記録.68『ぼくらのかんけい』
世界の拡張。
それは、暗にゲーム難易度の上昇と新アイテムの追加を示唆していた。
確かに、ここ暫くゲームの進行度は停滞しているように見えた。
しかし、未だに世界の拡張已然に開放しきっていない場所は大量にあるし、俺やプロペラが発見した未開放領域の件もある。それを考慮すると、未だに拡張世界以外のマップにも海外勢すら手を入れていない場所があるのだ。
しかし、俺達は結局ゲーマー……。
新しい物を見つけたら飛びつくし、とりあえず舐め回す。
つまり、廃人は恐らくこのワールドクエストに関してはルーキーに騙されずともいずれは手を出していたのである。それが早かったか遅かったかの違い……ただそれだけだ。
「あははははは!!!」
俺は廃人共の列に加わり、マップをうようよと徘徊する魔物に突っ込んでいく。
とりあえず世界拡張で解放されたマップを”新世界”と呼称しておくが、新世界の魔物はまぁ強い。エビふりゃーが辛勝するくらいには強い。
しかし、それすらも廃人共の心を揺さぶる一つだった。
新たなアイテム、新たな素材、新たなドロップ武器、新たなスキル――!
廃人共は駆り立てられる。まだ見ぬワンピースを求めて!
「あはははぶぇん」
取り敢えずゴリラ型の魔物に潰された俺は教会でリスポーンした。
………。
うん、これ俺がどうにかできる範疇超えてんね。
廃人共すら苦戦する新世界、それをたかだかユニークスキル一つでイキっていた俺が動き回るなど愚の骨頂だった。
あー、時間無駄にした。ルーキー共も頑張ってるし、あいつらの良い成長に繋がんだろ。偽ルートもどうせ俺に気付いていると勘付かれない為の布石だろうし、今に消える。
あー、混沌の元凶共は諸共新世界に行って、こっちは清々するぜ。
俺は大きく背伸びをして、教会から出た。新世界が解放されたとはいえ、結局ほとんどのプレイヤーは既存マップで過ごす。プレイヤーの過密具合は結局変わんねぇ。
それに、こっちのマップじゃ〔ミカイ〕の街へと行けるプレイヤーを増やす為にそこまで海に橋を架けようっつー企画も進行してる。
そう易々と新世界に行く道理もないって訳だ。
俺だって行く理由ないしな、ラミミやボロだってこっちいるし。
俺はてくてくと団子を頬張りながら転移門へと向かう。その時―――!
「ぶべんっ」
誰かが俺の足を引っかけた。
俺は油断していた為、普通に引っかかり、団子諸共地面に顔を擦りつけた。
ああ!!?誰じゃワレェ!!?
俺が最早お決まりの様にそう言うと、そこには当たり前のように刀を腰に差した侍がいた…。
てめぇ…侍ィ…!何度目だ?三度目くらいか?お前は俺の転んだ姿に恋でもしてんのか?ああ?随分と熱心に転ばしてくんじゃねぇか。俺も嬉しいよ。お前と出会えてなぁ。
俺は顔面をさすりながら、侍の肩に腕を置く。そして、そのままヘッドロックを決めようとした。しかし、
「う、お…おぶっ!」
俺の身体は突然浮遊感に包まれ、今度は顎から地面へと激突した。
こ、この野郎…!お前、どうしてそこまで俺の足を刈るんだよ!!え?恨みでもある!?俺、お前に何もしてないけどね!一方的な恨みだとしたらお前大分やばいけどね!!
外れそうになる顎を支えながら、俺はどうにか立ち上がり、侍を見た。
奴は酷く冷たい視線を俺にくれている……。そして、ちょいちょいとこっちへ来いと俺にジェスチャーをして、背中を向けて歩き出す。
ハッ!背中を見せるたぁ馬鹿がやる事よ!!喰らえや!血液腕の一撃ぃ―――
侍がこっちへ来いとジェスチャーを送る。
あ、すいやせんすいやせん……。
すぐ行きます。すぐ行きますから…。
痣だらけの男と侍の珍道中。
◇■◇
どこまで連れていく気だ…?この侍…。
俺は前を歩く侍を観察する。
奴は一時も刀から手を離すことが無く、やはり腐っても廃人という事が垣間見える。そして、時折こちらをちらりと振り向く。…くそが、少しでも油断してくれてんならこっちだってやりようっつーもんがあるのによぉ…。こうまで警戒されたんじゃどうしようもないな。
元々実力差がある以上、あちらが油断をしてくれなきゃ、俺に行動権利はない。
膠着状態のまま、俺と侍は歩き続けた。そして、歩き始めて三十分が経った頃、目の前に一つの塔が見え始める。
ありゃ……ダンジョンか?
それは間違いようも無く人工物の塔。未知の迷宮、ダンジョンだった。
なぜダンジョン…?ここに連れてきてどうするつもりだ?まず、あのダンジョンはどういう性質を持ったタイプだ?
考え込んでいると、腹を何かで小突かれる。
前を見ると侍が刀の鞘で俺の腹を小突いていた。
ああ?なんだよ。ここが目的地か?
俺がそう言うと、侍は何も言わずに目で促した。
ああ、ダンジョンに入れってか?ふざけやがって。そんならまずこのダンジョンの性質を説明しろや。じゃなきゃ、こんな訳の分からないダンジョンに入る訳ねぇ、―――だ!!?
俺が言葉を並べ出した途端、侍が超速で俺の背後を取り、背中を蹴っ飛ばした。
突然推進力を得た俺の体躯は、それに従いダンジョンの扉をぶち破って中に吸い込まれていく――。
「こんの、外道がぁあああああ!!!!」
最期に見た侍の顔は、結局どこまでも無表情のままだった――。
◇■◇
「ぐ、ぅ…いってぇなぁ…何回顔打ちゃ気が済むんだ…」
俺は地面に打ち付けた顔の心配をしながら、どうにか立ち上がる。
周囲を見渡すと四角形の部屋に、数本の松明、それにそれぞれの辺にある扉……。
ああ、あまりにもご尤もなダンジョンだ。
俺はナイフを抜き、血液腕を形成する。
廃人共と戦った亀のせいでスキルレベルは大幅にダウンしてるが、別に大した問題じゃ無いだろう。寧ろ好都合だ。スキルレベル上げの良い経験値になってくれよ…。
ナイフをぺろりと舐め、俺は真正面のドアを開ける。さーてどんな魔物がいるかなー。
「ふん!ふん!ふん!」
そこには、スクワッドをする筋骨隆々の男がいた。
スゥ―……。
俺は静かに扉を閉めた。
そして、違う扉を開ける。
大丈夫、大丈夫…。
「んむんむんっむ…」
扉の先には、無心でバナナを皮ごと口に運ぶ巨漢がいた。
んんんんんん……。
俺はイラつく気持ちを抑えて、扉を閉めた。
何と無く予想をしながらも俺は最後に残った扉を開けた。
あー……。
「お!来たな!卑劣漢!」
俺の方を向いた色黒の男がそう言った。
誰が卑劣漢じゃ、誰が。
怒るよりも訳が分からないというような気持ちが先導し、俺のツッコミが酷く適当になる。面倒臭い。訳が分からん。なんなんだよこいつらは。
あっちの扉にいた奴らもそうだが、てめぇらはなんだ?
侍がここまで連れてきたんだ。てめぇらもなんか俺にあんだろ?話してみろや。マジでしょうもない事だったらぶっ飛ばすぞ。
俺は血液腕を周りに浮遊させながら、目の前の色黒男を睨み付ける。
「ああ、なーに。俺たちゃきつね様ファンクラブ、ちょいとお前に用があってな」
……ぁあ、随分と久しぶりに聞くじゃねぇか。その名をよぉ。
俺は血液腕を突撃させた。
スキルレベルがダウンしているとはいえ、腐ってもユニークスキル。こいつらは廃人でも何でもない単なるルーキー。見た目だけのコケ脅し共だ。
当然、血液腕を防いだとしてもすぐに次の一手を読めるほど、経験を積んじゃいねぇ。
「赤ん坊からやり直せや」
血液腕の死角になる様に投擲したナイフが男の心臓を貫き、そのまま即死する。相も変わらずルーキーは雑魚のまんまだなぁ、おい。殺意も何も、なーんも隠せちゃいねぇ。
ダン!と俺は地面を勢いよく足裏で蹴りつける。
その瞬間、俺の足裏から血液がドプリと飛び出し、背後にいた二人のプレイヤー共を無差別に攻撃した。
「ッ!!」
そいつらは先程まで、二つの扉の先で訳分からんことをしていた二人だ。
よぉ、”きつね様ファンクラブ”の皆々様、一体全体俺に何の用だってんだ?こーんなダンジョンにまで招いてくれて、嬉しいったらありゃしねぇなぁ。
俺は飴を口に放り込み、投げたナイフを回収しながらそう聞いた。
俺の問いに、奴らは何も答えなかった。
そうかそうか、なんも答えちゃくれないか。んじゃ、しょうがねぇよなぁ。殺しちまっても、文句は言えねぇもんなぁ。
俺は地面を蹴って、奴ら二人に近付いた。
しかし、その瞬間――!!
「コッ!」
俺の喉に何かが詰まる。
俺は突然息が出来なくなり、地面へと転がって暴れる。
なん、だ!?なにが、詰まった!?あ、飴か!?オレンジ味の飴ですか!?
や、やばい!い、息が!息が出来ない!ん、んだこれ…!お、おい!た、助け…たしゅけて!おねがぁい!
「………?」
「……。…………」
意識が朦朧とし、奴らの会話が聞き取れない。
視界の端々がチカチカと白く点滅すると同時に、目ん玉の中心から黒く、ブラックアウトしていく。い、意識が……。
俺の意識はそこで完全に途絶えた。
◇■◇
――冷たい。
頭部に冷たい何かを感じて、意識が覚醒を果たす。
「やぁ」
朦朧とする意識の中で、誰かの声が聞こえた。
しかし、それすらも不明瞭で意識の狭間に吞み込まれ、消えていく。酷い気分だ。まるで、二日酔いのような、いや、それよりももっと――、
混濁する意識の中で、再び冷たい何かが降り注ぐ。
ばしゃんと音を立てるそれを、俺は水だと仮定する。あ、ぁあ……?今、何時だ。っつー……いてぇ…侍にボコられた痣が未だにジクジク痛む……。
水浸しの頭を抱えようと手の平を頭部に持ってこようとした時に、ようやく俺は気付いた。
「あ、あ?」
己の身体が拘束されている事実に。
そして、そこでやっと記憶の精査が始まり、目覚めて直ぐ誰かが俺に話しかけていた事が記憶の断片にこびりついている事に気付いた。
拘束された身体で、首を捩じる。
すると、そこには何人ものプレイヤーがいた。そして、そいつらはどこか既視感のある法被を身に纏い、俺を上から目線で見ていた。
「改めまして、やぁ、ごみ溜め君」
「んだ、てめぇら…いや、狐面のファンクラブ、か」
俺は記憶を漁る。
一部、顔を覚えている奴も何人かいる。
俺は一時期、このファンクラブに加入していたことがあった。しかし、それは狐面が好きになったとかなんかじゃなく、もっと別の理由があったからだ。
もうとっくに抜けたが、なんで今更こいつらが出しゃばってくる…?
「まさか、あの時の君がごみ溜めと呼ばれるプレイヤーとは思わなかったよ」
「―――」
俺は静かに黙り込む。
言葉を紡ぐこの男の顔にも覚えがある。この男は、ファンクラブの会長を務めている奴の筈だ。こいつがいるという事は、俺を誘拐したのはファンクラブ一部の暴走じゃねぇ…。ファンクラブ自体の意向…。
「何の用だ、そんで」
俺は淡々とそう言った。
下手に動揺しても良い事はありゃしない。それにこいつらはどこまで行ったって所詮ルーキー。血液腕の遠距離制圧をもちいれば、多対一の構図はどうとでも引っくり返せる。問題は、縄をどうにかしなきゃ、血液腕を形成する隙すらもらえないってところだがな…。
「あー、そうだな。えっとなー…」
会長の男が言い淀む。
その後ろで、何人ものプレイヤーが「頑張って下さい…!」「貴方が…!」と応援する声が聞こえてくる。…?こいつらは一体何を言おうとしている?
わざわざ侍まで使って、俺をここに呼び寄せたんだ。
あいつを雇うのにだって相当金を使ったはずだ。ダンジョンだって、これほど誰かを閉じ込めておくのに適したのを見つけるのも、それを制圧するのも相当な労力が必要だ。それならば、それ相応の何かが来るはずだ。
俺は、拘束された身体で身構える。
それほどの衝撃的な言葉でも受け入れよう…!俺は煉獄の意志を持つ男…!!
そして、会長の口から言葉が――、
「き、きつね様とはどういう御関係で……?」
「……あ?」
口から洩れたのは、呆けたような声だった。
……きつね?狐面と?俺?
「ええ…」
関係って、そりゃ……ただのゲーム仲間だけど。
そりゃそうだろ?狐面と俺は腐ってもβプレイヤー同士だ。元から知り合いだったし、狐面は手中にある関係を必死に大事にする。そんだけだ。
「…本当ですか?」
あ、ああ…本当だ。
なんなら呼んでやろうか?俺はさっさと開放されてーんだ。アイツの口から俺との関係を聞けばいい。聞いたら俺を直ぐに開放しろ。それでいいなら呼んでやるよ。
「!マジですか!お、お願いします、お願いします!是非とも!!」
会長や他のプレイヤーの鬼気迫る剣幕に俺は若干引きながら、未だに朦朧とする意識を引き摺ってぎょろぎょろと視線でメッセージを送信し、ヘルプコールで座標も送る。
そして、気付く。
あ……、待て。待て待て待て…、お、俺最近あいつに言っちゃいけない事言ったよな…、や、やばい、その辺についても根回ししとかねーと…!
俺は急いでメッセージを送ろうとするが、その途端、布で目を塞がれる。
あ!?何すんだ!?おい!
「ああ、すいません。どうやら送り終わった様でしたので…」
クソッ!しっかり観察しやがって!!
これじゃ視線操作が出来ねぇじゃねぇか…!ど、どど、どうすんだ…あいつがもしも変なこと口走ったら…!
めんどくせぇ…心底めんどくせぇ事になる…!
背筋が凍っていく。
脳髄が水を浴びた様に冷え、目ん玉が熱くなる。人は本当にやばい状況に立たされるとこれほどまでに身体に異常をきたすもんなのか…!
しかし、目を塞がれ、身体を拘束された俺に出来る事などもう一つも無い…。
◇■◇
「ダストっち~」
暗がりの中で、鈴の音の様な声が響く。
その瞬間、周囲はドタバタと慌ただしくなり、誰かが俺の目隠しを取る。
会長が不安そうな視線を俺に向けているのが見えた。ふざけんな、不安なのは俺なんだよ…。
しかし、今更何を言っても遅い。
コツコツと狐面の足音がこちらに近付いてくる。そして、俺の目の前の扉が開かれて、白い華奢な足が俺の視界に映り込む。
「わっ、ダストっちどしたのそれ」
地面に転がった拘束されている俺を見て、狐面は驚いて少し飛び上る。
俺はちらと会長を見ると、会長は「早く聞いてくれ」と口パクで何度も何度も俺に訴えている。そりゃそうか。こういうことはお互い早く終わらせたいもんな。
狐面が俺の後ろにいる何人ものプレイヤーを見て戸惑っている中、俺は狐面に話しかける。
「狐面、いいか。よく聞けよ」
「んん?…うん」
ドクドクと心臓がうるさい。
拘束されている体の端々が痛み、それに呼応する様に身体全てが痛む。
しかし、その痛みすらも今は遠い記憶の彼方――、大瀑布に似たどこかへと落ちていく。
――お、お前と俺は、どういう関係だ?
ゴクリと俺と後ろにいるファンクラブ共の喉が鳴る。
狐面は俺の問いを聞いて、暫くぽかんと口を開く。その間、狐面の瞳はずっと俺の顔を見ていた。伝われ…伝われ…伝われ……!
念じる俺、見つめ続ける狐面、祈るファンクラブ――。
三者三様、それぞれがそれぞれの形で停滞する状況を見つめた。そして…!
「私とダストっち?普通にゲーム友達だよ?」
肺から、悪い空気が抜けていく。
後ろのファンクラブの連中も深い深い溜息を吐いて、胸を撫でおろす。
狐面は覚醒した。いつもは察しの悪いこいつが、ここまで俺の意図を汲む事なんて中々無い。…いや、きっと狐面は本当にそう思っているに違いない!ああ、そうだ。そうだとも。
俺の心は安泰だ。
幸せ気分で地面に転がる俺を、狐面は跨る様に踏み越える。
白いパンツが見えたと思うと、狐面がファンクラブに向かって笑顔を向けた。
「でも、ダストっちをこんなにしたのは流石に許せないかな~」
ファンクラブの顔が真っ青に染まっていく。
確かに傍から見れば、俺は痣だらけで拘束されており、しかも所々には水責めでもしたような水溜まりの跡がある。
ファンクラブの連中は必死に弁解するも、狐面の耳には届かない。数十秒もしない内に、奴らは影に握り潰されて、死んでいった。
そして、狐面は何故か辺りに≪清めの魔粉≫を撒いた。
効果は、この場に停滞する魂を即座に昇天させる…。つまり、プレイヤー観戦数ゼロの状態を作り出すことが出来る…。
狐面は俺の拘束を丁寧に解きながら、言った。
「いやぁ、感謝してね~」
「あ、あぁ」
俺はいつになく優しい狐面と、今の謎の行動に若干の恐怖を覚える。
しかし、助けて貰ったことは事実…俺は一応礼を言おうと、拘束されていた手を握っては開いてを繰り返しながら、狐面の方を向き――、
「ありが――「良かったね~、私たちの関係バレなくて」
………え?
底冷えするような、そんな感覚が俺を襲う。
狐面は見た事が無い位に顔を赤らめ、笑顔を浮かべながら俺を縛っていたロープを亜空間に仕舞い込んだ。
「き、狐面…?俺とお前の関係って……」
俺は何かに縋りたい思いだった。
それが嘘だと、単なる冗談だと言って欲しかった。
それほどまでに、奴の…顔が…
「…えっち」
廃人とは、狂人である。
狂人は常人とは異なる考え基準を持ち、到底常人には理解できない思考回路を辿る。
口元をヒクつかせながら、俺は「は、ハハ……」と狐面に返す他無かった…。
なぁ、ターミナル。
お前は俺を立派な狂人って言ったけどさ、多分それ間違ってるよ。
破滅の関係、深まる関係。
運営すら想像しえない愛憎の新世界へ、ようこそ!
もうちょっとがんばります




