『フラグ』
本日のお客様は珍しいことに陽が昇っている時間帯にいらっしゃいました。
彼女の名はミソラ様。粗暴なしゃべり方と、つり上がった目。ミズキ様に聞いていたとおりの人相の悪い見た目をしています。
「ミズキ様からお話は伺っています。姉妹のような関係なのでしょうか」
「違う。単純に私が面倒みているだけだ」
見た目は十代後半から二十代前半といったところでしょうか。まだ若い方なのに随分と苦労をされているようです。
「なるほど。ミズキ様の言う通り、貴方は素直ではないのですね。それで本日はどのようなご用件でしょうか」
ミソラ様は、私の問いを鼻で笑いました。地面に大の字になっている人とは思えない態度です。
話は少し遡りますが、彼女は血相を変えた顔で城を訪れミズキはどこだといいながら、急に私に襲いかかるという。不可解な行動をやってのけたのです。
私の理解の範疇を越えていたので、思わず地面に叩き伏せてしまいましたが、その影響でしょうか。叩きのめされたにも関わらず清々しい顔で、それを見ています。もう少し加減をするべきでした。今更ながら反省でございます。
「ご用件だ? そんなのは決まってるだろ。ここを訪れる奴の目的なんて一つしかねえよ」
「賞金狙いですか? ちなみに、ミズキ様は現在、城内でヒナ様と遊んでおりますよ」
「……遊びに来たのか、あいつ。本当にそうなのか」
「ええ。以前に泊めていただいた際に、ヒナ様とお約束をされていたそうで、今日という日を互いに心待ちにしていたようです」
「そうか、ミズキにもそんな友達が出来たか」
何か思うところがあるのでしょう。ぼんやりと空を見上げながら遠い目をしております。
「ったく。いくら友達に会うからって、こんな所まで一人でくるなんて何考えてやがる」
「一人ではありませんよ。私がお迎えにあがりましたから」
今度は間の抜けた顔をしてどうしたのでしょうか。先ほどから感情によって表情が豊かに変化しています。まるで、百面相の様ですよ。
「ご存じなかったのですか?」
「知らなかった。いや、ちょっと待て。赤髪鬼だよな。あんた」
「私は一度も、その名を名乗ったことはありませんが、巷ではそう認識されているみたいです」
「それが街まで子供一人を迎えにきたのか」
「はい」
町からこの城までの道のりは野生の獣など危険が溢れていることはご存知のはず。それなのに、なにがそんなに気にかかるのでしょうか。
「人を食らう、冷酷非道の賞金首なのに?」
「失礼な方ですね貴方。後、もう少し言葉を選んでいただけませんか。それに冷酷非道など根も葉もない噂話でございます」
「でも町のみんなはそう噂しているぜ」
「誰が噂したのかもわからない言葉と、私の言葉。貴方はどちらを信じてくださいますか」
ミソラ様は、それもそうかとつぶやくと、ようやく体を起こしました。以外にも彼女は私の言葉に耳を傾けてくださいました。疑り深いのか、単純なのか判断がつきませんが、服に付いた泥をはたき落としながらも、値踏みするような目で私を見ています。
「まあ、いいや。あいつが楽しくしているなら問題はないよ。それより、こうして話す機会を持てた事だし色々聞いてもいいか」
「お好きにどうぞ。ただし答えるかどうかは質問次第です」
ミズキ様が働くお店の店主という事で無下する訳にはいきません。しかし、性格が正反対のお二人ですが、ミズキ様の話を聞く限り、関係は良好とのこと。乱雑な店主と、思慮深い店員。意外にも気が合う二人なのでしょう。
「なら、聞こう。この城にまつわる色々な伝説を」
「伝説とは、少々大げさではありませんか」
「いいの。細かいことは気にするな。まずは禁忌の扉、これは本当に実在するのか?」
「ええ、ございますよ。ですが主の許しの無い方を通すわけにはいかないのです」
「なるほど。主人の命令を守るとは大層な心掛けだな。だけどな、おまえは扉の奥に何があるのか知っているのか」
「いいえ、私は存じませんが貴方は知っているのですか」
「私の事はひとまず置いておけ。お前は扉の先になにがあるのかを確かめもしないのに、なぜ守ろうとする。それはおまえが命を張ってまで守る価値のあるものなのか」
喋るたびに、いちいち私を指を指すのを止めていただけませんかね。ミズキ様の恩人であれば、こちらもこれ以上無粋な真似したくはないというのに。
「一つ確認したいのですが、守る物に価値がなければ守る必要はないということでしょうか。価値など人によって異なるものです。その道理はミズキ様を守った貴方なら知っているはずでしょう。それなのに、なぜそのようなことを仰るのですか。理解が出来ません」
……なぜ、彼女は呆けた顔をしているのでしょう。変なことを言った覚えはないのですが。
「なんていうか。真面目だな」
人の相手をしていて、こんなに苦労するのは初めてです。ふてぶてしい態度と物の言い方。そんな彼女に敬称が必要なのか、そんなことをふと考えてしまいました。
「ミズキ様の話だと、貴方はかなりの情報通だとか」
「ああ、情報網には自信があってね。真偽を見極めるのが生きがいなんだ。特に、この城に有る開かれることのない扉。私はその先を見てみたいのさ」
見果てぬものにロマンを求めるのは結構ですが私の許可なしに進入すれば只の盗人。
それに扉の先にそんな大層なものが隠されているのか疑問もあります。私には、尾ひれの付いた噂が一人歩きしているだけのように思えます。なにより、主より承った誰にも開けさせるなと言う約束を破るわけにはいきません。
「先を確かめることなど、不可能です」
「やってもいないうちに答えを出すのは早計ってもんだ」
ミソラ様は私との間合いを広げ、腰に差した剣に手を伸ばしました。ですが、それよりも早く抜き放たれたのは私の剣の方でした。ミソラ様から見れば、眼にも止まらぬ早さだったでしょう。これを一つの警告として受け取ってくださいませ。
「お止めなさい。先ほどの立ち会いの結果をお忘れですか。あなたに勝ち目はないですよ」
武器を扱う技術の差を見せつけたつもりですが、武器を収めてくれないのであれば粛々と己の仕事を遂行させていただきます。
「言っただろ。決めつけるのは早計だと」
腰が引けているところを見ると、十中八九強がりですね。そこを指摘するのも無粋、というもの。
「なら、試してみますか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「もう、宜しいでしょうか」
死にものぐるいなのは認めますが、いささか実力が足りないようです。大の字になることかれこれ十回
目。心折れることなく立ち上がる姿に、多少は心を打たれましたが、それで攻撃の手を緩めるほど優しくはありません。
「なに、まだまだだ」
頑丈な方です。あれだけ打ちのめされ、ひざが笑おうが立ちあがろうとする気力。それだけは認めて差し上げます。
「口より体を先に動かすべきでは」
身動きひとつとれない体に一撃を加えるほど非道ではありませんが、あまりにもしつこい。いっそひと思いに止めを……刺すわけにはいきませんね。ミズキ様の大事な人ですから。
「ミソラ様。繰り返すようで申し訳ありませんが、ミズキ様から聞いた話によりますと貴方は情報に通じたお方だと」
「まあ、耳は早いほうだよ」
ようやく諦めたのか。手にした短剣を背嚢へ投げ、地面にあぐらをかく彼女。なんというか、女性としての慎みは皆無のようです。
「そんな貴方にお聞きしたいことがございます」
「ヒナのことだろ。ミズキに言われて私も色々調べたよ」
ミソラ様が懐から取り出した一冊の手帳を無造作に広げました。
「ミズキ様が、ですか」
「ああ、大事な友達だからって言ったよ。それはさておき、ヒナが生け贄の御子に選ばれたことは知っているだろ」
「存じ上げております」
「なら、次だ。両親の安否については知っているか」
「いいえ」
「両親は生きているし、大きな怪我もしていない。ただ、今の状況はよくない。そのせいで、ヒナの助けに来ることが出来ない状況になってる」
「どういうことですか」
「監視されて身動きがとれないんだよ。四六時中、見張られてる。相手は誰か言うまでもないだろ」
「黒衣の連中ですか」
「その通り、あいつらはヒナとヒナの両親を目の敵にしているからな。知っているだろ、ヒナの父親が竜殺しと呼ばれていることを。そして黒衣の連中が信仰しているのは竜。まあ相性は悪いわな」
「竜殺し、本当にそんなことをしていたんですか」
「ああ、私も聞いた話だから、はっきりとしたことは言えないけど、ヒナの父親が竜を殺したのは本当らしい」
つまり、ヒナ様が狙われているのは、竜を殺した父、アキト様の子供だから。ということになるのでしょうか。何故、アキト様ではなく、子であるヒナ様を狙うかは理解が出来ません。
「あとは、そうだな……ヒナの両親は、お前のことを知っていたぞ。ヒナがお前のそばにいる事を伝えたら、なぜかほっとした表情もしていたよ。知り合いだったのか」
「いえ、ヒナ様のご両親とはお会いしたことも言葉を交わしたこともございません。それよりも私とヒナ様が一緒にいることをどうやって知ったのでしょう」
「私は情報通だが盗賊でもある。人の口の鍵を外すのも得意だよ」
ミソラ様は得意げに言うと、気さくな笑顔を浮かべました。
「ついでに私からお前に一つ忠告だ。黒衣の連中が狙っているのは生け贄の御子だけじゃない。理由までは知らないが、扉の秘密を知りたがっている」
扉の先には何人たりとも通すつもりはございません。しかし、主は何を扉の中へ隠したのでしょうか。私は今までただ守ることだけを考えていましたが、黒衣の連中の脅威が迫る中、本当にそれでいいのかわからなくなってきました。
「わずかな手がかりでも、話していただけると助かるのですが」
「情報って言うのは真実であってこそ価値がある。私の師匠の言葉だ。偽の情報で利益を得ようとする輩もいるのが、私はそうじゃない。それに情報屋の世界は狭い。誤った情報を流せば途端に信用を失ってしまう。それがわずかな情報であっても、だ。私の方でも情報を集めてみるよ。その間、出来ることならこの城から離れていて欲しいけど、そうもいかないだろ」
彼女の視線を逸らすことなく、正面から見据えると何かを諦めたかのように深いため息をつきました。
「だったら気をつけろよ。あいつらに諦めるという言葉はない。生け贄の御子の奪還に失敗続きのせいで、大分切羽詰まってるからな。そろそろ実力行使に訴えても、おかしくない状況だぞ」




