記録.60『ターミナルと言う男』
「ギルドを作ろウ!」
飯を食っていた俺とエビふりゃーの前で、突然ターミナルは宣言した。
その大声に、周りにいた奴らは文句をぶー垂れ、他でやれと怒号が飛び交う。その結果、誰が誰に言っているのかすら分からない罵り合いに発展し、その場は乱戦と化した。
ここは街だ。
数分もすれば衛兵共がプレイヤーを捕えに来るだろう。もうちょい捕縛するときのタイムラグどうにかして欲しいもんだぜ。牢獄に転移させるでも何でもいいからよー。
そうは思わねぇか?
うどんを啜りながら、目の前の二人へと聞いた。
しかし、エビふりゃーはそんな俺の話など聞いていなかったようで、鮭おむすびを頬張りながら、突拍子もない事を言ったターミナルに向き合っていた。
「ギルドは必要ないだろう。あれは枷になる。人を鈍化させるものは必要ない」
最期の一口になったおむすびを口に放り込んで咀嚼しながら、エビふりゃーは言った。
「俺うどん絶対温かいの派なんだよね、お前らは?」
冷たいうどんは論外っては言わないが、温かいうどんが喉を通り抜ける感覚が好きなんだよ。それに、黄身が絡んでると更に旨いよな。お前らもうどんを食え、うどんを。うどんが人を強くするんだぞ。
エビふりゃーの言葉を聞いて、ターミナルはよく皆から弄られている訳分からん形をした帽子を更に目深に被って、こう言った。
「いーや、違うネ。エビエビ、お前こそ、ギルドを持つべきダ。作ろうゼ、俺達で最強のギルドヲ!」
手を広げ、自分を大きく見せる様にしてターミナルは言った。
エビふりゃーはそんな奴を、何とも言えない目で見ていた。
「なぁ、うどん食わね?もしかしてうどん嫌い?」
うどん嫌いな奴がいても仕方ないとは思うけどよぉ、うどんは旨いだろ。どん兵衛食ったことある?あれも旨いよ、ねぇ。アナタソレデモニポンジン!??
訝しげな眼を向けるエビふりゃーに、ターミナルは笑顔を向ける。
周りの奴らが衛兵に捕縛されて連れていかれる。周りはすっかり静寂に包まれ、店内は店主と俺達だけになってしまった。
「名前はもう決まってるんダ!【終着駅】!どうダ?いい名前だろウ?」
「……そうだな」
「一緒に見に行こうゼ!このゲームの、終着点ヲ!」
目を輝かせるターミナル、溜息をつきながらその話を聞いてやるエビふりゃー、うどんを啜り、世界平和を願う俺。
夢見る者たちの余りに荒唐無稽な物語。
「うどんおかわりある?」
もう戻る事の無い、遥か過去の記憶の断片――。
◇■◇
「ターミナル…!てめぇ…なんで!」
突然現れた過去の人物。
ターミナル。
奴はβテストが終了して、このゲームから去った。理由は誰にも分からない。突然、何も言わずに消えたんだ。エビふりゃーは何も言わなかった。
β時代、共に創設した【終着駅】を製品版でも創ったのには、果たして理由があるのか、それは誰にも分からない。
「話は後ダ!誰かは分からないけど、手伝エ!」
俺の困惑した声色を察したのか、ターミナルは切り替える様に俺に言う。
ターミナルは未だ、何かを殴っている。俺には見えないが、そこにカメレオンがいるのだろう。おれはナイフを構えて《疾風》を乗せ、何もない空間に思い切り突き刺した。
すると、何もない筈の場所に強い手ごたえを感じた。
肉を裂くような感覚を覚えながら、ナイフを横に一閃しながら引き抜く。空気から突然血液の様なものが出現し、俺の顔に飛び散った。
なぜ存在を透過しない?何か条件がある?攻撃を受けている最中は透明化が限界なのか?まず、何故ターミナルの奴はカメレオンが見えている?《洞察知覚》をどっかで拾ってから来たって事か?それとも熱感知系のスキル?まず何故奴はここにいる?ナックルで戦っているってことは、超近接スキルか?そんなもん存在しない筈…アプデで追加されたか?リーチの関係上、他のスキルで…。
疑問が疑問を呼び、思考の連鎖に陥る。
思考が重なれば、動きは鈍る。俺の動きは少しずつ鈍化していく。
――次の瞬間、俺は頬に強い衝撃を受けた。
ばっと顔を上げるとそこにはもう誰もいなかった。しかし、カメレオンがいると思わしき場所に向かって行くターミナルの背中が見える。
ああ、どこか懐かしい。
ターミナルは人を鼓舞するのが上手くて、状況を上手に正す。
変に考え込み過ぎた。
いきなりあいつが俺の前に現れるからわりーんだ。血液腕を作り出そうとするが、もうその残量は残っていなかった。辺りに散らばった俺の血液で小さな短剣を三本ほど作り出す。
中空を浮遊する三本の紅い短剣に指示を出し、俺は駆けだした。
例え見えなくても、やりようはいくらでもある。
先行して飛んで行った短剣たちがターミナルが殴っている場所の近くを次々と突き刺していく。
手ごたえなし…
手ごたえなし…
手ごたえなし…
手ごたえなし…
手ごたえ、アリ。
刺した感覚を確かに感じる。
その瞬間、三本の短剣は凝固された血液の姿を離れ、ただの血液となってびしゃりと辺りを血で濡らした。
すると、不自然に浮かび上がるシルエットがある。
存在透過なら無理だが、ただの透明ならその場に質量がある。血をかけちまえば、場所なんて丸分かりだ。俺は思い切りナイフを投擲する。
投擲されたナイフが突然、中空で停滞する。
ターミナルのラッシュが激しくなり、戦線はクライマックスへと推移していく――。
しかし、突然ラッシュをしていたターミナルの動きがキュッと止まる。
そして、苦しそうに呻き出し、身体が少しずつ圧迫される様に……。
アッ!!俺はそこでようやく気付く。あ、あいつ…!カメレオンの舌に拘束されてんのか!しかし、気付いた時にはもう遅い。俺の武器はカメレオンの身体に刺さり、血液操作ももう使えない。つまり、遠距離攻撃する術がない。
ど、どどど、どうしよ…。
た、ターミナルくぅーん!!!!
俺は両手を口に当てて、悲しみの叫びをあげる。しくしく……涙を流す俺。その横を、超速で何かが通り過ぎた……。
「……ぇ?」
通り過ぎた何かは、そのままターミナル君を吹っ飛ばして、カメレオンがいると思わしき空間に勢いよくぶっついた。
「きゃぶ」
えげつない音共に、飛んできた誰かの声が響く。
俺はそーっとその誰かを見る。それは、プロペラを呼びに行ったはずの杏だった。
ええ?ドユコト?
俺は疑問符を浮かべながら、杏が飛んできた方向を見る。そこには、倒れ込んだプロペラの姿があった。
あれ…?そういえば…
俺はあと一人、誰かがいたなと空を見上げる。
そこには錐揉み回転をしながら空高く打ちあがったターミナル君がいた。俺は、咄嗟に叫ぶ。
た、ターミナルくぅーん!!!!
た~まや~!
未だ、季節は冬…。夏が楽しみになる光景ですね。
◇■◇
〔Congratulations!〕
〔クリーンレオンを倒した!〕
〔Rank1/4〔報酬〕≪ツギハギパーカー≫×1〕
〔『ルート』Lv.4→Lv.5〕
〔《ナイフⅡ》Lv.7→Lv.8〕
〔《血液操作Ⅱ》Lv.4→Lv.5〕
〔《敵対知覚》Lv.16→Lv.17〕
〔《空間把握》Lv.13→Lv.14〕
〔《疾風》Lv.15→Lv.16〕
〔《拡大増幅》Lv.9→Lv.10〕
〔《呼応治癒》Lv.8→Lv.9〕
〔未開放領域の開放!システムが回復しました!〕
あー、疲れたー。
俺は地面に転がった。もう動きたくねー。
横を見ると、頭を抱えて蹲る杏の姿が見える。恐らく、プロペラの魔法で思い切り飛ばされたのだろう。言っちまえば人間ロケットだ。よく頭が割れなかったと称賛をしてやりたいが、いかんせん、俺も身体が中々動かない。
俺が空を見上げて、ぼーっとしていると誰かが地面を這いずりながら近づいてくる。
「お疲レ」
這いずってきたのは、打ち上げられたターミナルだった。
俺は一瞬口を噤んで、目を瞬かせながら奴に言った。
「おかえり、だ。ターミナル」
聞くべきことは山ほどある。
けれども、それを聞くのは今じゃない。いつか、話してくれる日が来るだろう。俺から聞くのは野暮だ。
俺が誰か分かるか?
髪の毛の色がβの頃と違うから、分かんねぇかもしれねぇが……。
「その口調、多分だけどゴミゴミだロ?」
…ははは、相も変わらず最悪な呼び方だ。
悪くない。てめぇのその呼び方だけは許容してやるよ。昔の好だ。感謝しろよ。
向こうでプロペラが倒れてる。アイツもお前を見たら、喜ぶだろうよ。β時代に、あいつと仲が良かった奴は限られているからな。
俺の言葉を聞いて、ターミナルは嬉しそうに頷いた。
ところでお前、なんでここにいるんだよ。
「ン?ああ、俺最近また始めたんだけど、ぺろりんの指示で金集める為に密漁船乗ったんダ。そしたらサメに食われて、気付いたらここにいタって訳」
…お前、ルーキー側か。
密漁船に乗るほとんどの連中は顔すら知らない奴らばかりだった。少しくらい廃人が居ても可笑しくないと思っていたが、蓋を開ければプロペラと一人二人いたくらい。
ルーキーが密漁船の情報をほぼ独占している状態っつーこった。
恐ろしいもんだな。
ルーキーの金の出どころは密漁船からか。
座標を送ったから、じきに他のプレイヤー共もここに来るだろう。人海戦術で探せば、街の一つくらいは見つかる。祭壇は残ったままだから、未だに遺跡内部判定だろうが、恐らくこのマップはもうそういうもんだと割り切るべきだろう。
フレンド交換しようぜ、ターミナル。
俺はターミナルとフレンドになり、亜空間からポーションを取り出して振りかけた。
エビふりゃーがあと三十分もすれば来るだろう。会っていくか?
俺の言葉に、ターミナルは静かにかぶりを振った。
「やめとク。あいつきっと俺に怒ってるからナ」
ターミナルはそう言うと、倒れ込んでいる杏と少し話した後にプロペラの傍まで走っていった。
プロペラの叫び声と、そこからすぐに泣き声が聞こえる。β時代、冷遇された奴の心の支えはターミナルの言葉だったはずだ。そこになし崩し的に俺や狐面も加わっちまったが、奴にとっての恩人には違いない。
俺は服に付いた砂を払い、先程獲得した〔ツギハギパーカー〕に着替える。現在のゲームバランスから考えると、滅茶苦茶に強力な防具だ。大切に扱ってやるさ。
倒れ込む杏の頭にポーションを振りかけて、立ち上がらせる。
頑張ったな、杏。痛かっただろう。辛かっただろう。ルーキーなのによくやったよ。ラストアタックはお前のもんだ。おめでとう。
素直に称賛する俺が酷く珍しく見えたのか、杏は驚いたような顔をして、数秒固まる。その直ぐ後に「…ありがとう……」と礼を述べた。
…さて!んじゃ、浜辺に戻って他の連中が着くのを待つか!
俺は杏にそう言って、未だに話しているプロペラとターミナルの傍まで行き、プロペラを連れて行こうとした。
「だ、ダスト君!ターミさん!ターミさんだよ!」
知ってるよ。
嬉しそうだな。よかったじゃねぇか。フレンド交換はしてもらったか?
俺ははしゃぐプロペラを見て、母性本能を刺激され、ママと化す。
プロペラはぶんぶんと首を縦に振り、嬉しそうに笑顔を浮かべた。んじゃ、俺達行くわ。また会おうぜ、ターミナル。
「オー」
ターミナルは手をひらひらと振った。
プロペラが名残惜しそうに何度も振り返っては手を振りながら俺の後を付いてくる。しょうがない奴だ、と俺は歩くペースを少し落とす。すると、ターミナルが大声で何かを叫ぶ。
「ゴミゴミー!女神に気をつけろヨー!あいつ、お前の事、狙ってるゾー!」
女神…?
俺は疑問符を浮かべながら、「了解」と返事をした。
女神っつーと…β組の良心の一人だ。ドラ子といつも一緒にいた、ドラ子の手綱の握り役だったはずだが…。なんで俺が狙われんだ…?
しかし、そんな疑問はすぐに霧散していく。
三十分後、到着したプレイヤー達の手によって新たな街が発見された。
街の名は〔ミカイ〕。
相も変わらずセンスが無いもんだ。
〔文明遺跡〕
記憶についてのルール
・遺跡内で死亡、帰還後死亡した場合、遺跡内部の記憶は即座に抹消される。
・《文明知覚》を持つプレイヤーだけは、死んだ場合でも遺跡の記憶を持ち帰れる。(帰還後、死亡した場合は通常プレイヤー同様に記憶消去)
・通常プレイヤーが遺跡から脱出できた場合、一日だけハッキリと記憶を保持できる。そこからゆっくりと記憶の消去。
・《文明知覚》を持つプレイヤーが脱出した場合は、暫くの間記憶を保持できる。その後は、通常プレイヤー同様、記憶が少しずつ消去。
・持ち帰った記憶を書き記すなどして、残すことは可能。
今回の文明遺跡、〔境界亡き世界〕はマップ全域に渡って遺跡が広がっている為、上記のルールは一切適応されず、記憶の消去等は行われない。




