記録.63『女神』
「あんこのたい焼き二つよろ」
赤くなった指でピースを作る。
屋台の横に幾つもメニューが記載された立て看板が置かれている。そこには、あんこからジャーマンポテトと様々な種類のたい焼きが記載されていた。
「こしあん?つぶあん?どっちがいい?」
たい焼きを焼いていたプレイヤーが俺にそう聞いた。
俺はこしあん派だ。狐面もこしあん派だ。俺達は結局大事な場面で気が合わず、どうでもいいところで気が合いがちだ。嫌になるぜ。
俺は後ろで未だに俺の手を握る狐面をちらと見る。
奴は何も言わずにコクコクと頷いた。
俺は盛大にため息をつく。そして、たい焼きを焼くプレイヤーに言った。
「こしあん。二つともな」
「おけ」
金を払い、焼き上がるのを待つ。
その間に、俺は狐面の方へと向き直り、説教を始めた。
狐面…お前さ、今は俺が一緒だからいいよ?
でもな、誰にでも今みたいにアイコンタクトが伝わるとは思うなよ?確かにお前の周りにゃ、それで分かってくれる奴がいっぱいだ。
俺にプロペラ、エビふりゃーに抹茶、ラミミもあいつはあいつで察しが良い。きっと分かってくれる。
だけどな、あんまし甘えてっと俺達が居なくなったときに後悔すんのはお前だぜ?
俺がそう言った途端、狐面はばっと顔を上げて泣きそうな表情を作った。
「い、いなくなっちゃうの…?」
瞳に涙を溜める狐面を見て、俺はこいつの脆さを再認識する。
いなくならねぇよ。比喩だ、比喩。例えだよ。
エビが、抹茶が、廃人共がこのゲームから消えると思うか?お前も廃人みたいなもんだ。分かるだろ?あいつらはこのゲームに魂を売った。もう戻る道はなんもねーよ。
「で、でも……ダストっちは…」
……はぁ、暗い話はやめだ。
俺も別にいなくなったりしねぇよ。本当にやめる時は俺が死ぬ時だ。いいな?このゲームに来なくなったら、俺はどっかで野垂死んでる。そう考えろ。
狐面の頭をぐしぐしと撫でる。
狐面は「あっやっ」と言いながら、為されるがままに撫でられ続けた。はぁ……なーんで俺の周りはこんなに怠い奴ばっかなんだよ…。
「もういい?」
そんな言葉が聞こえ、後ろを振り向くと紙に包まれた二つのたい焼きを持ったプレイヤーの姿があった。
ああ、悪いな。
俺はそう言って、たい焼きを受け取った。手の平に伝わる熱が冷たくなった俺の手に熱を灯していく。
「頑張んな」
たい焼きを売っているプレイヤーはそう言うと、またたい焼きを作る作業に戻ってしまった。
え?何?一体何に頑張んなって言ったの?
俺がそう聞いても、何も答えてくれなかった。このゲームのプレイヤー共はこういうところがある。変に溜めやがるし、情報を隠しやがる。怠い事が大好きなハイエナ共だ。
俺はぐちぐちと文句を言いながら、崩れた髪を綺麗に整えている狐面にたい焼きを渡した。
「…ありがと~」
狐面は素直に礼を言って受け取った。
いい加減、怠くなってきたので狐面と繋いでいた手を解く。すると、狐面は「あ……」と言いながら、繋いでいた俺の手を少しだけ追って、直ぐに諦めた。
歩きながら食うか?立ち止まって食いたいか?
俺は優しいので、こんな奴にも要望を聞いてやる。狐面は腐っても人類女性型に分類されるので食べながら歩くのは、奴の生態上大変かもしれないという配慮だ。
狐面は俺の配慮に「歩きながらで…平気」と答えた。
俺は適当に返事をして、歩き始めた。一応狐面の歩幅に合わせて。
……俺はこの茶番を終わらせる。
確かに俺が酒の席の勢いで「立ち回りを盗み取ってみろ」と言った。だがな、こういう形とは思わなかったし、いつもいつも苦労させられてるのに、なんで俺がこいつの面倒を見なきゃならない?
狐面は生粋の狂人だ。
今は牙を隠しているが、いつ牙を剥くのか分かったもんじゃねぇ。
だからこそ、俺は仕込んできた。
俺がこいつとの待ち合わせに一時間遅刻してきたのには、その根回しと準備があったからに他ならない。
今も俺の後ろをちょこちょことついてくる狐面。
悪いな。狐面、俺はそれほど暇なプレイヤーじゃねぇんだ。
今度はプロペラとでも遊んどけな。
俺は心の中で狐面へとそう言った。
そして、俺と狐面はプレイヤー犇めく商店街へと入っていくのだった……。
◇■◇
『俺と狐面を茶化せ』
大量の素材と引き換えに、俺は商店街の重鎮共にそう指示を出した。
重鎮共が頷けば、その傘下にいるプレイヤー共もそれに従わざるを得なくなる。一人一人に交渉を持ちかけるよりも、遥かに効率的で簡単だ。
プレイヤーは、対価さえもらえればなんだってやるゴミの集まりだ。
そして、その特徴は廃人であればあるほどよく当てはまる。頭の螺子が外れているからだ。常識と言う概念が脳味噌からすっぽ抜けて、なんでもかんでも気にしなくなる。
そして、商店街の重鎮共は揃いも揃って頭の螺子が外れた連中だ。
話し出したらキリがない。
ポーションの需要を高めるために、他プレイヤーに一切売らず、供給バランスを崩壊させた。
商人共が全員グルで粗悪な剣を高値で売り捌いた。
RMTをこのゲームに持ち込んだ……
そんな連中だからこそ、俺の言葉を聞く。
ごみ溜めと言われた俺のいう事を聞き、損得で判断する。
「おう!ごみ溜めにきつねさん!二人でデートか!熱いねぇ!」
商店街に入ってすぐのプレイヤーの往来が激しい場所から、もう茶化す声が聞こえる。
ふん……奴ら、しっかり指示を出したらしいな。
重鎮共の事は、こと対価を払う関係であれば信用しているが、何も信頼をしている訳じゃない。100%か90%くらいの信じる量の違いだ。
商店街を進むたびに、茶化す声は増えていき、気付けば殆どの商人共は俺達を茶化す為に声を上げていた。
俺は茶化す声を無視して、狐面の方をちらと向いた。
狐面は口に手を当てて、あわあわと言いながら顔を真っ赤にしている。
……狐面は好意に弱い。
それに、他者から茶化されることにも慣れていない。もしも、その好意に関して他者から同時に、それも大量に茶化されるなんて事があったら、奴は十中八九逃げる。
さぁ…!逃げろ逃げろ…!俺を開放しろ……!
俺は何も気にしてません、とでも言うかのように狐面からそっぽを向いて歩く。
くくく……さぁて、晴れて一人になったら何しようかな~。一応狐面に適当なフォローメッセを送って~、戦争の為にルーキー側の拠点にでも赴くかな~。
俺はにやにやと笑いながら、四方八方から聞こえる茶化す声を無視して、これからの事を考えた。
そろそろ逃げちまったかな、と俺が後ろを向こうとした時、突然背中に小さな衝撃を受ける。
……ああ?
一体何だ、と首をひねって背中を見ると、狐のお面をつけた黒髪のつむじが……。
「え?」
茶化す声は消え、一瞬にして静寂が商店街を包んだ。
俺は鼻水を垂らして、呆けた声を上げる。え?え?え?ちょ、まって。こ、こいつ…もしかしてきつねさん?狐面さん?
突然の出来事に、俺の頭の中は状況の把握を何度もした。
そして、周囲の喧騒が少しずつ戻り始めた頃、ようやく理解する……!
「ぷしゅ~………」
――こ、この女…!オーバーヒートしやがった!!!
俺はすぐさま後ろを向き、狐面の肩をガッと掴む。
すると、狐面はふらふらとおぼつかない足取りで俺に全体重をかける。顔はこれまで見た事が無いくらいに赤くなり、目はぐるぐると回転している。体全体が時たま痙攣を起こしたようにビクつく……。
ああああああ!!
俺は頭を抱えたい衝動に駆られるが、狐面を支えている為それすら叶わない。
ここに来て、こいつの弱点が裏目に出た!
この女、予想の数倍精神が弱っちい!!!状況の打破の為に逃走を図るのではなく、気絶を選ぶ…!その場から最も高速で離脱できる方法を、瞬時に選び取りやがった!!!
その場に残ったのは何とも言えない空気と、注目される俺と気絶した狐面……。
………んだよ、見せモンじゃねぇぞ!!!散れ!!
俺が大声で未だにこちらを見るプレイヤー共に牽制する。手を振り、眼をかっ開き、大声を上げてなお、見物客は途絶えない。おかしい……なんでここまでプレイヤー共は動かない…?まるで、何か……
…いや、考えている場合じゃねぇ。早々にここを離れるべきだ!
俺は狐面を担いで、その場から離れようとする。その時――!
「どこいくのぉ……ゴミちゃぁん……」
商店街の入り口を、一人の女が塞ぐ。
その女は黄緑の髪に無気力そうな表情を浮かべ、おでこの少し右側に黄色で赤い紋様の描かれたお札をつけていた。
「てっ、てめぇ……フロー!」
正直、今会いたくない奴が出てきやがった…!
俺は咄嗟に手が出そうになる。
しかし、ここは街…下手に手を出せば狐面を置いて牢獄行きだ。それだけは避けなくてはならない。
「きつねちゃんをお姫様抱っこしてぇ……随分と楽しそうだねぇ」
「―――」
俺は黙り込んで、フローの出方を窺った。
ここで下手に何かを言って、立場を悪くするのが一番駄目だ。一先ず様子見……どうせ、こいつは遊び半分でここにいるはずだ。つまらないと判断したらここから離れていくはず…!
しかし、フローは喋り続けた。
「いいご身分だねぇ。可愛い女の子とイチャイチャしながらデートして……」
ああ!?てめぇぶち殺すぞ!!?
俺は狐面を地面へと投げ捨てて、レスバトルへと突入した。
良いご身分!?どこがじゃ、ボケナスゥ!てめぇはこいつの真の恐ろしさを知らんから、そんな事言えるんじゃい!
俺は地面に転がった狐面を指さしながら、そう言った。
こいつの中身は愛玩贓物趣味の狂人だ!俺の臓物たちにトラウマを植え付けた張本人…!ぷいぷいと泣いてるのが聞こえねぇのか!?俺の臓物がよぉ!
俺は自分の腹を指さしながら、そう言った。
臓物が中でぷるぷると震える。大丈夫、大丈夫…怖くないよぉ、痛くないからねぇ…
「……人が大変なことになっちゃったのに、なーんにも手伝ってくれないのにねぇ」
うぐっ……!
正論パンチが俺を貫く。
「これ、取れないのにねぇ」
フローが自分のおでこに張り付いたお札をピンッと弾きながら、そう言った。
これがあるから、俺はフローと今会いたくなかった。
こいつがキョンシー化した時、傍にいたのは俺だ。お札が入っていた宝箱を開けろと唆したのも俺…。フローが乗り気で開けたとはいえ、多少の責任が俺にもある。
だからこそ、お札を取る作業に俺が従事するのも分かる。
そして、忙しいのを理由にそれから逃げていた俺は多少の後ろめたさもあった。
タイミングが色々と悪かったんだよ……。
丁度、フローがキョンシーガールと化した頃、ボロの食欲が急増した。金を用意するのに忙しかった時期だ。
色々と落ち着いた頃に、お前のキョンシー化現象については手伝おうと思ったよ…わ、悪かったって…。
…申し訳ないと思ってる。手伝う、手伝うから…ね?
俺は作り笑いを浮かべながら、フローにそう言った。
フローは、しばらく無言を突き通して溜息を吐いた。
「分かったよぉ。約束だよぉ」
その言葉を聞いて、俺は心の中でガッツポーズをした。
っし!っしゃあ!
約束ほど軽いもんはねぇ!口約束こそ、裏切るためにあるんだ!!フローは相も変わらず甘ちゃんだ!
俺は心の中で小躍りをした。
俺が約束を守るとでも?がはは!んなわけないだろーが!んなめんどくせぇ事、本当に暇じゃない限りは手伝ってやらねーぜ!
「ありがとう!フロー!」
心では真っ黒な事を言い、口ではそれと正反対の事を口にする。
デュアルメンタルを持つ俺ならば、何の違和感もない!あ、んじゃ、そう言う事で…狐面を介抱しないとなんで……拙者はこれにて……。
俺はそう言いながら、狐面を引き摺ってその場から去ろうとする。
「どぉ?」
ずるずると狐面を引き摺っている俺を見ていたフローが、突然そんな事を言った。
「駄目ですね。真っ黒です」
すると、有象無象共の中から凛とした声が聞こえる。
俺は、その声に聞き覚えがあった……。そして、同時にターミナルが別れる間際に言っていた言葉を思い出す…――。
『ゴミゴミー!女神に気をつけろヨー!あいつ、お前の事、狙ってるゾー!』
狐面を再び地面へと落とし、俺はその声が聞こえた方へと向いた。
モーセが海を二つに割ったかの如く、プレイヤー共が道を作る様に二つに割れていく。そして、その道を一人のプレイヤーが歩いてくる……。
桃色の長髪に、巫女さんの様な白を基調とした服……。
ま、間違いない……!
こいつは、いや…この人は…!
「久しぶりですね、”ごみ溜め”ルート…」
―――β組の良心…!”女神”…『ムイ』!!
邂逅する光と闇……!




