翔け》、狐面で言えば《泣き喚く行進》。それぞれが主軸だったスキルを持っていない。
しゃーない。
街の外に行ってみっか…。
溜息をつきながら、NPCがやっている屋台で焼き鳥を購入する。まだβ初期ということもあり、プレイヤーの屋台は一つもない。地べたで物を売る奴こそいるが、食べ物を売りに出す奴は一人もいない。やっぱりそういう系の発展はおせーな。
串から肉を引き抜いて、もっちゃもっちゃと咀嚼しながら、街の外へと出ようとしたその時―――、
「……ぁ?おい」
俺の横を通り過ぎたそのプレイヤーの横顔を見て、俺はそいつの肩を掴んだ。
その瞬間、肩を掴まれたそいつはビクリと身体全体を震わせて、俺の方へと振り返った。豊満なボディにムカつく顔立ち、服装こそ些か違うもののこいつは……、
「てめぇ、今までどこほっつき歩いてやがった?―――狐面」
紛れもなく、臓物大好き星人の”きつね”その人だ。
狐の御面をつけていない狐面が、不安そうな表情で俺を見つめた。
お前、空気が読めない読めないと思っちゃいたが、なーんで分かりやすい場所にいねーんだよ。確かにてめぇのキャラモデルは他の連中の比べて美麗っつーのは認めるがな、それでも分かり易い場所にいて貰わなきゃ困るぜ。
なぁ、おい、聞いてんのか?
俺の言葉に、狐面は未だに不安そうな表情を浮かべたまんま固まっている。
「あ…あの…」
俺はその反応を見て、嫌に気持ちの悪い汗が頬を伝るのを感じた。ま、まさか……!
「―――えと…、誰かと間違えていませんか…?」
こ、こいつ……!
まだ清楚だった頃の狐面じゃねーか!!
わぁ、清楚。
◇■◇
狐面が、臓物大好きちゃんになった経緯は話せば長いが、めちゃくちゃ簡略化して言っちまえば…
1.狐面の爆発魔法が誤爆!
2.わぁ!臓物のどデカい花火やぁ!
3.わ、私…!この花火…好きです…!
…ってな具合で、奴の臓物漁りの趣味は始まった。
まぁ、それまでの間に色々感化されて現実の狐面の性格は既に形成されていたが、決定的に奴の根幹を破壊したのはそこだった。そのせいで気味の悪い趣味を得てしまい、奴はあんなにも救いようがないフールに変貌を遂げたのだ。
「………あぁ、悪い。知り合いと間違えた」
「そ、そうですか…」
狐面は、俺の言葉に残念そうに肩を落とした。
この感じじゃ、プロペラの奴も記憶ねぇな。恐らく、この遺跡は一人のプレイヤーに一つの遺跡が用意されてんだろう。そうじゃないとしたら単純に俺だけがこの遺跡に取り込まれたか、だ。
狐面は、ちらちらと俺の方を見ながらもじもじと身体をくねらせた。
そして、その場から去ろうと身体を街の方に向けたと思えば、直ぐに俺の方へと戻したりと、言っちゃ悪いが挙動不審だ。
……狐面は内弁慶だ。
そして、奴は自分からグイグイと行くことが苦手だ。
きつね様ファンクラブなるものから向けられる好意ならばさらりと挨拶が出来たりするものの、自分への好感度が分からない相手には尻込みをするのがこいつの習性だ。
もじもじと身体を動かしながら、ちらちらとこちらを見る狐面を見て、俺は察する。
こ、こいつ…、何かキッカケを待ってやがる…。
VRMMO、それもPKを推奨しているきらいのあるこのゲームで、内弁慶なこいつがβ最初期に、自力で友人を作ることは不可能と言っていい。
しかし、その不可能を可能にしてしまうのが、この場所において最もイレギュラーであるルート君という存在だ。
正直、放置してもいい。
放置したって奴の未来は決まっているし、一人寂しくこのゲームに勤しむだろう。
それでも、俺は優しい男だ。
何度神に裏切られようとも敬虔な信徒であることをやめない俺は、いったいどれだけ信仰が深いのだろう…!
「ここで会ったのも何かの縁だ。よろしく」
俺はそう言って、笑顔を浮かべると手を差し出した。
それを見るや否や、狐面はぱぁっと顔を輝かせながら恭しく俺の手を両手で握った。
「お、お願いします…!き、きつねと言います…!フレ申請します…!」
「あぁ、きつねさん、ね」
フレンド申請を承諾し、リストに”きつね”という名前が追加される。
今のフレンド機能は、まだフレンド機能の拡張がなされていない為、ただのオンライン状態チェックの図鑑だが、それでも便利っちゃ便利だ。
フレンドリストを閉じて、嬉しそうに空中を眺める狐面を見る。俺はそんな奴を見て、ニヤリと口角を吊り上げた。そして、
「んじゃ、きつねさん。―――友達を作りに行こうか」
「―――…へ?」
そんな狐面の呆けたような声が〔サイショ〕の街に響くのだった。
◇■◇
いいかい、きつね……ちゃん、さん。
「呼び方何でも構いませんよ…?」
あぁ、そう?
んじゃ、狐面。お前に足りないのはまず第一に積極性だ。何事も前向きに、笑顔を絶やさずいけ。
唇の端を持ち上げて、俺は無理矢理に笑顔を作ってみる。
それを見た狐面は、不思議なものを見るような表情をした後に、俺と同じように両手で唇の端を持ち上げた。
そうそう。
とりあえずは笑うんだ。笑っときゃ相手の警戒心が薄れるかもしれねぇし、相手も笑い返してくれるかもしれないだろ?
そう言いながら、俺は周囲を見渡す。
すると、丁度良いところに一匹のカモを背負ったネギがいる。今の廃人共は、カモにすらなれないネギだ。
よーし、狐面。見てろよ?
俺が今から、あいつを使って手本を見せてやる。これさえ出来れば、友達百人どころか、このゲームの王にすらなれるぜ。
「す、すごい……!」
狐面が興奮する様に瞳を輝かせる。
そんな奴を背中に俺は、魔物と戦っているプレイヤーに近づいて……、
「あ!こんにち……はぁぁあああああああああ!!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアっ!?」
即座に抜刀し、奴の背中を勢い良く斬り付けた。
するとそのプレイヤーの背中から勢いよく血飛沫の粒子が噴出し、その場に美しい虹を架けた。
「ふん…斬り捨て御免……」
チャキン、と刀を振るい、鞘に仕舞い込む。
雑魚め…背中の傷は剣士の恥ぞ……!
何故背後を警戒しなさらん…。死神は常に背中に住まうことを知れ…、この戯けが!
俺は心の中で幾度と無く目の前のプレイヤーを罵った。
足元にビクンビクンと震えながら倒れ込むプレイヤーの頭を踏み躙り、俺はサムズアップしながら狐面の方をぐるんと振り向いた。
「ざっとこんなもんよ!」
「あ、…ぅ、……うわぁ……」
例え、過去に戻ろうとも、生き様だけは変わらない。
◇■◇
「や、やめっ……!」
それは、ある豪雨の日だった。
空は暗雲に包まれ、辺り一帯には轟雷が鳴り響く。
その悪天候の中で、震えた声を漏らすプレイヤーが一人…―――。
「こ…こんな事して何になる…!今は皆が協力して…!」
尻餅をついてそう叫ぶプレイヤーの前に、果物ナイフを両手に握り締める少女の姿があった。
瞳を大きく見開き、唇をがくがくと震わせる。その弊害か、歯を打ち鳴らす音が嫌に脳裏に刻まれる。彼女が握り締める果物ナイフは、彼女自身の震えで小刻みに揺れて、それは彼女の心の脆弱さを表している様にも見えた。
「……きっと…きっと…きっと…」
長い黒髪が雨に濡れて鈍く光る。
彼女の狂気を宿したその眼光は、ハッキリと目の前のプレイヤーを捉えていた――。
――ドンガラガッシャーン!
雷が、彼女のすぐ後ろに落ちる。その瞬間……、
「―――…が、ぼっ…っ!…ど、ぅ…っ…しっ、て…っ…」
彼女の手にあった果物ナイフが、幾度と無く振るわれる。奇麗な顔にびしゃりびしゃりと血飛沫が掛かる。その度に、それは雨によって流されていく。
「は、……はぁっ…!…はぁ…っ…はぁ…ッ」
彼女の息遣いだけが荒くなっていく。
彼女が瞳に宿した光だけが、止む事無く輝きを増してゆく。
もう既に、倒れ込んだプレイヤーに息はない。
瞳に光は宿っておらず、口からは血泡が零れる。温かかった筈の体温は、降り止まぬ雨によって奪われ切って……そこにあるのは、もう魂が無い只の抜け殻に等しかった。
「…だ、大丈夫…!ふ、は、ふひ……ふふふっ……!」
その抜け殻に向けて、何度も何度も彼女は……狐面は果物ナイフを突き刺した。時に抉り、時に切り裂き、時に押し刺した。
最早、雨は止んでしまった。落雷すらも降ってこない。
それでも、狐面は果物ナイフを振るう。
例え、それがどうしようもなく間違った選択だとしても―――。
や、やべぇ……生粋の怪物が爆誕しちまった…。
狐面達のすぐ後ろで、俺は口元を手で押さえながら、その光景に絶句した。
雨、雷担当ルート、完全にやらかす。
◇■◇
ねぇ、狐面ちゃん。
「はい…」
俺は最初の一人目の時点でやめようって言ったよね。
「…はい」
でも、君が「どーしても!」って言うから、仕方なくあと一人だけ殺すことを許したよね?分かるかな?”あと一人”ってところがポイントっていうか…味噌っていうかなんだけど。
「……はい」
「信じてください、ルートさん!」って何時になく真剣に言ってきたからさ、俺は信じたんだよ。狐面ちゃんが、まさか俺の事を裏切るなんてしないだろうってさ。
きっと、猫がネズミを持ってくるみたいに死体一個を抱えて自慢しに戻ってくると思ったさ。
「………はい」
……流石にその辺にいたプレイヤー根こそぎ殺すのは駄目なんだよ?
「…………はい」
……うん。
反省してるね。それじゃ、謝ろっか?
俺はそう言って、横を見た。
そこには、何十人ものプレイヤーがこちらに視線を向けており、その中には幾ばくかの見知った顔もいる。
「み、皆さん…ご迷惑、おかけしました…」
狐面はそう言って、ゆっくりと頭を下げた。
あー…皆さん!狐面もこう言ってることですし、許してやってつかぁさい!俺からもどうかこの通りっす!
俺はぺこぺこと頭を下げながら、そう言った。
狐面はそんな俺を見て、感動に瞳を震わせる。ふん……出来る男は責任を一人に背負わせやしねぇんだ。
すると、集まっていた連中が頻りに顔を見合わせるやいなや、俺に向けて――、
「いや、悪いのって大体嬢ちゃんじゃなくて、お前の方だよな?」
「お前が扇動してるの聞いたぞ」
「てめーが全ての元凶だろーが」
「わざわざ水魔法と雷魔法取り行って、雰囲気作ってたの見てたぞ」
ピキリ。
俺の中の何かが音を立てる。
俺が悪いだぁ?こいつらはなーに言ってやがる?元はと言えば、簡単に狐面に負けるこいつらが悪いんだろーが。雑魚の分際で…、まぁよく口が回るもんだぜ。
俺は、奴らに反抗しようと口を開いた。しかし、次の瞬間―――、
「る、るる、ルートさんは悪くないです…!」
狐面が必死に声を荒げた。
それを聞いた連中が、素っ頓狂な表情を浮かべて、狐面を見る。
「あー…、あのな…狐面?さん…あんた、多分遊ばれ――「違います!」
連中の忠告の様な言葉に割り入るように狐面が叫んだ。
荒げられた声に、被害者側の筈の連中が竦む様に体を跳ね上げる。
「ルートさんはそんな人じゃないです。貴方達は何も分かっていない。何も……何一つ……」
狐面の瞳に再び狂気が宿る。
ぶつぶつと何かを呟くその姿を見て、俺はゆっくりとその場から離れるように後退った。
こ、この女、やばい…!
例え、ここが過去の残影が残る世界だろうとも奴の本質は既に決まっていたんだ…!問題は、奴がその本質に気づくか否か…!く、くそ…っ!命のコミュニケーションなんて教えるべきじゃなかった…!
こ、これじゃ…、このままじゃ…!
「ルートさんを悪く言う人達は死ねばいい…消えて塵になればいい……」
き、狐面!止まれ!戻れ!
そっち側は駄目だ!ダークサイドに落ちるな!フールになってもいいのか!?俺は今のお前の方がずっといいと思うぞ!
俺は回る舌を抑え込む事無く、狐面を説得しようとする。
過去の世界くらい、現実の狐面みたいになっちゃいけねぇ。せめて俺が、奴を正しい場所に導かなくては…!
母性の化身と化した俺は、咄嗟に狐面の腕を掴んだ。しかし、
「一緒に居てくれるんですね…ルートさん……」
狐面は頬を赤く染めて、狂気を宿した瞳で俺を見た。
お、乙女思想の塊が…!
言っちゃ悪いが、こいつはこういうところがありやがる…!空気が読めねぇ、少女漫画を読みすぎている。それによって培われた思考回路が、今の状況を生み出している。
「見ていてください…ルートさん…。私―――」
狐面がそう言った瞬間、突如として奴の周りに無数の赤い魔方陣が浮かび上がる。
それらは魔力を次々に充填し、眩い位に光輝く。俺は既視感のあるその輝きを見て、顔を青に染めた。
―――狐面が臓物を愛し始めたのは、爆発魔法を人が密集している場所に放ったからだ。
爆発によって臓物が空を飛び、血飛沫が虹を架けた。奴の根幹はそこから始まった。そして、今それが起こる条件がこの場に整ってしまっている。
「き、ききき、キツネメンサーン!」
しかし、俺は助かりたかった為、すすすっと後ろに下がりながら右手を狐面に向けて叫んだ。
あぁー!
たーいへーんだー!
俺が再び叫んだのと同時に魔法陣が大きく展開し、狐面が詠唱を言い切った。プレイヤーが密集する中心に、真っ赤な太陽みたいな凝縮された焔が溢れ出し、それは即座に周囲の空気を吸収し―――、
―――――。
轟音と共に、大爆発を起こした。
何時しか見た光景―――。
血みどろの内臓が空を架け、爆散した四肢が墓標のように地面に突き刺さる。
俺は爆風で吹っ飛び、なぜか狐面だけがその場に飄々と立ち尽くしていた。奴は、真っ赤に染まった空を見上げて、そのまま動くことはなかった。
「……や、やべぇ」
どうにか地面に転がった俺は、膝に手をつきながら立ち尽くす狐面を見た。
―――本当にここが過去を遵守した世界ならば、爆発魔法は最初期の頃は手の平に小さな線香花火みてぇなものを作るだけの魔法だ。
スキルが進化していけば、確かにあのくらいの爆発は起こせるようになるものの現状で起こせるはずがない。
ならばこの現状は――、
「何でもありの文明遺跡の特質か、加速因子が影響したか……」
どちらにしてもよろしくない。
俺は内臓や血をそのまま被る狐面に近づいていく。
現実世界の時の流れを正史とするならば、奴は正史同様に爆発魔法で多くの爆散死体を作り出した。その為、ここで愛玩臓物の趣味に目覚めちまったはずだ。
―――。
…お、俺は悪くない。悪くないんだ……!
起きちまったもんは仕方がねぇ…そうだろう?
これは運命に決まっている。どうせ奴は、いつかはこういう事件を起こす。ビブルカードがそれを指す者の元へと動くように、奴もまたそうなる運命だったに過ぎない。
うんうんと頷きながら、俺は狐面の肩に手を置いた。
「なぁ、狐面。とりあえず、何か食いに街に―――」
「る、ルートさん…!私、あなたのぅああぶぶぶべべべべ」
――…狐面が何かを言おうとしたその時、狐面の姿がどろどろの液体と化した。
「な、ななななな…!!」
俺は、狐面の変わりように言葉を失う。そして、それと同時に空が木が魔物がうねり出す。
――世界がその在り方を変えるように歪む。
地面がうにょうにょと揺れ動き、立っていられないくらいに常に地面が動き続ける。
「ちょ、ちょちょちょ…!」
右へ左へ俺は次々に転がった。
目が回り、三半規管がおかしくなる。最早、周りの光景など何一つ分かりやしない。
…んだこの文明遺跡はよぉ!
そう言葉に出そうとした瞬間、歪み続けていた世界は突如として正常な形を取り戻し、まっ平らな地面が下に帰ってきた。
…あ?…あ、あぁ?
わ、訳が分からねぇ…。意味が不明すぎる。
眩暈も、嘔吐感も何一つ残ってねぇ。さっきまでの激動が嘘みたいにぴんぴんしてる…。
俺は周囲を見渡した。
すると、そこは〔サイショ〕の街の噴水広場だった。
相変わらず文明遺跡っつーのは気が狂いそうになる。
さっきまでの常識が本当に常識だったかを疑うみてぇだ。
俺は何の気なしにおベンチに腰を掛けて、辺りを見る。プレイヤーが切り盛りする屋台で買い食いしてる奴がいれば、衛兵に拘束されて連行されている奴もいる。
………?
俺はそこで何か違和感を覚える。
その違和感に気付こうとして、俺は情報量の少ない空を見上げた。
わぁ、とってもきれーなお空さん。
空を見上げて、脳みそを空っぽにして考えるも中々違和感の正体に辿り着けない。
うんうんと唸っていると、突然見上げていた空に一つの紙飛行機が飛んでくる。
その紙飛行機は幾つか見覚えのある工夫が凝らされているのが見え、俺は小さく溜息をついた。
「今度はてめぇか」
そんな事を呟きながらベンチから立ち上がり、俺は紙飛行機が飛んできた方向を見た。
そこには建物が並んでおり、その建物の間にひっそりと小さな路地裏が続いている。暗く、蜘蛛の巣が張っているようなその路地裏を俺はどこか懐かしく感じた。
「はぁ…既視感だ」
遥か彼方の記憶――。
俺はそれに呼び起こされるように、奥へと入っていった。
路地裏の奥、空き地のようになっている小さなその場所に座り込んで、せっせと紙飛行機を折る奴がそこにはいた。
奴は、俺に気付く様子もなく新しい飛行機を丁寧に作っており、その周りには失敗作なのか多くの紙飛行機が置かれていた。
俺は気付く様子の無いそいつに近づいていき―――、
「よぉ、なにしてんだ?」
遠い記憶の中で口にした言葉と、一言一句違えることなく同じ言葉を紡ぐのだった。
誰?ねぇ…!!誰なの?怖いよぉッ!!




