『狩るもの』
これ以上、下調べの必要はなさそうです。
たいまつの火を壁に押しつけて消すと、あたりはあっという間に暗闇につつまれました。ですが、夜目に自信がある私には暗闇だろうが関係ありません。加えて歩いた道の全てを記憶しています。
横穴から這い出てくる獣の気配を背後に感じますが、走り抜ける私の足に付いてくることが出来ないようです。しかし、思ったよりも数が多い。ヒナ様の元へ急がなければ。
微かに灯る松明の光が見え始めたころ、言い争う声が耳に届きました。見れば男の一人が声を荒げ、ヒナ様に近づこうとしているではありませんか。私の主に対して目に余る無礼を看過することはできません。無論。それを止めようともしない二人も同罪でございます。
「そこまでです」
私の声に振り返る四人。
いけません。私がうかつに声をかけたばかりに、ヒナ様の背が壁から離れ、無防備な背中を通路に向けてしまいました。
この隙を見逃す程、相手も甘くはないでしょう。ひとまず三人は捨て置き、ヒナ様を狙う不逞の輩を片づけるとしましょう。背後に忍び寄ったつもりでしょうが、丸見えです。
腰に差した剣を抜き放ち闇に染まった空間を一閃すると、肉を絶つ感触が手に伝わり、飛び散った鮮血が地面へと零れ落ちました。
ヒナ様が手にした松明で、暗闇に倒れ込んだ影を照らすと、そこにいたのは一匹の黒い毛をした狼でした。光を吸収する黒い毛皮は暗闇に紛れるのにうってつけなのでしょう。それに毛皮に覆われた肉球。
極力、自分の居場所を悟られぬよう足音を隠すのでしょう。その生態は正に野生の暗殺者といったところでしょうか。
「一体どうした。いつの間にこいつらは俺たちの背後に回った」
「どうした、とは私の台詞でございます。貴方がたに頼まれた役目を終え、戻ってきてみれば私のいない間を見計らったようにヒナ様に怒号をあげ詰め寄っている有様。どうやら約束は守って頂けなかったようで、残念です。まずは詰め寄った理由を私が納得できるように説明していただきましょうか」
「い、いや、すまない。この暑さと暗さに苛立って、大人気ない真似をしてしまった。感情を抑えられない、しょうもない奴だと笑ってもらってかまわない」
ヒナ様に近づいた男は手をあげながら後ずさりをしています。説明する気はない。そういうことでしょうか。
剣へと再び手を伸ばすと、男はひれ伏しながら許しを乞い始めました。見るに堪えない余りにも惨めな行為。彼らへの興味は、もはや皆無。ヒナ様を連れさっさとわが家へと帰ることにしましょう。
「ところでその狼はどうするつもりだ」
「どう、とは?」
醜態をさらしていた男は、仲間の冒険者と顔を見合わせ、不敵に笑みを浮かべています。
「いらないのであれば、その死体を俺たちに譲ってはもらえないか。な、いいだろ」
男達は半ば強引に、話を進めると死体へと群がりはじめました。腰に刺さった刃渡り五十センチ程のナイフ
を抜き、巧みな手さばきで死体から毛皮をはぎ取っています。
はぎ取る役割を分担しながら、ものの数分で全ての工程を終わらせ、各々成果を確認しています。冒険者の一人が麻袋の口を固く縛った紐を解くと、中にはざっと十体以上の毛皮が積められていました。おびただしいほどの血液と、むせかえるような腐臭。漂っていた悪臭の原因は彼らのせいでした。
「袋には食べものが入っているって言っていたのに」
「見ての通り真っ赤な嘘だったようです」
新たな毛皮を袋へ押し込むと、再び袋の口を固く紐で縛り、肩に背負いました。
「それにしても、あんた強いな」
馴れ馴れしい口ぶりに、微かな怒りを覚えますが、もはや相手にするのも面倒です。
「どうだい、俺たちと一緒に稼ぐ気はないか。只のメイドと思っていたが、探索や戦闘までこなせる逸材は熟練の冒険者の中にもそうは居ない。金なら弾むよ」
「謹んでお断りいたします」。
「あんたが貰っている給金の二倍出してもいい。毛皮の換金額を見たら腰を抜かすぞ」
同じ質問に二度も答える気はございません。なにより、欲にまみれた人と行動をともにするなど、考えただけでも寒気が走る。無言を貫く私に、男は諦めたように見えますが、そう簡単には事は運ばないのでしょうね。
「ここに長居は無用でございます。先を急ぎましょう」
冒険者達は顔を見合わせていましたが、勧誘が無駄だと悟り、各々荷物を背負うとゆっくりと歩き始めました。
「ヒナ様、参りましょう」
差し出した私の手を握り返すヒナ様でしたが、普段よりも乱暴な握り方に思わず驚いてしまいました。
「あ、ごめん」
「いえ、気になさらずに。それよりも、どうかされましたか」
前を歩く三人に気づかれぬよう小声でしゃべりかけますが、不機嫌そうに眼を釣りあげたまま、返事がありません。私、なにか気に障ることをしてしまったのでしょうか。
「ちょっと気に入らないだけ」
「といいますと」
「レッカに洞窟を調べてこい何て言ったくせに、酒ばかり飲んでいたんだ。狼がうろついている危険な場所なのに、一人で先を見てこいだなんて無責任すぎるよ」
つまり、ヒナ様にとって私が利用されていることが気に入らないという事でしょうか。先ほどの口論の原因もそれが理由かもしれません。私の身を案じてくれた。それだけで私は十分でございます。
指を絡めるように、ヒナ様の手を握りなおすと、少し驚いた顔で私を見ました。微笑みかける私に、恥ずかしそうに目をそらしてしまわれました。わずかなやり取りでしたが、私の感謝の気持ちは伝わりましたか。
心が満たされていく一時を消し去ったのは、突如洞窟内に響きわたった狼の遠吠でした。
声は洞窟内を反響して、一つの遠吠えが何重にもなって響きわたる。まるで、おびただしい数の狼が連なって咆哮をあげているような、そんな錯覚を覚えてしまいそうです。
「逃げろ、速く逃げろ!」
これが狼達の狙いだったのでしょうか。先頭に立っていた冒険者が、恐怖にかられ走り出しました。集団から抜け出し、私たちから十メートルほど離れたときでした。男は急に立ち止まったかと思うと、両手を振り回し暴れ始めました。
がむしゃらに動かしていた手が壁に当たり、落とした松明が地面へ転がり男の足元を照らしました。そこに居たのは無数の狼の群れ。松明の炎で獣の姿を確認できたのは一瞬で、男は暗闇の中へと引きずり込まれました。直後、辺りに響き渡る咀嚼音。硬い何かが砕かれ、食いちぎられていく肉の音。補食されている男は声一つ上げることなく、絶命したようです。
「狼だ、あいつら隠れてやがる」
「どこだ、どこにいる」
彼らには見えてないようですが、私には正確な数がわかります。正面に隠れている数は5。いずれも横穴に姿を潜め、私たちが通るのを見計らっているようです。前を歩いていた二人は立ち止まり、私を何か言いたげな眼差しで見ています。人身御供になれとでも言いたいのでしょうか。
「わかりました。ですが、今度はヒナ様も一緒に来ていただきます」
囲まれてしまうのも時間の問題でしょう。それなのに武器に手をかけようともせず狼狽するばかりの冒険者。この様子ではヒナ様を守るどころか、盾に利用されるだけです。
「子供を連れて行くのは危険だぞ」
「いえ、あなた方に任せておくよりは安全かと」
事実を伝えたのに剣呑な顔をされるのは心外です。
「どういう意味だ」
「言葉通りの意味でございます。それに出口はすぐそこです。ご心配はいりません」
「ここから出られるのか!?」
「その通りです。先を急ぎましょう」
落ちた松明は未だに煌々と燃えています。
意外だったのが狼の襲撃が今のところ一度だけ、ということ。巣穴を横切る際、警戒はしていましたが、姿を現すことはありませんでした。私が気付いていることを察して、襲撃を見送ったならば相当厄介な相手になるでしょう。
そう考えていた矢先、背後から姿を現した5匹の狼は、松明の光が届かない距離を保ち、私たちの後を足音なく付いて来ています。
ヒナ様はともかくとして、冒険者の二名も狼の気配に気付いた様子はありません。
恐らく私がいる限り、無闇に襲う真似はしないと思っていて大丈夫でしょう。今のところは、ですが。
出口に通じる二股の道。言いしれぬ圧迫感を背中に受けながら、ようやくここまでたどり着くことが出来ました。
「こちらの道を進めば外へと出られるはずです」
出口へと通じる道を指さした時、冒険者たちは何故か反対側の通路を興味深そうに見ていました。
「こっちの道はどこに通じているか分るか」
「奥まで進みましたが、行き止まりです。奥には狼の子供の巣穴があるだけですよ」
その一言が余計だったと理解できたのは、冒険者の顔に欲望の火が灯ってからでした。装備を入念に整え始めたという事は、出口に行くつもりはないのでしょう。
「念のために聞きますが、行くおつもりですか」
「おまえたちは知らないだろうが、狼の毛皮は若ければ若いほど一番良い値が付く」
「あいつらの毛は成長とともに濃い色へと変色して、手触りがどんどん悪くなっていく。だが生まれて間もない頃は薄茶色の色をしていて、手触りも滑らかで毛皮の中でも一級品と呼ばれている」
仲間を一人失っていても金が優先ですか。この方たちなら一人減った分、分け前が増えた。その程度にしか考えていないのでしょうか。
「そうですか。ではご武運をお祈りしております」
別れのご挨拶を口にするのを待ちわびておりました。舌打ちのような音が微かに聞こえましたが、気にしないことにしましょう。
「ねえ、レッカ」
「なんでございましょう」
「あの人たち、本当に冒険者なのかな。父さんや母さん、それにモニカさん。僕が知っている冒険者の人たちとは、雰囲気が違っていたよ」
大層な観察眼をお持ちのようです。ヒナ様のおっしゃるとおり、あの方々は汚れ仕事を主に生業としている冒険者と見て間違いないでしょう。腰に差した武器から漂っていた血の臭いの濃さが物語っていました。
「考えすぎですよ。私が知る冒険者は大半があのような強面をしておりました」
「それ偏見だよ」
声をあげて笑うヒナ様のおかげで、張りつめていた空気が幾分か和らいだようです。冒険者の正体を伝えて、わざわざヒナ様の恐怖心をあおる必要はありません。真実は私の心のうちにとどめておくことにします
「ですが、ヒナ様。先ほどの光景に心を痛めたのではありませんか。私は、それだけが心配です」
暗闇の中に引きずり込まれ、命を失った冒険者。一瞬の出来事とは言え、人が殺される瞬間を目の当たりにしているのです。精神的に傷を負ったりしていても不思議ではありません。
「……はじめてじゃないから。大丈夫だよ」
命のやりとりを年端もいかない少年が知っている。その経験は、ご両親が冒険者であることと関係があるのでしょう。ヒナ様が身を置いていた世界は、順風満帆なだけではなかった。
「私、余計な心配をしてしまいました。大変失礼いたしました」
「ううん、気にしないで。街に居たときは色々あったけど、今はレッカがいてくれるから楽しいよ。それにとっても強いから。でも、あの人達も強そうだったね」
「ご心配はいりません。あの三人が、仮に私達を襲ってきていたとしても、瞬時にたたきのめせる程の実力は兼ね備えておりますから」
通路を進むにしたがって、前方から洞窟内に差し込む光が見えてきました。それと同時に、背後から執拗に追っていた狼たちの気配も消えてなくなりました。その様子から察するに、狼たちは私達の隙を探り、襲いかかる算段をしていたのか、もしくは仲間に危害を加えないか見張っていたのでしょう。
私は気配に気が付いていましたが、別れた彼らはどうだったのでしょうか。狼たちのテリトリー内で、背後に迫る気配すら読めないまま、さまよい歩くなど狂気の沙汰としか思えません。
まあ正直な話、私としては狼よりも冒険者の方が厄介でしたが。
「うわ、凄い音」
外から洞窟内に吹き込む風は、ヒナ様が持つ松明を吹き消すほど、強く流れ込んでいました。地形のせいでしょうか。風の音が四方から聞こえ、時折人の悲鳴のようにも聞こえてきます。絶え間なく聞こえてくる悲鳴。それは狼たちの罠で命を落とした者達の断末魔といったところでしょうか。
そんな風の音に混じり、聞こえてきたのは聞き覚えのある声の叫び声。横目でヒナ様を見ましたが、声の正体に気がついた様子はありません。
欲に目がくらんだ愚か者の末路なんて、こんなものでしょう。
「ヒナ様、出口です。参りましょう」




