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ゴミ溜めVRMMO記録  作者: どうしようもない
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記録.90『阿鼻叫喚!魑魅魍魎!死中求活!』

 

 鉄格子の向こう側で、幼女とも少女とも言えない絶妙なラインの女児が無い胸を張る。


 へぇ、グミちゃん。

 いいお名前じゃぁねぇか。


「そうでしょ!」


 あぁ、本当の本当にいい名前だ。

 んで、そんな素敵なお名前を持ったグミちゃん、ここは一つ、優しさから俺達をここから解放しちゃくれねぇか?


 鉄格子を掴み、青と黄のツインテールを揺らす彼女に、俺は言った。


 なぁ、リーダー様ってんなら出来んだろ?

 頼むぜ、俺達はなーんも悪い事はしちゃいないさ。お前らが何をもって、俺の存在を遺跡への侵害とみなしたかはよく知らないけどよ、今のやり方じゃ人の在り方を否定するのと同じだぜ。


「ん、んん?むぅ?」


 グミは俺の言葉を聞くも、てんで話が分からないとでもいうかのように小首を傾げる。


「……あー」


 なーるほど。

 俺はグミのその反応だけで、”遺跡憑き”の全貌を垣間見た。

 こいつ(グミ)、いいように使われてるだけだこりゃ。この組織自体は、確かにグミが頭を張っているのだろう。


「よーし、言い方を変えよう」


 俺は鉄格子を離して、指でオーケーマークを作ると、それを上に向けた。


「グミちゃん、報酬と引き換えにこの組織運営してるっしょ」


「……そ、ソンナコトナイヨ」


 グミは途端に汗を浮かべて、そっぽを向いた。



 頭の弱そうな子に報酬をチラつかせ、自分の望むことをさせる。

 そういうことをする奴はごまんと見てきたが、ここまで大規模に俺やラック君に敵対する奴はほとんどいない。俺はまだしも、”良心”と敵対したって良いことは何一つ無いからだ。


 だがしかし、”良心”達と優に敵対し、それでもなお歩みを止めず、ゲラゲラと笑いながら己の愉悦の為に動く男を俺は一人知っている。


「インテリ詐欺師クソ眼鏡……」


 脳裏に刻み込まれた憎き笑顔が、心中を通り過ぎる。

 ターミナル君がいるところにβの害虫が集まるのか、はたまたその逆か。どちらにしても、害悪な男が未だ活動を続けている可能性がある事には変わりない。


 未だにあわあわとしたまんまのグミに、俺は笑顔を浮かべて言うのだった。


「なぁ、グミちゃん。インテリクソ……『ョミョ』君からの指示だろう?アイツのオトモダチの俺も混ぜてくれよ」


 ◇■◇


『ョミョ』はインテリクソ眼鏡クソ野郎の正式なプレイヤーネームだ。

 読み方なんて知ったこっちゃない。微妙に言いにくいが、一応は言えるラインの名前…奴は初対面の相手がどれくらい微妙な顔をしてその名を呼ぶかを心待ちにするゴミだ。


 グミはぽちぽちと何もない空中に指を置く。

 恐らく、メッセージ機能を使っているのだろう。送信先はどうせ『ョミョ』だ。この状況で奴以外に送る理由は無い。


「なぁ、グミちゃん。ついででいいから奴にこう送ってくれよ」


 俺は奴の影がちらつく脳裏を晴れさせながら、しゃがみ込んでグミの目を見た。


「『うどんは好きか?』」


「…?グミはうどん好きだよ」


 おぉ、良いじゃねぇか。

 やっぱうどんだよな。

 グミは、俺と適当な会話をしながらも打ち込みが終わったのか、空中で指を動かすのを辞めた。


「…ぉわ!」


 そして、次の瞬間グミは驚いたような声を上げる。

 俺は、その理由をなんとなく悟る。


「奴はなんて言った?」


 俺の言葉に、グミがごくりと唾を呑んだ。

『ョミョ』は己が愉悦の為に動く。それが愉悦を呼び起こすならば、それの為の行動は惜しまないし、超速で事が運ぶ事だって多い。そして、この状況、この現状、そして俺と言うカードが加わると分かれば奴は……、


「『うどんは好きだよ、歓迎するとも、ルート』だって!」


 くけけ…!

 俺は後ろで寝息を立てるカカミヤを見る。

 奴はこんな状況にも関わらず、図太い事で目覚める気配すらない。お別れの言葉を言えない事は残念だが、しょうがない。


 サイドチェンジのお時間だ。

 グミがガチャガチャと錠穴に鍵を刺し込んで回す。すると、ギィ…と音を立てて鉄の格子が開かれた。俺は背を低くしながら、そこを通り抜け、格子を閉めて錠をロックした。


「よろしくな、グミちゃん。俺はこれから”遺跡憑き(そっち)”側だ」


「おー!よろしくな!ルート!」


 俺とグミちゃんは握手をして、そのまま手を繋いでその場から背を向けた。

 俺は去る直前にちらとカカミヤがいる牢屋を見た。すると……


「…う、うわぁ…」


 牢屋の小窓…鉄格子がはめられたそこからドン引きするフローの顔が見えた。

 外から登って来れるくらいの場所にここはあるのか…?歪んだ空間は別の場所に繋がっているだけか…。

 俺はそんな事を考えながら、助っ人として来たであろうフローに向けて、思いっきりサムズアップした。



 …べ、別に裏切った訳じゃないんだからねっ!


 ◇■◇


 ョミョからフレンド申請が送られてくる。

 俺はそれを適当に承諾しながら、グミちゃんのつむじを見つめた。


「はい!」


 ぐるぐるつむじのグミちゃんが、武器などの装備が格納された倉庫の鍵を開ける。


 おう、ありがとー。

 俺は、適当に礼を言って中の装備を漁る。

 幸いにも牢屋に連行されるときに押収された〔真っ黒外套(ススワタリローブ)〕もここに眠っていた。しかし、またこれを着るんじゃ芸が無い。直ぐに廃人にバレちまう。


「なぁ、グミちゃん。あいつと繋がってんのはお前だけか?」


「?そだぞ。他の皆は遺跡大好きマン!」


 だよなぁ。

 俺は一応と〔真っ黒外套(ススワタリローブ)〕を着ながら、考え込む。

 このまま〔真っ黒外套(ススワタリローブ)〕単体でいったら即効で俺ってバレちまう。なにか…なにか…。


「……ハッ!!」


 倉庫を見回していると、俺の視界に光輝く紙切れの束が飛び入る。


 こ、これは…!

 ドタドタとコケかけながら近づいて、その紙切れの束を手に取った。

 単品価格1220円の〔容姿変更チケット〕じゃん!それもこんなに…!

 グミちゃんグミちゃん!これ貰っていい?いいよね?どうせここにあるってことは他の連中から押収したもんだし、もう”遺跡憑き”の物になってるよな!俺、今は”遺跡憑き”だし、これ貰う権利あるよな!


「いいよー」


 グミちゃんが興味無さそうに言う。俺はそのチケットの束を握り締めた。

 そして、その一枚を使い、俺は即座に己の容姿を変更する。


 真っ白な髪は透き通る薄青に、瞳は紫紺の瞳孔が嵌め込まれ、背丈はグミと同じくらいにまで縮む。

 それに従い、装備や武器も俺に適した大きさに縮む。


「あ、あー、あ、となりの客はよくきゃッ……よし」


 身体ヨシ!

 声ヨシ!

 動きヨシ!

 心の中の現場猫が指さし確認をする。


 俺の姿は淡い水彩の様な雰囲気を纏った儚いショタと化した。


「おー!ルートか!?ほんとにルートなのか!?」


 俺の変わり様にグミちゃんがピョンピョンと跳ねて、興奮した様に話す。

 俺はそんなグミちゃんの上下に揺れる顔を見る。


 あぁ、そうだぜ。

 俺は押しも引かれぬルート君だぜ。お前の身長に合わせたら随分と縮んじまったな。

 やっぱ〔容姿変更チケット〕の効力っつーのは凄まじい。流石は1220円だ。


 しかし、これで俺とバレる心配は無くなった。

 唯一の不安点は名前までは変えることは出来ないってことだが、名前バレをすることは極々稀だ。気にしなくても問題ない。つまり、今の俺はただの一般ショタ…!ルート君のと言う仮初の姿を脱却した真なる御身だ…!


 さぁ、グミちゃん!一緒に”遺跡憑き”の勝利を目指して前進しようぜ~。

 背丈が低くなったことで、俺はグミと肩を組めるようになった為、遠慮なく肩に手を回し、右手を上に突き上げた。


「おー!」


 それに合わせて、青と黄のツインテールを揺らしてグミも左手を突き上げる。


 今ここに、ロリのショタのコンビが爆誕した…!

 まぁ、爆誕したからと言って何かある訳でもないんすけどね。


 んで?グミちゃん。

 どうやって侵入してきてる奴等滅ぼす?ちなみに、カカミヤは恐らく救出されたぜ。【終着駅】ッつーギルドのキョンシーが直ぐ傍まで来てたからな。奴の火力ならば、鉄格子も頑張れば破壊できるだろう。


「マジか!」


 マジだ。

 俺が知っている限り、このダンジョンに侵入している外敵は四人だ。

 ”良心”カカミヤ、

 ”キョンシーガール”フロー、

 ”女神”ムイ、

 ”ルーキー”ターミナル。


 両手でピースを作り、チョキチョキとポーズをとる。


 全員が全員、戦闘型のプレイヤーだ。

 正直言って、”遺跡憑き”側に勝ち目はない。寧ろ、俺がいた事で奴らの進行を遅延してたと言っても過言じゃない。

 しかも、それに加えてダンジョンの周囲には円を描く様にラック君にドラ子、決戦兵器等が待機している。余りにも盤石…本当に下手な事をしない限りは負けない布陣だ。


「まぁ、だからこそ付け入るとも」


「んー?」


 俺の言葉に、グミは首を傾げた。


 あぁ、グミちゃん。

 安心しなよ。確かに俺達の勝ち目は酷く薄い。ペラペラすぎて呆れるくらいの勝機だ。だけどな、ただ一人の立場の反転が俺たちに大いなる勝機を生むんだよ。


 なぁ、そうだろう?ターミナルくぅん……!!


 〔ターミナル:もう勘弁しれくレ〕

 〔ターミナル:ゴミゴミなんでもすル〕

 〔ターミナル:足が紫色なんダ。壊死し始めてるんダ〕




 資源の有効活用、ここに極まれり。


 ◇■◇


 俺は書庫の扉を叩く。

 グミは他の”遺跡憑き”連中に俺の加入やその他連絡を行わせる為に別行動だ。


「あの~……ターミナルさぁん…」


 ソプラノに近い声変わり前のショタボイスが俺の喉から飛び出す。

 その声は、酷く不安そうで所々が震えている。


 その途端、扉の向こうで何か声が聞こえた。

 また少しして、扉の向こうから足音が聞こえたと思うと、ギィ…と音を立てて扉が開かれる。

 扉を開けたのはターミナルだった。


 俺はちらとターミナルとその周囲を見る。

 ターミナルは疲労感を隠す事が出来ずにやつれてしまっている。扉の周りには、溶け残った氷があり、やはり扉を開けるまで氷により扉ロックをしていた事が確認できた。


「ヤ、ちょっと事情があって捕まってたんダ」


 ターミナルは、ショタの俺の方を向いてそう言った。

 そして、足を引きずりながら、俺を書庫の中へと招き入れた。


「ターミナルさん…困りますよぉ」


「ごめんネ」


 涙を浮かべるショタルート君を前に、ターミナルは申し訳なさそうに頭を掻く。

 俺はそんな会話をしながら、こちらに近づいてくる一人の女へと注意を向けた。


「ターミナルのお仲間さんですか?こんにちは」


 桃色の髪と巫女服を揺らす女、ムイは笑顔を絶やす事無くショタの俺に話しかけてくる。


「え、えっと…こんにちは…ムイさんですよね…お噂はかねがね…」


 ショタルート君の設定は、おどおど系臆病ショタだ。

 儚い容姿とも相まって、十分すぎるほどの破壊力を持つはずだ。


 相も変わらず、おどおどとターミナルの背中に隠れて挨拶をする俺を、ムイはじーっと凝視した。

 下手に見られ続けて、何か俺へと手掛かりを得られるのも勘弁だ。俺とターミナルは一瞬のアイコンタクトを図って、次の作戦に出た。


「それじゃ、僕達はやらなきゃいけない事がありますので…ムイさん、またどこかで…」


「色々ありがとウ……。うン…」


 ペコペコと頭を下げて、先程入って来た扉の方へと後退する。

 ターミナルもそんな俺に付いていくようにちょっとずつ後退る様に移動し始めた。


 ターミナルさえ手に入れば、”遺跡憑き”の勝率はぶち上がる。

 再びムイの前に差し出せばムイの行動は止まるし、助っ人としてきているフローだってムイほどではないが、かなり時間を食うはずだ。


 正直、”遺跡憑き”側の勝利条件ははっきりしていない。


 ラック君側は”遺跡憑き”の(グミ)の捕縛と言うはっきりとしたものがあるにも関わらず、”遺跡憑き”は今なお体中に毒が回っている最中だ。


 勝利条件のクソもない。なにせ毒にすら気付いていない連中が大半なのだ。

 そんな中での勝利と言えば、恐らくは…”外敵の排除”。これに尽きる。


 つまり、寝返った俺とターミナルを除く三名、ムイ、カカミヤ、フローの殺害だ。

 ターミナルがこちらに寝返った以上、こいつを使えばカカミヤ以外の奴等には相当量のデバフを撒ける。そうなりゃこの勝負…勝ったも同然…!


 俺は隣を歩くターミナルをちらと見ながら、ニヤリと笑った。

 くくく……廃人共は心が弱くて仕方ねぇ…。なーんで、どいつもこいつもターミナル君一人に心が揺れちまうんだろうな。


 ムイが俺とターミナルの背中を見送る。

 俺は最後に礼儀正しく頭を下げようと、ムイの方へと向き直り―――、




「―――その姿は趣味ですか?ルート」


 ――――。

 その瞬間、空気が凍り付き、



「タァァァミナルゥゥゥゥ!!!!!」


「”鉄拳鉄壁”!!」


 俺の叫びと同時に、ターミナルが拳を胸の前に打ち付けた。

 金属がぶつかり合う音と共に、地面から壁がせりあがり、俺達とムイの間に巨大な壁が出現する。

 俺とターミナルは即座に踵を返すようにその場から走り出す。


「あぁ!?どうなってやがる!!ターミナル、てめぇ裏切った訳じゃねぇだろうな!?」


「ムイと協力できるわけないじゃン!あの子怖いっテ!!」


 まぁ、そうだよな。

 お前とムイが絶対に共謀することは無いって確信できるからこそ、お前をこちら側に引き込む決断ができた。じゃあ何故奴は姿の違う俺を俺だと見抜けた?


 ターミナルが歩幅の小さい俺に手を差し出す。

 その手を掴み取り、俺はターミナルに肩車をされる形になった。


 なにか、何か俺だとバレる要素があったんだ。

 なんだ…?俺は何をやらかした…?揺れるターミナルの上で俺は考える。


「気になりますか」


 背後から凛とした声が響く。

 俺とターミナルはバッと即座に後ろを見る。すると、そこには速度バフを重ね掛けした青く輝くムイがこちらに近づいてくるように走り寄っていた。


「ぴゃ―――――――!!!」


 ターミナルが奇声を発しながら、俺の頭を掴む。


「え?あれ?ターミナル君?」


 半ば発狂状態のターミナル君は、俺の言葉など耳にも入っていないようでぶんぶんと俺を棍棒のように粗雑に扱った後に、そのまま勢い良くムイが走ってくる方向へと投擲した。


「わぁ、じごくくくくくくくくく」


 風を切って俺は吹っ飛び、そんな俺をムイは杖を捨てて胸で受け止めた。

 ぼふんと豊満な胸にぶち当たり、ショタ化したことで体重が些か軽かったお陰で俺は何とか事なきを得た。


「あ、あざーす」


 俺は適当な礼を述べながら、ムイから離れようとする。

 しかし、奴は俺の背中に手を回し、ぎゅーっと俺を抱きしめる様に力を込めた。


 な、なんだ…?なにが目的だ?この女…。

 謎の行動に疑問を覚え、顔を上げてムイを見る。

 すると、ムイは俺の事をじーっと凝視して、くすりと笑うとすぐに無表情になって言うのだった。


「中身は変わらず真っ黒ですね」


 はっ!

 そうか…!この女、人の感情を色で判別できる。そして、俺の色は何故かいつも真っ黒だと言っていた。く、クソ…!姿変化作戦の天敵じゃねぇか!


 俺は無理矢理にムイから離れようとする。

 じたばたと暴れ、なんとかこの場から脱しようとする、が…。


「く、そ、が……ッ!!」


 レベル差とショタ化したことによる体格差で、思う様に足搔く事さえ叶わない。


「おい!ターミナルっ!助けろ!助けてください!」


 俺は首を後ろに向けながら、必死にターミナルを呼ぶ。

 視界の端にターミナルが映る。しかし、奴は動かない。いや、動こうとはしている。しかし、足が前に出ていないのだ。


「ご、ゴミゴミ…!あ、あしガ…足が動かないんダ…!」


 た、ターミナル君!!

 お前…そりゃもう立派なムイさん恐怖症じゃねぇか…!

 俺は涙を流し、変わり果ててしまったターミナル君にそう叫んだ。


 ターミナル君は歯を食いしばり、唇を噛んで足を前に出そうとする。

 しかし、出ない。はじめの一歩がどうしても出ないのだ。ムイがいる場所へと足が進むことを許してくれないのだ。


「く………ソッッ!!!!」


 ターミナル君が不甲斐無い自分を弾劾する。


 そんな中で、俺はムイの胸部装甲に押し当てられ続け、少しずつ()()()()が芽生え始めた。


 こ、この(ムイ)…まさか…意図的なセクシャルハラスメントを起こそうとしてやがるのか……!

 俺からムイの胸に触る場合、即座にセクシャルハラスメント防止システムが作動し、俺は行動不能となる。しかし、女性側から押し付ける場合は例外だ。即座にシステムは作動しない。だが、一定時間その状態が続けばセクシャルハラスメント防止システムは作動し、俺の身体の自由を奪うだろう。


 こいつ…俺を処理するにしてもどうしてこんなゴミ染みた手段を……ッ!?

 俺はムイの真意を理解できずとも、即座に己が置かれた状況がいかに絶望的であることを察した。


「へ、変態!痴女!逆痴漢!」


 俺の頭の上に位置するムイの耳に向けて、罵倒を吐く。

 しかし、ムイはそんな俺を見て、にこりと笑った。


「貴方が貴方(ルート)の姿をしていないのならば、このくらいの強硬策出来ますよ…ふふ」


 ムイが不敵な笑みと共にそう言った。

 しかし、それと同時に不可解な点が浮き上がる。俺が俺の姿をしていないからできる…?つまり、俺がショタだから出来るのか…?


 試す価値はある…。

 俺はムイにバレない様に右手付近に亜空間を出現させて容姿変更チケットを取り出し、行使する。

 そして、保存されている元の容姿を選択する。その瞬間、俺の身体はプリキュアが変身する時みたいなカットインを挟まった。


「え、え、ぇ」


 ムイが酷く困惑したような女々しい声を漏らす。

 カットインが終了し、白髪に黒瞳のこれと言った特徴が無いルート君が再誕する。

 復活した俺は、にょきにょきと身長が伸びた事により、ムイの身長を抜いている。それによって、先程まで完全におねショタと化していた構図が逆転し、俺が逆に抱き着かれているような形になっていた。


 俺はちらとターミナルを見る。

 奴は少しずつこちらに近づいてきてはいる。

 しかし、それでもやはりあまりにも遅い…!牛歩と言っても良いレベルだぞ…。


 だが、ターミナル君がこちらに向かってこれているというのは非常に良い。

 つまり、奴にはまだ戦う意思があるのだ。それならば、まだやれる。奴はまだ舞台装置として輝く余地がある。


 俺はそう考えながら、下を見る。


「る、る、るる、るるる、る……」


 俺の胸付近で顔を真っ赤にして震えるムイ。

 奴の抱き着く力はかなり弱まっている。俺は血液腕を形成し、奴の腕を無理矢理に離させて、そのまま血液腕でムイの腰を掴んだ。


「よぉ、ムイちゃん。お前望む場所に連れてってやるよ」


「…ふぇ」


 ムイは呆けたような表情を浮かべる。

 俺はそんな奴の頭をガシガシと撫で付けると、ターミナルの方を向いた。

 俺はムイをぎゅっぎゅっと前転でもするような姿勢に丸め込んで、息を吐いた。


 一歩、二歩、三歩、四歩…!

 思い切り足を踏み込み、血液腕はムイボールを地面へと放った。


 ゴロゴロゴロゴロゴロ―――!

 ムイボールは地面を勢い良く駆けて、ターミナルがいる場所へと一直線に転がっていった。


「――こりgひれhふいえhふぃうえrふぃうr!!!」


 ムイボールの向かう先で、ターミナルの金切り声が聞こえる。

 ボーリングの要領で転がっていくムイボールはターミナルの腹へと、勢いを殺す事無くヒットした。


「おごッ」


 ターミナルの口から空気が漏れる。

 ムイボールを腹で受けたターミナルはそのまま壁へと激突し、倒れ込んだ。


 ……こ、ここまで上手くいくとは思わなかったな!

 俺はそろりそろりと近づいて、倒れ込んだターミナルと、ボールになったまんまムイにそう言った。


 俺は取り敢えず、ボールになったままのムイを元に戻してやろうと近づいた。

 すると、ムイは俺が近づくとモードチェンジでもするみたいに人型へと変形し、紫色の顔を見せた。


「……っ!!!」


 俺は咄嗟に飛び退こうとするが、ムイはそんな俺の襟を掴んで、そのまま首と襟の間に吐瀉物を吐き散らした。


「おろろろろろろろろろ……」


 む、ムイちゃん……。

 俺は絶望したような声色でムイに話しかける。

 女の子が人の服の中でおゲロを吐いちゃ駄目よ…俺の口の中に吐かなかっただけ偉いけど…俺の背中が惨劇だよ……?


 涙目になりながら、後ろのムイちゃんの背中を摩る。


「……ぅく」


 ムイちゃんが俺の服で口を拭く。

 そして、荒んだ目で俺を見て、つーっと一筋の涙を流した。


「……死のう」


 む、むむむむむむ、ムイちゃん!!!?

 世界に絶望したような表情を浮かべるムイちゃんを前に、優しく宥めた。吐瀉物を俺に掛け散らかしてもピンピンしていた抹茶ならまだしも、ムイは所詮ヤバい奴の皮を被った只の女子…!


 俺は奴の背中と頭を高速で撫で散らかしながら、子守唄を歌う。

 大丈夫だって、お前。ゲロ吐いたくらいなんだ?所詮、このキラキラもデータよデータ。

 あれやこれやと適当な事を並べて、ムイを励ます。


 く、くそぅ。

 なんだって俺がこんなことを…。

 …いや、俺が面白そうっつー理由でボーリングをしちまったのが原因か…。


「ま、まぁ!お前が吐いたの俺しか知らないし、墓まで持ってってやるから!な!」


「…だから、死にたいんじゃないですか…」


 あ、あぁ…。ご、ごめんね…。

 流石の俺も申し訳なさで死にそうになる。

 お、俺絶対言わないから…、口軽いけど…このことはマジで墓まで持って行く所存だから…。なんなら今度飯でも何でも奢ってやるから。


 そう言うと、ムイはまるで「そうじゃない」とでも言うかのように不服そうな顔を見せた。


 とりあえず吐瀉物塗れのそこからムイを立たせて、倒れ込んだターミナル君の上にムイを座らせた。

 俺は限界まで優しい笑顔を浮かべて、ムイに水を渡す。


 ムイはそれを受け取って、水を口に含み、直ぐ右下のターミナルの顔目掛けて水を吐いた。そして、再び水を口に入れると今度はこくこくと喉を鳴らした。

 その部屋にムイの水を飲む音と、俺達の息遣いだけが響く。


「…っぷは」


 ムイの口からそんな声が漏れる。

 奴は無言で俺に水を渡し、俺は恭しくそれを受け取った。


「……」


「……」


 奇妙な時間が流れる。

 無言の時間が十秒、二十秒、三十秒が立った頃……、


「今度、二人で旅をしましょうね」


 ムイは、そんな事を俺に言った。


「また、βの頃みたいに」


「そ、そんな事でいいなら…是非…えぇ…」


 俺は手を揉んで、ムイの誘いを承諾した。

 ムイは執念深い奴だ。だからこそ、「私の尊厳を穢した」とか言われて、”一か月犬になれ”とかそんな俺の尊厳を破壊する事を言われると思っていた。


 目には目を、歯には歯をのハンムラビ王の言葉に従う他無いと思っていた俺に、ムイの言葉はあまりにも容易かった。

 だからこそ、俺は裏を勘繰るがここで断る事は叶わない。俺は手揉みをして、受け入れる他無かった。


 受け入れた瞬間、ムイの顔が今までにない位に深い笑みを浮かべていたのを、見間違いであることを俺は願う。

 マジで、お願い。空目しただけであってください。


「ふふふ」


「あ、あははは……」


 俺の乾いた笑いと、ムイの感情が分からない艶めかしい笑いが響く。


「……っハ…こ、ここハ…?」


 その雰囲気の中で、ターミナルが遂に目を覚ます。


 よぉ、ターミナル君。

 おはよう、良い朝だね。元気してる?


「ご、ゴミゴミ…?元気じゃなけど…なんか身体がおも――――」


 ターミナルは、そんな事を言いながらやけに重苦しい自分の身体を見た。

 そこには、ニコニコ笑顔のムイが座り込んでおり―――、


「あ、あ、あぶぶぶぶぶぶぶぶ……」


 ターミナルは白目を剥くと、そのまま泡を吹いて倒れるのだった……。


 た、ターミナル君…、最初の頃の強キャラ感は一体どこに行っちゃったの…!

 俺はターミナル君の不憫すぎるキャラ変に静かに涙を流しながら、失望する。

 これじゃまるで、敵の頃は強かったのに仲間になった途端弱体化するタイプの奴じゃないか……!くそぅ…!



俺がターミナル君の変わりように苦しんでいると、ターミナル君の上に座り込んだムイが奴の口元の泡を見ながらのほほんと言った。


「なんだか蟹さんみたいですね」


「え、あ、あぁ、そうだね…うん。蟹さん、みたい、だね…」


 俺はもう逃げ出したかった。

 完全に弱キャラと化したターミナル君も、吹っ切れたように感情が読めなくなったムイちゃんも、何もかもがもう分からないよ。



 ぶくぶくと泡を吹きだすターミナル君を見ながら、俺は高速で文章を打ち、送信した。




 〔ルート:助けてよぉ、エビえもーん〕

 〔エビふりゃー:カジリガメ倒し終わったら行く〕



 加速因子(イレギュラー)、出動……!

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