記録.32『契約』
「ルー!」
はいはい。
どうしたでござんすか?お嬢様やい。
俺は突然叫んだボロを見て、そう言った。
「プロペラは?」
〔ラミミ:鯉〕
プロペラ君なら今日は飛行機製作会議だぞ。
あいつにも多少なりの仲間は出来た。βと違って、頭の良い奴は多いからな。馬が合う奴の一人や二人できるだろうよ。
ボロは、その言葉を聞くと頬を少し膨らませた。
「ララは!」
〔ラミミ:恋〕
ララなら多分鉱山都市だ。
恐らく鍛冶でもしてるだろ。アイツの武器はいつの時代も高値で売れるからな。需要は絶えないし、供給も絶えない。それでも需要曲線の方が断然上だけどな。
ボロは、その言葉を聞くと頬を更に膨らませた。
「ま、まちゃ!」
〔ラミミ:乞い〕
抹茶の事か?
奴ならいつも通りレベル上げだろ。廃人共に付き合わなきゃいけねぇ付与士も大概大変だよな。
ボロは、そうして頬を一杯に膨らませるとふしゅー…と力なく空気を吐いてしまった。し、しまった…!写真を撮り忘れた…。俺は心のアルバムが一枚薄くなるのを感じた。
そんな俺を前に、ボロは悲しそうに俺に呟いた。
「みんな……忙しい…」
〔ラミミ:濃い〕
……ああ、そうだな。
奴らにも奴らの事情がある。
それぞれが違う肩書を背負い、このゲームで生きている。
掲示板で、インターネットで、SNSで―――。
廃人を名乗り、空人を名乗り、害悪を名乗る。そうやって俺達は生きている。
このゲームをやる俺達に残るのは、不名誉な称号だ。廃人、害悪、狂人、偽善者。数多の詐称を内包したデジタルタトゥーだ。
俺達は消えぬ十字架の隣でゲームをする。
すぐ近くで誰かが俺達を罵ったとしても、そんな事どうでもいいのだ。それが、ゲーマーという種族だからな。
だから、きっと大丈夫だ。
俺はボロの頭を撫でた。
なにも、皆がお前を忘れたわけじゃあない。
皆少し自分の事で忙しいだけさ。なに、すぐに皆会いに来てくれるよ。
俺はひとしきりボロの頭を撫でた後、小さく小突く様にボロの頭に手を置いた。
「うん」
〔ラミミ:故意〕
この子は優しい子だ。
小さい体に一杯の優しい心が詰まっている。言ってしまえば餡子ではなく、優しさを詰め込んだアンパンマンだ。
俺はチーズみたいにいつもいるけど影が薄い、あの子の味方でありたい。
だって俺は、この子のママなのだから―――。
〔ラミミ:来い〕
〔ラミミ:請い〕
〔ラミミ:来い〕
〔ラミミ:こい〕
………い、いい感じなんでメッセージ辞めてもらっていいですか…あと誤字も…。
◇■◇
俺は息絶え絶えに目的の場所に到着した。
そこは〔シンリン〕の街よりもっと左にズレて進んだ荒野。自然の恵み一つすらない、過酷な環境。辺りを見渡せばちらほらと廃人共の姿も見える。
「遅い」
肩で息をする俺を一人の幼女が一刀両断した。
その幼女は馬鹿でかい槌を椅子にして、俺を見下していた。
太陽に反射して真っ赤な髪が揺れる。幼女はばさっと髪を煩わしそうに払う。
俺は奴のその仕草が気に食わなかった。
おいおい、髪は大事にしろよ?
将来禿げてもいいのか?良くないだろ?今から毛根大事にしろや。あとで後悔しても遅いんだぞ。
「うるさい」
幼女はそう言って、俺の頬を思い切り叩いた。
い、痛い!
な、何すんだてめぇ!お、おおお、お、俺を誰と心得る!お、俺はルート様だぞ!言わずもしれた―――、
「てめぇじゃない」
あ?
「人の名前をてめぇ呼ばわり?」
そう言って、奴は巨槌を片手で持ち上げて、俺の肩に柄を軽々と乗せた。重みは全く感じない。この幼女が片手ですべての重量を担いでいるからだ。
「すいませんね、ラミミさんよぉ」
怪物が……
俺は心の中で奴を化け物呼ばわりしながら、口ではそう言うのだった―――。
「あ、ダストさん」
暫くするとラミミの下にぺろりんが現れた。
ぺろりんは俺を見ると嬉しそうにはにかんで、手を振りながらこちらに走り寄る。
おー、ぺろりんやい。
良い子にしてたかい。どれ、飴ちゃんをやろう。今日はメロン味だよ。
俺は懐から飴を取り出し、ぺろりんの口へと放り投げた。
ペロリンはそれを落とす事無くキャッチし、ころころと口の中で転がす。
「集まったな」
俺とぺろりんの仲睦まじいコミュニケーションはその声によって断ち切られた。
集まった?
おいおい、一体どういうことだい、期待のルーキーさんよぉ。
集まったっつってもここにいるのは優しい優しいベテランプレイヤーとルーキーの頭だけだぜ?ラミミよぉ、お前は何を俺達に求めるんだ?
ラミミは喋り倒す俺を疎ましい目で見ながら、強い口調でこう言った。
「エビふりゃーはどうやったら殺せる?」
これは、一つの時代に生まれ落ちた者達の物語。下剋上を企む者が一人…。
◇■◇
ラミミという幼女は怪物だ。
奴はルーキーながらにして、廃人顔負けの戦闘能力を持つ。
俺はそれを知らずに、奴を狩ろうとした結果狩られ、奴の手下に仕立て上げられてしまった。
まあ、手下になったからと言ってそこまで悪い気はしない。
なにせ幼女が自分よりも余程大きな武器を持っているというのは一種のロマンだ。
己よりも巨大な武器。
バトルマンガに大体一人はいる。んでもって、強キャラなことも多い。更にそれが幼女となりゃ、キャラ付けは完璧だ。
しかし、このゲームにおいて幼女で巨大な武器というキャラを既に俺は一人知っている。
―――ララだ。
ララは身の丈に合っていないのではないかと思うくらいに巨大な剣を携えている。巨槌で被らなくてよかった。
俺はキャラ被りが基本許さない。
しかし、こと幼女+巨大な武器に至ってはそのキャラ被りを許容する。何人いても奴らの姿は面白いからな。
そして、二番煎じのラミミが俺達に言い放った内容は馬鹿げていた。
ああ?
エビふりゃーを倒したいぃぃい???
天変地異でも起こせや。例えお前が逆立ちしても誘惑しても無理な話だぞ。奴は現状のプレイヤー間で頭三、四個抜けている。次元が違うって話だ。お前と、奴では。
俺はぼろくそにラミミを貶した。
当たり前だ。これは事実だ。決して嘘じゃない。
・エビふりゃーに関わるな
・エビふりゃーの戦闘を目の当たりにするな
・エビふりゃーの事を考えるな
ゲームでこと戦闘に関して頂点を目指すならば、この三箇条は必須だ。
なにせ、なにをやってもエビふりゃーは越えられない。奴はいない者として考えるしかないのだ。奴はプレイヤー枠の外側。プレイヤーとして考えるな。そうやって、仮初の頂点を目指す。頂点を目指す者たちはそうやって己を封印してやってきている。
「ラミミ、申し訳ないけど…僕もそれは無理だと思うよ。エビふりゃーさんは君以上の怪物だ。勝ち目は万に一つもないと思う」
ペロリンからも厳しい言葉が出る。
当たり前だ。奴はルーキーの頭を張っている。それならば他のルーキーよりも余程エビふりゃーと関わる機会は多いだろう。そして、その分ぺろりんは奴の強さも目の当たりにしている筈だ。
ラミミは俺達の言葉を静かに聞いていた。
そして、カッと目をかっぴらいて俺達に再度こう言うのだった。
「おい、グーグル共。エビふりゃーの倒し方」
「……」
「……」
……ラミミが巨槌の柄を持った。
巨槌は砂埃を立てながら、持ち上がっていく。その光景は圧巻だった。
そして、次の瞬間俺の頬に温かい何かが掛かった。
「え…?」
俺は惚けた様に声を上げる。
そして、頬に掛かった何かを手で触る。
―――それは、真っ赤な血だった。
あ、ああ、あああ……。
俺は震えながらゆっくりと、首を右へと向ける。そこには、血の池が出来ていた。その池の中に何か人だったものが浮いている。俺は、信じられなかった。信じたくなかった。
「ぺ、ろり、ん……」
その血池を作ったのがぺろりんなんて、俺は信じたくなかったんだ。
「さぁ、どうする?」
そんな声が聞こえた。
前を見ると血だらけの巨槌を肩に置いたラミミがこちらを見ている。その瞳は、何も感じていない。ぺろりんをああも無残に殺したことに、何も感じていないのだ。
心持ちだけはエビふりゃーと同格か……
俺は心の中でそう呟いた。空から雪が舞い落ちる。少しずつ、辺りは雪景色に変わっていく。その中で真っ赤に染まった俺達は、
「協力、するさ…」
俺は死ねない。
家で待ってくれる人がいるから。
何を犠牲にしても、絶対に帰ってやる……!
白む景色、その中で悪魔と塵の契約は結ばれた―――。




