44 七、絵、下手
「これはリンゴではない、です」
神代 七が変なことを言うのは日常である。
特に彼氏の玖来 烈火が学校で隣の席にいる時は、授業の合い間にある短い休み時間ごとに言ってくる。
やおらノートを引っ張り出してなにやら書き込みだして一分。七は烈火に声をかける。今描いたものを見せるようにノートを広げて。
烈火はそれをうろんな目で見て、首肯してやる。
「……まあ、リンゴではないわな。クリーチャー……クリッター……とか?」
「リンゴですよ!」
「リンゴじゃないって言ったじゃん」
「それは紙面上のリンゴは決して実物のリンゴではないという深遠な話の意味ですよ! 絵としてはリンゴを描いているんですよ!」
絵に描いた餅的な話か。
しかしその話題を振るにあたって絶望的に足りないものがあるだろう。
烈火は描かれたリンゴもどきクリッター似のそれを指差し真顔。
「七、絵、下手」
「それはまったくまるで否定できませんが」
冷静に返された。
主軸はそこじゃないらしい。
「というか私の絵心の話がしたいんじゃないですよ」
「あー、さっきのリンゴではないけどリンゴを描いてるとかいうトンチか?」
「です。どっかの絵描きさんが見事なリンゴの絵を描いて題名に「これはリンゴではない」ってつけた話があるんですよ」
「なんか哲学的な絵描きさんだな。もしくはネじれまくった捻くれ者か」
「うまいこと言ってるじゃないですか。こりゃ一本とられた、わはは、と言いましょうよ」
まあ確かにうまいこと言ってるな。納得できる。
同時に、突如それが話題に上がった理由もまた得心する。
「つまり詳しくは知らないと。ただ最近、見聞きした新しいワードをとりあえず使ってみたかったと」
「えへへ」
誤魔化し笑いすら見惚れてしまうのだから、惚れた弱みというのは根深いな。
烈火は自覚しつつもゆるく笑い返すのでした。
クリッターはクリッターでも決闘モンスターズのクリッター。




