記録.31『ハーメルン』
俺と狐面の視線がバチバチと火花を散らす。
俺と狐面は、互いに肉まんとアンパンを貪り食う。しかし、食べるペースは牛乳があるあちらが有利だ。しかし、奴は所詮女子…!性別の垣根は越えられない…!早食いはいつだって男に利があるんだよぉ!!!
俺は奴を強く睨みつけながら、肉まんを食べ切った。
もそもそと狐面が必死にアンパンに食らいつく。奴のアンパンは未だに半分以上残っており、俺が狐面の傍に近付くと、奴は涙目で言うのだった。
「わ、私…こしあん派……」
狐面が持つアンパンは粒あんだった。
気が合うな。俺もこしあん派だ。口の残る皮みたいなやつが堪らなく嫌いなんだ。
そう言って、俺は手を上に向けて差し出した……
狐面はおずおずとアンパンを半分こにして俺に渡してくる。美味しいもん食いいこうな。
「うん……」
狐面は気恥ずかしそうに俺の服の裾を掴んだ。
争いは醜い。
人はなぜ争うのか…。平和主義の俺は不思議で堪らないのだ。
◇■◇
「何の用だ、ごみ溜め。てめぇに売るもんはねぇぞ」
俺と狐面は闇市を訪れた。
狐面は未だに俯いて、どこか恥ずかしそうに服の裾を摘まんでいる。
美味いもんを食えば元気になるだろ。
俺は安直な考えの元、適当に闇市を練り歩いた。狐面は俺よりも一歩後ろを歩く。俺の母性が疼く。この子を決して離すな、と心の中の俺が叫ぶのだ。
狐面は確かに危うい。
傷つきやすい癖に人を煽ったりするし、寂しがり屋の癖にそんな事無い振りをする。こいつはいつも逆張り戦士だ。俺だって人の事を言えないが、だからこそこいつの気持ちが分かるのだ。
そうして俺は、結局こいつと一緒にいる。
何と無く波長が合うからだ。嫌いだが、吐くほど嫌いってわけじゃねぇ。ゲーマーってのはそう言うもんだ。
俺は闇市の一角に売っていたスピード焼きを買う。
名前は薬物臭く、怪しいが普通の食いもんだ。俺は二つ買って、一つを口に放り込みながら、狐面にもう一つを手渡した。
おら、食うだろ。
「ありがと、ダストっち」
そう言って狐面はスピード焼きを受け取った。
もそもそと小さな口でそれを食う狐面。
こいつは一度しょげると中々治らねぇ。まず、しょげる事自体中々無いのだから、その反動なのだろう。
どうにかスピード焼きを食べ終わった狐面。俺は奴の顔を突然両手でびたーんと挟み込んだ。
「……!?…!?」
狐面は突然の衝撃に戸惑ったのか、俺の顔を見て必死に視線を逸らそうと目がぐるぐると回る。
終着駅のギルドハウスでやられたから意趣返しだ。
俺は奴の瞳をじっと見つめる。
真っ黒な奴の瞳に、いやに真剣な俺の顔が反射して見えた。
十数秒経って、俺は奴の顔から手を離した。
ちょっとハラスメント行為で訴えられそうで怖かった。狐面の顔は茹蛸の様に真っ赤になり、手を離した今も、ぼーっと虚空を見つめている。
ええ、なにこいつ。
怖いんだけど。ゾーン入ってる?
俺は奴の視界で手を振ってみたり、変顔をしてみたりするが何も反応しない。
「ねぇ、これどしたん?」
俺はスピード焼きを売っている店主にそう問いかけた。
すると、店主は長い長い溜息を吐いて、スピード焼きを裏返しながら言った。
「ごみ溜めよぉ、お前は人のパーソナルスペースにずかずか入り込みすぎるな」
あ?
何言ってんだ。
俺は、訳が分からないといった様な表情を浮かべた。
VRMMOっつージャンルをやってる時点でパーソナルスペースのくそもあるかよ。ログイン時間は把握され、嘘をつく時の癖を見破られ、本性すら露呈するクソゲーだぞ?いつデスゲーム化してもおかしくないレベルの技術の結晶体にそれを求めるにゃ、無理があるだろうよ。
俺の言葉を聞いた店主はまたしても溜息を吐いた。
「お前は人を言い負かす力がある。しかしよ、同時に人を惹きつける言葉も吐きやがる。だから今はどうにかなってるだろうが、いつか痛い目見るぞ?」
おいおい、随分と具体的なお言葉じゃねぇか。
それに褒めてくれるなんてどうした?調子に乗らせたいのか?そう簡単に俺を手玉に取れると思うなよ。俺は廃人共とルーキーに板挟みになって生きている。数多の憎悪と敵意に晒されてきてんだ。そんな言葉じゃ靡かねぇぜ。
しかし、まあいい。
スピード焼き買ってやるよ。臨時収入もあったしな。ほれ、好きなだけ包みな。釣りはいらねえ、とっときな。
「嬉しい言葉だが、死んでから来てくれや」
あ?
お前何言って―――ッ!!?
店主の意味不明な言葉に俺は反論しようとする。しかし、その瞬間、俺の身体を何かが引っ掴んだ。
ぎちぎちと少しずつ締め上げられていく。
俺の身体が凡そ人体が鳴らすべきではない音を立てながら、拉げていく。
な…!
こ、ここは街だぞ!一体どんなキチガイがこんな真似をしやがる…!牢屋行きが怖くねぇのか!?
俺は己の体躯を握り潰そうとするそれを見る。
―――それは、既視感のある黒い巨腕だった。
俺の思考が加速する。そして、次の瞬間―――、
「き、つ、ねぇぇぇぇぇええええええ!!!!」
潰れていく体躯から飛び出たその声は、一人のプレイヤーにのみ向けられた憎悪の叫び。その雄たけびを向けられたプレイヤーは酷く荒い息遣いでこちらに歩み寄る。その表情は、最早正気とは言えないほどのものだった。
「だ、だって…ね?」
ね?じゃねぇよ。
影魔法を解け。この腕を無くせ。俺を開放しろ。ふざけやがって。人がせっかく元気づけてやろうと思ったらこれだ。お前に人の心はあるのか?ああ?
だってもくそもあるか?
お前はいつも感情の表し方が下手なんだよ。なんだ?俺がなんかしたか?ほれ、言ってみろ。直してやっからほれ。
俺は助かりたいがあまり、奴の言葉を促した。
「だ、ダストっちが悪いよ…だ、だってそんな顔、ち、近付けるし……」
俺はうんうんと頷いた。
そして心中では何言ってんだこいつ、と狐面を罵った。
いや、まずさ、おかしくない?
終着駅のギルドハウスでまずそっちが先に俺の顔挟んで、見つめ合ったよね?なんで俺が突然、お前に顔近付けた変態みたいな扱いになってんの?
「そう、そうだよ。ダストっちが……ダストっちが…だ、ダスト…っち、が……」
俺の前でどんどんと息が荒くなっていく狐面。
その手には果物ナイフのような小さな刃物が握られている。それは、武器スキルが無くても扱える殺傷能力の低いものだ。
狐面はそれをじっと見つめる。
息は更に荒さを増し、玉となった汗が狐面の頬を伝う。
その汗が狐面の輪郭を伝い、顎に到達したとき、遂にそれは雫となって落下する。そして、それが合図とでも言うかのように狐面は果物ナイフを俺の腹に突き刺した。
「は、はは…ふ、ふひっ……ふふふ……!」
不気味な嗤いを上げて俺の腹は切り裂かれていった。
アッアッアッ………
き、狐面……や、やさしくっ!優しくして…!そ、そんなに激しくなんて…耐えられない!狐面、お願い…狐面!
俺の嘆願虚しく、狐面はどんどんとヒートアップする。
俺の腹はもはや跡形もなく消失している。そこにあるのは生まれたばかりの小鹿の様に震える内臓たちだけ……
こ、こっちにおいで…
俺は内臓たちにそう語りかけた。
内臓たちは、とてとてと走って俺に寄り添う。
るーるーるー……
内臓たちが歌っている。
俺を想って歌っている。これは俺への鎮魂歌。一際大きな歌声が闇市に響く。
そして、それと同時に内臓たちは思い出した…。
彼女に支配されていた恐怖を。鳥籠に囚われていた屈辱を……。
――――。
…ぴえー!ぴえー!
内臓が鳴いている。泣いている。
俺に助けてと言っている。ごめん、ごめん。お母さん、動けないの…。もう動く力すら残ってないの…。
狐面が俺の内臓に頬ずりをする。
血みどろになる事を厭わないその姿を見て、俺は戦慄する。奴はもう俺の返り血で真っ赤だ。あれをサイコパスと言わずして、なんと言う?
俺はその表現以外に、奴を表す言葉を知らなかった。
「ダストっちが…ダストっちが…好きなんて言うから…好きなんて、好き……」
こ、こいつ……
あの時のことを、引き摺ってやがったのか……。
俺の意識はそこで終わりを告げた。
死んだ俺に闇市の奴らが黙祷を捧げている。狐面は、死んだ俺の直ぐ傍でぺたんと座り込んでいる。傍から見たら何かの儀式だ。
血まみれの狐面が言った。
「どうして、死んじゃうの?」
人ってね、凄く脆いんだよ。
君が大好きな内臓を盗っちゃうと生きていられない生き物なの。
俺の言葉は届いていない。
別に届いていなくなっていいさ。だって、な?
俺は、自分の周りをふよふよと浮き上がる内臓たちを見た。
皆、幸せそうに鳴いている。俺はこの子たちを一つずつ、優しく抱擁した。
行こうか、皆。
俺は口笛を吹いて、内臓と共に中空を舞ったのだった―――。
世界で一番汚い笛吹き男。
あの時のこと
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