記録.34『アイデンティティを貫け!』
「ダスト君が出すのっていつも飴だよね」
いつものようにプロペラに飴を差し出すと、奴はそれを受け取って口の中でころころと転がしながら、そう言った。
ああ?
なんだ、バリエーションが欲しいのか?んだよ早く言えよ。何味だ?何味の飴が欲しい?ん?ソーダか、コーラか、エナジードリンクか。なんでもいいぜ、任せろよ。
俺は前傾姿勢で奴の答えを待った。
「飴以外ってのは無いの?」
しかし、奴から帰ってきた言葉は酷く残酷で、俺のアイデンティティを崩壊させるものだった―――。
あ、飴以外…?
お、お前何言ってんだ…?だ、だって…あ、飴が一番いいだろ?ほ、ほら…舐めながら戦闘だってできるしさ、それに満腹数値もこう見えて結構回復する代物なんだぜ…?
だ、だからさ…あ、飴…好きだろ…?
俺の口は震えていた。
懐からボトボトと大量の飴が落ちてくる。
しかし、俺はそんな事すら気にしている場合ではなかった。言ってしまえば閉店しそうな駄菓子屋の気持ち……。時代の波に置いて行かれる…!!
俺は必死にその波にしがみ付こうとする。しかし、プロペラの言葉は残酷だ。
「飴じゃなくてさ、他の物も良いんじゃないかな」
―――――。
置いて行かれる。浚われていく。俺の心が、俺のプライドが。
その足元にはサプライズで準備したであろう、ソーダとコーラとエナジードリンク味の飴が無数に転がるだけだった…―――。
◇■◇
「一緒に素材狩りに行きましょう」
俺は家でボロとおはじきで遊ぶラミミにそう言った。
ラミミはセーターを着て、もこもことしている髪をポニーテールにしていた。いつもならば、褒める言葉の一つや二つ言いたかったが、俺にはその余裕がなかった。
「いやだ」
しかし、ラミミは俺の誘いを断った。
俺はもう泣きそうだった。そんな俺を見て、ボロも泣きそうになった。しかし、涙目の俺達を見て、ラミミは小さな身体を俺の傍にまで近寄らせて、言うのだった。
「私は今、ボロと遊んでいる。やるなら一人でやれ」
……そっか。
その言葉を聞いた俺は笑いが零れた。この女、しっかり友達になろうとしてるじゃねぇか……。俺は奴を連れていくのを諦めた。そう言う事なら仕方が無い。
傍で半べそになったボロを撫で、俺は言う。
「必ず、帰ってくる」
出兵するときの気持ちとは、こんな感じだったのだろうか。俺は、一筋の涙を流し、そこを去った。後ろから泣き叫ぶ声が聞こえる。それを聞こえないフリして、俺は雪降る街道を歩いた……。
◇■◇
俺はおはぎを連れて、森林を歩いた。
俺の誘いにおはぎはすぐに乗ってきてくれた。
奴は「丁度、みたらしに必要な素材を切らしていた」と言っていたが、恐らく嘘だろう。奴は義理堅い女子だ。俺が借金を帳消しにしてあげたことに恩義を感じているのだろう。
しかし、今はそれすらも有難かった。
俺はおはぎに教えてもらいながら、至る場所で素材を集め始める……。
「あ、ごみ溜めさん。この植物から採れる蜜は凄く甘くて美味しいですよ。こっちのは酸っぱいので、いい塩梅で混ぜれば調和します。こっちは――」
ほいほいほい。
俺は教えられた植物を刈り取っていく。家で栽培するためだ。植え替えれば持続的に蜜が取れる。それならば、その場で取らずに家に持って帰った方がいいだろう。
おはぎは嬉しそうに植物を採取していく俺を見ていた。
俺がその視線に気づいて、問い掛ける。
なに、なんか変な事でもあった?もしかして、これ取り過ぎてる?少し戻した方がいい?
「あ、いえ……なんだか嬉しくって」
「嬉しい?」
「はい…。あんまり料理系のプレイヤーはいませんし、いたとしても商売敵としてしか見てもらえませんから……一緒にこういうことするのは初めてで…」
…かーっ!
俺は目頭を押さえて、奇声を上げる。心が浄化されていく。このこと居ると、俺は本来いるべき立ち位置を思い出す。俺はなんで廃人共となんかつるんでいるんだ…。あの屑共とつるんでいるせいで俺の評判も下がるんだ。
いつだってそうだ。
俺は悪くない。悪いのは奴らだ。奴らが俺の足を引っ張る。奴らとさえ、奴らとさえ出会っていなければ…!
浄化されたはずの俺の心は再びダークサイドへと落ちていった。
すると、そこにおはぎが丸い果実を持って、近づいてきた。
「ごみ溜めさん!美味しいやつありました!」
ああ、ありがとうねぇ。
俺は、どうしようもなくこの子のママになってあげたい。
心の浄化と、堕落を繰り返す。
そうやって、人は成長していくのだから―――。
それは成長ではなく、責任転嫁です。
◇■◇
じゅー……
俺は卵を焼いている。
「かぁッ!」
そんな叫び声と共に、俺は頬に衝撃を喰らい、大きく吹っ飛んだ。卵焼きも宙を舞う。
「判断が遅い!」
そう言って、料理NPCが倒れ込んだ俺の上で馬乗りになって、何度も何度も頬をぶったたく。それは、理不尽と言っても差し支えないくらいに酷いものだった。
しかし、俺は立ち上がり、また卵焼きを作り始める。
すると、卵の殻が少し入ってしまった。
その瞬間、またしても俺の頬に強い衝撃が走り、吹っ飛んだ。吹っ飛んだ俺は建物の壁にぶち当たり、そのままずるずると床に落ちる。それを追って、NPCがこちらに走り寄る、そして卵の殻を俺の顔面に擦り当てた。
尖った殻が俺の柔肌を傷つける。
しかし、俺は諦めなかった。
ポーションを振りかけ、また立ち上がり、料理スペースへと向かう。
今度は殻が入らない様に気を付けて殻を割り、フライパンに黄身と白身を入れる。そして、ぐるぐると掻き回す。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……
今度は速く掻き回し過ぎて、菜箸がフライパンに当たり、床に落としてしまう。
その時、俺の頬に何度目かの衝撃が走った。俺の身体は優に床から数メートル離れ、今度は天井にぶち当たる。頭は天井へとめり込み、息が出来ない。俺は必死に藻掻いて、どうにか天井から脱出する。どてっと床に尻から落ちる俺。
「―――なんでだよッッッ!!」
遂に俺はエプロンを床に叩きつけた。
おかしくない!!?
ねぇ!おかしいよね!なんで俺だけこんなに厳しいの!?ねぇ!あっち見て、あっち!
俺はさっきから俺を殴り飛ばすNPCに突っかかりながら、指を差す。
指を差した方向にはきゃっきゃとNPCが女性プレイヤーに優しく楽しいお料理教室を開催している。
ここは、〈料理人〉の修道場だ。
しかし、何も〈料理人〉職業の者達だけが利用する施設ではない。施設の一部には《料理》スキルを覚えていない者に、それを教える指南所も存在した。
別に武器や生産スキルは反復練習で独自に獲得できるが、こう言った指南所に通えばより早く獲得することが出来る。だからこそ、俺も通うことにした。
しかし、そこでの扱いの格差はあまりにも酷いものだった。
「おいっ!なんとか言えや!!おい!ポンコツゥ!!!」
俺の言葉に一切反応しないNPC。
俺は数分罵り続け、遂に反応させる事叶わなかった。
とぼとぼと料理スペースへと帰り、再び卵を焼き始める。再び頬に衝撃が走るまで、そこから数十秒もしなかった……。
◇■◇
「ぷ、プロペラ…君…」
俺はドキドキとしながら、言葉を紡いだ。
気持ちは今から一世一代の告白をする女子だ。ドキドキ、と胸の鼓動は収まる事を知らず、それどころはどんどんと加速していっているのが分かる。
しかし、俺は完璧な準備を進めてきた。
多くの人の手を借りた。
多くのものを壊した。
その度、多くの者の助けを受けた。
俺はもう後戻りできないところまで来たのだ。
もうこれ以上、失望の目を向けられたくないのだ。こんなこともできないのか、と呆れられた目を向けられる訳にはいかないのだ。
「こ、これ……!」
俺は亜空間から一つの物を取り出した。
そして、右手に持ってお辞儀をした。それは、言ってしまえばプロポーズスタイル。プライドと恥を捨てた男の姿だった。
右手に握られたそれは赤く、そして鈍く光り、月の光を反射していた。
プロペラ君はそれを見てフッと笑うと、俺の手からそれを受け取った。
俺はプロペラ君の顔を見れなかった。
ずっとお辞儀の姿勢のまま、地面に積もる雪を見つめていた。どきどき、どきどき……心臓はどんどんと速くなる。耳から心臓が出てきていないか不安になる。
―――ガリッ!
何かを齧る音が聞こえた。
俺は、バッと顔を上げる。そこには俺が差し出したそれを食べるプロペラ君の姿があった。月光に当てられて神秘的に輝くそれとプロペラ君。
「ど、どうですか………」
俺は不安いっぱいにプロペラ君に聞いた。
すると、プロペラ君は目を細めて、俺に言うのだった。
「……美味しいよ」
俺は歓喜のあまり瞳から涙をぼろぼろと流した。
一人の男が月明りに当てられ、泣いている。そんな姿をプロペラ君は静かに見つめていた。
そして、プロペラ君は再びそれを齧った。ガリッと音を立て、外側が割れる。中にはジューシーな林檎が入っていた。
「りんご飴……ね」
プロペラ君は光る月を見て、目を細めた。
その横顔は仕方が無いな、と言っているようにも見えた。
え、縁日補正で飴じゃないから…あれ飴扱いじゃないから…。




