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廃城のメイド  作者: 北都
16/26

『穴』

「すみません! 寝過ごしました!」

「もう夕方ですよ」


 飛び起きた勢いのまま、客間に飛び込んできたシニョは随分と慌てています。朝から眠り続け、昼を通り越し夕方までたっぷり寝ていた彼女の顔色はすっかりと良くなっていました。

 寝過ごした恥ずかしさもあるのか頭を掻きながら、ツバキ様のもとへと駆け寄ると。


「寝過ごしました」 

「二回言わなくてもよろしい」


 ツバキ様はため息交じりで呆れた様子でしたが、出会った時とくらべると幾分かトゲがなくなり、余裕すら感じられます。


「夕食まで時間があるわ。もう少しゆっくりしていきましょう」

「家に帰らなくていいんですか」

「せっかく夕食に誘われたんですもの。それにヒナの話によればレッカの料理は絶品らしいわ。楽しみね」


 ツバキ様の正面に座っていたヒナ様が会釈をすると、シニョは食い入るようにヒナ様の顔を見つめています。


「貴方がヒナ君ですか、はぁ~かわいい顔してますね。ツバキ様もそう思いませんか」

「同意はするけど。いきなり失礼な事を言わないで」

「いえ、あの僕は気にしないので。大丈夫です。ただ可愛いと言われるのは複雑ですけど……」

「気にしないっていいながらも、やっぱり気にしてますよね。そういう年ごろですもんね~」

「アンタ、あまり調子に乗ると本気で怒るわよ」


 シニョが会話の輪に加わる事で、さらににぎやかで楽しい時間が訪れる。

 くったくなく笑う二人の笑顔につられ、ヒナ様も普段以上に笑顔を見せてくれました。

 用意した夕食はお二方とも満足されたようで、私としても腕を振るった甲斐がありました。夕食を終えた二人は、薄暗い夜道の中、自宅へ帰っていきましたが、シニョがいれば問題はないでしょう。


 後片付けを終え自室に戻ると、扉をノックする珍しいお客様がいらっしゃいました。

 扉をノックしたのは神妙な面もちをしたヒナ様。こんな夜中に一体どうしたのでしょうか。


「シニョさんから聞いたんだ……。その、一度も眠ったことがないって」


 どうやらシニョ様の口は軽いようです。私としてはメイド同士の内緒話のつもりでした。ヒナ様の耳に届くとわかっていれば、迂闊な発言は控えていたというのに。こうなってしまえば、素直に話すほかありません。


「ええ、ありません。ヒナ様と出会う前から、出会った後も一度も」

「前に僕が眠るまで手を握ってくれた時があったよね。あの時は?」

「はい、そのときも眠らず、ずっとヒナ様の顔をみておりました」

「そう、なんだ。それなら夜はいつも何をしているの」

「そうですね、基本的には城の掃除でしょうか。あとはヒナ様の服を縫ったり、図書室で本を読んだりしていますが、持て余してしまうことも多々あります」

「寂しくはない?」


 寂しい、ですか。今は私の事よりもヒナ様の沈痛なお顔。そちらの方に寂しさを感じてしまいます。


「どうか、そんな顔をなさらないでください。私なら大丈夫ですから」

「でも」

「考えてもみてください、ヒナ様。シニョ様に言われるまで、私の事でおかしいと気づいたことはありますか。恐らくないと思います。睡眠が出来ないことで、ヒナ様のお世話で支障が出たことなど一度としてないと自負しております。私にとっては睡眠とはその程度の事なのです。ですから気にする必要などありません」

「……そうだよね。心配する必要なんかないよね。ごめん」


 ヒナ様は部屋から飛び出すと、開いた扉を閉じもせず、そのまま駆けていきました。


「ヒナ様?」


 去っていく背中を追いかけて、廊下に飛び出しましたが、私の気のせいでしょうか。ヒナ様の後ろ姿が、私を拒絶しているようにも見えます。追いかけようとする私の意志を奪うほどの拒絶の意志に、私の足は一歩も動くことが出来ませんでした。

 ヒナ様があれほどまでに私を拒絶する理由はなんしょうか。いつもであれば、お部屋まで見送るのが当たり前だというのに。しかし今はそっとしておくことが最善、なのでしょうか。


 何故、ヒナ様があんなにも辛い顔をしていたのか、わかりかねますが幸いにも考える時間は十分にあります。今夜に限っては時間を持て余すことはなさそうです。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 大量の洗濯物がようやく干し終わりました。ヒナ様が来てからと言うもの、洗濯の回数が増え、中庭の一角が私のメイド服とヒナ様の衣装で埋め尽くされるほどです。水仕事は季節を問わず大変ですが、仕える方がいらっしゃるおかげで充実した毎日がおくれています。そのおかげなのか、主を失った悲しみが日に日に和らいでいくような気がしています。

 気にしていたヒナ様の事も、今朝は別段、変わった点はありませんでした。強いて言うのであれば朝食のおかわりの回数がいつもより減ったことくらいでしょうか。 

 

 仕事の合間に、胸のポケットから取り出したのは一枚の黒い布。中心に描かれた一際大きい花の周りには草花の美しい刺繍が描かれています。この美しさは日々の賜といったところでしょう。ヒナ様はミズキ様から刺繍を教わってから、一日と欠かすことなく毎晩刺繍を続けては、成果を私に見せてくれました。

 しかし、昨晩はヒナ様に渡しそびれてしまいました。もう続きをお願いすることは出来ないのでしょうか。


「毎日見てばかりで見飽きないの」


 いつも通りのヒナ様の声色に安心を覚えながら振り返ると、少し呆れた表情のヒナ様が私の手元を見ていました。


「飽きませんよ。私の大事なものですから」

 日に日に完成していく刺繍のはいった一枚のハンカチ。縫われた刺繍の繊細さは日を追うにつれて腕が上がっています。当初は黒の面積が大部分をしめていましたが、今となっては至る所に刺繍が施され、完成まであと一歩といったところでしょうか。

 人知れずに頑張るヒナ様の為、私も腕を振るいたくなってきました。


「今日は食材の為、少々遠出をしようと思うのですが」

「食材集めってことは森に出かけるの」

「ええ、最近食材の備蓄が少なくなってきたので多めに確保しておこうかと思います」

「僕も一緒にいっても平気かな?」

「ええ、是非。一緒に行きましょう」


 近場の森で食材を探すこと三時間。休みを挟んで動いていましたが、ヒナ様は少々お疲れのようです。ですが、二人できた甲斐もあって充分な量の食材を蓄えられそうです。


「さっきから、このあたりなんだか歩きにくいよ」


 食材を集めることに夢中になるあまり、森の奥深くへと入り込んでしまったようです。生い茂る草の背丈もひざ下まで位まであります。それも歩きにくい原因の一つではありますが、、それ以上に厄介なことに気が付いてしまいました。


「どうやらこの辺りは荒野狼の縄張りのようです。もしかしたら罠が仕掛けられているかもしれません。私の傍まで来ていただけますか」

「狼が罠をはるの?」

「意外に思われるかもしれませんが、荒野狼は普段洞窟や穴の中に身を隠すのです。その習性から穴倉狼などとも呼ばれ、長く伸びた爪を器用に使い、穴を掘るのが得意なのです。一説によると獲物を捕らえるため、落とし穴を掘るとか。事実かどうかはされおき、用心するにこしたことはないかと」


 膝辺りまで伸びた草地をかき分けて歩くと、時、足の裏に伝わる凸凹とした感触。これは狼の群れが地面を掘り返した後に違いありません。

 ヒナ様は一歩一歩を確かめながら、私に向かって歩いた矢先。突如、ヒナ様の体が地面へと吸い込まれた。いえ、これは吸い込まれたのではない、落ちた。


 まるで落とし穴のように掘られた縦穴。間髪いれず私も飛び込んだおかげで、ヒナ様を抱きかかえることができました。縦穴は、滑り台のような傾斜になっていて、私たちは下り続けました。

 傾斜がなくなる頃には、上から降り注ぐ光、光点がとても小さくなっていました。

 落とされた縦穴を上ることも考えましたが、私一人ならばともかく、ヒナ様を抱えて登るとなると。掘り起こされた岩盤のもろさに不安を覚えます。

 うっすらと差す地上の光を頼りに周りを見渡すと、いくつかの通路がありました。人が十分に通れるほどの大きさがあるところを見ると、廃坑という可能性もあります。脱出が困難になるかもしれません。


「レッカ、ケガはない」

「問題ございません。滑る落ちる際に少々汚れた程度です」

「僕のせいでレッカを巻き込んでごめんなさい」

「構いませんよ。ヒナ様の居るところが私の居場所ですから。どこへでも付いていきます」

「ありがとう」


 しかし洞窟の中は昼間だというのにとても暗く、蒸し暑い。通路から吹き込む風の生暖かい風に、ヒナ様は体は強張っていました。


「大丈夫ですよ」


 ヒナ様の手を取り、しっかりと握りしめます。


「私が一緒ですから」


 風が吹き込むということは外と繋がる道がるということ。それを頼りに歩くべきでしょう。しかし、暗闇の中を手探りで歩くのは危険です。まずはたいまつをつくるとしましょう。


「そんな枯れ木、いつ拾ったの」

「万事に備えて準備するのが一流のメイド。私に抜かりはありませんよ」

 

 灯された火は手元だけでなく、足下を橙色の暖かな光で明るく照らす。ほっと一息をつくヒナ様の手を取り、奥へと進んでいくと私たちの前方より明かりが三つ近づいてきました。


「誰かいるぞ」

「冒険者なら面倒だぞ」

「いや、待て……。おまえたちは冒険者ではなさそうだな」


 暗闇から現れた数は三。各々の手には私達と同じようにたいまつが握られています。


「見ての通り冒険者ではありません。私はメイド。そして。こちらのお方は私の主でございます」


 主という言葉に、きっと反論を唱えるであろう、ヒナ様の手を引き、彼にだけ聞こえるよう耳打ちさせていただきました。


「面倒がないよう、そのような体でお願いいたします」


 先頭に立っている男は私の腰にある剣を一瞥し、なぜか私達の行く手を遮る様に立ちふさがりました。


「ご用がなければ、そこの道を通りたいのですが」

「いや、この先は土砂が崩れて進めない。俺たちも間一髪の所で逃げてきた」


 姿から察するに彼らは冒険者。腰に差した各々の武装からは相当な年季が感じられます。熟練者の域にまで達しているとみて間違いないでしょう。


「本当に崩れて進めないのでしょうか、風はこちらから流れてきていると思うのですが」


 手にした松明の火の揺らめき。それは間違いなく男たちが立ちふさがる方より吹き込んでいます。


「おそらく、瓦礫の合間を通る隙間風だろう。行くというなら止めないが、間違いなく行き止まりだ。それよりも、俺たちと一緒に出口を探さないか」


 突然の申し出ですね。困っているのはこちらも同じですが、ヒナ様の確認を取らねばなりません。

 耳打ちする私達を非難のこもった目で見ている冒険者たちですが、別段気にする必要はありません。

主の身を案じる、当然の事なのですから


「ヒナ様、いかがいたしましょう」

「まずは、ここを出ないといけないもんね。でももしもの時はお願い」

「お任せください」


 道の捜索に名乗りを上げた男達のあとに続き、最後尾を歩く私達。

 生暖かい風に交じりながら漂う鼻を刺すような腐臭にヒナ様は顔をしかめていました。


「ねえ、さっきから何か臭わない」

「……ああ、俺たちの食料のにおいだな。この暑さと湿気で腐っちまったみたいでな。生臭いだろ。洞窟をでるまで辛抱してくれ。申し訳ない」

「捨てていけばいいのに」

「坊ちゃん。俺たちが無法者に見えているのかもしれないが、冒険者にもルールがある。今でいうと食えなくなった食材を捨ててはいけない、とかな。くだらないルール聞こえるかもしれないが、それを守らず至る所に食品を捨てちまうと問題がおきる」

「問題?」

「ああ。例えば野生の獣が食べ物の味を覚えてしまうとかかな。あいつらにしてみれば食材が腐っていようが関係ない。今日を生き抜くための大事な食料だから何でも食うぜ。そして味を覚えれば次からは人の傍をうろつくことになる。だから捨ててく訳にはいかない」


 冒険者としての立派な心がけでございます。その袋の中身を素直に言わない理由も冒険者としてのルールなのでしょうか。まあ、問いつめたくもありませんが。そんなことよりも、先ほどより食料とやらを入れている布袋から血が滴っているので、そちらをどうにかしていただきたいものです。


 しかも、そのせいで尾行されてますよ。


 通路の幅は次第に狭くなっていき、大人二人が横に並ぶほどの余裕はなくなりました。しかし私達は小柄なヒナ様のおかげで一緒に歩くことができます。


「いいかいお嬢ちゃん。冒険者っていうのはな」


 何も聞いてもいないのに、勝手に語りはじめてしまいました。申し訳ありませんが、そんな心得などに私はまったく興味がないので、その代わりと言っては何ですがヒナ様を眺めることにいたしましょう。そういえば今日の服の着心地を聞くのを忘れておりました。私が苦心して作り上げた一着でございます。お出かけの服装ということで、新緑を思わせる深緑の色をした布地に多少のフリルをあしらってみました。男性でありながら、中性的な雰囲気を漂わす仄かな色気を醸し出すヒナ様。その佇まいに私の心は張り裂けそうです、いまこうして改めて眺めていると、今のお姿が一番美しいように思えます。やはり、私の目に狂いはありません。

 私の思いが通じたのか、ヒナ様と目が合いました。しかし、なにやらヒナ様は焦っています。一体どうしたのでしょうか。彼が何度も指を指す先を見ると、冒険者が呆れた目をしながら私を見ていました。


「なあメイドさん。あんた俺の話を聞いていたかい」

「いいえ、まったく」


 それから無言のまま歩き続けていると冒険者達は急に立ち止まり、その場に腰をおろし始めまし

た。


「少し、休憩しようか」


 手にした瓶から漂うアルコールの臭い。まさか酒盛りでもするつもりでしょうか。


「なあメイドさん、少し先を見てきてくれないか」


 瓶に口をつけ、回し飲む男達。一口含む度、顔が赤みを帯びていきました。


「私が、ですか」 

「ああ。こんなところに小さな坊ちゃんを連れてくる位だ。腕に自信はあるだろう」

「それとも、ただ迷い込んだだけかな」


 ずいぶんと口が達者ですこと。下から上まで嘗め回すような目と、にやついた笑みの裏で、どんなことを考えているのやら。


「ため息なんかついてどうかしたか」


 ため息の一つくらい吐きたくもなります。仮に腕に自信がないと一体どうするつもりでしょう。横柄な男たちの態度にヒナ様は何かを言い掛けていましたが、私がそれを手で遮ります。


「かしこまりました」

「僕も一緒に」

「大丈夫です。少し不便な思いをさせますが少々待っていて下さい」


 それと忠告をしておかねばなりません。


「ヒナ様。私がそばを離れている間、背中を壁につけていてください。絶対に、ですよ」


 ヒナ様の耳元から顔を離すと、力強く頷いてくれました。察して頂けたようで何よりでございます。


「では、行って参ります」


 ヒナ様の元を離れ、たいまつの明かりを頼りに、下調べと参りましょう。


「念押ししておきますが、主には、くれぐれも近づかぬようにお願いいたします。粗暴な見た目の輩には慣れておりませんので」

「あーはい、はい。わかったよ。……っ!」


 舐めるのも大概にしていただきたいものです。

 ぞんざいな返事をした男の首もとに突きつけたのは剣の切っ先。言葉で理解して頂けないのであれな、上からねじ伏せるだけですよ。


「二度はいいません」


 青ざめた顔をしているところを見ると酔いは冷めましたか。しつこく首を何度も縦にふっていますが、一度で十分でございます。

 まったく、命を握られないと従順になれないものでしょうか。


「では、ヒナ様。行って参ります」

「うん、気をつけてね」


 自然にできた洞窟ではなく、人の手が加えられた炭鉱。そう認識していましたが、改める必要がありそうです。原因は通路。基本は一本道で偶に道が分岐している以外、気に掛けるところはありませんが、視線を下げると、大人がかがんで通れる横穴のようなものが幾多も見受けられます。


 そして、纏わりつくようなこの視線。一つや二つではありません。気を抜くわけにはいかない。道は平坦とはいえ、全てが整備されているわけではないので、迂闊に歩けば石に躓いてしまいそうです。

 湿り気帯びた洞窟内の壁はもろく、強くたたけば砂のようにさらさらと崩れ落ちてしました。これだけ柔らかいと強度に不安がありますが、手を加えるにはもってこいのようです。


 しばらく歩くと二手に分かれた通路がありました。手にした松明をかざせば、洞窟に吹き込む風がかすかに炎を揺らしています。

 どうやら一つは出口。もう一つは行き止まりのようです。

 念のために、行き止まりの方を調べるべきでしょう。

 

 代わり映えしない景色が続く通路を奥に進んでいくと、少し開けた空間にでました。其処ら中の壁には鋭利なものを打ち付けた荒々しい痕跡が残されています。それ以外に見落としはないか注視しましたが、ここが行き止まりという収穫しかありません。

 小石を蹴るような微かな物音に振り返ると、横穴から姿を現した狼の子供がいました。好奇心を抑えられなかったのか、尻尾を振りながら私をじっと見ています。


 至る所に掘られた横穴。まさかこれらが全て狼の巣穴なのでしょうか。ここに来るまでに目にした数は十、二十ではききません。狼の巣穴だというのに遭遇しない訳です。狼たちは侵入者である私に悟られぬよう、巣穴の中で息をひそめていたのですから。

 そんな中で唯一姿を見せたのは、健気な瞳を向ける小さな狼。子犬に似た愛らしい姿をほほえましく思いましたが、その足元に落ちていた一本の骨を見つけた時、己の浅慮を恥じました。

 

落ちていた骨。あれは人のものに間違いありません。まさかとは思いますが、念のためにあの巣穴を調べなくてはいけません。地面から腰の高さほどの巣穴の中は、むせ返りそうになるほどの獣の臭いが充満している。

 黒く塗りつぶされた穴を松明で照らすと、そこにはおびただしい数の人骨が山のように積まれていました。


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