記録.87『(ターミナル君の出番はない)ターミナル君劇場』
――ターミナル、ターミナル。
我らが英雄、ターミナル。
我らが統率者、ターミナル。
――ターミナルさん、ターミナル君。
我らが希望、ターミナルさん。
我らが慕う、ターミナル君。
――ターミっち、たーみ。
我らが優しい、ターミっち。
我らがおうさま、たーみ。
――ターミナル氏、ターミナル。
我らが博識、ターミナル氏。
我らが天才、ターミナル。
――ターミナル君、ターミナル君。
我らが知識、ターミナル君。
我らが強欲、ターミナル君。
――ターミさん、ターミナル。
我らが大好き、ターミさん。
我らが親愛なる隣人、ターミナル。
――ターミナル、ターミナル。
我らが裏切者、ターミナル。
◇■◇
なぁ、ナメクジ。
お前の頭はどうしてそんなにキモイ色しているのぉ~???
「おぶって貰っている立場で何言いだしてんだ、お前」
いや、俺お前の名前嫌いだからさ。
金あげるから改名してくんね?ついでに容姿も変えて。出来る事ならば全身を隠せ。
「何がお前をそこまで駆り立ててんだよ」
そう言って、呼称名ナメクジは俺を地面に叩きつけた。
思い切り砂埃が立って、俺の黒髪に砂がつく。
な、なにしやがる…!てめぇ…!
目の前のナメクジは耳をほじって俺を見下した。
「甘えすぎなんだよ、エビもターミナルもお前に甘いって絶対」
ナメクジはその言葉と共に、倒れ伏す俺の横を通り過ぎて歩いていく。
歩きたくなぁい!!
おんぶしてぇ!抱っこしてぇ!育児放棄だぞ!訴えてやる!俺に勝てると思うなよ…!俺の後ろにはムイがいるんだぞ!!
いつも俺の後ろをちょこちょことついて来る少女の名を出す。
あいつの存在は、目の前のクソ雑魚ナメクジよりかはよっぽど良く出来た存在だ。
だからおんぶしろ!
俺は絶対に動かないぞ!お前がおれを背負ってくれない限り、ここに居座ってやる!!
「――じゃあ私が運びますね!!!」
そんな声が背後から聞こえた途端、俺の身体はふわりと浮き上がった。
俺は咄嗟に、《旋回》を発動させて体の軸を中心に勢い良く回転した。
錐揉み回転の様な動作と共に、俺の身体は宙を舞い、地面に降り立った。そして、先程まで俺がいた場所を見る。そこには……、
「んだよ、プルメルじゃねぇか」
プリン頭の女が、息遣い荒く俺の方を見ていた。
俺はそれを見て、ほっとすると同時にすっと後退りをして、ナメクジの背中に隠れた。
「なにしてんだルート。折角プルメルさんがおんぶしてくれようとしてたのに」
ナメクジは後ろに隠れる俺を怪訝そうな顔で見る。
「いや、だって…」
俺は、怪訝な顔をする奴と息遣い荒くこちらへとじりじり近づいてくるプルメルを交互に見た。
「…わーった。分かったよ。歩く。自分で歩けばいいんだろ」
おら、プルメル。
てめぇもいつから俺達の事見てたかは知らないけど、帰んぞ。
〔サイショ〕でパクローが料理こさえてるらしいし、さっさと行ってやんねぇと料理が冷める。
「おんぶ…させてくれないんですね…」
プルメルは露骨に残念がりながら、俺の傍へと近寄ってくる。
「お前、手つきが厭らしいんだよ。触られてっとぞわぞわすんだ」
指を咥えてこちらを見るプルメルを、半目で睨み付ける。
奴の手つきはいつもそうだ。俺の臀部やら胸をまさぐろうと迫りくる。気持ち悪いったらありゃしねぇ。俺が女で、奴が男ならまだしも、俺と奴に至ってはその逆だ。セクシャルハラスメントは機能しない。
「悲しいです…」
しょぼんと落ち込んだプルメルは、俺とナメクジの傍へと近寄ると歩幅を合わせる様に歩き始めた。
「今日でβも終わりだぞ?触らせてあげろよ」
ナメクジは横目で俺を見ながら、そう言った。
その言葉を聞いたプルメルはプリン頭を揺らして、輝く瞳を俺に向けた。しかし、そんな瞳を遮る様に手を奴の目に置いて、俺はナメクジを睨んだ。
「阿保な事言うな。そういう悪しき前例がコネ得っつー習慣を生むんだ」
多くのゲーム運営がプレイヤーからの言葉で、悪しき前例を作り、破滅した。
それはこのVRMMOにだって同じことが言える。いつかの将来、「このゲームの運営はゴネ得だ」って、俺達が思っていないことを祈るぜ。
瞳を遮る為にプルメルの目に置いていた左手が、奴の涎によってでろでろになっているのを俺は感じながら、そんな会話をしていた……。
◇■◇
▽▲過去編Tips△▼
決戦兵器のβ時代は、普通の名前に普通のスキル、それに付け加えてキモイ髪色をしていた。
決戦兵器の名前や装備は、製品版になってからの、呪いの装備の影響で勝手に名前が変更、兵装が装着された。
◇■◇
「あぁ、三人とも。やっと帰って来たの」
俺達を〔サイショ〕で迎え入れたのは、色素の薄い黒の髪を揺らす丸眼鏡をした男だった。
奴は、にっこりと笑みを浮かべて、俺達三人を見た。
そんな奴に、俺は右手を軽く上げて、挨拶をする。
よぉ、インテリ野郎。
最期の日も、相も変わらず胡散臭い笑顔ですね!
「眼鏡かち割るぞ」
「クソ眼鏡さん、こんにちは」
俺の言葉の後ろに、ナメクジとプルメルの罵倒が追従する。
しかし、そんな罵倒など気にもしない様に目の前の胡散臭い眼鏡野郎は笑顔を張り付けたまんま、人差し指で自分の後ろを指さした。
「街の真ん中の噴水広場で皆が集まってるよ。三人も行こうよ」
そう言う眼鏡クソハゲ詐欺師の笑みは、相も変わらず胡散臭かったが、その笑顔は憎めない何かが内包されていた。
「よぉ~、ルート君だよぉ」
「プルメルちゃんですよぉ」
俺とプルメルは、そう叫びながら噴水広場へと突撃した。
その後ろには苦笑いをするナメクジと、面白そうに声を出す丸眼鏡クソボケ茄子の姿があった。
「……あら?」
しかし、折角俺達が来たというのにそこにはプレイヤーの姿など、ほとんどと言っていい程無かったのだ。
俺とプルメルは、互いに顔を見合って首を傾げた。
どゆこと?
「どういうことでしょう…?」
俺達は、ばっと後ろを向いてインテリを掛ける眼鏡男を睨んだ。
おい!どういうこっちゃ!
奴等がここに集まってるっててめーが言ったんだぞ!だーれもいねぇじゃねぇか!やっぱお前は詐欺師なのか!?あ?この法螺吹きが!
「やいやい、ルート。酷い言い草だ」
目の前の胡散臭男は、両手で俺を抑えるような動作を取って、キョロキョロと周囲を見渡した。そして、ある方向で首を止めると左手を大きく振って、右手を口元に当てると大声で、
「おーい!ムイさん、ラック君、ターミナル!」
その呼びかけの方向を向くと、そこにはベンチに座ったムイとその前で立ったまんまこちらを見ているラック君とターミナルの姿があった。
「ほらね」
丸眼鏡をくいと上げて、目の前の男は何ともなしに笑った。
俺とプルメルはその仕草にどうしようもない憤りを覚えたが、グッと堪えた。それを見たナメクジはほろりと涙を流して言うのだった。
「我慢できるのえらいねぇ」
そう、俺達は偉いのだ。
我慢が出来るという能力が俺達には備わっている。それは大きな利点だ。
「やぁ、他の人達はどうしたの?」
俺とプルメルがナメクジに褒められている間に、丸眼鏡は近づいてくるターミナル達にそう聞いた。
「あァ、奴等ならほんの数分前に衛兵に連行されてったゼ」
まぁ、そうだろうと思ったわ。
俺は褒められながら、ターミナルの言葉へと答えた。
ゴミみたいな廃人が沢山集まって、乱闘が起きない筈がない。どうせ、沢山集まったから乱闘騒ぎに発展して、街中の暴力行為でそのままみーんなしょっぴかれたんだろ?馬鹿げてる。
「はは、空君やきつねさん。エビふりゃーとかはまだ来てないよ」
ラック君、そりゃ要らない情報ってやつさ。
奴等も一緒に衛兵に拉致されちまってればよかったんだ。そうすりゃ、最後の日くらい平和な時間を過ごせただろうよ。
「その通りですね!」
俺の言葉に、プルメルが追っかける様に同意する。
俺はプルメルの頭をガシガシと撫でながら、ムイを見た。奴は、いつものようにこちらに笑顔を見せる訳でもなく、悲しそうに顔を俯かせた。
「よぉ、ムイちゃん。辛気臭い顔してんじゃねぇか」
俺の言葉を聞いて、ムイは顔を上げる。
「ルート、貴方はやっぱり最後の最後まで真っ黒な色のままですね」
ムイは人の感情の色を見れる。
その特殊能力は、結局詳細な事は何一つ分からなかったが、碌なもんじゃないってことだけははっきりしてる。
「いい色だろ」
「ははは、全てを塗り潰すゴミ溜めの色」
俺の言葉を嘲笑する様に、ニヤニヤと笑顔を浮かべたドブ眼鏡がそう言った。
俺は暴力行為に値しないレベルで奴の背後に回り込んで、腕を掴み、そのまま拘束した。
「プルメルゥッ!!こいつを殴れ!!!」
「はいっ!」
俺の言葉に従って、人間を掛けた丸眼鏡の顔面にプルメルの拳が振り切られた。
「―――ッ!」
鈍い音と共にインテリ眼鏡太郎が吹っ飛ぶ。
そして、丸眼鏡が吹っ飛ばれる直前に俺の服を掴んでいた為、一緒に吹っ飛ばされた。
「あぁっ…!ルートさん!」
俺と奴は一緒に噴水に突っ込んで、水飛沫が上がった。
「……最後の日も、結局皆明るい色をしていました」
「ゴミゴミとかの例外を除いて、ナ」
ターミナルの茶化すような言葉が広場に響く。
噴水の中で暴れ狂ってインテリ野郎の丸眼鏡を奪おうとしている俺とプルメルを止めようとラック君がそちらに走り寄る。
いつも通りの、当たり前の日常―――。
「ターミナル、きっと製品版でもこんな日常ですよ」
「そりゃいいネ。暇しなイ」
水飛沫が上がる。
丸眼鏡が宙を舞う。
笑い声と怒号、それに衛兵がこちらに向かってくる足音が聞こえる。
「ターミナル、貴方がいれば…きっと皆明るい色だから――」
そのムイの言葉は、遠く高く蒼い空に吸い込まれて―――。
◇■◇
▽▲過去編Tips△▼
βテスト時代は街中で暴力行為を行っても、牢獄に即転移ではなく、数分後に衛兵が該当プレイヤーを確保しに来るシステムだった。
その為、街中で暴虐の限りを尽くした後の自爆と言うメガンテ退場方式がまかり通った。
◇■◇
「ぁあ?ターミナルがいない???」
文ちゃんが俺に言う。
「そうなの。どこを探してもいないの」
アイツの事だ。
どうせどっかで油売ってんだろ?そう気にするもんじゃねぇよ。
俺はそう言って、製品版に参入してきたルーキーを殺した。
俺はナイフをくるくると回して、血を遠心力で取ってそのまま鞘に入れた。
「で、でも…ムイさんが…」
あぁ?ムイがどうしたよ。
製品版が発売したばっかの今ですら、奴の名は轟いてるぞ?碌に情報収集してない俺にまで聞こえてくるんだ。活躍しっぱなしじゃねぇか。
「だからだよ…」
”だから”???
どういう事だよ。
奴の周りには”良心”共がいっぱいいるじゃねぇか。
それこそ、ラック君にドラ子、ペイン君にぽぽぴぱ。
強い奴らを上げていけばキリは無いぜ?
「ぺ、ペインさんとぽぽぴぱさんは良心であることを諦めたんだ…」
……ぁ?
俺の口から洩れたそれは、重々しい空気にも似た空虚な言葉だった。
――なに、言ってんだ?
ペイン君とぽぽぴぱが良心であることを辞めたって?
なんだ、じゃあつまり”ゴミ堕ち”したってか。そりゃないぜ。一番無い話だ。
ゲームが始まって何日目だ?
まだ碌に月日も経ってないぜ。それなのに、β時代”β組の良心”を貫いてきたあいつらがゴミになったって?
「……そうだよ。だからその分ムイさんやラック君、ドラ子さんとかの良心たちが頑張って処理に駆け回ってる」
少しずつ、本当に少しずつ、廃人共は真のゴミと化していく。
奴等が廃人であって、本当の意味のゴミではなかったのはターミナルと言う抑止力があったからだ。
それが今、ターミナル君の行方は分からず、良心の数も足りていない。
それが廃人共の心を動かすには十分な理由だったんだ。
廃人共の中には、ターミナルに心を支えられている奴も多かった。
それこそ、プロペラがいい例だ。奴の場合、俺が介入しちまったから、一人で立てるようになったがそうならなかった奴もいる。
ターミナルがこのゲームにおける精神的柱だった。
「ムイさんが言ってた…。皆が冷たい色してるって」
文ちゃんが辛そうに瞳を地面に向けた。
「私が何とかしなくちゃって」
拳を握り締めて、身体を震えさせる。
「ターミナルさんの分までって」
一体奴がどれほどの重圧を背負っているのか。
俺には到底分からない。分かりたくもない。
製品版になって、風向きが怪しくなってきたじゃねぇか。
俺の言葉に、文ちゃんはこくりと頷いた。
呪いの装備のせいで”決戦兵器”になった奴がいる。
エビふりゃーはターミナルがいない事を何も言ってこなかった。
ルーキー共は想像以上に使い物にならなかった。
βと比べての事件発生数が多い。
それに付け加えて、良心のゴミ堕ちに象徴の喪失。
…サイコーに面白くなってきたじゃねぇか。
「そうだね…」
俺の言葉に、文ちゃんが控えめに頷いた。
ムイがこっちに助けを求めてんなら行ってやる。
β時代に散々世話になったし、世話をした。仲良しこよしの好だ。少しくらいなら廃人共を成敗するのを手伝ってやる。
「……そっか」
文ちゃんはそう言って、踵を返した。
しかし、俺はそんな文ちゃんの背中に向けて、
「なぁ、文ちゃん」
「ん?」
「――……お金、貸してくんね?」
文ちゃんはそれを聞いて、酷く失望したような表情でがまぐち財布を取り出した…。
忘れてはいけない。
この男だって、もう立派なごみ溜めの中にいる事を……。
◇■◇
▽▲過去編Tips△▼
ターミナル君がいない事が発覚した日の事件発生数は、現在に至るまで”一日の事件最高発生数”を守り続けている。




