記録.80『流れる涙は誰が為に』
言いたくはないが、廃人共はまぁ強い。
俺が死に戻り、再び帰っていた頃にはほとんどの怪物はいなくなっていた。
召喚された怪物達は迅速に処理され、遂に全てが処理されたと思ったら、廃人共は俺達に詰め寄り、今の怪物達は何だったのかと問い詰めてくる。
やはり奴等のところにまで、狐面がレア職業に就いたシステムコールは届いていなかったらしい。半信半疑で「レア職か!?」と聞いてくるくらいだ。
まぁ、答えてやる理由も義理もない。
しかし、俺は廃人だらけのこの中で唯一奴が職業強制進化を果たしたと知っている。その為、俺は奴を脅し、言わない代わりに全てのフレーバーテキストを見せろと囁いた。
「ぐ、ぐぅ……」
狐面はぐぅの音を出しながら、メッセージでコピペしたフレーバーテキストを送ってきた。
そして、俺は廃人共を前に舌を出し、黒目を外側に向けて煽り散らかした。ばーか、知る訳ないだろーが!レアモンスターだったんじゃないですかぁー???
俺は廃人共に嬲り殺しにされて、霊体となった。
そして、狐面が送ってきたフレーバーテキストが記載されたメッセージを見る。
―――――――
〈亡者の陽炎〉
亡者の力を借り入れ、全ての能力に+補正。
フレンドのプレイヤーの霊体が見えるようになる。
傍に亡霊がいればいるほど、スキルの扱いが精密になる。
亡者の悔恨に蝕まれてしまえば良い。
《泣き喚く行進》
それは、貴方が夢見た亡霊の力の欠片。
弱者は縋りつき、いつの日か朽ちて哭くだろう。
その日まで、貴方は何もせずに安寧を享受するのか?
自分が殺したプレイヤーの数分、亡者達は永久から這い出でる。
―――――――
俺は狐面がいる方を向く。
そこには、霊体であるはずの俺に向けて手を振る狐面の姿があった…。
亡者の王…爆誕……!!
◇■◇
狐面が廃人共に問い詰められている光景を俺は放置して、リスポーンした。
そして、〔コウザン〕付近で適当にルーキー狩りでもしようかと思った矢先、視界にある人物が入り込む。
「……あ、あいつ…生きてやがったのか…!」
もう存在意義が無くなり、とっくのとうに消失したと思っていた偽ルートがそこにはいた。
奴は平然と山岳地帯を俺の姿を借りて、歩き回っている。
ゆ、許せねぇ……っ!
あの野郎…まだ姿を偽っていやがるのか!もうとっくにアイツの有効期限は切れてんだ!何を今の今まで俺の姿使ってやがる。
俺は怒鳴り散らかしながら、偽ルートの後を追った。
待てやおい!お前のその図太い精神引っこ抜いて俺と交換しろや!おい!
「……!」
俺の叫びを聞いた偽ルートが、俺に気付く。
そして、驚いたような表情を見せ、何故か俺の方に手招きをした。
な、なんだ…?
あいつ、何を考えていやがる?手招き?こっちに来いってか?
……怪しい。如何にも怪しい匂いがプンプンする。しかし、この世にルート君は一人でいい。乗ってやるよ、お前のその誘導に。
俺は訝しみながらも、奴の後を追った。しかし……
「ぜっ……はぁ…ッ…はぁ……おぅ…ぇえ……」
俺は地面にすっ転がり、吐瀉物を撒き散らす。
ちょ、に、にせルートくん…ま、待って……。お、おねがぁい…。
俺は先導する偽ルートに手を伸ばす。
偽ルートはその声を聴き、振り返る。そして、四つん這いで嘔吐する俺を見て、流石に気の毒に思ったのか、テクテクとこちらに戻ってきてくれる。
あ、ありがとねぇ…。
お、お前何Lvだ?なんか…身体能力差激しくない…?
俺がそう聞くと、偽ルートは体の前で九本の指を立てた。
れ、Lv.9…?
ま、マジで…?お前らのとこの精鋭ルーキー部隊もそんくらいなのか?
俺がそう聞くと、偽ルートは体の前で再び指を作る。
偽ルートの指は十を超えると、再びグーを作ると、次に片手で五を作った。
え、えぇ…。
れ、Lv.15ってこと…?じょ、冗談でしょ…。俺なんで未だにLv.5なの?不平等じゃん。
お前ら俺よりも遅くに始めたよね?なんで俺のレベル抜いてんの?酷くない?差別過ぎるって。なぁ…。
俺は半笑いを浮かべながら、偽ルートに纏わりつく。
そして、そのまま奴の背中に回り、動かなくなった。
あ、じゃああとよろしく。偽ルートタクシー。
俺は涼しい顔でそう言った。
現代の子泣きじじい……。
◇■◇
偽ルートは山岳地帯付近の洞窟の中へと入っていった。
俺が「暗闇怖い」と言うと、奴は丁寧に亜空間からランタンを取り出し、そこに火を灯した。橙色の優しい光が俺と偽ルートを照らす。
ねぇ、どこまでいくの?
俺は、背中におぶられたまんま偽ルートにそう聞いた。
しかし、奴は喋らない。特に何も言うことなく、洞窟の奥へ奥へと歩みを進めていった。
何度か、偽ルートは座って休憩をする。
その度に奴は座布団をひき、俺を優しくその上に座らせた。そして、俺の前に暖かな緑茶と茶請けを出し、にこりと笑うのだった。
あ、なんか色々すいません…。
俺は俺を述べながら、出された茶請けを口にした。
一回目の休憩ではどら焼き、二回目の休憩では鶯餡のどら焼き、三回目の休憩ではコンビニに売っているプリンが入ったどら焼きを出された。
こ、こいつ…ドラえもんの亜種か何かか…?
俺はプリン入りのどら焼きを口に入れながら、偽ルートを見た。しかし、奴は俺が見ているのに気付くと、にこっと笑うだけだった…。
再び暫く背中で揺られる時間が過ぎていく。
どうやらこの洞窟は随分と深いようだ。ここまで深いと最早帰りたくなってくる。一体全体ここに何の用があるっていうんだ。
俺も簡単に付いて来ちまったが、本当に付いて来て良かったのか…?
心地良い揺れが色々な考えを呼び起こす。
しかし、少しずつ意識は微睡み始め、俺の瞼はゆっくりと視界を切る様に―――。
◇■◇
身体が揺すられて、俺の意識が覚醒を果たす。
あ、あぁ……?
なんだ…?目的地に着いたか?
目を擦り、目の前でしゃがみ込む偽ルートを見る。俺の言葉に、偽ルートは頷き、ランタンを持って立ち上がった。
そして、寝そべった俺に手を差し伸べる。
おお。
俺は素直にその手を取り、立ち上がる。
周囲は相も変わらず岩壁に囲まれた洞窟だ。
おい、一体ここに何の用があるっていうんだ?
俺を連れてきたからにはそれ相応の何かがあるんだろうな。
俺がそう言うと、偽ルートは嬉しそうに口角を上げた。な、なんだ…此奴のこのニヤケ面は…。お、俺の笑顔ってのはこんなにも醜いものなのか…?い、いやそんな訳がない。
これはあれだ。
魂がちがうからだ。ガワは同じでも、魂が違えば印象は大きく変わる。俺はそれをVtuberで学んでいる。だ、大丈夫だよね…?
俺は自分の唇をむにむにと動かしながら、前へと進んでいく偽ルートの後を追った。
少しすると、洞窟の最奥に到達する。
最奥地は天井に穴でも開いているのか、薄らと光が差し込んでいた。そして、その光が差し込むそこにそれはあった。
お、おい…お前、これって……。
俺が指を差し、震える唇でそう言った。
偽ルートはそれを自慢する様に胸を張った。
光が差し込むその場所にあったのは、紛れもなく遺失の欠片だった……。
お、おーぱーつ……。
か、確率が狂ってやがる。
β時代は一つも見つける事が叶わなかった古代の文明遺産だぞ!?
なんだって製品版はこうも簡単に見つかりやがる!?文明遺跡だってそうだ!確率が偏っている!クソ運営が!それほどまでにこのゲームを加速させてーか!?それほどまでに俺達に加速因子の役目を果たせとほざくか!?
心の中で俺は荒ぶる。
しかし、まぁいいさ。目の前にあるのは確かに遺失の欠片だ。
偽ルートの鼻が高くなる理由も納得できる。こいつは、これを俺に自慢したいが為にここまで連れてきたのだろう。
「触っていいか?」
俺がそう聞くと、偽ルートは頷いた。
んじゃ、僭越ながら…。
俺は光に照らされるそれのフレーバーテキストを確認しながら、近づいた。
―――――――
〔悪夢の顕現〕
蹲る人の形をした石膏。
一部を削れば、その削った量に伴い、周囲にそれぞれにトラウマを出現させる。
削った量に比例する様に、範囲と効果は跳ね上がる。
半分以上削れてしまうと、効果は現れなくなる。
遺失の欠片の一つ。
―――――――
人型の石膏だ。
丁度、俺と同じくらいの背丈の男が丸まっている。フレーバーテキストも意味はよく分からない。しかし、これまでの経験則で、フレーバーテキストが意味不明であれば意味不明である程に、その効果は強力であることが多い。
つまり、恐らくこれも強力な類のものだ。
すげぇな。
偽ルート、ぺろりんには伝えてあんのか?流石にこれほどのものを伝えていないって事は無いだろ?
俺が聞くと、偽ルートは頷いた。
まぁ、だよな。そりゃ伝えている。じゃなきゃ、俺がここで実力行使に出て、盗む可能性だってあるからな。
俺はぺたぺたとその石膏を触る。それにしても、随分とデカい遺失の欠片だ。ここまでデカいのは決戦兵器の装備以来じゃないか?
削ると効果が発動してしまうようなので、削らないように気を付ける。
コンコンと俺は手の甲でその石膏を叩いた。すると次の瞬間―――!
―――バキッ……。
「え」
「…?」
嫌な音が、洞窟内に響き渡る。
偽ルートが石膏を見る。俺も同じくして石膏を見る。
奇しくも、俺と偽ルートは全く同じ場所に視線を向けていた。
俺たちの視線の先には、見事に真っ二つに割れた遺失の欠片、〔悪夢の顕現〕があった……。
ぶわり、と嫌な汗が噴き出る感覚がある。
俺はそっと膝をつき、真っ二つに割れたその石膏のフレーバーテキストを開こうとした。しかし、そこにはもう一つの文字もなく…。つまり、この遺失の欠片は、効力を無くしたと言う訳でして……。
「……て、てへぺろ」
俺はどうにか舌を出して、必死に自分を飾った。
しかし、次の瞬間、俺の肩をもの凄い力で掴み掛り、ぶんぶんと俺の頭を揺らす偽ルートの姿があった。
偽ルートの表情は鬼気迫るものがあり、二つに割れた石膏を見ては、俺を顔を見ると再び石膏を見るを繰り返している。
い、いや…俺だってさ…?
わざとやった訳じゃないよ。ほんとだよ?で、でもさ…まさかコンコンってドア叩くくらいの威力で真っ二つに割れるとは思わなくない?明らかに耐久面の問題があるでしょ。
それにさぁ、こんなに脆いんだったら言って貰わなきゃ…。
これ俺悪くないよね?悪いのお前じゃね?なぁ、そう思うよな?なぁ。
俺は薄ら笑いを浮かべながら、掴み掛っている偽ルートにそう言った。
しかし、偽ルートも俺の額に人差し指をぐりぐりと押し当て、悪いのはお前だと主張をする。
うるせー!悪いのはてめーだ!
偽物なら偽物なりにオリジナルの尻拭いしろや!ありがたいと思え!オリジナル様が直々に使ってやるんだ!オリジナルの生きる礎になりゃ本望だろーが!!
俺と偽ルートは取っ組み合い、責任を押し付け合う。
しかし、その取っ組み合いの最中、突然偽ルートの挙動が停止し、だらだらととんでもない量の汗をかき始める。
ど、どど、どうした……?
突然の発汗に俺は恐怖を覚え、俺の上に馬乗りになる偽ルートに問いかける。
すると奴は焦った様にその辺に転がった石片で、地面に文字を書き始めた。そ、その石片…、遺失の欠片の一部……。
『ぺろりんがそのおーぱーつをかいしゅうしにくる』
―――偽ルートが地面に書いたその文字は、俺たちの死刑宣告を意味した。
ど、どどどど、どうすんだ!!
この石膏を見られてみろ!俺達は一巻の終わりだぞ!俺が壊したお前が壊したじゃない!絶対に喧嘩両成敗の法則に則って、俺達二人とも罰せられる!
に、逃げるぞ……!
とにかく遠くへ!この割れた石膏も回収してどっかに隠す!偽ルート、てめぇも死にたくねぇなら手伝え!!片方持て!おら!
俺は焦りながら、二つに割れた石膏の片方を偽ルートに投げつけ、その場から走り去る。
偽ルートも、よろめきながら石膏を腹で受け取ると、俺を追う様に走り出した。
「隠すなら……〔シンリン〕付近の森しかねぇ…!」
俺と偽ルートは走る。
重い重い石膏を持って―――、証拠隠滅を図る為に……!
◇■◇
大樹の洞の中に、割れた石膏を隠す。
肩で息をする俺と偽ルートの音を搔き消すかのようにしとしとと雨が降っていた。木々の葉に、雨雫が当たり、ざーっという音が辺り一帯を支配する。
「こ、ここからどうする……」
俺達はしゃがみ込んで、作戦会議をする。
あまりにも状況が悪い。
偽ルートの情報では、ぺろりんは俺達がいた洞窟に向かっているそうだ。つまり、時間が許す限りはここから更に証拠隠滅を図る事が出来る。
一応は隠したものの、出来る事ならこの世から消し去りたい。
何か案はないのか、偽ルート。
俺の問いに、偽ルートはぶんぶんと首を横に振り、困ったような表情を浮かべる。
しかしだな……お前はそれでもルート君のコピーなんだぞ。
ルート君のコピーが嘘をつくってのは、本物と最も離れた行為だ。それは、オリジナルを冒涜するのと同義だぞ。つまり、上辺だけでもいいから遺失の欠片はあったってことにしなきゃだ。それか、遺失の欠片だと思ったけど勘違いでした~、とかな。
俺がそう提案すると、偽ルートは何を思いついたのか自分の亜空間を漁り始める。そして、一つのアイテムを取り出して、それを天に掲げる様にして俺に見せつけた。
俺は、雨に打たれながらそのアイテムを凝視する。
「……ペン、キ…?」
それは石膏と似た色をしたペンキだった。
そ、そうか!それをそこら辺のそれっぽいのに被せれば、なんとなくそれっぽく見えるかもしれねぇ!よし、早速―――、
「おーい、ここにいるのかーい?」
俺と偽ルートが光の速さで振り返る。
た、確かに…確かに今、ぺろりんの声がした…。し、したよな…?
俺の囁きに偽ルートが頷いた。
な、何でいやがる…!?
あいつは洞窟の方にいっている筈じゃ…!
しかし、俺はすぐに考えを改めた。奴は良い奴と同時に、心と行動が常に一致しない男だ。そして、奴は精鋭ルーキーの頭を務めている…。
あ、あの野郎…!《捜索知覚》で偽ルートの場所を特定してきやがった…!よほど仲間を信じていないと見える…。
しかし、最早そんな事を言っている場合じゃなくなった。
事態は急を要する。時間は無い。
《捜索知覚》を使われている以上、偽ルート…お前はぺろりんの前に出て、それとなく遺失の欠片が間違いだったことを伝えろ。いいな?
俺の言葉に偽ルートは何度も頷く。
よし、そんじゃもうその辺にある手頃な奴でいい。
そのペンキをそれに掛けろ。そしたら、ぺろりんと合流するんだ。俺は遠くから見守ってやる。
俺はそう言うと同時にその場から離れようとした。
堪ったもんじゃない。すぐさまここから離れさせてもらうぜ…!ぺろりんの顔なんて少しも見えない遥か彼方に、な!!
スタートダッシュを切るべく、俺はクラウチングスタートの形をとり、雨で濡れた地面を思い切り蹴ろうとした次の瞬間―――!
―――ばしゃぁ!!!
「……は?」
俺の視界が白の様な、灰色のような何かに染まる。
俺が自分の身体を見ると、俺の全身には先程偽ルートが持っていた筈のペンキの中身がべっとりと付着していた。
俺はぷるぷると震えながら、目をかっぴらいて偽ルートを見る。奴はどこか悲しげな表情を浮かべながらも、笑顔を見せてサムズアップして見せた。
…う、あ、ぁ、ぁあ、うがぁぁぁああぁぁあああ!!!!
俺は声にならない声を心の中で上げた。こ、こ、この野郎…!確かに俺は「手頃な奴でいい」とは言った…!
だが、俺!まさかの俺!!!
こ、こいつの脳みそスポンジなんじゃねぇのか!?
偽ルートはこちらを向きながらサムズアップをし、ぺろりんの声がする方へと走っていく。
「あ!見つけた!もう、なんでここにいるの?…え?この先に遺失の欠片あるの?ほんと?」
茂みの向こうで、ぺろりんの嬉しそうな声が聞こえてくる。
俺はその場に立ち尽くして、それを聞いていた。そして、己が為すべきことを悟ると、静かに膝を折るのだった。
がさがさ、と草を踏み、茂みを掻き分けて進む音が聞こえる。
雨音が嫌に五月蠅く耳朶に響いた。しかし、俺にはもうそんな事すらどうでもよかった。
「人の形をした石膏って聞いてるよ。いやー、たの…しみ…だ…、…な……」
ぺろりんの声が少しずつ掠れる様に無くなっていく。
地面を見れば、灰色のペンキが流れる様に垂れていた。雫が体躯を打ち、体の芯から冷えていく。
偽ルートが後退る音が聞こえた。
しかし、それでも俺は為すべきことを為そうとした。
「―――ボク、オーパーツダヨ!」
中途半端にペンキが塗りたくられた姿のルートが、裏声で軽快にそう言った。
雨音が煩い。
誰かの泣く声が聞こえる。
視界が、白と灰色のマーブルに染まっていく。
―――いや、俺遺失の欠片っすけど。なんか文句あります???
引くに引けなくなった男は、あまりにも醜い。




