記録.28『業の深い決意』
「ギルド潰しに行こう!」
突然来訪したエビふりゃー君はそう言って、コタツに寝転がる俺を連れ出した。
気分はさながらヒーローに手を握られ、共に逃げ出すプリンセス。
俺の乙女心はきゅんきゅんと高鳴っていた。
エビふりゃー君は一度決めたことを突き通す男だ。
スキルをゲットしようと考えたならば、何日かかっても目的のスキルを手にする。
ランキング一位に輝こうと決めたならば、湯すら入れずにカップ麺を貪り食い、電脳世界に噛り付く。
その男が一度決めたことを覆すのは容易ではない。
それでも、俺は諦めない。
断りの言葉を入れるのだ。きっと、エビふりゃー君は分かってくれる。どんなに頑固でも、俺の頼みなら…きっと……!
俺の乙女心は高鳴る。
もしも、この言葉を聞き入れてもらえなかったら…
そう思うと、俺の心は張り裂けそうになる。それでも、もう戻れない。俺は手を握り合って共に走るエビふりゃーくんへと言葉を紡いだ―――。
「え、エビふりゃーくん…!俺…!い、いきたく―――」
「うるせぇ!行こう!!」
アッ、ハイ。
◇■◇
エビふりゃー君が潰そうとしているギルドは、悪質な取引詐欺、PK、殺人教唆などを繰り返す極悪人共だ。
奴らに人の心はない。
あるのはただ一つ、自分達が稼げりゃそれで良いという傲慢極まりない感情論だ。
許せない…!
俺の心は闘志に燃え滾る。
可愛い可愛いルーキー共をPKして追剥ぎだぁ?道理で最近ルーキー共の身持ちが固いと思ったんだ…そう言う事か…。
エビふりゃー君は俺の手をずっと握っている。
先程から汗がぬるぬるしていて、少し手を離したい。
しかし、エビふりゃー君は繊細なところがある。自分の体質を馬鹿にされることほど、恥ずかしく、惨めになる事は無い。
俺は、エビふりゃー君の手を強く握り返した。その汗が気になっていない、とでも言うかのように…
エビふりゃー君は、一瞬はっとして俺を見る。
俺の笑顔がエビふりゃー君の視界一杯に広がる。そして、俺達は互いに笑いあった。ふふふ……
「き、きもちわる……」
廃人共の一人が、俺達を見てそう言う。
しかし、そんな心無い言葉なんてどうでもいいのだ。俺達は、互いを分かり合った仲なのだから……
「件のギルドの連中は今、コラボイベントに掛かり切りだ」
俺の手を握るエビふりゃー君はそう言って、俺の為に粗方の経緯とこれからについてを話してくれた。
今現在、『Soul・Learning・Online』は、コラボイベントを開催中だ。
そして、そのコラボイベントである〔バトルロワイヤル〕モードは一定回数チャンピオン…もとい一位になれば非常に美味しい報酬が貰える。
奴らはそれを狙って、今現在ほとんどのギルドメンバーがギルドハウスから離れている。恐らく、手に入れた報酬を高値で販売するつもりだろう。
別にそれだけならまだいい。
しかし、奴らはルーキー共に押し売りするつもりだ。無理やり売り、もしもその後払えなかったら、身体で……というあまりに理不尽なサイクル。
無理矢理に働かされるルーキーは増え、そうしてギルドは大きくなっていく。
現に、そうして働かされるルーキー達が何十人もいるらしい。今回の作戦は、そいつらからの情報もあって、成り立っているようだ。
俺は日々、ルーキー共に愛着を沸き続けている。
それは、隠れた原石が眠っているからだ。ぺろりんが良い例だ。あいつ程、人をダメにする奴もいない。俺はそう言った奴を可愛がり、可愛がられ、そして母性をぶつけたい。
俺の母性のぶつけどころは限られている。
待っててね…!
ボロ、プロペラ君、狐面…!
あたい、負けないっ!貴方達に母性をぶつけるために、あたい頑張るっ!
歪んだ男の末路はいかに―――。
◇■◇
「おらぁ!【終着駅】様のご登場だ!道開けろやぁ!!!」
廃人の一人がそう言って、ギルドの扉をぶち破った。
【終着駅】とはエビふりゃーが率いる廃人ギルドの名前だ。
そのまま呼ぶ者もいれば、β時代からのとある名残で”ターミナル”と呼ぶ者もいる。エビふりゃーはその呼び方を好かないが。その辺は適当でいい。
「な、なんだてめッ……!?え、エビ野郎!?」
ギルドハウスの中には少数のギルドメンバーが書類仕事をしていたのか、紙の束を持っていた。しかし、それも俺達の突撃によって取り落とす。
こいつらのギルドハウスは、やましい事をしています、とでも言うかのように山奥に建っている。だから、戦闘行為をしても牢屋行きにはならない。
廃人共は各自が武器を取り、辺りの制圧を始めた。
極彩色の煌めきが廃人共を包み込む。付与士連中の付与魔法だ。相も変わらず、えげつない量のバフだ。
しかし、負けじと悪質ギルドの連中もそれに対抗する。
極少数のギルドメンバーと言っても、そもそも母数自体が多い。廃人共と並び立つ強さを持つ連中はコラボイベントで不在のものの、制圧には多少の時間を有する。
俺は、辺りがドンパチやる中でそろりそろりとルーキー共が働かされているという地下へと向かった。
地下への階段はすぐに見つかった。
薄暗いそこを降りていくと、石壁で出来た簡素な廊下がそこにはあった。そして、その廊下は縦横無尽に広がっており、等間隔でドアが配置されている。
俺はドアの向こうを《敵対知覚》と《気配察知》を発動させ、生体反応をチェックする。いち、に……ふたり、二人この部屋にいる。
俺はドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。そこには―――、
「あ、仕事すかー?」
「今日はどんな感じですかね?」
―――メイド服を着たプレイヤー二人がいた。
俺は数秒停止する。
そして、スクリーンショットを絶え間なく撮り続けた。
「んー?あのー、見た事ない人すけど新入りすか?」
しばらくスクリーンショットの為に立ち尽くしていると、不自然に思ったのかメイドさんが俺に話しかけてきた。
しかし、俺は生粋の日本男児。
ただの女性ならともかくメイドさんは卑怯だ。メイドさんは男の夢だ。やめてくれ、その姿は俺に効くんだ……!
「新入りなら教えるっすよ!まずそこのカメラを持つっす!そして、ポーズを指示して撮る!それだけっす!簡単っす」
「えーっと、大丈夫ですか?カメラさん、なんですよね…?」
俺は呆然とする意識の中で、確かに「はい」と答えた。
その瞬間、意識が一気に晴れる。あまりにも役得だ。俺は今から、この二人に好みのポーズを押し付けることが出来るというのか…。あまりの幸福感に俺は昇天しそうになる。しかし、咄嗟のところで抑え、カメラを持った。
ここで倒れれば、俺は俺じゃなくなる。
これは、俺が俺である為の撮影会だ。そう、これは決してやましい事ではない。やましい事ではないのだよ。
―――――――。
俺はひとしきり撮影会を楽しんだ。
もう、これで終わってもいい。
俺は、半ばゴンさんになりながら、涙を流した。
俺のスクリーンショットはメイドさんの写真で一杯だ。これを家宝として俺は生きていく。
「ふーっ、終わった終わった!」
「さっさと着替えちゃいましょ」
そう言って、メイドさんたちは俺の前で着替え始めた……!
り、リトさんか!?俺はリトさんになったのか!!?あまりのことに俺は気が動転する。
「あ!ああ!ああああ!」
目の前で服を脱いだメイドさんを俺は指の隙間から凝視した。そして、俺は知る。この世の惨さを―――、
―――そのメイドさん達には、あるべきものがなく、ないべきものがあったのだ……。
◇■◇
「あー、負けたっす~!」
そう言って、彼はジョーカーを投げ捨てた。
甘いのよ。
視線の配り方が甘すぎる。お前、最後丸分かりだったからな。ジョーカー隠し下手すぎてウケるわ。
俺はババ抜きで勝った喜びを噛み締める。
「いや、ルートさんも最後の最後まで残ってるじゃないですか。人のこと言えませんよ?」
いーや、最後になんなきゃなんとでも言えるね。
所詮ババ抜きは最後に残ったピエロを罵るゲームなのさ…!はははは!!!
「せ、性格が悪いっす…!」
なんとでも言え!
ははは!はは…ははは!は、ははは…!はは…は……。
………簡単な事だった。
悪質ギルドがルーキー共を働かせているというのは、事実だ。そして、それに嫌気が差していたルーキーが居たのもまた事実だ。
しかし、その労働内容は何も足に鉄球をつけて木の棒を回せなんて言う過酷なものじゃない。
衣装を着て写真を撮るだけ…。
そして、その撮られた写真は闇市や他のブローカーへと流れていく。勿論、合意を得て。
つまり、これは人間の抗えない邪悪の坩堝。
……性癖商売だ。
人の性癖にケチはつけられない。それが悪質なものでなければ、猶更に。
そして、その写真に写るのは全員が男プレイヤーだった。
というよりかは、女プレイヤーは誰一人として働かされていなかった。つまり、このギルドのルーキー共は男の娘として写真に写っていたのだ。
色々な部屋を回った結果、基本的に一部屋一人~三人がおり、それぞれがナース、巫女、白ワンピース等と性癖を突く格好の連中がいた。
上の制圧がようやく完了したのか、廃人共も地下へと降りてくる。
一足先に地下へと赴いていたという事もあり、俺は廃人共に状況の説明を命じられた。しかし、最早どうでもいいのだ。
俺はその場に座り込んで、両手を顔に押し当てた。
そして、静かに言葉を紡ぐのだ。どうしようもない事実を。気にしていなかった現実を。
このギルドの…罪状はなんだったか…ああ、そうだな。
悪質な取引詐欺?
俺だって法に触れるレベルの値引きをさせてるさ。
PK?
ルーキー共を殺すのは日常茶飯事だ。カモがネギ背負ってりゃ殺すだろ?
殺人教唆?
俺の職業は〈教唆者〉だぜ?誰よりそんな事してるさ。
もう、やめようぜ?
変わり果てた俺の姿に、廃人共は困り果てる様に立ち竦んだ。
俺だって、こんな姿をてめぇらに見せたかねぇよ。
なあ、エビふりゃーくん。
「なんだ」
お前の意志は固いか?
「ああ」
そうか。
じゃあ、一人で幾つかの部屋を見てこい。
お前ならすぐに察せられるさ。なに、少しの時間だ。お前らも待てるだろ?危険なこたねぇよ。俺が保証する。だから、な?
「……」
エビふりゃーは、廃人共と目配せをすると俺の横を通り過ぎていった。
そして、数分後…
奴は戻ってきた。そして、俺の隣に座り、両手で顔を覆った。そして、俯いたままこう言うのだった……
「このギルドは、残そう…」
人は禁断の果実に噛り付く。
それが、いつしか毒になるとしても―――。
これは男の娘属性に敗北した者たちの記録。




