記録.33『優しい形』
エビふりゃーの強さは分かるか?
「知らん」
俺の問いに、ラミミが素っ気無く答える。
そうか、奴の強さは『途切れない攻撃』だ。
奴を相手取るとそれがよく分かる。奴の攻撃は絶える事を知らない。言っちまえばずっと奴のターンだ。奴が攻撃をやめる時、それは相手取る者が倒れる音がする。
奴はスタイルこそ脳筋だが、同時に頭の中で幾つもの戦略を組み立てている。
この話は俺が直接エビふりゃー本人から聞いた話だ。間違いねぇ。
奴の頭には無数の”ビジョン”がある。
そのビジョン一つ一つを繋ぎ合わせ、一つの攻撃を作り上げる。そして作り上げた攻撃をまた繋ぎ合わせて、無限の攻撃を生む。
奴は基本魔物特化の戦闘スタイルだが、別にプレイヤー相手だって同じだ。
攻撃させなきゃいい話だからな。
その根底にあるのは『攻撃こそ最大の防御』っつー無双理論だ。
子供染みた”俺の考えた最強キャラ”を地で行くのがエビふりゃーっつー男だ。
さ、ちょっとは分かっただろ?
奴を止めるには色々と大変だ。それでもお前はやるのか?ラミミ。
「ああ、やる。いい加減、老害には下がってもらう」
そうか。
悪いがしてやれる事は少ないぞ。
今、俺は奴の監視下にある。ランキング最上位を一瞬でも奪っちまったからな。下手な真似をすると、すぐに廃人共が駆けつけて俺はまた監禁される。今度は容赦なく、な。
だからな、ラミミ。
ここで選択の時間だ。
俺は今、廃人共に監視されている。
するとどうだ?
俺と一緒にいる奴は間接的に監視される羽目になる。それも、その情報は全てエビふりゃーに行くときた。
お前はここで選び取るんだ。契約の形をな。
―――情報を全て流されながらも、俺と共に強くなるか?
それとも、
―――俺から必要な情報だけを受け取り、ただ一人で強くなる道を取るか?
取捨選択だぜ。
何かを捨てねぇと、人は強くなれない。
そうだろ?ラミミ。
二つに一つ。さぁ、どうする。
俺は両手の人差し指を立てて、ラミミへと問いかけた。
するとラミミはしばらく俺の瞳を見つめて、どちらを選び取るのかを決めたのかこちらへと歩いてくる。
俺は気を使って、しゃがみ込んだ。
ラミミは幼女だからな。背伸びしても俺の指には届かねぇ。ジャンプすりゃ届くだろうが、重力に従って戻る時に、指を捩じ切られかねない。
俺は保身の為にしゃがみ込む。
そうやって、人は世の中生きてくからな。
ざくざく、と積もり始めた雪がラミミの小さな足に踏まれて、小気味よい音を立てる。
そして、ラミミは俺の前に立つ。
ラミミは俺の指を立てた両手をじっと見つめ、今度は自分の酷く小さなぷにぷにとしている手を凝視する。
―――そして、ラミミは目にも止まらぬ速さで俺の右と左の人差し指を、両手で握った。
それは、例えるならばこの指とまれ状態。
俺は、なんだこいつ…とラミミを変な目で見つめた。そこで気付く。奴の口が半月型に歪んでいることに……
次の瞬間、俺の人差し指がばきぼきぐしゃと音を立てて、粉砕された。
「ぎゃー!!!」
ラミミがパッと俺の指を離す。
俺は叫び声をあげて、壊された指を雪の中に突っ込む。
て、てめぇ…!ラミミ…!人が優しく選ばせてやってんのにその行動はなんだ、ああ!!?ルーキーがイキってんじゃねぇぞ!
「それだそれ」
「ああ?」
「ルーキー?廃人?経験の浅さ、プレイ時間の少なさ…反吐が出る。βプレイヤーは廃れていく。そして台頭するのは真の実力者だ」
て、てめぇ……
ラミミが言っている事は真理だ。
俺は自分の特別感がなくなるのが怖い。今はβプレイヤーという特権で重なり合うサーバー全てに映し出される存在だが、いつそれが無くなってもおかしくない。
それこそ、ラミミやぺろりん、おはぎのようなルーキーでありながら有能なプレイヤーがこれからのゲームを引っ張っていくこととなる。
俺はそれが我慢ならない。いや、きっと今、廃人達ほどプレイ時間に生活を砕けないβプレイヤー共もそう考える。
βプレイヤーは揃いも揃って屑ばかりだ。
βプレイヤーでありながら廃人ではない奴らの中で、これから先確実に生き残っていくのは、ラック君を含めたβの良心達他ならない。
特別感は幸福感だ。
俺は雪の中から指をすっぽぬいて、ラミミへと訴える。
しかし、ラミミはどこ吹く風と俺の言葉を聞いちゃいなかった。そして、こう言うのだった――。
「選択はしよう。それが契約とあらば」
そ、そうか……
俺は心の中でほっとする。
そして、それと同時に思っていたよりも余程危険な思想を持っていたことに恐怖を覚え、どうにか二つの選択のうちの一つ、情報を俺が流すだけの方を選んで欲しくなった。
逆に違う方を選ばれたら、俺はこいつにつきっきりでエビふりゃーの攻略ガイド扱いされる。や、やってらんねぇぞ…!一体これから何人の俺が死んでいくんだよ…。
俺は祈った。
神よ、どうか敬虔な私に救いを…。
俺の身体を光が包む。神の祝福が下りてくる。
そんな俺を前にして、ラミミが口を開いた。その選択は―――、
「では、共に修羅をいこう。ルート」
神はいない。
敬虔な信徒はやめだ。
ラミミの選択は、俺が共に進む絶望の選択だ。俺はほろりと涙を流した。雪が降る。しゃんしゃんしゃん……
じんぐるべーる、じんぐるべーる…
俺の歌を、ラミミは何も言わずに聞き続けていた。
◇■◇
「だれー?」
「お前の友達になる奴さ」
「おー!トモダチ!」
家に戻った俺は玄関で雪を払いながら、そう言った。
ボロは優しい子だから、俺が帰ってくると眠っていない限りは玄関まで来て「お帰り」と言ってくれる。しかし、今日はそれよりも疑問が勝ったらしい。
ボロは嬉しそうにジャンプする。
それを見て、俺も嬉しくなる。俺は靴を脱いで、家の中に入る。そして、背後を向き―――、
「上がれよ、ラミミ。今日からてめぇの家だ」
俺の事はママと呼べ。
そう言った俺を、ラミミが初めて動揺した様に見つめた。どちらかというと困惑に近いかもしれない。しかし、ラミミは所詮ルーキー。βの連中程、奇想天外で常識離れしていない。
困惑しながらも、ラミミは自分に乗っかった雪を払い、コートと靴を脱いだ。
「お邪魔します……」
そう言って、少し遠慮する様に俺の後をついてくるのだった。
俺は途中でキッチンに寄り、その後コタツのある和室までたどり着くと、そのままドカッと座った。コタツに足を入れ、蜜柑を手元に持ってくる。
まあ、座れや。
ラミミは静かに正座する。しかし、コタツの中に足を入れない。
いや、足入れろや。遠慮すんな。たまにいるよな。友達ん家きてコタツに足入れようとしない奴。それこっちも気ぃ使うから、ヤメロ。
そう言うとラミミは遠慮がちにコタツの中に足を入れた。
そして、少し居心地悪そうにきょろきょろと辺りを見回した後、ボロを見て、最後に俺を見る。
ボロはそんなラミミを見て、嬉しそうにぴょんぴょんとコタツの机に手をつきながら飛び跳ねた。そして、俺が取った蜜柑は外れだったらしく、甘いというよりも酸っぱかった。すっぺ~……
「おい、どういう事だ…」
「ああ?」
俺は酸っぱいミカンの処理に苦戦しながら、ラミミに言った。
「ボロの相手をしてやれ。まずはそっからだ」
俺は適当にそう言った。
今の俺は奴の師匠ポジだ。適当な事を言っても試練と思われ、割り切られる。それならば、ボロの友達になってもらおう。
まるで意味でもあるかのように言ったその言葉に、ラミミは酷く困惑した。
しかし、ボロはそれを聞いてとても嬉しそうに笑い声をあげた。
「ボロはボロ!お名前は?」
ボロが楽しそうにラミミへと問いかけた。
ラミミは基本笑わない奴だ。笑うとしても、何かを企んでいたり、悦に浸っていたりと負の方向への笑いが多い。しかし、流石のラミミも小さな子を怖がらせるのはいただけないと思ったのか、酷く歪な笑顔を浮かべて、自己紹介をしていた。
くけけっ……!
俺が考えなしにてめぇと契約を結んだと思ったか?精々利用させてもらうぜ。
ラミミィ…!てめぇはもうボロの友達だぜ。俺達βプレイヤーの立場を脅かす脅威足り得なくしてやるよ…牙を抜き、懐柔し、共にボロと生きようや……!
きっと、幸せだぜ。
その言葉にだけは、嘘なんてものではなく、本心からの言葉だった。
俺は酸っぱい蜜柑の白い筋を取る。
両端から声が聞こえる。片や嬉しそうに、片や困惑を隠せずに。
キッチンで何かが吹き零れる音がする。ああ、そういやキッチンで牛乳を火にかけたんだった。やばいやばい。
俺はコタツから出て、急いでキッチンに向かう。
コンロの火を止めて、マグカップを用意する。
「おーい、ホットミルク飲む奴~」
「はい!はい!飲む!ラミミも!ね!」
「…ああ、頂く」
二人のコミュニケーションは続く。
友達という契約の形をとって―――。




