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ゴミ溜めVRMMO記録  作者: どうしようもない
91/115

記録.91『拍子抜け』

 

「ムイちゃん、もうターミナル君に触れないようにね…」


 ターミナルの首根っこを引っ掴み、引き摺りながら、隣を歩くムイに言う。


「分かってますよ」


 本当に分かってるんだか…。

 ムイと言う女はやはり危険だ。今回で再認識した。

 β時代はあれほど良い子ちゃんだったのに、ターミナルと言う精神的支柱の一時的喪失に加えて、製品版の犯罪数の増加が奴の頭に捻じ込まれていた筈の螺子を外しやがったんだ。


 ずるずるとターミナルの身体が地面に擦れる音が響く。

 取り敢えず、今はグミと合流する必要がある。その為には、この邪魔な(ムイ)をどこかにやる必要がある…。


 俺は頭の中でピースを集めて、計画を練ろうとする。しかし、


「―――ルート」


 隣を歩くムイが、ふと口を開き、



「貴方、裏切っているんですよね」



 ……まぁ、有耶無耶にはさせてくれねぇわな。

 ナイフを取り出し、一歩二歩とムイから離れた。離れた時の振動でターミナルがビクンビクンと震えて地面に打ち付けられる。


 元々、ムイを騙してターミナルをこちら側に回収しようとして起きた悲劇だ。

 奴がこのまま逃がしてくれるとは毛頭思っちゃいないさ。


 だがな、ムイちゃん。

 今の状況を鑑みると、あまりにゃ俺が不利ってやつだぜ。何せ俺は今、お前に掛けられた不殺の楔が巻き付いている。

 俺が来年分のお年玉を貰う為には、お前を殺しちゃいけねーんだろ?酷いハンデだ。そうは思わねぇか?


「………」


 無言は肯定だぜ、ムイさんよぉ。

 このまま手を引けとは言わない。だがな、今だけ俺達をここから逃がせよ。その時間だけを俺達にくれや。それが対等な関係ってやつじゃねぇか?あ?


「……別に、もう裏切っててもいいですよ」


「……ぁ?」


「ターミナルがいるのならば、この現状くらい私が何かしなくても後には収束するでしょう」


 ……ふーん。

 俺は口では、事も無さげに相槌を打った。しかし、心の中でにたりと笑みを浮かべる。


 何と無ーく、分かって来たぜ……。

 この(ムイ)…、ターミナルが居るという事実に安堵して、自分の存在価値を大きく下げやがった。

 今までは、自分が居なければ犯罪が増え続けると考えていたからこそ、”女神”の体裁を保っていた節がある。しかし、自分以上の犯罪抑制装置(ターミナル)があると知った今、奴の価値は、自分の中で大きく下がったんだ。




 ……良い。良いぞ…!

 すこぶる良い…!先程のムイの言葉は、今までと違って意思がかなり柔くなっている証拠だ。


 俺は恐縮そうにぺこぺこと頭を下げながら、ムイに言う。

 そうなるとぉ、ここは見逃してもらえるってことでいいんですかねぇ…?いやぁ、ありがたいですぅ。


 適当な言葉を口走りながら、ターミナルの首根っこを再びがっちりと掴み直し、ずるずるとムイから離れる様に歩き出した。


 あ、そんじゃ……、俺達はまだここでやる事は山ほどありますんで……。



 ムイと言う障害は去った。

 まずは……、



「―――手伝いますよ」


 突然、俺の思考に鈴の音が鳴る。

 俺がバッとその声がする方を向くと、そこには笑顔を浮かべたムイがいた。奴は、桃色の髪を揺らし、こつこつとこちらに歩み寄って、再びこう言うのだった……。



「―――ルートのしたい事、手伝いますよ」





 それは、暗く甘美な悪魔の囁き……。


 ◇■◇


 いいかい、ムイちゃん。

 とりま、俺たちがやる事を整理しようね。


「はい」


 ムイは己の背丈を超える大きな杖を握り締めて、俺の瞳を見つめた。


 先んず、外敵の排除だ。

 今、このダンジョン内にはカカミヤ、フローと言う敵がいる。その二人を殺す。そんでもって、これから来る全ての平等に破壊する殺戮装置、エビふりゃーも殺す。おーけー?


 俺の言葉にムイは小さく頷いた。

 ムイは背丈こそ小さいながらも、その小さな頭ン中は常に何かを考えているような奴だ。どうせうまくやってくれるだろう。こいつの舵を取る必要はねぇ。何せ、問題は他にもいろいろあるんだからな…。


 ターミナルはまだ起きそうにもないから、暫くは俺の血液腕に持たせるので良い。俺とムイの率先してやるべきことは味方であるグミとの再会だ。


「奴は上に向かった」


 俺は人差し指で上の階を指差す。

 グミの思惑が上手くいっていれば、”遺跡憑き”共は全て俺の味方になっている筈だ。


 カンカンと音を立てて螺旋階段を上る。

 ぐるぐると視界がぐらつく感覚と、ムイがしっかりついてきているかを確認しながら、螺旋階段を上り切り、


「去ねや」


 ―――唐突にそんな声が耳朶に響いた。

 そして、その瞬間俺の身体は思い切り後ろに引っ張られ、先程まで首があった場所を銀の一線が通り過ぎる。


「んっ!」


 俺の身体が後ろに引かれ、その代わりとでもいう様に前に出たムイは拳に光を宿して、前方に振り被った。

 その拳は、そこにいたプレイヤーの左腕に直撃し、大きく後方に吹っ飛ぶ。


 俺は体勢を立て直し、ターミナル君を抱えた血液腕の他にもう一つ血液腕を作り出すと、ターミナル君をバットのように両手持ちにして、吹っ飛んだプレイヤー目掛けてターミナル君で攻撃を仕掛けた。


「クソッ!キチガイ共め!」


 ターミナル君バットを食らっていられないとばかりに横っ飛びで避けたプレイヤーに次々と追撃をする。


 あ、あぁっ!ターミナル君!

 俺はボロボロになっていくターミナル君バットへとそう叫びながら、ターミナル君'フェイスをプレイヤーに打ち付けた。


「ガッ……ぶっ」


「光の檻!」


 プレイヤーがターミナル君バットの直撃を再び受けると同時にムイの詠唱が終わり、奴の周囲に四角いケージの様な物が降り立った。

 俺とムイは、檻の中に捕らえられたプレイヤーに近づいて、その顔を見る。そいつは、やはりと言うべきは廃人だった。


「あれだけ動けて廃人じゃないという方がおかしな話ですけどね」


 まぁな。

 んで?なんでお前はこっちを攻撃してきやがったんだ?ごみ溜め君が味方だっつーのはお前らの頭から聞いていた筈だろ?


 打算なしのただただ”面白いから”っつー理由で参加してんだ。安心しろよ、裏切らねーから。


「信じられると思うか?」


 信じてくれるだろう?

 お前らの頭が言ってんだぜ?信じてやるのが部下の務めって奴だろうよ。


「…確かにグミさんは言ってたさ。だがな、ごみ溜め。ルーキー共が認めても俺達廃人だけはお前を認めない。女神様だってそうだ。あんた等がこちら側?笑えねぇ冗談だ」


 俺は少しだけシュンとなって、ムイの方を向いた。

 俺ってもしかして信用されてないのぉ…?


「逆に信用されていると思っていたんですか?」


 …ふん、まぁいいさ。

 つまりなんだ。グミちゃんは失敗したってわけだ。

 それならグミちゃんはどこにいる?奴は死をトリガーとするレア職業なんだろ?そう簡単に殺せやしない。


「…あの方は自由だ」


 あ?


「あの方を縛る事は許されない。力を見縊るな、誤るな、間違えるな」


 てめぇ、何を言って…?


「グミさんだけが、幼女に、【終着駅】共に、目隠れに、女神に、渡り合える存在だ」


 次の瞬間、廃人は己の首をナイフで掻っ切った。

 奴の首からどす黒い血液が溢れ出す。

 その流れは留まる事などせず、明らかに多すぎる血液が光の檻から放流する様に溢れ出した。


「お、多すぎませんか!?」


 ムイがそう言って、俺の身体を後ろに引く。

 それに従う様に、俺の体躯が後退る様にその場から離れた。


 大量の血液は、その場で幾つもの人の形を象って、そのまま色が付き、人となった。


「け、《血魔の招集》…!」


 ムイが汗を垂らして言う。


 《血魔の招集》。

 簡単に言っちまえば、唾をつけた人物を己の死をトリガーにそこに呼び出すスキルだ。しかし、唾をつける条件が重い為、産廃スキルの一つだ。しかし、使い方さえ誤らなければ最強格のスキルにもなる。だけどな…このスキルの最も産廃と言われる所以は…


「は、ぇ?こ、ここは…」


 唾をつけられるのは、自分の実力よりもずーっと下の奴等だけってことだよなぁ!

 血液腕がルーキー君達の意識を根こそぎ奪い取り、俺はちらとムイの方を見た。


 欲を言えば殺したい。

 しかし、不殺の誓いがある今は殺せない。だけど、やっぱり殺したい。

 そんな欲が垣間見える俺の目を見て、ムイはにっこりと笑って言うのだった。


「しょうがないですね、今だけは()()ですよ」


 やったー!ありがとう、ムイママ!

 俺はムイさん許可の下、ルーキー君達を滅多殴りにした。久しぶりにしっかりとした命を奪う感覚…!か、カルマが…!カルマが俺の身体に蓄積されるこの感覚…!



 ムイちゃん!俺、やっぱり人を殺すの好きだ!


「ふふふ、そうですね…」


 少年の様にはしゃぎ回る俺を、優しい目付きでムイは見守るのだった…。




 聖人枠から、一瞬でヤバい奴にクラスチェンジした…。


 ◇■◇


 さっきの奴さ。


「はい?」


 さっきの廃人の話。

 まぁ、グミが他の廃人連中に対抗できるっつー話はいい。レア職業っつーのは下剋上の塊だ。そういう奴がいてもおかしくないとは思う。

 俺はそれよりも、気になる奴の名前を出されたことが心に引っかかってんだ。


「フィルラちゃんの事ですか?」


 ムイが首を傾げて、そう言った。


 あぁ、そう。そいつだ。

 フィルラ、フィルラ、”目隠れ”フィルラだ。


「あの人、このゲームで見た事ありませんけど…」


 どうせターミナルと同じだろうよ。最近になって復活したに決まってる。

 β時代の戦闘方面での最強格はこれで全員出揃いやがった。面倒臭いことこの上ないが、逆にこれ以上怪物染みた力を持つβ勢は出てこないと考えると気持ちが幾分楽になる。それに、結局、バトルジャンキー共はこのゲームへの帰省本能がある事が立証された訳だ。


 ぺらぺらと喋りながら、適当な扉を蹴破った。


「乱暴ですよ」


 いーのいーの。

 どうせここはダンジョンだぜ?少しすりゃ自動修復機能が働くさ。

 それよりよー、これ終わったら何か食いいこーぜ。流石に惰性過ぎてそろそろ怠いよ。さっさと死ぬか、なんかして飯食おうぜ、飯。


 俺はムイのほっぺを突いて、ダル絡みをした。

 ムイちゃん、何食いたい?ラーメンでいい?ねぇ、ラーメンでいいよね?


「その店担々麺ありますか?」


 あるある。

 何?担々麺の気分なん?それなら担々麺専門のとこいこーぜ。最近開いたばっかの奴のとこ知ってんだ。まだ食った事は無いから、そこ行かねーか?


「良いですよ」


 いぇーい、けってーい。

 んじゃ、これ終わったら行こうな。

 しかし、担々麺ねぇ。普通の味噌とか醤油の方が美味くない?どうな―――


「あ」


 突然、曲がり角から二つの人影が現れる。

 俺とムイは数秒間、その場で固まり、その人影を凝視した。その人影の方も俺達の事を見つめていた。


「………」


 俺は悩んだ素振りを見せながら、にぱーっと笑顔を見せて手の平を目の前の連中に向けながら、こう告げた。


「一期一会ってやつだな」


 その人影…フローとカカミヤは俺が喋り出すやいなや、臨戦態勢に入った。俺はムイの手を取り、即座にその場から走り出し、《疾風》を発動させた。


 超速で距離を取った俺とムイはそのままぐねぐねと至る場所を曲がりながら、奴等から離れた。


「ムイちゃんはなーんでゴミちゃんに着いていくのかなぁ?」


「ルート君は洗脳されてる!」


 フローとカカミヤがそれぞれ後ろでピーチクパーチク何か言っている。

 しかし、それを気にしていられる程俺達に余裕はねぇんだ。


「どうしますか?ルート」


 ムイは握り締められた自分の手を見つめながら、そう聞いた。

 それは暗に、”俺の言葉に従う”と言う事を示していた。俺はムイに奴らの足止めを指示しようとし……、



「ん……にゃ…、ぁ…ぁァ…?す、すっごイ、揺れル」


 こちらが持つジョーカー(ターミナル)が目を覚ましたのに、俺は気付いた。

 その瞬間、俺はターミナルを持っていた血液腕に限界まで力を注ぎ、思い切り後ろへとターミナルを投擲した。


「う、ぇ、ぇぇえええええエ!!!?」


 突然の浮遊感と風圧にターミナルの顔面が崩壊する。

 情けない声と共に奴はフロー達の下に届けられる。


「うわ、ちょっ!」


 フローが素っ頓狂な声と共にターミナル爆弾に直撃する。

 カカミヤはそれを間一髪のところで躱し切り、一瞬ちらとフローの方を見るが、そのまま俺達に方へと身体を向けた。


 ターミナルぅ!!!!

 懐かしの邂逅を精々楽しんでくれよぉ!!

 お前の犠牲を礎に俺達は先に進むからよぉ!


「…はぇ?ぇ?たーみ、なる…?」


「ァ、いヤ、…」


 後ろからは、呟く様な、呆ける様なそんなフローの声が聞こえてくる。

 俺の言葉を反芻して、ぱちくりと瞳を閉じては開けるフローは酷い顔をしていた気がする。廃人共の杵柄(きねづか)、ターミナル砲の炸裂だぁ!!


 おいおいおいおいィ!

 見たかよ、ムイ!今のフローの表情見たか!?あーんな面白おかしい表情、中々しねぇぜ!気分がいいったらありゃしねぇ!


「フローちゃんの顔についてるお札で見えませんでしたよ」


 あーッ!

 そりゃ残念極まりねぇな!

 アイツのあの呆けた面、思い出しても笑える永久保存版ってやつさ。なぁ、そう思うだろうよ、カカミヤちゃんよぉ!


 俺とムイの後ろ、肉弾列車の如く両手にメリケンサックを装備して突進してくるカカミヤに俺はそう聞いた。

 奴は、口の端から白い煙の様な何かを噴き出した。


「ムイちゃんもルート君もっ…二人とも殺して、正気に戻してあげるっ!」


 その瞬間、カカミヤの脹脛が大きく膨張し、勢いよく奴の体躯が前方に押し出された。

 奴は飛び出た中空で右腕を大きく振りかぶり、俺とムイに向けて勢いをつけたその右腕を振り翳そうと―――、



「見かけ無い面子だ」


 ガキン、と言うお世辞にも良い音とは言えない金属音と共に、俺達とカカミヤの間に一つの影が割り入れる。

 奴は、鞘から蒸気を噴出させ、ギラリと輝く剣を握り締めていた。


 き、きやがった!

 俺はキャッキャと喜びの色を隠す事無く声を荒げた。


 …全てを(なら)す地鳴らし、キチガイ・オブ・キチガイ…その男の名は…!



「――楽しませてくれよ、良心」



 ―――エビふりゃー君!!


 背後で剣と拳が打ち付け合う音が響く。

 あまりにもグッドタイミング!奴の習性はより強い奴との戦闘だ!俺とムイじゃ役不足と判断されたからこそ、奴の意識はカカミヤにいっている。

 これは僥倖に他ならない。

 ここからの最善は、カカミヤが撃破され、エビふりゃーがターミナルと遭遇する事だが、恐らくそこまで上手くはいかない。

 つまり、どういう事か分かるか?ムイちゃん。


「走り疲れたんでおんぶしてくれませんか?」


「……」


 俺は立ち止まって、ムイの前にしゃがみ込んだ。

 奴はその豊満な胸を押し付ける様に俺に身体を預ける。その感触を感じながら、勢い良く立ち上がり、再び走り始める。


 ……どこまで話したっけ。


「エビふりゃーがこちらにとって最善の行動をしなかった場合、どういう事か分かるか?って凄くイキった感じで言ってました」


 言い方悪意しかねーだろ。

 まぁ…いい。

 そう、つまり奴の習性に従って俺達の方に向かってくる。

 エビふりゃーをここに呼び寄せたのは俺だが、奴はそんな事関係無しに周囲を更地にする。このダンジョンの中で奴に対応できる奴って言ったら、瞬間火力のフローか、マインドショックを与えるターミナルしかいない。


「ですが、その二人は今お取込み中ですもんね」


 お前、なんか言い方ヤバくない?タカ外れてない?

 俺は不安になりながら、背負ったムイをちらと見る。しかし、そんな俺の顔をぐいとムイは無理矢理に前に戻す。


「気にしないで下さい。ターミナルが居るのでしょう?何したって最悪あの人がどうにかします」


 ……思っていたよりもずっと酷いなこいつ。

 マジでおかしな方向に患ってやがる。


「あぁ…そうかい」


 俺は適当な相槌を打って、階段を上る。



 ……β時代の廃人。

 製品版から廃人になった連中ではなく、βから廃人として名を連ねてきた者ほど、患っている症候群の様な病気がある。


 ―――それは”ターミナルへの全能視”。

 その病は一種の妄信にも近い何かだ。(ターミナル)ならば、と己の承認欲求すらも抑え込んで信じ込んでしまう。


 確かに(ターミナル)は万能だ。

【終着駅】と言う今に至るまで崩れる事の無いギルドを作り、PVPを推奨するきらいのあるこのゲームの遊び方に関する基盤を作るのに大きく貢献し、奴の言葉と行動は数多のプレイヤーの精神的支柱となりえた。

 奴の功績は数えればキリがない。

 だからこそ、奴はβプレイヤーのリーダーとして君臨することを許されたし、誰一人として文句を吐かなかった。正直言って、異例の事態だったと製品版になってようやく気付いたくらいだ。


 何せ、エビふりゃーという暴力装置がNo.2の立場に何の不満不平を漏らさずにいたのだ。

 言っちまえば、ルフィとゾロの関係だ。奴らは互いが互いにリーダーの素質を持っている。にも拘らず、エビふりゃーはターミナルをリーダーと認めていた。


 奴の言葉が、奴の姿が、廃人共の心に平穏を齎す。

 全能視してしまうくらいの安心感を、廃人共に与えちまう。



 俺は頭の中で、ターミナルの姿を思い浮かべる。

 目深に帽子を被り、カカミヤと似たような戦い方をする奴の姿はどこか懐かしさを彷彿とさせた。不憫な仕打ちを受ける今の姿でさえ、どこか頼もしく見えるのだ。

 そう感じてしまう時点で、俺もどこかターミナルの事を全能視している。


 …β組の連中は皆、螺子が外れている。

 それは狐面やプロペラ、ララのように自分自身が狂っていることもあれば、例えば…そう、ターミナルみたいな周囲を狂わせるような螺子の外れ方だって―――



「――あ、ルート!…とだぁれ?」


 階段を上り切ると、そこには青と黄のツインテールが目印のグミがいた。


 よぉ、グミちゃん。

 どうやら俺が味方っつー演説は失敗したらしいな。


「そうなの!ルートって言ったらβテスターの皆が大騒ぎしちゃって…」


 まぁ、しゃーないさ。

 残念ながら、この宗教は終わりだぜ。俺達は”遺跡憑き”ってお前らの事を呼んでいたが、それもここまでだ。


「そ、そうなのか!?」


 あぁ、そうだとも。

 なにせ、エビふりゃーが来ちまった。

 後にも先にも、ここは直ぐに壊滅するだろうよ。ヨミ……ョミョ君にメッセでも送ってみろ。なんなら俺が送って聞いてもいいが、自分で聞いた方が確実だぜ。


 俺は全ての元凶であるヨミ君に聞く様にグミちゃんを諭した。

 奴だって頭は悪くない。

 エビふりゃーが来たという知らせを聞けば、嫌でも引き下がるに決まっている。β組であるヨミ君ならば引き時くらい理解している筈だ。



 ……はぁ。

 俺はグミちゃんがメッセージを送ろうとしている横でムイを地面に座らせて、その更に横に座り込んだ。


「どうしたんですか?」


 溜息をついて俯く俺の顔を、ムイがずいと覗き込むように見た。


 いや、何、もっとド派手に何かが起こると思ったんだ。

 お前には話すのを忘れていたが、この”遺跡憑き”っつー連中、インテリド腐れ眼鏡のヨミ君が動かしてたんだぜ?

 奴ほどの愉悦主義者なら、もっとでっかいことしてくれると思ったんだよ。


 正直、拍子抜けだ。

 面白くなると思ってフローもエビふりゃーも呼び寄せたのによぉ…。

 落ち込む俺を見て、ムイは優しく俺の髪を撫でつけた。特に何を言うわけでもなく、ただ子供をあやす様に手を動かすムイに、俺はなんとなく誰かを空目した。



 …はぁ、これ終わったらさっき話してた担々麺食い行こーぜ。

 食い終わったら俺、ウマ娘のデイリーこなさなきゃだし。お前、ウマ娘やってる?


「ん-ん」


 そか。

 お前そんなゲームやってる印象ないし、だろうとは思ったけどよ。


「沼るのが怖いから、始められないんですよね」


 あー、まぁ確かにその気持ちはわかるわ。

 俺だってそういう理由で始めてないソシャゲなんてごまんとあるしな。だから、そんな販促するみたいにぺちゃくちゃ勧めはしないけどよ、暇だったらやってみろや。お前多分、ライスが好きだぞ。


「分かりました」


 ムイが素直に頷いて、適当な話題が続く。

 七、ハ分経った頃、俺はようやく何かおかしいと気付いた。



 ……おい、グミちゃん?

 流石に遅すぎねぇか。メッセくらいもう送れただろ?まだ返信はこねーのかよ。

 早くしないと、エビふりゃーとかいう暴力装置が俺達を破壊しにくるぞ。


 俺は未だにメッセージを送っただの、返信が来ただの反応が無いグミちゃんへとそう聞いた。

 グミちゃんは俺の言葉をガン無視して、ただそこに突っ立っている。


 俺とムイは互いに顔を見合って首を傾げた。

 そして、再び溜息をつくと、立ち上がってグミちゃんの肩を叩いた。


「おい、グミちゃん。返信こねーの?あいつ今、オンラインっぽいけど……」


 自分のフレンドにいるョミョのオンラインステータスを確認しながら、そう呟いた瞬間―――、


「…ごめんね?」


 グミの口から、そんな意味もない声が漏れるや否や、グミは俺の腹に抱き着いた。


「……ぁ?」


 俺は呆けたような声を漏らして、自分の下にあるグミのつむじを見た。



 …?……。

 俺は数瞬、そのまま固まったまま考えた。


 …っは!!!ま、まさか…!このメスガキ…ッ!!!

 そして、到達する…!愉悦主義者であるヨミ君の性根の腐ったその思考回路に…!


 俺はすぐさまグミちゃんの肩を掴んで引き剥がす。

 すると、やはりとでもいうべきか奴の首は真っ赤な液体と共にぱっくりと割れており―――、



「む、むむむむむムイちゃんんんん!!!!」


 グミちゃんをドンと突き放して、俺は即座にムイが座り込む後方へと走り始める。

 ムイは、即座に魔法の詠唱を始め、周囲に魔法陣が浮遊し始める。



『…恐らく、遺跡憑きの頭がユニーク(レア)職業なんだ、それも死をトリガーにするタイプの』



 ラック君の言葉が脳裏に蘇る。


 レア職業は特異な能力を持っているからこそ、そう呼ばれる。

 プロペラは空を飛び、抹茶は死を否定する。エビふりゃーは糸を紡ぎ、狐面は亡者を喚ぶ。


 その力はあまりにも一つのプレイヤーが持っている力にしては万能すぎるのだ。

 背後、力尽きた筈のグミの身体から爆発する様に”緑”が溢れた。

 ムイの魔法は間に合わず、俺は咄嗟にムイに抱き着いた。


 その緑が、地面を壁を宙を蔦って根を張る。



 く、クソが…!あんのド腐れインテリ眼鏡が…!

 やっぱり奴の中身は何も変わっちゃいねぇ…!人の不幸が最大の幸福…!愉悦主義者の最低野郎…ョミョ……!


「く…ん……!っ……!!…ッ!!」


 力一杯に、不満不平を叫ぼうとしたところから、緑…葉や蔦が入り込む。

 グミを中心に広がったその緑は、瞬く間に周囲の命を刈り取り、俺とムイはいつの間にか死んだ。




 幽霊になって直ぐ、グミがぺこぺこと笑顔で頭を下げていた。


 …ふん、まぁいいさ。

 ョミョの指示だって事くらい分かってる。

 お前がこれから先、まだョミョのクソ野郎に雇われようと雇われまいとそれはあずかり知らぬところだ。勝手にすればいい。



 ――だがな、お前の力。確かに見たぞ。

 お前がどんな力か、お前がどれほどの強さか、お前の中身を見てやったぞ。



 それを聞いたグミは首を傾げて、その場からふよふよと手を振りながら去っていった。

 ムイはそれに手を振り、グミが見えなくなると俺の方を見た。


『………』


 幽霊状態のムイの無言の視線が俺を突き刺す。

 いや、ムイは何かを喋っていた。しかし、幽霊である俺達は、互いが互いに幽霊の声を聴き取れやしないのだ……。



「…なんだったんだ、今の」


 俺とムイの下で、何故か生き残っているエビふりゃーが蔦を切りながら俺達の死体がある部屋に入ってくる。


 エビふりゃーの呟きが周囲を支配する。

 俺は、何か言っているムイを尻目に居心地の悪いその場からそそくさと逃げ出した。




 担々麺は美味しかったです。ムイさんに奢らせました。はい。

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