記録.83『あ、同担拒否です』
「お、げぇ……う、ぇぇ……」
喉の奥から胃液が上り、口内を犯す。
俺は亜空間から水を取り出し、無理矢理にそれを飲み干す。
しかし、それをもってしても吐き気は治まらなかった。
ぎ、ぎぼぢわるい……。
そんな言葉を吐くと同時に、違う意味でも吐瀉物が吐かれる。
地面に手をつき、揺らぐ視界をどうにか正常に保ち、せめてと遠くの景色を見る。しかし、その景色すらも豊満な胸囲を持つクソ狐面に遮られる。
「ダストっち、苦しい~?」
そう言う奴の表情は歓喜に満ち溢れており、俺は嘔吐きながら目の前のフール女を睨みつけた。
い、意味が分からねぇ…。
なんで俺がこんな目に合ってるんだ?俺はただ歩いてただけだ。なのにも関わらず、この女…俺と目が合うや否や急接近して、俺にジャイアントスイング掛けやがった……!!
な、なにが目的だ…この女が…!!
口元を抑えながら、立ち上がる。すると、狐面は嬉しそうに口元を歪ませて、言うのだった。
「仕方ないよね~。みーんな、こんな感じなんだし~」
そう言って奴は周囲を見渡した。
俺はその視線を追う様に目を配らせる。
確かに、今このゲームは殺伐としている。
そこら中で殺人が発生し続けている。
ルーキーは希望の言葉を口にして、廃人達はそれを否定する様に絶望の言葉を羅列する。
「何とかなる」
「大丈夫」
「希望はある」
「諦めこそが絶望の入口だ」
ルーキーの口から放たれる言葉は酷く希望染みていて、それでいて酷く眩しく、更に言ってしまえば軽々しい若者の言葉だ。
「駄目だ」
「希望は昇らない」
「陽は潰えた」
「救いはあの子だけだ」
廃人共の腰は重く、口は愚鈍で、許しがたいと救いがたいと悲しみに暮れた言葉と共にルーキーを殺す。
なーんでこんなことになったかね。
俺は薄ら目で血みどろの奴らを見ながら、口を開いた。
狐面は、そんな俺の言葉に返事などする気もないようで俺の腹をかっ開いて、ごそごそと内臓を取り出していた。
俺は地面に倒れ伏し、内臓で遊ぶ狐面を横目に悲惨な情景を目の当たりにする。
多くの廃人が泣き喚き、そこら中を滅茶苦茶にする。廃人同士がぶつかり合い、熾烈な争いを繰り広げ、最後はお互いが顔をぐちゃぐちゃにして泣き喚く。
あー……どんな地獄絵図だ。
喉から命の源がぼこりと零れた瞬間、俺の意識は遠い空へと舞い上がる……。
狐面が霊体の俺に手を振る。
俺は面倒臭そうに手を振り返すのだった。
◇■◇
リスポーン地点の教会こそ、地獄絵図だった。
俺が復活すると、そこら中で廃人もルーキーも関係なく地面に額を擦り付け、ぶつぶつと呪詛の様に何かを呟いている。
き、気持ちわりぃな、おい。お前ら、やめろよ。狂信者みてぇだぞ。
俺が割と本気で引いたような声でそう言うと、何人かのプレイヤーが俺を見上げた。そいつらの目は真っ赤で、目の下には隈が出来ていた。
そして、そんな顔をぶら下げて、俺に言った。
「お前には分からねぇよ」
そう言ったそいつは、再び何かを祈るようにぶつぶつと呪詛を呟きだした。
気味が悪いったらありゃしねぇ。
俺は土下座の格好をし続ける奴らに唾を吐き散らしながら、その場を去った。
教会から離れながら、俺はフレンドメッセージを開き、狐面宛てに文章を打つ。
〔ルート:きつねさん。ちょっと一緒に他の奴のところ遊びいかん?ね、ね?良いでしょ?別に怖くなってきたとかじゃないから。純粋にね?一緒に遊ぼかなーって、遊ばん?ちょっかいかけ行かない?〕
小心者のルート君。
◇■◇
再び狐面と合流し、俺達はララのいる工房に足を踏み入れた。
「あ?ごみ溜めにきつねさんじゃねーか。何の用だ?頭ならいねぇぞ」
俺は工房に入ってすぐかけられた言葉に首を傾げた。
ちなみに頭とはララの事だ。
あ?どういうことだ?
さっき見たときはオンライン状態だったぞ。なんだっていねぇんだ。
お前らのお頭はそんな直ぐにログアウトするお人じゃあないだろーが。
俺は生産プレイヤーにガンをつける様にそう言った。
すると、そのプレイヤーは頭をガシガシと掻いて言う。
「俺も知らねーよ。『スタミナ30回復した』とかなんとか言っていなくなっちまったんだ。まぁ、どうせ三十分そこらで戻ってくる。つい五時間前も同じこと言って消えたばっかなんだ」
スタミナ……。
俺は顎に手を当てて、思案した。
しかし、そんな俺の服の裾を狐面が引っ張った。
狐面は知らない人が多いところでは内弁慶だ。
これ以上、ここにいたくないとキラキラと光る瞳で俺に訴える。あぁ、そうだね。要件もないし、ここから離れようね。
あぁ、情報さんきゅー。精々生産活動頑張れよ。
俺は背中を向けて、左手をぷらぷらと左右に振った。
暑苦しい空気を、俺の手がかき混ぜる様に揺れた。
工房から出ると、涼しい空気が俺と狐面の身体を通り抜けた。
俺達は二人で顔を見合わせた。そして、十秒二十秒と時間が通り過ぎた頃、狐面の腹が「くぅ~…」と音を立てた。
「…飯でも食うかぁ」
「うんっ」
青い空を見上げ、俺達は歩き出した。
俺はもう、薄らとプレイヤー達の奇行の真相が見え始めていた。
狐面、何食いたい?
「馬刺し」
◇■◇
ラーメンを持ち上げては口に運ぶ動作を繰り返す狐面が、ふと髪をかき上げて水を口に含んだ。
俺は、そんな狐面を見る……ふりをしながら狐面の更に奥の二人組のプレイヤーの会話に耳を傾けていた。
「なぁ、3因子でねぇよ」
「そう出て堪るかよ」
「俺そろそろスタミナ回復するわ」
「マジ?いいなー」
ふーん、ほーん。
俺は狐面の奥を見ながら、餃子を口に運んだ。
「あ!ダストっち!それ私の!ダストっち一個多く食べたよ!」
あ?
俺はもっちゃもっちゃと咀嚼しながら、ぷんすかと怒る狐面を見た。
奴は、図々しくも俺に金を払わせる気満々のフールだ。しかし、俺も時には優しくする。ああ、はいはい。すいませんね。どうもすいませんでした。それじゃ、代わりにメンマをどーぞ。
俺は割り箸を逆に持って、幾つかのメンマを狐面の器に放り込んだ。
しかし、それでも奴の頬は膨らんだまま、萎まない。
あ?なんだよ。
メンマあげたじゃねーか。知ってっか?メンマって割り箸で出来てんだよ。今度皆に自慢していいよ。きっと驚くから。
俺の言葉を無視して、狐面は口を開く。
「ダストっちが嫌いなメンマ押し付けただけじゃん…」
別にメンマ嫌いじゃないもん。
風評被害ですよ。……はぁ、わーった、分かったよ。
俺は手を挙げて、声を出す。
「すんませーん。お水のピッチャーもらえますぅ?」
「あーい」
俺が言うや否や、直ぐに水滴のついたピッチャーが机に運ばれる。
俺はそれを狐面の空になったコップに汲んでやった。
――俺は気が利く男だ。
狐面は注文する時は、出来る事ならば知り合いに自分の分も頼んでもらうし、店員と会話することを嫌がる。どうせ、自分のコップが空になっても言い出せない。
だからこそ、俺は気を利かせてやったってわけだ。
はー!いい奴!なーんていい男!
叫びながら、狐面にそう言った。そして、再び狐面の分の餃子を口に放り込んだ。
狐面は、そんな俺を見てぼそりと呟いた。
「気が利くならラーメン屋以外の店連れてってよ~……」
◇■◇
狐面と共にゆっくりと街を歩く。
目指すはエビふりゃー達、【終着駅】のギルドハウス。
しかし、最早そこに行かずとも真相はそこら中から聞こえてきていた。
「ハルウララを勝たせたい」
「アニメ見返してんだよねぇ」
「絶対は俺です」
「よぉ、ごみ溜め。お前は誰推しだ?」
「パエリアを……」
……なぁ、狐面。
俺は後ろで苦しそうに腹を撫でる狐面に話しかけた。
「…?な~に?」
……ウマ娘って知ってるか?
「聞いたことはあるよ~」
そうか。
それならいいんだ。
薄らと、はっきりと事実に光が差していく。
そこら中から聞こえる声。
何かを祈る教会の人々。
絶望に塗れた声と、希望に塗れた声。
ウマ娘というアプリがある。
実際の馬を元に作られたゲームだ。
―――人々は、癒しを求める。
狐面に見えない様に、俺は顔をくしゃくしゃに歪ませた。
ウマ娘と言うゲームは、端的に言ってしまえば殺伐とした廃人共を、このゲームのプレイヤーを浄化するには十分すぎるほどの”癒し”を持っていた。
キャラ一人一人に愛着が湧き、それは次第に救済に変わる。
このクソみたいなVRMMOにのめり込んだ、深淵に心臓を漬け込んだ者ほどその癒しを求めてしまう。
だからこそ、廃人とルーキー達は互いに絶望と希望の言葉を吐いた。
廃人はウマ娘の”癒し”が”救い”に変わってしまう程にこのゲームをやり過ぎていたんだ。
ルーキーは違った。このゲームもウマ娘も、純粋に楽しんでいた。だからこそ奴らも、癒しが度が過ぎた救いに変わっていく廃人共を見るのが心苦しかったのだろう。
癒しは、救いは、行き過ぎれば毒になる。
励ましが一種の脅迫染みてしまうのと同じ原理だ。頑張れという言葉が期待と言う名の重りになるように、癒しもまた時に人を狂わせる要因になる。
そして、今から俺達は行くのは、恐らく”癒し”が”救い”へと変わってしまった奴等の巣窟だ。
廃人になればなるほど、『Soul・Learning・Online』というゲームの深淵に触れる。殺伐とした深淵のそれに触れてしまう。
そこにウマ娘と言う特効薬を突っ込んでみろ。
それは過剰な癒しとなり、救いとなり、そして―――
「スタミナ回復に石割る覚悟で来たんで行ってきます」
「あぁー……ライスライスライスライスライス…炒飯」
「あ、ごみ溜め。元気?俺元気。ところでさリアルで金貸してくれねぇかな。ブルボンが俺を呼んでんだ」
「スタミナ切れたんで戻りやした。誰かダンジョンいかね?」
「うまぴょいうまぴょい!」
「ダブルジェット…」
―――猛毒となって、廃人共を蝕む。
う、うわぁ……。
俺は予想の数倍酷い状況に目を塞ぎたくなる。
ウマ娘は沼コンテンツだ。
やり込めばやり込むほど、推しが増え、推しの事を深く知っていけば行くほどに金はいつの間にか浪費される。
毒は猛毒に、猛毒は劇毒に、劇毒は致死毒へ――。
奴等はもう戻れない。
エビふりゃーの姿が見えない。オンラインになっていない。
つまり、そういう事だ。
しかし、その中で決戦兵器だけが白々しい目で騒ぐ廃人共を見ていた。
俺は狐面に離れない様に言いつけて、奴の傍に歩み寄った。
「よぉ」
俺が声をかけると、決戦兵器はぱっと瞳を輝かせた。
「おお!ルートにきつねさん!」
おいおい、決戦兵器君。
お前はウマ娘ブームには乗っかれなかった派か?見たところお宅のリーダー様も今は大切な愛馬を育成中みたいじゃねぇか。
俺の言葉に決戦兵器は何度も頷く。
「そうなんだよ。別に俺もウマ娘やってねぇとは言わないが、そこまで嵌まってるわけでもない。俺の好きなウマ娘もまだ実装されてないしな」
そうか。
まぁ、そういう場合もあるよな。
俺もその口だ。一応触れてはいるさ。流行に敏感だからな。
俺の言葉に、決戦兵器は再び頷いた。
結局、奴らはすぐにこのゲームに帰ってくる。好きなウマ娘のスタミナ回復時間中に結局ここに戻ってきているのが良い証拠だ。
そりゃVRMMOとアプリケーション。
ジャンルが違うんだから仕方がない。
俺は溜息をついて、狐面に「帰ろう」と優しく言った。
狐面は俺の手を握り、俺もそれを握り返した。二人でダンジョンでも行くか。今ならいつもよりもずっと楽にダンジョンは入れるぜ。
俺の軽口に狐面が頬を赤らめて鈴の音のような心地よい声で笑った。
俺達は、決戦兵器に背を向けて玄関へと向かう。
しかし、俺は歩みを止めて、再び決戦兵器の方に身体を向けて聞くのだった。
「あぁ、そういや決戦兵器。お前の推しは?」
一応聞いといてやろう。
同じ推しウマ娘が実装されていない仲間だ。致死毒を飲み干す廃人共程じゃないが、俺も多少なりにやっている。知っておいてもいいだろう。
俺の持ち前の優しさに、決戦兵器は鼻下を擦りながら言うのだった。
「俺、メイショウドトウっつー……」
あ、同担拒否です。
お前を排除する。この世に身体の欠片、悔いの一つも残せると思うな。
次の瞬間、俺は右腕に握られた狐面と言う名の凶器を決戦兵器に向けて思い切り投げつけた。
バクシンバクシン!
※一番の被害者はきつねさんです。




