閑話 七ちゃんのいない部屋
「…………」
烈火は自室にてそれを眺めていた。
それは七ちゃんが置いていった諸々である。
彼の部屋は多数の七の私物によって占領され、もはや同棲部屋の様相を呈していた。
昨日、泊まりの際にも問題なく徹夜の果てに学校へ行けたのも、制服や下着に至るまで部屋に完備してあるからだ。
そう――下着まで置いてあるのである。
「…………」
そして玖来 烈火十八歳。
紳士を自称し硬派を気取る彼も思春期真っ盛りであり、異性というものに興味津々である。性的なものに物凄く貪欲でいて、まあ要するに烈火といえど男であるということだ。
だが男のプライドとして一線は守っていた。まさか七の同意なしに七の私物を使ってナニソレなどできるはずがない。いや、同意をもらってもやるつもりはないが。
今までは。
「…………」
今回は違う。今までとは違うものがこの部屋には存在するのだ。
それは――使用済みの下着である。
昨日、お泊りした際に脱ぎ捨てて放り出した下着が、ベッドの下に滑り込んで放置されていたのだ。
先ほど発見して、烈火は完全に硬直してしまっていた。
なにも迷うことなどない。それを持って洗濯籠に放り込めば、それだけで事は終わり。もしくは次に七がやって来た時にそれを指して、触れもしていませんと真実を告げてもいい。疑われるだろうが、真実なのだから曇りなく否定できる。変に責められるような関係性ではない。そこは自信がある。
けれど烈火は硬直している。停止している。
それは男のサガ。ロマンシングサガ。抗いえぬ本能の勅令がゆえ。
「…………」
汗が滴る。頬を伝い、顎先へと辿り、床へと落ちる。
殺し合いの如き緊張感が、そこには渦巻いていた。ひとりの男と一枚の布。その狭間にて第三次大戦にも匹敵しかねない戦いが繰り広げられていた。
どうすればいい。烈火は姿すら見えない本能という名の恐るべき魔物と、理性という名の脆く儚い武器だけを握り締めて戦わねばならない。
必死に戦うが、やはり敵は恐ろしく強大だった。烈火はもはやボロボロだった。このままでは武器が砕けて、この魂が下卑た本能なんかに屈してしまう。
あぁもうでもそれはそれで愉悦が待ち受けている。奇跡のような快楽を享受できるのがわかる。きっと堕落の果実はこの世のどんな美味をも凌駕する味わいなのだと確信できる。
いっそ悪魔に魂を売り渡して本能の魔物を解放してしまうか。そうだ、それのなにが悪いのだ。自由というのは全人類に与えられた権利だ。烈火がここで自由を行使してなにが悪い。いや、幸福追求が悪いはずがない。なにも間違っていない。幸福万歳。
――ひょいと小さな手が視界を過ぎる。
「お兄ちゃん、触るの躊躇ってるならあたしが洗濯機に放り込んどくね」
いつからそこにいたのだろう。妹の菊花である。彼女はあっさりと下着を拾い上げて、にこりと笑う。
烈火は、もはやひとつの単語以外に発言は許されないと悟った。
「……ありがとう」
「んーん。お兄ちゃんの手が汚れちゃったら大変だもんね」
烈火は泣いた。




