記録.18『空飛ぶ忠犬』
プロペラは空を目指す。
いつだってそうだった。奴はいつも空を見上げていた。
そして、他の連中に言うのだ。
『空は希望に満ちている』
厨二病を患った可哀想な奴だ。
人々は皆、それをうざいと言い、離れていった。それでも、奴は諦めなかった。空を目指して、ひたすらに駆け回った。人々はそれを疎ましく思い、関わりたくない奴認定を下した。
そんな中、一人の男が彼に声を掛けた。
『よぉ、何してんだ?お前』
言わずもがな、俺である。
こいつの存在を知らなかった俺は、また変な奴が変なことしていると面白可笑しく声をかけてしまったのだ。
『そ、空を…飛びたくて……』
その時のプロペラは酷く臆病になっていた。
あまりのうざさに、他の連中からハブられ、罵られたのだ。今や、そいつらはこのゲームをしていないが、それが響いたようでプロペラの言葉の端々には躊躇が見て取れた。
あの時、俺もこいつを罵っておけばよかった…。
そうすれば、こんな……こんなマッドで、馬鹿で、どうしようもない奴が生まれる事は無かっただろうに…。
「だ、ダスト君!どうだい!空!空を飛ぶ気分!感動だろう!?気持ちが良いだろう!!!」
「あばばばばばばばばばばばばばば」
俺とプロペラは、今空を飛んでいる。
天気の子よろしくお互いの手を取り合って、遥か上空から落下中。プロペラは感動したように辺りを見回しているが、俺にそんな余裕はない。
普通に怖い。
というかプロペラはこれが怖くないのかよ。こいつやべぇよ。キチガイ過ぎる。マッドプロペラ野郎じゃねぇか。
風が思い切り身体を打ち付ける。
最早それは風と言って良いのか分からないほどの衝撃だ。全身が痛い。
俺はぐっとプロペラを引き寄せて、奴の胸に抱き着いた。
人は水の中で溺れると、何かに捕まろうと必死になる。それと同じで、俺は空の中、プロペラ君にひしっと絡みつくように抱き着くのだった。
ぷ、プロペラ君…!
もう、もう離さない…!お前を絶対に離さない…!
そう言って、俺は奴の硬い胸板に頭を打ち付けた。
「ごふっ、大丈夫。大丈夫。僕にはこれがあるからね」
そう言って、プロペラ君は亜空間に手を入れてごそごそと弄る。
プロペラ君は亜空間からものを取り出すのが下手くそだ。あれでもない、これでもない、と幾つものアイテムが空へと舞っていく。
そして、やっと目当てのアイテムを見つけたのかそれを取り出して、こう言った。
「てれれれってれー。かーさー」
ぷ、プロペラえもん~!
そんなんじゃ僕たち死んじゃうよぉ~!
少し前の俺ならば、《落下の心得》の気合のタスキ効果で死ななかったが、今の俺は《血液操作》の血を取り出す入り口の為に、自分の体に小さな傷を幾つかつけてある。そのせいで、タスキ効果が機能しなくなってしまっているのだ。なんて相性の悪い…。
だからこそ、俺はプロペラ君に頼る他ないのだ。
頼むよ。プロペラえもん。もっとマシな道具を出しておくれー。
しかし、プロペラは自信満々に傘を持つ。
「大丈夫!僕はいつもこれ一本さ!」
簡単摂取のカロリー食品みたいなことを言って、プロペラは傘を開いた。
ばっ、と開かれた傘。その瞬間、落下速度がゆっくりと落ち…落ち……落ちない!!?
ぷ、ぷぷっ、プロペラ君!?
全然落下速度落ちてないけど?大丈夫?
俺はプロペラ君の胸板に何度も頭を打ち付ける。
「………」
プロペラ君は何も言わなかった。
静かに目を閉じて、まるで全てを受け入れる準備をするように……え?待って死ぬのこれ?元はと言えばお前が無理やり俺連れてきたよね?お前それやばいよ。
目の前で戦犯をかました男は、何も言わない。
こ、こいつ…!悟ってやがる…!この状況で、さ、悟りを…!
くそ…!こうなりゃどうにでもなれ!
そして、俺とプロペラ君は地面と一体化する準備を始めた。
丁度着地地点には抹茶含めた数人の廃人がいたため、そこを狙って落下する。
いけ…!
魂のオーバーフォール!!!
流星群と化した俺達は、プリキュアみたく手を繋いで、地面に衝突した。
ビッグバンインパクトレベルの大穴を開け、周りの全てを巻き込んで俺達は死んだ。
思い切りの良さ全一。
◇■◇
「わーい」
プロペラは紙飛行機を追いかける。
その姿は、無邪気な子供そのものだった。
「プロペラっちは相変わらずだね~」
そう言って狐面は手元の玩具で遊び始めた。おい、息遣い荒いぞ。やめろよな、気持ち悪い。もうちょい、お淑やかになれ。いいか、お前みたいなやつはお淑やかでなんぼみたいな所あるぞ。
「うん…うん…」
おい、聞いてんのか?
俺は狐面の浮ついた返事に苛立つ。
あんた、そうやってゲームばっかしてるから目ぇ悪くなるのよ!もう少し本とか読みなさい!本!ほら、電子書籍貸してあげるから!
「でもぉ……」
でもも何もありません!
ほら!早くゲームやめなさい!ゲームは一日二時間まで!いい加減にしなさい!お風呂は入ったの?宿題はやったの!?
「今から…やるとこ…だったし」
んも~!
あんたって子はぁ~!
弄るその手を止めなさいな!きつね!やーめーなーさい!こら!
「ぶー……」
ぶーじゃないの!
お母さんはねぇ、貴方の将来を思って言ってるのよ!ほらほら、まずはお風呂に入ってらっしゃい。そしたらご飯を食べましょうね。今日はミートパイよ。
「わぁい、ママのミートパイ大好き!」
そう言って、狐面ははにかんだ。
「えーん…えーん…」
少し遠くでプロペラ君が泣いている。
きっと、木にでも紙飛行機がのっかってしまったのだろう。
しょうがない……っとと。
俺が立ち上がろうとすると、眩暈がして倒れかける。
狐面が俺を支え、どうにか立ち上がる。最近、あまり休めてないからかな…
「へーき?」
狐面が心配そうに顔を覗き込む。綺麗なお目目に俺の顔が映り込む。その顔色は、酷く悪い。
大丈夫、大丈夫!
ほら、あんたはここにいて。すぐ戻ってくるからね。
そう言って、俺はプロペラ君のところに走る。
しかし、途中でビン!と何かに引っ張られるような感覚で歩みが止まる。
進もうとしても、身体が後ろに引っ張られる。
前に進まない。プロペラ君が泣いている。はやく、早くいかなくちゃ……
進まない体躯。
違和感を覚えて、後ろを振り向くと何か長い紐の様なものが狐面の手元から俺の腹にまで繋がっている。こ、これは………
それを認識した途端、俺はその場に倒れこんだ。
ああ、そうだった。そういえば、俺は渡してしまった。あいつに自分の内臓の一つを…。
俺と狐面を繋ぐ赤い糸。
それは、てらてらと薄気味悪い光を帯びていた。
遠くで誰かが泣く声が聞こえる。
えーん…えーん……えーん………。
ああ、ごめんねぇ。ごめんねぇ。ママ、そっちに行けそうにないや。プロペラ君の傍、行けそうにないや…
不甲斐無い自分に涙が出る。
そんな俺の首に、何か温かい者が巻かれる。それは、俺の腸だった。
一体何故…。
俺はそれを巻いた張本人、狐面を見る。
奴は、少し恥ずかしそうにしながら、こう言った。
「え、えへへ……ぺっとー」
は、ははは。
ママの次は…犬になれってか?
笑えない冗談だ。
…わん、わん………わん……わ…、ん…
忠犬ルート、死す。




