記録.13『星達が見守る夜』
エビふりゃーは恐らく狐面に、こう嘯いた。
『ルートの奴、お前の事好きだってよ』
小学校で好きな子をばらされるが如く、エビふりゃーはそう言ったに違いない。最早、幼稚過ぎて泣けてくる。
普通のプレイヤーならば悪戯と気付ける。
そんな不可解なタレコミを信じる馬鹿がどこにいる?そう、ここにいたのだ。
狐面。
この女の弱点は人の好意に気づけないことだ。
β時代に受けた告白を断る時は、いつも顔を真っ赤にして断りの言葉を吐いていた。その姿に、玉砕した奴らは結局見惚れていたが、中身が中身だ。次第に離れていく。
そうして、この女の存在は少しずつ触れがたいものへと昇華されていき、いつしかファンクラブまで出来る事態になった。そこはいい。あのファンクラブに邪悪な奴はいない。
だから、だからまずこの現状をどうにかして下さい。
俺はエビふりゃーに、もう一度救いを求めるメッセージを連投したのだった……。
◇■◇
「だ、ダストっち…私のこと好きって…ほんと?」
そう言った狐面を前に、空気が凍るのを俺は確かに感じ取った。
や、やばい。俺は頭をとにかく回して、現状の最善を模索する。
エビふりゃーの考えは少し分かる。
抹茶と俺の関係が上手く説明できないのならば、更にド級の関係性をぶっこんで、一個前の話を忘れさせようって寸法だ。
馬鹿みたいにシンプルだが、効果的だ。
しかし、ラック君には逆効果だったのか、俺と抹茶、そして狐面を見た後、最後に空を見上げ、唸り出す。次第に頭を抱え込んでしまった。ああ……ラック君…。
しかし、俺もラック君の心配をしている場合ではない。
目の前の女は、臓物を愛玩動物の如く弄る趣味がある狂人だ。
もしもここで返答をミスってみろ。俺は一生ゲームが出来ないトラウマを植え付けられてもおかしくはない。
想像だ。想像をしろ。どの選択が最もリスクがなく、そしてこの場を収めることが出来るのか?
『スキスキー!ダイスキー!』
そう言った俺は、きっと奴の餌食になる。
あの聞き方、あの火照り具合、あの女、準備は万端って雰囲気を出してやがる…。俺は御免だぞ。俺はまだ内臓君達とおさらばはしたくない。
ならば、違うと否定するか?
『え?いや、んな訳ないじゃん…何言ってんのお前…』
そう言った俺は、奴の魔法で捻り潰される。
一生奴の椅子として扱われ、奴の靴を舐めるゲーム人生を歩むこととなる…。考えただけでもぞわぞわする。結局内臓も盗られるだろうし、これもない。
するとどうだ?
俺の答えは何一つ無くなってしまった。
肯定することも許されず、否定することも許されない。なんて不自由な世の中だ。
どちらを選んでも、地獄だし、俺はきっとラック君に嫌われてしまう。それだけはこの命に代えても避けなくてはならない。ラック君に嫌われたら最後、俺はきっとこのゲームにログインすら出来なくなる。
そして、その結果俺が選んだ答えは……、
「………フッ…」
沈黙である。
あまりのどうしようもなさに笑いが零れる。一体どうしろっていうんだよ。俺はネトゲとかで、この手のトラブルはいつも逃げてきたんだよ。ここにきて俺の人生の浪費癖が顕著に表れている。勘弁してよぉ。
俺の沈黙を見た狐面は、ボッと顔から煙を出してその場から走り去っていく。
え?どゆこと?何、もしかして俺、今勘違いされた?
本当は好きだけど、恥ずかしくて何も言えなくて、せめて笑ってその好意を伝えた、みたいな感じになった?
え、待ってやばいじゃん。やめてよ。勘弁してって。
俺は、この先に待つ内臓だらけの悲惨な結末を空目して、狐面の誤解を解こうと追いかけようとする。その瞬間、
〔エビふりゃー:任せろ〕
既視感のあるメッセージが俺の視界の端にポップアップする。
そして、俺は思い出す。
現状をどうにかして欲しいあまり、最初の方でこいつに助けて欲しい旨をメッセージで送った事を…。
絶望が俺を包む。
エレンたちが超大型巨人を見た時はこれくらいの絶望感があったのだろうか。全てが、後の祭りと化したこの現状を、俺はどうすればいいんだ。
プロペラが、俺は女をとっかえひっかえしているクソ野郎だと言い、
抹茶と俺があたかも出来ている風になり、
俺が狐面のことを隠れながら好きってことになった。
更にエビふりゃーからの「任せて」発言。
俺はもう泣きたい気分だった。というかもう泣いた。蹲って、顔を隠して情けなく泣き喚いた。
しかし、そんな俺を優しく誰かが包み込んだ。
酷く暖かくて、どうしようもなく身を任せたくなる。まるで母の揺り籠で眠っているような感覚…。俺は泣き腫らした目を開け、上を見上げる。
―――そこには、金の髪を揺らす幼女がいた。
「―――ララ……」
俺、頑張ったよ。
「うん」
全部どうにかしてやろうって、ラック君に嫌われたくないって…
「わかってるよ」
で、でも所詮俺には無理な話だった…
俺はクズで、ゴミで、ルーキー狩りだ…。ユニークだって結局周りの目が怖くて全然使えねぇし…人の好意に甘えたくなる…
「だいじょーぶ」
そ、そんな俺でも…お前は好きでいてくれるか…?
「うん。すきだよ、るーと。だいすき」
俺は泣いた。
ラック君は呆然として、俺とララを見る。
抹茶も何が起こっているのか分からないとばかりにこちらを見ている。
ずっと遠くで、一人の男が涙を流した。
星達が見守る美しい夜。
その真ん中で、一人の男の人間関係は人為的にパンクしたのだった……。
何も解決してませんけど…。
◇■◇
ログアウトする前、ラック君は俺に言った。
「きっと、きっと更生させて見せるから…!きっと、いや、絶対に…!」
その頼もしい言葉に、俺は震えた。
ラック君がここまで言ってくれるなんて…。俺は感動のあまり膝をつき、神に祈った。アーメン。
そうして、ラック君はログアウトしていった。
俺と抹茶は息をつき、同時に言葉を零した。
「「疲れた……」」
そりゃそうだ。
あれを経験して疲弊しない奴がいたら、そいつは恐らく人間を辞めているか、常に針の筵にその身を置き続ける怪物だけだ。
既にララはログアウトし、俺も眠い。さっさと寝よう。俺は、抹茶に別れを告げ、ログアウトしようとする。すると、
「あ、わ、私は!別に好きじゃないですからね!!?」
顔を真っ赤にした抹茶女が俺の手を掴んで、そう言った。
「俺もお前嫌いだよ」
俺はそう言って、抹茶一人を残してログアウトした。ただ一人残された抹茶は静かに息を吸い込み、そして吐き出した。しかし、再び息を吸い込むと―――、
「うがあああああああああああ!!!!」
星々が瞬く。
人は時にコミュニケーションエラーを起こす。
しかし、そのミスこそが人を人たらしめるのだ…。アーメン。




