記録.92『ゴミ、天高く空を舞う』
”遺跡憑き”攻略戦の戦後処理はβ組の良心共とラック君が行った。
グミの死んだ後に発生した青々の植物爆発はダンジョン全土を包み込むくらいの大規模なものだったらしく、その影響範囲は優にダンジョン周辺を守るラック君達にすら及んだ。
ダンジョン一帯を刈り取った植物爆発は、ほぼ必中必死の攻撃だったに違いない。だからこそ、エビふりゃーと言う怪物のキチガイ度が浮き彫りになった訳だが…。
「しょうがないさ」
グミを死なせてしまった事に関して、ラック君は優しい表情でそう言った。
ら、ラック君…!
俺は担々麺を食べ終わった後だったので、些か痺れる唇で愛しいラック君の名を呼んだ。やはり、ラック君だ。ラック君が世界を救う。カカミヤとムイと言う人選にこそ問題はあった気がするが、それもご愛敬だ。
「いや、許すと思うか?あ?おい」
「謝りな、掃き溜め」
しかし、基本β組は総じてゴミだ。
それこそラック君などの例外はいるが、ほとんどはその例に洩れずゴミと言う言葉の的を射る生き様を晒す。
ラック君の横で、決戦兵器とドラ子が俺を睨みつけて、そんな事を口走った。
はいぃぃ???謝るぅ????
なーんで俺がそんなことしなくちゃいけないんですかぁ?
確かに俺はお前らを裏切ろうとしたし、作戦は失敗しましたが、結果として”遺跡憑き”共は解散しましたし、良くないですかぁ?
それに、たかがゲームですよぉ?随分と真剣ですね!もしかしてこのゲームに人生掛けていらっしゃる方ですかぁ??
「こ…このッ…!!」
「落ち着けよ、ドラ子」
「だ、だけど…!決戦兵器、こいつ…!」
怒りで今にも俺に殴りかかろうとするドラ子を決戦兵器が止める。
「なぁ、なんでアンタはさっきから傍観してんだ?ムイさんよぉ」
決戦兵器はぐるんと首を回して、俺の後ろにいるムイを指差した。
決戦兵器の蒸気機関が唸り、ランプがチカチカと点灯する。奴の兵装の奥にある瞳は鈍く光り輝いて、ムイを射抜いた。
「……別に」
ふいとそっぽを向いて、ムイはどこ吹く風とばかりにとことことその場から離れ始めた。
「あ、どこ行くのムイ」
ドラ子はそんな自由気ままなムイに付いていった。
決戦兵器は、何とも言えない顔で離れていく二人を見ると、直ぐに視線を俺に戻した。
「…ムイさん、なんかヤバいぞ」
知っとるわ。
もう奴はβ時代の奴じゃねーんだよ。もうムイは”女神”なんていう誰も彼もを救う救恤の心を持った子なんかじゃねぇ。最早、俺達と同じただのゴミだ。
「……死んだあと、お前とムイが何事も無かった様に飯を食いに行っていた時点で嫌な予感はしていた…」
決戦兵器が頭を抱える。
ラック君はそんな決戦兵器の背中を摩ってあげていた。
「…これが、加速した結果とでもいうのか…?」
なんでもかんでも加速因子の結果にすんなや。
ムイは速かれ遅かれこうなってたよ。元々がアイツの性に合っていなかったんだ。あの自由奔放な姿が本当の奴だよ。
俺は頭を抱える決戦兵器にそう言った。
奴はそんな俺を睨み付けると、直ぐに溜息を吐いて両手を頭から離した。
「犯罪抑制力が落ちるのが目に見える…」
酷く落ち込んだように、ぶつぶつと何かを呟きながら決戦兵器は俺達から離れていった。
【終着駅】というギルドがゲーム攻略の最前線に立つ以上、奴等にはゲームを正しく制す義務が発生する。
それこそ、βの廃人共が起こす事件の鎮圧やらも奴らの義務に含まれる。
β組の良心の手が回らないところの処理は【終着駅】共がこなす事も多いのだ。まぁ、結局【終着駅】の連中もヤバい奴等が多いから、ヤバい事にヤバい事を重ねて、無理矢理に鎮圧するという手段を取っているらしいが…。
「ムイさんが今までよりも事件の処理に手を回さなくなることは目に見えている」
ラック君がとぼとぼと歩く決戦兵器の背中を見て、そう言った。
そして、亜空間からガリガリ君みたいなアイスを取り出して、俺に渡した。俺はそれをありがたく受け取ると、しゃくりと齧ってラック君を見た。
ラック君はそんな俺を見た後に、再び決戦兵器の背中に目を移した。
「決戦兵器はそれに気付いてしまったんだね」
そうだね。
俺はしゃくりしゃくりとアイスを齧りながらラック君の意見を肯定した。
β組の良心共が、他の廃人共と同じゴミの立場にまで落ちる事を”ゴミ堕ち”と呼ぶ。製品版となり、幾人もの良心が立場を堕とした。それが仕方のない事だったのか、それともそうじゃないのかは誰にもわかりゃしない。
ゴミ堕ちとまではいかずとも、ムイはきっと良心としての活動が減るだろう。
それを近い未来に見てしまい、決戦兵器はあそこまで肩を落とした。もう良心共は目一杯頑張っている。つまり、ここから割を食らうのは【終着駅】だ。
「僕も今まで通り、頑張るよ」
ラック君が気合を入れる様にふんすっと両腕をぶんぶんと振り、鼻息を荒くした。
おー、それでこそラック君だぜ。
俺はそれを横目に見ながらそんな事を言い、残りのアイスを口に運んだ。棒だけになったそれを見ると、そこにはラック君印の焼き印が押されていた。
「あ!当たり!当たりだよ!ラック君!」
俺は、焼き印が押されたアイスの棒を振り回して、ラック君の方を見た。
「あぁ、おめでとうねぇ。どれ、アイスをもう一本あげようねぇ」
「わーい!わーい!やったー!」
諸手を上げて喜ぶ少年、亜空間からがそごそとアイスを探す店主……。
酷く幸せな、いつしかの光景――――。
パリパリのチョコが掛かったアイスこそが正義だと、内なる自分が叫ぶのだ。
◇■◇
「ふ、ぁあ」
欠伸をしながら、今日も今日とてルーキー諸君の首を刈る。
相も変わらずルーキー共の首はやわっこい豆腐みたいに崩れやすい。ナイフで一撫すりゃ、奴らの頭は地面に落ちるし、直ぐに瞳は光を失い、ビー玉みたいな感じになる。
「あ、悪魔めっ……!」
おーおー、ちっこいネズミが良く吠える。
俺は血液腕で頭を押し潰そうとしながら、適当に言葉を並べる。
………。
しゃーないだろ?
俺は予備の血が山ほど欲しいんだ。最近は嫌にきな臭い。どうせお前に言っても分かってくれねーだろうがよ、ヨミ君に目隠れ、壊れたムイにグミちゃんと中々にヤベー面子が揃いだしてんだ。
特に目隠れとかいう最近まで影も形もなかった奴だ。分かるか?あ?
「し、知る訳…ねぇだろ…!」
頭を血液腕で押されて、苦しそうにしながらもルーキーはこちらを睨み付けながらそう答えた。
まぁ、そりゃ知る訳ないさ。
β組は何も有名所だけが強いって訳じゃねぇ。目隠れみてーにエビふりゃーの光に隠れた奴もいれば、エビふりゃーと同格かそれ以上の怪物もいる。そいつはβテストの途中で投げ出しちまったがな。
――偶々、偶然だ。
運よく脚光を浴びた連中が今、二つ名を得ているプレイヤー共だ。
「ごみ溜め…てめぇ…っ、何を言って…ッ」
………。
いや、何。適当にシリアスな話をすれば、奴もちょっかいを掛けられねぇだろうと思ったんだ。
俺はそう言って、ルーキーの頭を押し潰した。ルーキーの血液をパックに詰めて、空を見上げる。
「うーん!青い!」
ギラギラと眩しいくらいの太陽が肌を焼く。
その太陽をバックにして、一つの真っ黒な人影が俺の視界に映り込んだ。
俺はすぐに空を見上げるのをやめて、その場から走り出した。
く、くそッ!
やはり微妙にギャグ時空にいる奴にはシリアス展開は意味を為さない…!
必死に腕を振るい、その場から離れようとしても真っ黒い人影は追走する様に俺の後をついてくる。それどころか、どんどんとこちらへと近づいてきやがる。
バッ、と再び上を見上げる。
その瞬間、俺は悲鳴にも似た声を上げる。
空を見ろ!あれは何だ!鳥か!飛行機か!い、いや違う…!あれは、あいつは…!
「わーい」
酷く無邪気な声とともに、両脇に手が差し込まれ俺の身体が身体がふわりと持ち上がる。
あ、あああああ、ああああ…!
こ、こいつは…、この悪辣なまでの空気の読めない無邪気さは…!
「――ぷ、プロペラくーん!降ろしておくれぇ~」
「さぁ!ラピュタを一緒に探しに行こう!」
うぇーん!
人がゴミみたいに小さいよぉ~!
無邪気なあの子を止める術など、我々は未だに持ち合わせていないのだ。
◇■◇
ちょっと、もうちょい俺に負担が少ない持ち方できないすか?
脇に腕回して飛ぶこのスタイル、ちょっとずつ痛くなってくるんだわ。
俺は愚痴愚痴とプロペラに文句をぶー垂れた。
しかし、奴はにこにこと笑顔を携えたまんま、悠々と空を飛んだ。
「気持ち良いねぇ」
人の話を聞かねぇよだかが…。
随分と自由に空を飛べるようになったじゃねぇか、あ?《天翔け》っつースキルは随分と有用なもんらしいな。
「制約は多いけどね」
そりゃそうだろうよ。
空を飛ぶなんてチートに間違われたって可笑しくねぇ。なにせ、このゲームは剣と魔法のファンタジーだぜ?それも蘇生魔法っつーものが基本形態として存在しない不可逆遵守のな。
ヒーラーの役割が重すぎんだよ。
それに蘇生が可能な基本スキルが存在しないだけで、ユニークスキルの蘇生はあるっつーからタチが悪い。
「ダスト君重い」
プロペラが若干辛そうに顔を歪ませる。
いや、それなら降ろせや。いつまでこんなふよふよ飛んでなきゃいけねぇんだ。それにな、ラピュタを見つけるにはまず女の子が空から落ちてくる必要が……
「…ダスト君?」
プロペラが、言葉の止まった俺を心配そうに見る。
俺は、プロペラのその視線を感じながら、自分の足を見る。そこには、
「きゃ、きゃーーーーー!!!!」
真っ黒な腕が地上から伸び、俺の足首をがっちりと掴んでいた…。
「ぷ、プロペラ君!速く!速度上げてぇ!?俺のあ、あああ、足におばけがぁ!!!」
「え、えぇ?…あ!ほんとだ!なにこれ!」
俺の足の真っ黒な腕を見て、プロペラが瞳を輝かせる。
い、いいから!そういうのいいから!これヤバいって!地上からずーっと伸びてるってことは、この腕の先に上空にいる俺たちを捉える事の出来る奴がいるってことだ!
しかも、これ!この色!光を吸収するような黒!いくつもの繊維を編み込んだような外見をしているこの腕!
俺はこの腕を知っている!ここまで高精度かつ、超長距離の接触手段を持つ奴の名を、俺の脳裏が叫んでいる…!
これは、この腕の持ち主は…!
―――キュルルルル!!!
その真っ黒な腕が突如音を立てて、腕を形成している繊維が蠢く。
な、何かが、来る……っ!
俺とプロペラがそんな確信めいた予感を同時にキャッチし、その黒い腕が続く先を見る。すると、その腕の先の何かがどんどんと大きくなり―――、
「混ぜてよ~」
黒の長髪に、深いスリットのチャイナ服、縁日みてぇな安物臭い狐の御面……!
携えた気味の悪い笑みと豊満なその体には、確かに見覚えがある。奴は、このクソ女は…、
「フールが…ッ!」
「きつねさん!」
―――狐面んんん……!
奴の華奢な腕に纏われた影の腕が、キュルルルと音を立てて縮み、そのまま己の手で俺の足を引っ掴んだ。
てめぇの《影魔法》どーなってんだ!
器用になりすぎなんだよ!天秤の格差が酷いもんだよ!
ぶら下がる狐面を振り払おうと、足をぶんぶんと振り回しながら叫ぶ。
「酔う~揺れる~」
狐面は最初こそ楽しそうに遊具感覚で俺の足の下で揺れていたが、しばらくすると顔を真っ青にして口元を抑えた。
くけけけ!
俺は口元を手で隠すようにして笑った。
いい気味だ!奴はムイみたいに心の根っこが弱くない。正真正銘のキチガイだ。人前で吐瀉物を吐くことくらい容易にこなすだろう。
よっしゃ!プロペラ!
飛ばせ飛ばせ!奴のゲボで虹を描いてやろうぜ!
「………」
プロペラは、俺の言葉に無言で返した。
おい、プロペラ、なに無視ってんだよ。返事の一つもできねぇのか。お前のお頭は確かに小さいが、人間としての根底が成していない程じゃなかっただろーが。
ちらと下を見ると、狐面は今にも吐く寸前とばかりに手で膨らんだ口を押さえつけ、その濁流を食い止めていた。
おい!プロペラぁ!
本当に時間ないって!早くしないとベストスクショタイムが過ぎちまう!おい、なぁ……プロペラ?
流石におかしい。
俺は真っ青な狐面から目を離して、上を向いた。すると、そこには脂汗を滲ませ、歯を食いしばるプロペラの姿があった……。
「…ご、ごめんダスト君…。実はさっきから――」
ごくり――。
唾を飲む音が嫌に鮮明に脳裏に響いた。
嫌な予感がビビッと脳みそに電撃を走らせる。
狐面が俺の足元で、げろげろとカエルの合唱を唄う。
「――――重量オーバーなんだよね」
その言葉をプロペラが口にした瞬間、奴は一気に体勢を崩すと、浮遊感が俺達の身体から消え去り、そのまま真下へと落下し始めた。
「う、ぇぇぇええええええええ!!!!!!」
喉が勝手に声を出す。
プロペラは体勢を崩すや否やそのまま白目を剝いてしまった。狐面に至ってはゲロを吐きながら落下中だ。見るも無残な姿になっている。
や、やばいやばいやばい…!
俺は両手を広げて、どうにかバランスを保とうとするも空中の体勢の正解なんて知る訳がない。くそ…!なんで連れてきた張本人が気絶してやがんだ…!
俺は頭の中でまず何をするか即座に判断する。
そして、超速で俺の脳味噌は取捨選択をし、残った一つの選択肢は――、
――狐面の吐瀉物フリーフォールのスクショを撮ろう。
まずは自分の欲に素直になるべきだ。俺はシステムからスクショを開き、無様な狐面の写真を撮った。ふむふむ…☆2!もう少し真ん中に収めてれば☆3を狙えたかもしれねぇ…。
勝手にそんなことをして楽しんでいると、俺の脳天に電撃が走る――!
あれ…そういや俺、《落下の心得》持ってるじゃん…、と。
最初の頃しか活躍しなかった為、忘れかけていたが《落下の心得》にはとある隠し効果があったはずだ。
そう、落下時にHPが一切減っていなければ1だけ残して耐えられるという、ポケモンのアイテムで言えば”きあいのタスキ”効果だ。
おいおい、勝ったわ。
プロペラと狐面は無様にも落下死して、俺だけが助かるっつーあまりにも出来すぎたシナリオだ。神様は分かってる。
そりゃそうさ、徳を積んだ人間が助かるのは道理で、悪に走った連中は死を持って償うもんだ。
「あー!!!敬虔な信徒でよかったァァァァァ!!!!!」
満面の笑みで、俺は両手両足を広げて叫び散らかした。
さーて、地面に着いたら奴らの死んだ顔でも拝みに行こうかな~。
そんな事をルンルンで考えたとき―――、
―――空に突如、時計を模した扉が現れた。
「………ぁ?」
呆けた声が漏れる。
しかし、そんな事お構いなしに時計を模した扉の長針と短針が逆回転を始め、目にも止まらぬ速さで速度を増していく。
「お、おいおいおい…!」
次第に超速で回転する針が速さのあまり丸い円のように見え、それがそのまま光の穴となった。
「勘弁、しろや…!」
遺跡憑き攻略戦が終わったばっかで、こちとらまだ疲れが残ってんだ!俺以外にもいっぱいいるだろーが!
くそ!プロペラに素直に拉致なんてされるんじゃなかった!こんなことなら抹茶とかぺろりんとかの有能なやつを持ってくるんだった!!なんで、どうしてこんな―――、
「ご、ゴミ運営が―――……!」
最後にそんな言葉を残して、遥か上空で俺の体躯はその時計扉に取り込まれた―――。
それもラピュタみたいなもんですよ。
◇■◇
「――…い。……お……お…い。…おい!」
「ちょ…あと五分…」
「黙れ、起きろ」
頬を叩かれ、耳元で叫ばれて、俺は最悪な目覚めと共に起床した。
お、お母さん…あと五分くらい良いでしょ…。そんなに細かいこと気にしてたらいつかノイローゼになるっすよ…。
目をこすり、上半身を起き上がらせる。
しばしばとはっきりしない瞳に水分を与えて、ボケる瞳を覚まさせる。
「なんでこんな所で寝ていたかは知らないが手を貸せ、モンスタートレインだ」
…ぁあ?
なーんで起きて早々俺が他人のトレインを処理しなきゃいけねーんだ。しかもMPKか?んなルーキーにしか意味のない迷惑行為、誰がやるんだよ。
「ルーキーも何もないだろうが。良いから立て、お前も死ぬぞ」
へいへい……分かりやしたよ分かりやした。
立てばいいんでしょ立てば……、…………は?
俺はとりあえずとばかりに、立ち上がってさっきから話しかけてくる奴の顔を見た。その横顔は―――、
「…エビふりゃー…?」
「…なんで俺の名を知っている?どこかで会ったか?」
紛れもなく、間違いようもなく……
”製品版最強の廃人”エビふりゃーその人に間違いがなかったのだ―――。
三歩歩くと人の事を忘れるタイプの新型エビふりゃー君ですか?




