記録.81『ムイさんはヤバい』
気が利かない運営共は言う。
―――『イベント開催するよ~』と。
俺達は訝しんだ。
そりゃそうだとも。なにせ、前回のイベントの時は〔魔物からのアイテムドロップ率上昇‼〕と言うイベント名を冠しておきながら、その中身は俺達プレイヤーを平等に踏み均す大厄災、ナビの実装だった。
そりゃ信用もしない。
しかし、奴らは今度こそ信用して欲しいとほざく。
理由を問えば、奴らは素直にそれを俺たちに教えた。なんでも、雑誌にこのゲームが載るらしく、そろそろしっかりしたイベントをしておかなければイメージダウンに繋がるとのたまったのだ。
まぁ、そういう事ならいいか。
俺達は、自分たちが真剣に遊ぶゲームが雑誌に載ると聞き、若干嬉しくなった為ツンデレになった。
奴等はイベントを開催でき、雑誌に自慢できる箇所が増えて嬉しい。
俺らはそのイベントをしゃぶる事が出来て嬉しい。
WIN-WINというやつだ。
俺達プレイヤーはバレない様にワクワクしながらイベント告知を待った。そこから数週間後、遂にイベントの内容がお知らせで飛んできた。
〔イベント告知〕
イベント名〔迷路からの脱出〕
イベント開始時刻丁度に、皆様を一斉転移致します。
転移場所はこちらが用意させて頂いた巨大な迷路となります。二人一組となり、どこよりも早くゴールに辿り着きましょう。
一つの巨大迷路に百名前後のプレイヤーを配置いたします。スタート地点はどの組もバラバラ。
蹴落とし、協力し合い、ゴールを目指しましょう!
実力に合わせ、サーバーを分けさせて頂きます。
「けっ」
俺はそんなお知らせを見て、唾を吐いた。
開始時刻は今から丁度一時間後…、随分と急な話だが運営共は気が利かない。さっさとイベントを終わらせてしまいたいのだろう。
俺はゴールの着順に従って報酬も出ると聞き、戦闘用のアイテムを買い漁る。
俺が無理矢理に値引き交渉をしていると、直ぐ近くからこんな会話が聞こえてきた。
「知ってっか?もうすぐ始まるイベント…転移する時に一番近くにいる奴とペアになるって噂」
「マジ?実力揃えでサーバー立てられるんだろ?んじゃ同じくらいの強さの奴の傍にいたら、ペアそいつと確定ってことじゃん」
「ま、所詮噂だけどな」
……は~ん。
なるほどねぇ…。
俺はフレンドリストの片っ端からメッセージを連打した。
俺は恐らく、廃人サーバーに送り込まれる。理由は既にその経験があるからだ。このゲームが自社ゲームとコラボした時、あの時も俺は廃人サーバーに送り出された。
つまり、今回もそうに決まっている。
ならば、せめて強い奴と組まねば…!欲を言えばエビふりゃー…それが駄目ならば狐面、プロペラ、ララ、それに抹茶付近…!決戦兵器やフローだって良い!
その辺なら誰だっていい…!とにかく他の廃人相手に戦力的有利をとれる相手が必要だ。
俺のメッセージに返答をしてくれた奴は少ない。
く、クソが…!こうなったら【終着駅】のギルドハウスに無理矢理入り込んでやる…!そうだ!そうすりゃ、最悪誰でも良い!あのギルドの廃人共は頭のおかしい奴ばっかだ!いける!
俺は天才的な閃きをし、地面を蹴った。
目指すは【終着駅】のギルドハウス!廃人共の巣窟!
俺は転移門まで走り、【終着駅】のギルドハウスがある〔サイショ〕へと転移しようとした。しかし……
〔イベント開始十分前の為、一時的に転移門を封鎖致します〕
転移門の前にバカデカいウィンドウでそう記載がされていた。
…は?え?ま、マジで…?
お、終わった…。転移門を使わなきゃ、ここから〔サイショ〕の街まで二十分近く掛かる…。今からどんなに急いでも到底間に合わない…!
俺は転移門の前で項垂れた。
そして、しとしとと涙を流す。くそぅ…お、俺はゴミみたいな廃人と組まされるのか…?あんなゴミ共よりは知り合いの奴らの方がよっぽどマシだった…。ぐぅぅ…
俺は街道の真ん中で涙を流す。
それを見たプレイヤー共はまるで変なものを見たかのように俺を嘲笑い、スクリーンショットを連写した。
「ど、どうしたんですか?」
しかし、ただ一人だけは俺の肩を叩き、心配そうに声をかけた。
俺は泣きべそを搔きながら、そいつの方を見る。そいつは如何にもルーキーですと言った様な装備をし、瞳は純粋な輝きを灯していた。
俺はそれを見て、更に悲しくなる。
ほ、本当はな…俺もお前らと同じサーバーだったんだ…。
実力だってスキル云々を抜きにしたら同じだし、精々やっている期間が長いだけ…。なのに…なのに…俺はどうせ廃人サーバーに送られる。
楊枝を持って、機関銃持ちと戦う気分だよ…なぁ、俺はどうすりゃいいんだ。
泣き喚く俺を見て、そのルーキーはよく分からないといった表情を浮かべた。そして、突然亜空間を漁り出し、これでもないこれでもないとドラえもんムーブをかましだす。暫くして、ルーキーは一本のみたらし団子を俺に差し出した。
「こ、これどうぞ!気分が落ち込んでいるときは甘いものですよ!」
ルーキーは笑顔を見せて、俺にみたらし団子を押し付けた。
俺は素直にそれを受け取って、一口食べる。そのみたらし団子は、〔サイショ〕の街でおはぎが営む店が売っているものだった。
そうか…あいつの店、しっかり繁盛してんだなぁ。
俺は悲しい様な嬉しい様な気持ちになる。
そして、涙を拭いて力強く立ち上がり、団子を全て口に放り込む。
おう、ありがとな。ルーキー。お前のお陰で決意が満たされたぜ。
お互い、戦場は違うけどがんばろーぜ。
俺は、ルーキーの胸の前に拳を突き出した。ルーキーはこてんと首を傾げると、ハッと何かに気付いた様に拳を突き出し、俺の拳とぶつけ合う。
――友情、努力、勝利。
俺の心の中は、その三つの言葉がしかと刻み込まれていた。
そして、視界が白く染まっていき―――、
〔イベントを開始します〕
システムコールが聞こえた瞬間、真っ白だった視界が開けていく。
世界を色を取り戻し、その先で俺の前に立っていたのは―――、
「…あ゛」
目の前のプレイヤーが俺を見て、露骨に嫌な声を上げる。しかし、それは俺もだった。
桃色の長髪に、赤と白の巫女さん衣装……!
こ、こいつは…!この女は…!
「女神、ムイぃぃぃぃ……」
「嫌そうな声を上げないで下さい…」
満たされた決意が萎んでいくのを俺は確かに感じ取っていた。
β組の良心と、β組の塵が重なり合う―――!
◇■◇
「多分こっちじゃね?」
「いや…この地形さっきも見ましたよ…」
俺の言葉をムイが即座に否定した。
待て待て、多分合ってるって。俺を信じろ。確かに俺は多少の方向音痴を含んではいるがな、こと記憶に関しては忘れねぇんだ。
俺は自分の胸をドンと叩いて、自慢する様に言った。
しかし、そんな俺をムイは訝しげな眼で見る事をやめない。
「それ、さっきも言ってましたよ」
し、心外だなぁ。
信用してくれや。お前は数多のβ連中の問題を解決してきた女神様だろ?俺のことも信じてくれよ~、な?
俺が笑顔を張り付けてそう言うと、ムイは怪しむような視線を向けながらも諦めた様に俺についてきた。
そういや、ドラ子は元気か?最近会えてねぇが…。
俺は他愛ない話題としてそう聞いた。
「……元気ですよ」
ムイは答えたく無さそうに言葉を吐く。
はぁ……ムイさんよぉ。
お前はどうしてそんなにも俺を嫌う?β時代じゃ他の連中と俺の扱いはほぼ変わらなかったじゃねぇか。
俺はお前が百合思想を持っているのを知っているし、別にそれをとやかく言う事もしねぇ。だってのに、俺を敵視する理由は何だ?
俺は迷路の中で立ち止まり、後ろをついてくるムイにそう言った。
「別に…嫌ってないです」
……へぇ、そうか。
俺はずいっと俯く奴の顔を覗き込む。
ムイは、俺のそんな行動に驚いたのかビクッと体を硬直させて、口を噤んだ。怪しむ俺の顔と、顔を真っ赤にして硬直するムイの顔が数秒の間、そのまま静止する。
……嫌ってねぇんなら、まぁ良いか。
俺は折った腰を元に戻し、再び歩き始めた。にしても、この迷路はどんだけ広いんかねぇ…。ちっともゴールが見えやしねぇ。天井も高いから不正も出来ねぇしよぉ。
俺は壁を触りながら、天井を見た。その瞬間、
「――そういうところですよッ!!」
…っうぇ?
突然背後から甲高い声が上がる。
俺が驚いて振り返ると、そこには顔を真っ赤にしたムイの姿があった。お、おいおい…あんまデカい声出すなって…。他の連中がこの辺居るかもしれねぇだろーが。バレたらやべぇんだよ…!
俺は口元で人差し指を立てて、「しーっ」とやった。
しかし、そんな俺の言葉など届いていないのか。
ムイはズンズンと俺に近づいて来て、俺の直ぐ傍まで来ると見上げる様にして言葉を並べ始める。
「そうやって感情の色すら変えずにそういうことする!!だから貴方はそうなんです!分かっていますか!?ねぇ!分かってます!!?」
え、えぇ…えぇぇ……。
な、何の話ぃ…?
俺は近付いてきたムイを見下ろす。暴れまわる嵐のように言葉を並べる小さな桃色の少女を見て、俺は困惑しかできなかった。こ、これがムイ…?β時代、女神と崇拝された女…?
こ、ここまでヤバい奴だったか?いや、流石にここまでじゃなかった。ヤバい一面もあったが、ほとんどは優しさで溢れていた筈だ。
しかし、眼下にいるこの子を見ると、β時代とは似ても似つかない。
く、くそぅ…β組の良心共はマシな連中が多いと思ったら、とんだ爆弾が居やがった…!
俺はペアにムイが選ばれてしまった事を後悔する。しかし、もう遅いのだ。眼下で舌を回す少女の顔は赤く、両手は空気を切るように振られている。これじゃ駄々っ子だ。
俺はどうにか、奴を落ち着かせようとした。しかし、
「ルートはいつもいつもそうです!!!βテストの時の海辺の「ちょっと我慢しろ」―――むぐぅっ!?」
俺はムイの口に指を突っ込み、舌を噛まない様にすると強く抱き抱える。そして、足元に巨大なバネ構造の凝固血液を出現させて、その場から一瞬にして離れた。
――次の瞬間、巨大な石板が二つ出現し、俺とムイが先程までいた場所をバタンと押し潰した。
俺とムイは地面に転がる。
ムイの口から指を抜き、奴の服で唾液を拭いた。
「そ、そういう……とこ、ろ…」
ムイは赤い顔で地面に転がったまま、呟いた。
おい!てめぇ、何時までも転がってんじゃねぇぞ!攻撃が来たってことは敵が――、
「珍しいコンビだな」
曲がり角から人影が出てくる。
その人影は、強者のオーラを纏い、剣の鞘からは蒸気を噴出していた……。お、お前は……!
「――え、エビふりゃー…!」
蒸気を噴出させ、剣を抜くその男は、ギラついた瞳を俺達に向けていた。
何の用だよ、エビふりゃー君よぉ。
お前、ここで足を止めていいのか?お前の目的はゴール報酬だろ?俺たちの事なんて気にしてないで、先進んだ方が吉だろーが。あ?
獲物を抜くエビふりゃーを見ながら、俺は未だに地面に転がったまんまのムイを無理矢理に立たせる。おら、お前いつまで寝てやがる。さっさと立ちやがれ。β組の良心の悩みの種でもあるエビふりゃーがおいでなすったぞ。
俺は、ムイの頭をぺしぺしと叩いた。すると、ハッと表情を一変させてムイは立ち上がった。
よーし、良く起きた。飴ちゃんをやろう。
俺はポケットから飴を取り出して、ムイに渡そうとした。しかし、奴はそれを断る。
「い、いりません!」
あぁ?お前遠慮すんなや。
ポケットに入ってたラスト一個の飴―――、
「あ!師匠!こんにちわっす!」
俺は鈴の音の様な可愛らしい声を耳に捉え、即座にそちらを振り返った。
そこには、やはりと言うべきか可愛い可愛い猫埜が立っていた。猫埜は、丁寧に俺に敬礼をし、にっこりと溌溂とした笑顔を向けた。
しかし、俺はその瞬間一瞬考える。
猫埜は廃人サーバー…?レア職業だからか…、となると俺がこのサーバーに選ばれる理由もレア職業だからってことか…いや、まぁ良い。
俺は猫埜にポケットの中にあったラスト一個の飴玉を投げ渡す。
戦闘中は舐めないようにな。ワンチャン窒息死しちゃうからね。
「ありがとうございますっす!ししょー!」
うんうん、と俺が頷いているとぷるぷると震えるムイがこちらを睨みつけていた。
な、なに…なんだよ…なんでそんなに俺睨んでんの。敵はあっち、エビふりゃーだよ。どうやらあいつ猫埜とペアらしいけど、敵はエビふりゃーだけだからね。
「わ、私に飴くれるんじゃなかったんですか」
ムイが俯いて俺にそう言った。
しかし、俺には訳が分からなかった。
はぁ?お前何言ってんの?
あ、エビふりゃー君、猫埜、ちょっと待っててね。
「しょうがない奴だ」
「あいっす!」
俺は二人にそう断ると、ムイの方に向き直る。
いや、お前本当に何言ってんの?だってお前飴いらないって言ったじゃん。あれラストの飴だったんだよ?俺がそれを優しさから差し出したら、お前堂々と胸張って「いらないですぅ~」って言ったろーが。
だから、俺は猫埜にあげたんだよ。分かるか?
「海老さん、師匠とあの人は仲が良いんすか?」
「β時代はよく一緒にいたぞ。と言ってもルートが事件の渦中にいる事が多かったからだがな」
お前がいらないって言ったから、仕方なく俺は猫埜にあげたの。
お前はいらないって言った?おーけー?あーゆーおーけー?
俺の言葉に、ムイは頬を膨らませるばかり……。
はぁ、分かった。分かったよ。このイベント終わったら俺のところに来なさい。飴ちゃんあげるから。ドラ子も連れて来て良い。多めに準備しとこうじゃねぇか。これでいいか?な?
「うぐ、ぐぐぐ……」
俺の諭すような口ぶりに、ムイは更に頬を膨らませ、体を震わした。
桃色の髪がさらさらと揺蕩い、次第にムイの体躯の周囲に黒い瘴気が漂い出した…。
こ、これは…ッ!!
俺は、既視感のある闇のオーラに絶句する。
「猫埜ちゃんはルートと仲良いのか?」
「前はラーメン頼んであげたら『勝手に頼むな』って怒られたっす…でも師匠は良い師匠っすよ!」
「馬鹿るーと!!!」
黒い瘴気を携えて、ムイは俺に抱き着いてきた。
奴の低身長ながら、とんでもない怪力で俺の身体を折ろうとしてくる
ぐ、うごごごごごご!!!
や、やばい…!こ、この女…、ガチで俺を殺りにきてる!ムイの瞳には狂気の光が灯っており、俺の身体を折ろうと抱き着くその身体からは、更に黒い瘴気が溢れ出す。
「海老さんのその蒸気の剣、強いんすか?」
「これか?短期決戦には強いが、長期戦だとそこまでだな」
「貴方が、貴方が貴方が貴方が貴方が……、貴方が全部悪い…!」
ちょ、ムイさん!本当に笑えない、死んじゃう!
俺がそう言おうと口を開く。しかし、
「―ぃ――――ぅ!」
……こ、声が…!声が掠れて出ないぃぃぃ!!!!
ムイの抱き着く力が更に強まっていく。俺はどうにか動く手で奴の頭をポンポンと叩く。ぎ、ギブ…り、リタイアさせて…。
しかし、奴はその程度では止まらない。
頬を耳を真っ赤にし、瞳に更なる狂気を宿し、ムイは黒いオーラを身体全てから醸し出して、遂に俺を真っ二つに折りやがった。
俺の魂が光に導かれて、天に昇っていく。
その直ぐ後、正気に戻ったムイが自分のたわわな胸元で死に絶えた俺を見て、直ぐに自害した。
冷たい目線を送る俺の霊体の傍に、霊体となったムイが現れる。
俺は酷く冷たい視線を奴に向け続けた。
ムイは桃色の長髪を耳に掛ける仕草を何回も行い、俺の方を見ようとしなかった。
俺はそんなムイの顔が見える場所に移動し、口パクで言うのだった。
――く、そ、お、ん、な。
俺達が死んだ場所で、猫埜が上を見上げて手を振っている。
猫埜はきっと見えていないだろうが、俺もそんな猫埜に手を振り返した。可愛い。
手を振る俺の横でムイが顔を真っ赤にして、何かを言っている。
しかし、俺はそれを無視してさっさとイベント出口へと向かうのだった。
……俺は今回のイベントで一つの教訓を得た。
―――ムイさんはヤバい。




