24 今時女子の必需品(嘘)
「玖来さん、ずっと好きでした。付き合ってください」
神代 七が変なことを言うのは日常である。
特に彼氏の玖来 烈火の部屋にいる時は、およそ変なことを言わない日はない。
烈火は目を漫画から離すことすらせずにおざなり。
「いいよ、もう一生離さない」
「約束ですよ? ではここにサインを」
テーブルの上に置かれたのは正真正銘、本物の婚姻届けである。
烈火は漫画を取りこぼして表情を引き攣らせる。
「……ギャグへの返しに本物持ってこないで」
「えぇ、では嘘なんですか? 玖来さんは私に嘘ついたんですか?」
「嘘はついてない。一生離さないけど、結婚はしない。まだ」
「いつもそう! そう言っていつも誤魔化すんです! いつになったら奥さんと別れてくれるんですかっ!」
「やめて、そのドロドロな設定。おれには奥さんはいないし、不倫相手もいないから」
このままでは烈火は七と言い争いになって勢い余って殺されてしまう。典型的な火サスになってしまう。
「いえいえ、高校生の犯罪ですし青春映画ですよ。青い春は今しかないです。さあ私とこの瞬間を謳歌しましょう!」
ずずいと婚姻届を顔面に押し付けられる。ついでにボールペンまで添えて。
「お前、これにサインしたら青春が一瞬で極寒の冬に早変わりだぞ。悪いことは言わないから恋人期間をもう少し満喫しよう」
「む、それは一理ありますね。恋人期間と結婚期間では楽しみ方が違いますからね。ですが玖来さん、その気になったらすぐ言ってください。私はいつでも婚姻届を忍ばせておりますので」
「マジかよ。もしかして今までもずっと?」
「転校してきた時からですが」
「わーお」
常に辞表を持つことで覚悟を持つ的なスタンスは聞くけど、常に婚姻届を持つってどんなだよ。いつプロポーズされても応えられるようにか。重いわ。
そこにこんこんと、ノックの音が響く。
「お兄ちゃん?」
烈火の妹、菊花の声である。結構な不意打ちである。
だが話の流れが寸断されて切り替わるのなら望むところ。
「おぉ、なんだよ菊花」
「婚姻届ならあたしも常に持ち歩いてるよ? お兄ちゃんのサインで完成するやつ」
「えっ、女子的には普通だったのか? 今のトレンドとか?」
というかお兄ちゃんとは結婚できません。
これ五歳の時から言い聞かせてるはずなんだけど。
扉越しでの発言は続く。
「別に提出するための婚姻届じゃないよ? ただ保管してたまに眺める用の婚姻届」
「それ必要?」
ちょっと理屈がわからない。
だが女子票は獲得したらしい。七ちゃんは凄い嬉しそうに賛同しだす。
「いえ、いいと思います。是非とも欲しいです。玖来さん、観賞用にしますからやっぱり今すぐサインしてください」
「だったらあたしも!」
謎の結託を図られた。こういう時には一瞬で手を組むのだから女子は怖い。
烈火としては届け出ないと言われても、いつでも提出できるような状態で婚姻届を握られているのは生きた心地がしない。これは孤軍であっても抵抗せねばならない。
「駄目だ。どっちにも書かない」
「それは私を信用できないということですか。観賞用と言いつつ提出しそうだと思うからですか? 心外です!」
「あたしは妹だからなんにせよ受理されないし、別にいいよね?」
「いえ……信じてないわけじゃないよ七。けど、なにかふと魔がさす可能性が大な欲望に忠実なお前を知ってる身からするとちょっと危惧しちゃうんだよ。
そして菊花、彼女の七に書かないものをお前にだけというのは不公平極まりないだろう。おれはお前の兄だが、七の恋人なんだ」
「うぅ」
「ち」
どうだ、この非の打ち所のない理論武装は。お前らのような感情論という名のスデゴロなどには屈さないぞ。
胸を張る烈火であったが、七と菊花はやれやれと緩い息を吐くだけ。
「面倒なので実力行使でいいですかね。ねぇ妹さん?」
「……仕方ない。神代さん、手を組もう。お兄ちゃんはあたしひとりでも抑え切れないからね」
「は?」
どんな理論武装も実力行使には敵わない。
襲い来る野獣二名をどうにかいなしながら、烈火はやはり彼女と妹にだけは敵わないと悟るのでした。
「婚姻届はどうなったって? 結局サイン書かされたけど、なんとか死ぬ気で奪い返してびりびりに破いたぞ。二枚とも」
「……あれ、ちょっと待って。なんで菊花、おれと七の会話を把握した上であんな即時の対応できたわけ?
……あれ?」




