『正体』
地平線に沈む太陽を覆い隠そうとする雲。今夜は荒れた天気になるかもしれません。
ミズキ様と付き添いのミソラ様を早めに街に届けたのは正解でした。この様子が続けば、雷雨になってもおかしくはないでしょう。
主の墓石に花を添え、手を合わせる。主がここで眠るようになってからは、ヒナ様とともに墓石周りの花壇に植えた花の世話が日課となりました。ヒナ様のおかげで色鮮やかで新緑が香る草花の数々が元気育っています。きっと主も気に入っているはずでしょう。
最近はヒナ様と主の面影を重ねてしまう。性格や言動が正反対なのに不思議なものです。ヒナ様が私の新たな主になっていただけたら……いえ、無理な願いということは重々承知しております。
なぜなら、ヒナ様には帰るべき場所があるから。素敵な家族が待つ帰るべき場所がある。ヒナ様との別れは避けられない事。だからこそ、別れの時まで私は彼を守らなければならないのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ヒナ様。おやすみなさい」
「おやすみ」
ヒナ様がお休みの際、手を繋くことが最近では当たり前になってきました。同じベッドに横になることが出来る今だけの時間。しばらくヒナ様に倣って目を閉じていると。愛らしい寝息が私の胸元をくすぐっていました。
ヒナ様を起こさぬよう、そっとベッドから立ち上がり、空になったベッドの空間に毛布を掛けなおす。以前は、部屋のひび割れから夜空を眺めることが出来ましたが、今は厚手の布で覆い隠しています、星が見えなくなったという苦情もありましたが、そこはヒナ様の健康が第一ということで納得していただきました。
あとは、自分の部屋に戻り裁縫の続きでもしましょう。完成間近となったヒナ様の服。苦心した甲斐もあって、今までの中で一番の出来となりそうです。喜んでいただけるのか。それだけが不安です。
ですが完成は明日以降へ持ち越しとなりそうです。
城に近づいてくるお客様を無視するわけにはいきません。夜の一角を赤く染めるほどの松明の数。どうやらミソラ様の言うことが当たったようです。
城の前を埋め尽くす程の人。どなたの顔にも悪意や憎悪など負の感情があらわになっています。黒のローブを着た集団は武器を握りしめ、じっと私を見ています。肌に突き刺さるような明確な敵意を前に、尋ねる意味があるのかは、わかりませんが。
「主の城になにかご用でしょうか」
私の声に、集団から微かな騒めきが上がりました。しかし、じっとこちらを見ているだけで返事はありません。
「このままお引き取りください。ヒナ様をあなた方に渡すわけには参りません」
「通せ」
その一言で集団が左右に分かれ、道が出来ました。そこを痩せ細った長身の男が悠々と歩きながら、私に近づいてくる。剃髪した頭と目の下のくま。彼の風貌からはどこか狂気じみた印象を受けます。
その後ろから見覚えのある男が一人付き従うように現れました。
確か、小太りの少年の護衛についていた男だったはずです。
「間違いないな?」
「はい。間違いありません」
剃髪した男は、その答えに満足したかのように大きく頷きました。
「御子がここにいることは知っている。だが用件はそれだけではない」
「あなたも扉の先に興味があるんですか」
「その通り。その中にある物こそが、私たちにとって必要不可欠なのだ」
「禁忌の扉という、くだらない噂話に踊らされ、ここを訪れた冒険者達の末路を貴方はご存じですか」
男はゆっくりと頭をふると、私の言葉を否定するかのように重くゆっくりとした口調で語りかけてくる。
「噂話などではない。本当にあったのだ」
男の自信は揺らぐことなく、ただ真っすぐに私を見ています。絶対の確証でもあるのか、眼をそらそうともしない。
「なぜなら、お前が証明している! お前という奇跡の産物が! お前の主が俺に話してくれたことは本当だったのだ」
もし主が生きていたら、自分のことを話す相手は見極めるべきだと一言注意を申し上げたいところです。
「扉の先に何があるのか。あなたがそれを知っていたとしても関係ありません。なぜなら私がここにいる限り開くことなど出来ないのですから」
「なに、手段は選ばんよ」
男が手を振り下ろすと同時に風を切る音が城へ迫る。夜空に描かれた赤い線は幾重にも軌跡を残していく。夜空を染めた赤い線の正体は火を纏った矢。それらは絶え間なく城へと降り注ぎました。
手段を選ばないという宣言通り、火攻めを行うなど私の想定外です。止めどなく注がれる火の矢を放っておけば取り返しがつかなくなりますが、優先するべきはヒナ様の救出しかない。
敵を前に背を向けるのは初めてです。ふつふつと湧き上がる怒りに身を震わせている場合ではありません。今はヒナ様の元まで走らねば。
火は燃え盛り、立ち上った火柱は夜空を赤く染める。城内の中庭は、すでに火の手があがり熱風と熱気が充満していました。未だ放たれる火矢は城壁を越え、至るところに突き刺さっています。ヒナ様と丹誠込めて育てた庭の花も、今や見る影すらない。
不可解なのは、城が焼け落ちてしまえば、求める物が手に入らなくなるのに、火攻めを選んだ理由です。まさか、扉の場所が地下にあることまで知っていたのでしょうか。
「ヒナ様!」
「城が、火が」
床にふせていた、ヒナ様の判断は英断というほかありません。
「このままじゃ、みんな燃えちゃう」
「話は後です。今は外へ」
こうしている間にも城は火に包まれつつあります。もはや、すべてが燃え尽きるのも時間の問題でしょう。崖を背にした城では、前にしか活路はありません。
パチパチとはぜる火の粉が身体へ降り注ぐ。片手でヒナ様をかかえ、城内を駆ける。
中庭は、全てが火に焼かれ、花壇に花は一輪たりとも残ってはいませんでした。ヒナ様と洗濯物を干すために用意した場所も見る影もありません。
「ヒナ様。少々、息をとめていてください」
火が道をふさいでいますが、躊躇している暇などないのです。中庭を突っ切り、城門を抜け城外へ飛び出した瞬間に聞こえたのは、風を切る矢の音でした。それに加えて私達を待ちかまえている人の数と見逃すまいとする意志。まったくもって厄介です。
群衆の目に宿る狂気。ヒナ様の手が私の服を強く掴みました。城門を出れば襲われるという私の予想は当たっていました。
「行け」
リーダー格である剃髪した男の一声で、女子供である私達、たった二人をめがけ押し寄せてくる群衆。この場をどう切り抜ければ良いのか、最善の選択肢が浮かばない。ですが、まずは抗うことから始めるとしましょう。
現状ぱっと思いつく問題が二つ。
一つ目は、相手が数で勝っているということ。私との力量の差を見せつけたところで、相手の勢いが衰える様子がない。仲間が斬り伏せられようが押し寄せてくる様を見ていると、私たちを手に掛けることにわずかな躊躇もありません。
二つ目は片手がふさがっていること。
素人が振るう武器に驚異はありません。しかし、それが二つ、三つと同時に振り下ろされるのであれば話が変わってきます。私が前で受ければ後ろから、さらに横からと休む間もなく迫り来る刃。ヒナ様の身を傷つけるなど、万に一つも許すわけにはまいりません。ですが、片手が塞がっているこの状況では、己の身を盾にする以外の方法が思いつかない。
「レッカ、矢が」
ええ、存じております。断続的に放たれる矢の数々。味方に当たろうが、お構いなしに次々に降り注ぐ。体に突き刺る矢。ですが、抜いている間はありません。矢が放たれる度、ヒナ様を覆うように身を挺して守る。背中や足に増えていく矢の数に、ヒナ様の口からでるのは、かすかな悲鳴と私を気遣う心遣い。その言葉だけで私は戦い続けられます。
「ヒナ様は生け贄ではなかったのですか」
集団から離れた場所に立つリーダー格の男は首を横に振った。
「生きているに越したとはないが、この際死んでも構わない」
「ずいぶんと身勝手な理由ですね」
「食われるだけの人間に、無駄な手間をこれ以上かけるわけにはいかないのだ」
本当に身勝手な理由ですね。
迫る男の胸に刃を突き刺す。
「……なんの真似ですか」
男は突き刺さった刃を握りしめ、まるで抱きしめるように、自ら身体に押し込んでいく。
刃を引き抜こうとするも、身体から抜くことが出来ません。私に抵抗するように、男は自分の体が切り裂かれようが掴んで離そうとしません。
理解ができません。この命を捨てる行為にどれほどの意味があるというのですか。
無駄な時間を消費する間にも、私の背後には刃をふりあげた男が迫っていました。しかも狙いは、私ではなくヒナ様のようです。
振り下ろされた刃の軌道。このままだと確実にヒナ様の首は跳ねられる。ならば、する事は一つしかありません。
にぶい衝撃が身体を走った直後、聞こえたのはヒナ様の悲鳴でした。
間一髪のところで刃の軌道に変えることは出来ました。左肘より先は切断されましたが、うまく軌道を反らせたようです。刃はヒナ様を掠ることなく空を切りました。
再度、振り上げる時間は与えません。男の足を払い、倒れ込んだところに踵を落とす。悶絶する男の声が響き渡る中、私達を取り囲む群衆の中から悲鳴があがりました。
傷を確認するつもりでしたが、どういうことでしょう。なぜ、私の腕から血が一滴も流れ落ちていません。それどころか痛みすら感じない。
浮かんだ疑問は傷口を見た時に、ようやく解決できました。
傷口の断面から見えたのは肉でも骨でもない。傷口からあふれ出すのは銀色の液体と、心臓の鼓動のように脈動している様々な太さの鋼線と見慣れた白い糸。
私は人ではない。だから血を流すことも痛みを感じることもない。そういうことですか。




