記録.75『猫埜ちゃんは見た!』
新世界に新たな街が解放された。
しかし、解放されたからと言って誰かが行けると言う訳ではない。
転移門も、協会も一度その街を訪れないと機能しない。しかし、その街に辿り着くこと自体が困難であり、現状はフロー一人の独占状態となった。
はぁ、面白くねぇ。
あまりにも面白くねぇ着地をしやがったぜ。全く。
愚痴愚痴と文句を垂れながら、メモを見て必要なものを探す。
「師匠!あったっす!」
お、マジ?
俺は猫埜に呼ばれ、闇市を突っ走った。
猫埜が手に持つそれはナマコの外見をしており、うにょうにょと未だに動き続けている。俺はそれを見て、目を輝かせる。
それ、それ!
お前よく見つけたな!闇市でも中々出回らないレア物なんだ!どこにあった?幾らだった?まだあるんなら買い占めてーんだけど…。
「あっちっす!」
猫埜が闇市の中の更に細い裏路地を指差して、進んでいく。俺は浮き立つ心を抑え込んで、猫埜の背中を追った―――。
待って待って~、きゃははは!
◇■◇
何故俺達が買い出しをしているのか。
それは、三十分程前に遡る――。
「なぁ、ララ…ナイフ新しいの造ってくんね?」
ひとしきりララに殺された俺は、服を着ながらそう言った。
ララは火照った顔をパタパタと手で扇ぎながら、こちらを見た。ガラス玉の様な瞳に俺の顔が映る。すると、次第にガラス玉の様だった瞳に光が戻り、正常な輝きを取り戻した。
「いいよー」
はにかみながらそう言うララを見て、俺はほっと安堵の溜息をついた。
助かったぜ、正直お前以外の鍛冶師は信用ならねぇからな。粗悪品の金属混ぜやがったり、耐久ラインを低くしたり、それこそやりたい放題だ。
ああいうの取り締まんないの?
俺は、常日頃から思っていた。
腕のある鍛冶師ほど真摯に鍛冶に取り組み、下に行けば行くほど金稼ぎに走る鍛冶師は多い。だからこそ、ルーキーはなかなか成長しないし、差は生まれる一方だ。悪循環じゃねぇか。
「しょうがないんだよね」
しかし、ララは俺の考えを否定した。
「かじは儲からないから……」
始めたての鍛冶師は儲からない。
素材費、技術費、設備費、そして時間…全て相まってもルーキーの装備程度じゃ割に合わないのだ。逆に上の奴ら、廃人共はほんの少しの能力差が勝負を分ける世界にいる。その為、大金を払って鍛冶師を雇うのだ。
ララが必要な材料のメモを俺に渡す。
そこには、ありとあらゆるレア素材に入手が難しい高難易度アイテムの名がずらりと列挙されていた。
あ、あの…ララさん…?
こ、これはあまりにも…、無茶がありませんかね…?
「がんばってね、るーと」
ララの零す笑みは、幼女とは思えない程に妖艶なものだった…。
◇■◇
そして、メモのアイテムを集めようとした所で丁度良く猫埜が遊びに来た為、協力してもらっているという事だ。いやー、やっぱ持つべきものは立派な弟子ですね。
そう思うよな。猫埜。
「――?そうっすね?」
何も分かってないけど、とりあえず返事を返す所嫌いじゃねぇぜ。
闇市は大方回ったし、商店街の方行くぞ。
俺の言葉に猫埜は首をこてんと傾げる。
「商店街…っすか?闇市の方が品揃えも良いっすし、行く必要ないんじゃないっすか?」
猫埜の疑問を聞いて、俺は「そうだな」と適当に返す。
確かに、理論で言えばそうだ。闇市はグレーゾーンの入手法だったり、盗品などが出回る分レアアイテムが発掘しやすい。何より闇市は、頭のララという存在があるせいで、ぼったくりが起きにくい。
「それなら…」
余計に行く必要がない…てか?
言葉を先取りした俺に、猫埜はこくりと頷いた。
……お前は賢いなぁ、猫埜。飴ちゃんをやろう、ほれ。
俺は猫埜の手の平に飴を二つ落としながら、話を再開した。
闇市は、ララのワンマンチームだ。
あの子がいなくなったら、治安は悪くなるし、ぼったくりは多発する。恐怖の存在ってのは恐ろしいもんだ。
だけどな、商店街の方だって別に闇が無いっていえば嘘になるんだぜ?それこそ、上の重鎮共は闇市よりもよっぽどタチの悪い連中の集合体だ。
重鎮共は廃人だからな、入ってくるレアアイテムは余裕で横流しもするし、自分達でそれを手元に留め、流通数を制限することだって平気でする。
つまりな、重鎮共を揺らせばお宝が大量に落ちるわけ……!
あいつらこそ、このゲームにおいてのレアモンスター…!地獄に垂らされた蜘蛛の糸ってことだよ…!!!ひひひ…!
行こうぜ、猫埜…、重鎮共のたらふく詰まった宝石袋に穴を開けてやるんだ…!
「飴くださいっす!」
あぁ、もう食べ終わったんだねぇ…。
猫埜は食いしん坊だねぇ…、直ぐに儂の背も抜いてしまいそうだねぇ…。
◇■◇
「レアアイテムください」
「くださいっす」
商店街の重鎮共を前に、俺と猫埜は乞食した。
乞食をする奴は決まってゴミだ。しかし、俺と猫埜の瞳は、乞食をしておきながらもその輝きを失っておらず、キラキラと美しく輝きながら乞食行為に走っている。
純真無垢なプレイヤーだよぅ。
乞食することだって、一つの手段だよなぁ?だからさ、くれよ。蜂蜜とか秘薬じゃないからさ、いいだろ?頼むよ。
手の平を上に向けて差し出す。
それを見た重鎮共は、嫌なものを見る目でこちらを見て、俺の手の平に雑草を乗せた。
「まず、その子は誰だ?ごみ溜め」
重鎮の一人がキラキラお目目の猫埜を指刺す。
指を差された張本人は、そんな事いざ知らず飴を頬張りながら瞳の輝きを更に増させている。
あぁ?
この子は猫埜だ。
ルーキーの中じゃ期待出来る子だよ。猫埜、挨拶できるか?飴ちゃん食べながらでいいからね。
俺の言葉に猫埜は頷き、右手で敬礼をして自己紹介をする。
「不肖、猫埜っす!ごみ溜め師匠の弟子っす!皆さん、よろしくお願いしますっす!」
猫埜は完璧に自己紹介をした。
おー、よしよし、良く出来たねぇ…、飴ちゃんあげようねぇ。
俺はポケットから飴を取り出し、猫埜の手の平に落とした。
……よぉし。自己紹介もこれでいいだろ?
猫埜は信用できる。保障しようじゃねぇか。レアアイテムください。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待てごみ溜め」
何かを気にする様に、重鎮が俺の言葉を止めた。
なんだ?まだ何かあるのか?もういいだろ?レアアイテムくださいよ。良いでしょ、別に。減るもんじゃねーしよ。
「あげたら減るが…、ね、猫埜ちゃん…?き、君……ごみ溜めに師事しているのか…?」
「そうっす!師匠は凄いっす!」
重鎮の恐る恐るといった問いに、猫埜は溌溂と答えた。
その瞬間、重鎮共は一斉に俺の傍から離れると、猫埜を守るような形で陣形を築いた。……お前ら、何してんの?気でも狂った?
猫埜を中心に半円を作る重鎮共は、まるで俺の事を親の仇でも見るような目付きで睨み付けた。
「ご、ごみ溜め…!お前、クズだゴミだとは思っていたが年端もいかない少女に弟子になるのを強制させるとは……流石に引いたぞ…」
「俺もこれはないと思う」
「ゴミ野郎、私も付き合うから自首しに行こう。今ならまだ永久幽閉くらいで許される」
重鎮共は、俺に向けて刺々しい言葉を次々に吐く。
あ~?
てめぇら随分と酷い言葉を吐くじゃねぇか~。俺は悲しい気持ちで一杯だぜ。
猫埜、俺は一度でもお前に弟子を強要した事があったか?
手伝ってくれとお願いをしたことはあるが、何かを無理矢理に強制させることはしたか?
「してないっす!師匠はとっても良い師匠っすよ?」
――猫埜の明るくて純粋な言葉に、重鎮共が溶けていく。
呻き声をあげ、天に手を伸ばし、ゆっくりと少しずつ救いようがなく炎を纏って溶けていく。俺はそれを見て、酷く悲しい気持ちになる。
誰しもが、最初は猫埜みたいに優しい心を持っていた筈なんだ…。
しゃがみ込んで、溶け始めた重鎮共の手を握る。
でも、流されて、削られて、いつしか本当の形を失ってしまうんだ。
俺も、お前らも、誰しも悲しい現実の連続で、こうなっちまったんだろうな。俺の手の平の上で、重鎮の手が溶け切って、炎を上げながら砂になる。
「猫埜、ゲームは楽しいか?」
「……楽しいっす」
そうか、俺も楽しいよ。
なぁ、お前らもゲーム楽しいだろ?
炎を纏い、溶ける重鎮共に俺は聞く。
既に原型を無くしてしまった奴もいる。それでも、そいつらはきっと今も地獄から俺たちの事を見てくれているはずだから。
その為にも、話をしようぜ。
――なぁ、このどうしようもないクソゲーは楽しいか?
「あぁ、楽しいな……」
「楽しくて楽しくて、時間を忘れちまうよな」
「現実に帰りたくねぇな」
「ずっとここで暮らしていたいわ」
「気が楽だ」
あぁ、そうだな。
きっと、誰しもがそうだろう。
俺も、楽しいよ。
だから、俺ももうここで終わりだ。
俺の足が重鎮共同様に少しずつ溶け始める。
僅かに綻んだ心を、俺は幸せな何かで埋められた。
「幸せだろう?」
「愉快だろう?」
「爽快だろう?」
既に溶けた筈の重鎮の残骸からそんな言葉が聞こえる。
…そうだな、あぁ、そうだな。
「猫埜」
俺が名を呼んだ時、同時に重鎮共が猫埜の名前を呼ぶ。
その声に、俺が後ろを振り向くと、そこにはもう誰の姿もなかった。
そうか……、皆はもう…逝ったか。
さらりさらりと砂が風に揺られて、空気に溶け込んでいく。
「俺も、奴らも、もう駄目みたいだ」
「し、師匠…!ししょうししょうししょう…!!し、死なないでっす…!」
大粒の涙を零しながら、猫埜は俺に抱き着く。
しかし、猫埜の抱き着いた箇所がその途端に砂へと置き換わり、俺の溶けるスピードが加速する。
「あ、ああ………あぁぁ……」
零れる俺を、猫埜は必死にかき集める。
炎を纏い、砂と化す俺の残骸を猫埜は涙を流して抱え込むのだ。
ごめんな、不甲斐無い師匠で…。
俺はせめて猫埜の涙を拭こうと手を前に出したが、そこにはもう手と言える場所は残っていなかった。
涙すら拭えない、お前が泣いているのに俺は何もしてあげられない。
なぁ、見てるか?重鎮共……、猫埜は俺達の為にこんなに泣いてくれてるよ。こんなにも、俺たちは生きていていいんだよ。
……猫埜、俺もそろそろ逝かなくちゃ…。
涙を流す猫埜は、それを聞いて更に大粒の涙を零す。
「し、ししょー…!い、逝かないでっす…!た、たぴ、たぴおか…タピオカ奢るっす…!だから、だからぁ…」
あぁ、眩しいなぁ。熱いなぁ。
もう無い筈の手を天に掲げる。しかし、上に見えるのは豪華絢爛な天井のみ。
今行くよ、皆。俺たちは結局…同じ穴の貉だからな……。
天を見上げ、俺は燃えるように溶けて消えた。
俺の残骸の中に、宝石の様に光る飴玉が二つ…寄り添うように残っていた―――。
こ、これが陽キャ…!
全てを焼き尽くす最強の光……!
◇■◇
――俺達は陽キャに勝てない。
別に、重鎮含めた俺達が陰キャだって言う訳じゃない。
寧ろ、そう言う括り分けをすること自体が無駄だと思うし、その生き様をそう易々と名付けていい道理がある筈も無い。
俺達はチーズ牛丼を食べるし、スタバに行く。カンジャンケジャンも食べてみたいし、タピる事もあるだろう。
目の前で、優しい顔付きをした重鎮共が猫埜にレアアイテムを渡している。
「また来てねぇ」
「今度はお菓子を用意しておくからねぇ」
「麩菓子でいいかな?」
「しるこサンドと焼き饅頭…どっちがいいかねぇ」
「お金あげようねぇ」
だから、何があってもきっと生き様は変わらない。
そう、変わる筈がないんだ。
俺は涙を流し、目の前の光景を見る。
強欲で金にがめつい重鎮共が陽キャの光に当てられて、腑抜けたりはしないし、何の意味もなく金はあげない。
そう簡単に、変わらないんだ。
β時代に共に過ごした奴等は、総じてゴミで救いようがなくて……。
「またきてねぇ」
「お小遣いあげようねぇ」
「寂しいねぇ」
こんな、こんなにも……!
こんなにも、優しい存在じゃない筈なんだ…!
炎の中で、奴らは触れてしまった。猫埜の優しさに。優しさを知らぬ連中が縋っていたのは金だ。金があるから、奴らは奴らでいられたんだ。
だというのに、奴らは遂に見つけてしまった。
優しさの断片を…。
猫埜が困った様にこちらを見る。
俺は、適当に手を振って重鎮に囲まれる猫埜を傍観した。
きっと、光である猫埜があいつらの全てだ。重鎮共は総じてチョロいチェリーだ。猫埜の言葉を聞き、その光の炎を浴び、β組にいた狂っている奴らではなく、優しさと慈愛を持つ子に触れてしまった。
商売の関係上、幾度と無く人の闇を見ただろう。
……きっと、あまりにも眩しすぎたんだ。
陽キャのオーラがあった。
優しさを感じ取ってしまった。
俺みたいな奴を師匠と呼び、慕っていた。
あまりにも、奴らにとって救世主染みていたんだ…猫埜って存在は…。
「もう行くっすね!」
猫埜は重鎮共の輪から離れて、俺の傍に走り寄る。
重鎮共は、それを止めようとはせずに少し悲しそうな顔を浮かべて俺を見た。そして、俺は目を瞑る。
猫埜が再び重鎮共の方を向く。
そして、俺も瞑った目を開ける。
そこには――、
「……ぇ?」
猫埜の声が漏れる。
俺は薄々勘付いていた。こうなるであろうと…、陽キャの光を浴びた以上、闇にいすぎたこいつらじゃこうなってしまうと…。
俺と猫埜が見る先には、地面に倒れ込み、燃え上がって砂となる重鎮共がいた…――。
猫埜は咄嗟に〈治癒天使〉の力を行使しようとする。しかし、俺はそれを止める。猫埜はどうしてと目線で訴えるが、俺には何も言えなかった。
ただ頭を振って、駄目だと訴える。
猫埜の存在は一種の依存症だ。
最早、重鎮共の中じゃそういうもんにまで格上げされちまっている。
一緒にいれば、またきっと忽ち炎を纏い、砂と化してしまう。
猫埜の全てが奴らにとっては空気で、毒で、そしてその身を焦がす炎だ。
重鎮共はそれを分かっている。
だからこそ、奴らは誰も猫埜を引き留めなかった。戒めが必要だから…禁酒や禁煙と同じだ。
また、暫く経ったらここに来よう…。
そうしたら、きっと全部が解決している筈だから。
俺は猫埜の手を引き、その場から離れた。
必要なアイテムが楽に手に入って良い気分だ。
闇を纏っていた重鎮共が、光を浴びて浄化され、嬉しく思う。
猫埜が俺の手を強く握り、再び涙を流す。
……大丈夫、大丈夫。
タピオカ奢ってくれるんだろ?
俺、意外と好きなんだ。きっと、あいつらも好きだぜ。いつか、皆でタピりに行こう。
きっと、そんな日は快晴に決まってる。
扉を開き、外に出る。
空は雲一つない青空だ。猫埜が握る手が熱い。きっと、俺もいつしか…また燃えて砂となるのだろう。その時まで、俺はこの子の師匠でいよう。この子が再び泣いてしまわぬように―――。
光が差す。
それは全てを焼き尽くす神聖な光……。俺たちを殺す、あまりにも残酷で、優しい光…。
――果たして彼らは人間なのか。
突如として形を失う彼らを人間と呼ぶべきなのか。
私たちはその謎を究明するべく、深淵へと身を投じるのです…。アーメン…。




