記録.35『えぇ!?ここからでも入れる保険があるんですか!?』
―――あそこはプレイヤーが行って良い場所じゃない。
一人のプレイヤーが、命からがらにそう言った。
その言葉を最後に、そのプレイヤーは息絶えた。廃人共はリスポーン地点へと向かい、「先程の言葉はどういう意味だ」とそのプレイヤーを問い詰めた。
しかし、そのプレイヤーは動揺を隠せずに「何のことだ」と廃人達に言ったのだった…―――。
◇■◇
「記憶喪失、ですか」
ドクターが俺の横で呟いた。
例の事件は瞬く間に人から人へと広がった。
エビふりゃーは最初、これを他者へと広めてはいけないと緘口令を敷いた。しかし、人の口に戸は立たない。一日もしない内に””記憶喪失事件”として日本サーバーは騒然とした。
なぁ、たかがゲームで記憶喪失ってのは起こるもんか?
俺の疑問に、ドクターは難しい顔をして答えた。
「無いとは言い切れないです。しかし、抜け落ちている記憶が綺麗すぎるのですよ」
はぁ、綺麗すぎる。
どういうこった?わりぃが俺はこの事件について詳しく知らねぇ。お前のぎっしりな脳みそで詳細な説明を期待するぜ。
「ふむ…」
ドクターは顎に指を付け、悩み始める。
そして、事の発端を説明し出す。
事の発端と言っても、その記憶喪失者本人が覚えているところまでだ。
時は幾らか前に遡る。
記憶喪失者を仮に”A”と呼称するが、Aはパーティーの連中と共に〔シンリン〕の街付近の樹海を探索していた。
樹海の魔物は厄介な特性を持つ魔物が多い。しかし、Aのパーティーは順調に探索を進めていた。そして、A達は発見した。
―――文明遺跡への入り口を。
その入り口は樹海の奥の、更に奥、そこにある湖の中にあった。
Aのパーティーはそれぞれ《敵対知覚》が二人、《文明知覚》が二人、《環境知覚》が一人いた。その《文明知覚》を持つ二人の知覚がそれを発見し、なんと、知覚と文明遺跡への入り口が共鳴を始めたらしい。
「共鳴ぃぃぃ?」
俺は聞いた事の無い単語が挟まり、ドクターに聞き返した。
「私も聞いたことがありません。しかし、《文明知覚》を持つ二人のプレイヤーが確かに言っていたそうです。『共鳴しやがった』と」
ほほーん。
なんだなんだ。突然キナ臭くなってきたじゃねぇの。という事は、もしかして…文明特化型のプレイヤーは、俺達他の知覚プレイヤーに何か隠してるってことか?
「その可能性はありますね。話を戻しましょう」
とにかく、その共鳴とやらが始まった途端、A達は湖の中にある文明遺跡への入り口にとんでもない引力で吸い込まれたらしい。
そして、その後は最初の通り。
突然、廃人達の前に落ちてきて、一言言い残して死んだ。
ここからがこの事件の肝だ。
Aは入り口に吸い込まれてからの記憶が一切なかったのだ。
それこそ、文明遺跡の様子、そして最後の最期に言い残したあの言葉すらも。
謎が謎を呼ぶ。
文明遺跡は未だに謎に包まれた存在だ。俺も一度行ったが、残念なことに俺の記憶はどこか曖昧だ。恐らく、これも何らかのセーブが掛かっている。
文ちゃんと明ちゃんはどうだろうか。
あいつらは随分とハッキリ、何があったのかを俺に話していた。もしかしたら何か知っているかもしれねぇ。俺はドクターに適当な礼を言い、奴らのいるギルドを目指して走り出した。その時―――、
〔情報の解禁。《文明知覚》を持つプレイヤーの”共鳴”現象の秘匿義務が解消されました〕
あー、なるほどなぁ。
俺はにっこりと笑顔を浮かべた。
中々……混沌としてきたじゃねぇか…!
◇■◇
さあさ、キリキリ吐いてもらおうじゃねぇの。
俺は目の前で震えあがる小鹿の様な二人にそう言った。
文明特化型廃人、『文』、『明』。
こいつらは恐らく、この日本サーバーにおいて最も”文明遺跡”に詳しい奴らだ。遺跡へと潜った事もあり、更にその遺失の欠片も持っているときた。随分と都合がいいじゃねぇの。
そうは思わねぇか?エビふりゃーくんよぉ。
そう言って、俺はもう一人の協力者に声を掛けた。
「ああ、そうだな。言える事、知っている事言ってくれや」
「「ひ、ひぃぃ…」」
エビふりゃーが浮かべる笑みは、凡そ人が浮かべて良い者とは思えない程に悍ましかった。
”共鳴”。
それは《文明知覚》を獲得した時に頭に吸着してくる情報の一つだ。
《文明知覚》持ちのプレイヤーは極々稀に共鳴を感じ取る。それは、文明遺跡自体からこっちへ来い、と誘われている場合にのみ起こる最悪の現象。
そう言った、誘う文明遺跡は基本悪辣なもので、強い共鳴をされた場合は無理矢理に誘引され、遺跡内へと引きずり込まれる。
以上が文ちゃんと明ちゃんの頭に入っていた情報としての”共鳴”の概要だ。
共鳴を感じ取る、と言ってはいるが、未だに感じ取ったことは一度もないらしく、「今回のケースが恐らく共鳴現象の初出しではないだろうか」と二人は意見を一致させていた。
エビふりゃーはそれを聞くと、すぐにその場を去っていった。
恐らく、奴は潜る気だろう。その誘う文明遺跡とやらに。
奴のギルド【終着駅】には、《文明知覚》持ちの廃人なんて両手の指に溢れるほどいる。共鳴を感じ取って、入り込む事なんて容易の筈だ。
しかし、俺の中には一つの疑問が降って沸いていた。
―――果たして、この試練を海外勢共は乗り超えたのか?
俺はそこが気になって止まない。
もしも、こんな事件が起きていたら、もっと前に世界的な問題になっている筈……何故この運営はゲームを続ける?記憶喪失者が出てなお、ゲームは正常に機能している。
訳が分からねぇな。
俺は思考に区切りをつけて、一旦今週のジャンプでも読みに行こうとログアウトしようとした。
文ちゃん、明ちゃん、一旦抜けるわ。じゃあな。
「あ、ご、ごみさん!待って!」
文ちゃんが俺を止めた。
明ちゃんは、そんな文ちゃんを見て、酷く不安そうにもじもじとした。
「き、記憶は、残ってる…?」
あ?……あー、曖昧にな。本当に曖昧だ。
聞いてきているのは、俺達三人で潜ったあの文明遺跡についての事だろう。
今回の事件で遺跡についての情報が次々と明らかになった。
その情報の中で最も不安を覚えるのは、やはり”記憶喪失”だ。
俺は、恐らく記憶喪失の一端に触れている。
となれば、こいつらも触れているのかもしれない。
「ぼ、僕たちも、少しずつ消えていってるんだ。帰還して、一日間は覚えてたんだけど、そこから少しずつ…摩耗するみたいに無くなってく…急いでペンを執ったから何とか記録としては残せたけど……」
そうか。
やっぱ消えるか。
遺跡はそれがデフォルトなのかもな。変な知識をこっちに持ち帰らない様にっつー事かもしれねぇな。俺は元から遺跡で様子がおかしかったみてーだから、何とも言えねぇが……
「多分、《文明知覚》を持っているか否かが関係してる。《文明知覚》を持っていれば、記憶を一日だけだけど持ち帰れるんだよ。今回の記憶喪失者くんは《敵対知覚》持ちだった。だからすぐに忘れてしまったんだ」
んー、確かに。
だけどよぉ。一個、俺は疑問があるんだ。
俺は、確かに遺跡での記憶は曖昧だ。
だが、曖昧ってだけで記憶喪失にはなってねぇぜ?
あの遺跡の中がこっちと全く同じ、プレイヤーだけがいない世界っつーのは覚えてるしよ。
記憶喪失の野郎は遺跡の中の事、一切覚えていなかったじゃねぇか。
随分とおかしな話だぜ。
奴がおかしいのか、それとも俺が特別なのか。
「確かに……」
このゲームは何かがおかしい。
ずーっとそう思ってはいたが、ここに来て一気に露呈した。気をつけろよ、お前らもよ。少しずつデジタルタトゥー合戦染みてきやがった。
……ジャンプ読む気が失せちまったぜ。
◇■◇
まぁしかし、例えそんな事件が起きても俺の日常は変わらない。
家に帰れば、ボロとラミミが二人でのんびり蜜柑でも食ってるだろう。俺もそこに混ざって、三人で仲良く温まろう。
そうすりゃきっと、いつの間にか終わってるさ。
エビふりゃーがもう潜ったっつー報告は掲示板に流れてきた。あとは時間の問題だ。奴さえいりゃ、大抵の問題は解決すらぁ。
言っちゃ何だが、奴はこのゲームにおいては日本の宝だ。
奴を失えば、日本サーバーは崩壊し、急激に求心力を失う。それほどまでに、奴は輝いている。
さて、俺はエビふりゃーがどのくらいで今回の事件を解決するかを競りにかけようかな…いくら儲かるか…廃人共は勿論、今回は事件も事件だ。ルーキー共も参加させていいだろう。儲からせてもらうぜ……へへへ…
俺が下卑た笑いを浮かべていると、突然俺の上になにかがどてっと降ってくる。
頭に思い切りぶち当たり、俺は怒りを露わにした。
おんどりゃー!
お前、何晒してくれとんねん!こちとらラピュタ世界線に生きてねぇんだぞ!人が空から降ってくることには慣れてないんじゃボケェ!!きいと、んの…か……。
俺の言葉は、次第に尻すぼみになっていった。
なにせ、落下してきた奴は血まみれで、下半身がどこにもなかったのだから……―――。
「お、おい……」
流石の俺も、直ぐに奴の介抱をしようと上半身だけの奴を抱く。
い、一体何が…
ま、まさか遺跡関連か?おい!何かあったのか!?てめぇはなんで落っこちてきた!?なんで街中に落ちてくる!なんでどいつもこいつも死ぬ寸前でこっちにくるんだ!おい、おい!!
奴の息は次第に弱まっていく。
俺は出し惜しみしていられない、とポーションをバカスカ掛ける。しかし、多少の効果はあっても元の傷が酷過ぎる。次第に息絶える。
俺は再度奴に何があったのかを聞こうとした。しかし、下半身が無いにも関わらず、奴は俺の襟首を掴み、必死に訴えた―――。
「何が……あった…だと!?
なんでも、なんでもあった!なんでも……だ!
―――宝石の丘も!
―――炎の森林も!
―――輝く地下も!
―――暗闇の太陽も!
―――暗雲の湖も!
―――時翔けの大地も!
―――雪の砂漠も!
―――金の大蟻塚も!
―――重力の平原も!
なんだって!なんだって…あった…。な、ん―――」
その言葉を最期に、奴は息を引き取った。
おい、おい!おい!
カッコイイ引きしてんじゃねぇぞ!そんな事てめぇにゃ求めてねぇぞ!おい、おい!!
俺の嘆き虚しく、魂はもうそこに残っていなかった。
――謎の文明遺跡。
――《文明知覚》持ちが秘匿していた”共鳴”。
――記憶が失われていく現象。
――突然落ちてくる致命傷の遺跡探索者。
このゲームは、混沌に陥り出す。
そして―――、
「あ!?あ!??なんだこれ!おい、どうなってやがる!おい!」
一人の男が街中で淡い光に包まれ、その場から消え去ろうとしていた。
「誰か、誰かいねぇのか!おい!狐面!ララ!!プロぺラ!!!決戦兵器!!!!ラミミ!!!!!だ、誰でもいい…だ、誰か!助けてぇぇぇ!!!」
それは誰でもない俺である。
た、タスケテー!こ、こんなことに巻き込まれるのだけは嫌だぞぉぉぉ!!!物騒すぎる…!御免だ!救ってくれぇ!敬虔な信徒である俺を救えええ!
その叫び虚しく、俺の姿は光となって消失した。
《〇〇知覚》
プレイヤーが一人一つ保有できる強力なスキルである。攻撃的な知覚は存在しない。
別の知覚に変更もできる。その場合も《文明知覚》などで得た情報は緘口令が敷かれ、一切の他言は不可能になる。
現在、文中に出てきた知覚は《敵対知覚》、《文明知覚》、《環境知覚》等。




