記録.23『野良幼女は宇宙を目指した』
「美味いか?」
「うん!」
幼女とは宙に浮く生物だったか?
少なくとも、ララは宙に浮いていなかった。果たして、目の前の幼女がおかしいのか、それともララがおかしいのか……謎は深まる。
しかし、ひとまずは情報収集が必要だ。
ふわふわと中空に浮く幼女に俺は問いかけた。
「自分の名前は言えそうか?」
「ん、……んー?分からん!」
そうかー、分かんないかー。
じゃあ、しょうがないなぁ……とはならない。プレイヤーの場合、ゲームをして記憶が無くなる何て事はほぼない。つまり、この幼女、間違いなくNPC……恐らくなんらかのフラグの役割を担ってやがる……。
俺は目の前でひたすらに飴をしゃぶる幼女を見て、唸る。
この子、どうしよう。
フラグと言っても、別に関わらなくたっていいのだ。この場を去ってしまおうか?平気か?絵面的に最低な男にならないよな?
すると、唸る俺の頬を幼女がぺしぺしと叩く。
んー?どしたー?
「名前はー?」
ん?ああ、俺の名前か。
そうだな、名乗らせようとしといて、こっちが名乗っていないのはフェアじゃないな。
「ルートっつーもんだ。よろしくな」
「よろしく!ルー!」
おお、元気が良くて大変結構……。
孫がいれば、俺はこんな気持ちになるのだろうか……今までの荒んだ気持ちが浄化されていく。エビふりゃーくんを脅し、内臓を捻り出され、無理やり空を飛ばされ、ルーキー共にリンチにされる。
最早、そんな日常が当たり前になっていた。
しかし、こんな子が俺の本当の日常を思い出させる。俺は、俺はもっと、平和に暮らしていて良い筈の男だ。
誰にでも優しく、ルーキー共にちやほやされ、廃人共に頼られる。
そんな人物に俺はなりたい。
決意が俺の心に漲る。
「名前は―?」
迸る決意の外側で、今度は自分に指を差しながら空飛ぶ幼女が問いかける。
…?ああ、そうか、自分の名前が分かんないから困ってるのか。なんか自分につけたい名前はねぇのか?ん?どうなんだ?
「ないなー」
そうかー、ないかー。
んじゃどうする?なんなら俺がつけてやろうか?ネーミングセンスの無さには定評があるぜ。俺はよ。
「つけていいよ!ルー!」
あ、マジで?
俺が本当に名前つける流れなわけ。
俺は、中学生の頃書いた黒歴史ノートを思い出す。あそこには、俺の理想を思い描いた様々な技名がのっていた……懐かしき…忌々しい記憶……
そのノートからどうにか何か引っ張ってこようとするが何も思いつかない。だから、適当に決める。
「んじゃ、ボロで」
「ぼろ、…ボロ!ボロはボロだ!」
そう言って、幼女は俺の周りをふわふわと飛んだ。
良かったねぇ。良かったねぇ。おじさんも喜んでくれて嬉しいよ。ほれ、飴ちゃんもいっこ持っときな。
◇■◇
ボロが俺の周りを浮遊する。
俺はてっきり、この子とはすぐに解散するもんだとばかり思っていた。
しかし、この幼女、ついてくる…!健気にずっとついてくる…!
振り払えない…!振り解けない…!逃れられぬ運命…!
俺は諦めて運命を受け入れた。
しかし、そうなったらだるいのはプレイヤー共の目だ。奴らに空飛ぶ幼女を見られてみろ。最初に疑われるのは、スキルやなんやらだ。それで済んだらいいが、奴らは案外目聡い。
すぐに気付かれるだろう。
この幼女が、普通の存在ではないことに。
そりゃそうだ。
ずっと空を飛べるプレイヤーは存在しない。プロペラの《天翔け》だって、恐らく条件付きだ。それもかなりハードだろう。それほどまでに、プレイヤーが己の意思で自由に空を飛ぶことは難しい。
飛べるとしても、魔法のシステムを利用してだ。
しかし、この幼女は、システムなんて御構い無しとでも言うかのように難なく空を飛びやがる。それは流石にまずい。最低限の偽装は必要だ。俺は幼女に言った。
「ボロ、お前浮かずに歩け。他にバレたらまずいからな」
ボロは少し不満そうな顔をして、仕方が無いといった具合に地面に降り立った。
俺は言う事を聞いてくれたことに礼を言い、幼女と共に歩き出した。すると、俺の服が後ろに引っ張られる。
後ろを振り向くと、幼女が俺の服を引っ張って立ち止まっている。
どしたの。
「ん!」
そう言って、幼女はトトロのかん太よろしく手を俺に差し出してくる。ああ、はいはい。お手々握りましょうね。気ぃ利かなくてごめんなさいね。
俺はボロの手を優しく握った。
酷くやわっこく、温かい。鼻歌を響かせて、ボロが歩き出す。元気ええやん。
俺はその鼻歌を掻き消す勢いでクリスマスソングを歌った。じんぐるべーる!じんぐるべーる!すっずがぁぁぁなるぅぅぅぅ!!!
最近はもう随分と寒い。
街に戻ったら、ホットココアとホットミルクどっちが飲みたい?俺は断然ミルク派だね。バタースコッチパイもつけようか。
俺は見た事がないパイの見た目をイメージする。きっと、街に売っている筈だ。
「どっちも飲もう!」
そうかそうか。
ココアもミルクもどっちも飲もうな。シナモンはいけるかな?シナモンパイも準備しようか。きっと美味しいぞ。
しゃんしゃんしゃん………
辺りに雪が舞い散る。冷たい空気の中で、握られた小さな手にだけは確かな体温が残っていた。
◇■◇
「おいしー!ボロこれ好きかも!」
そう言って、ボロはフォークにバタースコッチパイを刺して、口に運んだ。
幸せそうにパイを頬張るその姿を見て、俺も嬉しくなる。俺は、パイを食べる横でおはぎの店で買った豆饅頭を食べる。
美味いなぁ。
相も変わらず奴の菓子は美味い。俺とボロは二人して幸せな気持ちになる。未だ外では人狼ゲームが行われている。職業の情報隠匿者は出てくる気配を見せない。
そりゃそうだ。
吊るしあげられて、自分が持っている情報アドバンテージを全部ぶんどられるんだぞ。出てくる奴はほぼいねぇだろ。
だが、結局バレるのは時間の問題だ。
消去法で職業持ちは削れていく。いつかは辿り着くかもしれない。まあ、プレイ人口を考えれば、辿り着くのに一体どれだけの歳月が流れるかは考えたくもねぇな。
「おかわり!」
そう言って、ボロは俺に空になったマグカップを見せた。
おお、よく飲んだな。どっちが飲みたい?ココアか、ミルクか、それともコーンスープか?
「ミルク!」
良いセンスしてんじゃねぇか。
そうだよな、やっぱ冬はホットミルクが一番なんだよ。お前センスあるぞ。センスの塊だよ。
俺はボロの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、大声を上げた。
「抹茶さ~ん?ホットミルクよろしくぅ~」
しばらくすると、大きなポットを持った抹茶が現れた。それの中身は紛れもなく、ホットミルクだ。さんきゅーな!
「さんきゅーな!」
俺の言葉を真似して、ボロが言う。
俺は大きなポットからマグカップにミルクを注ぎ、角砂糖を三つ投下した。おら、よく冷ましてから飲めよ。ふー、ふーだぞ。やってやろうか?
「問題ない!」
そかそか。
よくできた子だ。
「……この人たち、なんで人のギルドで寛いでんの…?」
幼女と、ゴミは過ごす。
他人の家のこたつを占領する為に―――!




