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去来挽歌(四)

 ここまでの流れはあらかた理解出来た。まずイルヴィーラはキルトを囮に敵の情報を得ようとしている。そして、事が起きた後ならばとミコトもそれに乗っていた。


 解せないのは、イルヴィーラにとって上手く事が運びすぎているという事か。敵の動きを予測していなくては出来ない。いや、彼女にとっては情報の一つだったのかも。


 アリスの()では、敵側にイルヴィーラの間者が紛れ込んでいる。だから、彼女は淀みなく計画を実行に移せたのだ。


 ーー最初から彼女に操られていた?


 否。それはあり得ない。ある程度の誘導は出来ても、キルトは間違いなく自らの意思で依頼を受けた。それに普通に考えれば依頼を断られる可能性の方が高いのだ。ならば、依頼を出したという事実だけを残したかったのだと考えるのが自然だろう。


 メツトリシムに戻り、キルトは何をしていた? 答えはアリスにだって解る。ファメルソウドを絡めてきたのなら、情報操作の意図があった。まず間違いない。こう推察すれば、間者の存在がより濃厚になっていく。


「メツトリシムで活動する冒険者。これは、情報屋を介してあちらに、私達の情報を持たせる為です」


 やはり、アリスの推測は当たっていた。


 微笑みを湛えるイルヴィーラは、再び言葉を紡ぐ。


「二人以上で行動する冒険者が条件だったのは、こういった状況に対応出来る可能性を高めたかったから。もちろん、腕の良い方である事が前提でしたが」


 最低限の情報を渡し、準備期間と行動期間(・・・・)をあえて用意させる事で、イルヴィーラは円滑に行動する事ができた。偶然、キルトが選ばれたわけだが、これは果たして彼女にとって単なる幸運だったのだろうか。


「次に、襲撃の日程を操作しました。さすがに綱渡りでしたが、こちらの間者を利用して何とか条件を満たしました。私の予想通り、ここで襲撃者を撃退してキルトさんと貴女……ミコトさんに推測させるだけの種を用意した」


 そうだ、この時点でキルトの思考は操られていた。情報と事実を持たされる事で、思考の幅は狭まる。真実に近くなるものの、限定された材料を与えられた者を操るのは容易い。


 彼女にとっては誘導で十分だったのだ。それだけで事が上手く運ぶのだから。かなり慎重で回りくどいやり方である。それでいて成功する可能性は低く、偶然に頼りすぎていた。


「解せねェな。テメェ、いつからこの計画を用意していた?」


 ミコトも同じ事を考えていたのか、確認の為に言葉を発した。偶然ではないのなら、かなり入念な準備が必要だったはず。


「二年前に。実行に移そうと思ったのはあの子を見た時から、ですが」


 イルヴィーラは嘘を言っていない。ミコトの反応もそうだが、キルトだって依頼を受ける際に確かめていた。嘘の痕跡はあるものの、それは決して嘘ではないのだ。


 いや、情報を隠すだけならそれらしい挙動を隠せるのではないか。そうアリスは思うものの、確証を持てない。ここでの会話がきちんと成立しているか否かは、キルトを助ける為の重要な一因となる。


 一瞬の迷い。果たして彼女の言っている事を鵜呑みにしていいものか。


 いくら考えてもアリスでは埒があかない。自分の()を信じてみよう、そう判断する。


「あの子を、な。幾つか問いただしてェが、今は置いといてやる。アタシが気になってるのはそこじゃねェんだ」


 赤く濁った瞳がイルヴィーラを射抜く。


「結局、テメェは敵か?」


「敵か味方かの色分けはどのような基準なのでしょうか? 少なくとも私に貴方達と敵対する意思も理由もありません。それに、ミコトさんが私を殺していないという事は、答えが出ているからでしょう?」


「つまらねェ返答だ。時間稼ぎにしちゃ、ホントにつまらねェ。アタシ達はこの際、依頼の達成なんてどうでもいい。少なくともこのガキはそうだ。金だけ奪って逃げても誰一人として咎めない。……悪手なんだよ、テメェの計画は。穴だらけもいいとこだ。回りくどい手だけ使っただけのクソなんだよ」


「ーー私には貴女のように強い力も頭脳もありません。あるのは主人から遺された金貨と、あの子に対する愛情だけ。やろうと思う事が何でも出来てしまう貴女のようにはいかないのです」


 その時、イルヴィーラの目には怒りの炎が灯っていた。と同時にアリスの中に僅かな安心感が広がる。今まで無感情で冷徹に見えていたイルヴィーラが、人間らしい感情を見せた事で彼女はやはり嘘をついていない、そう思えたのだ。


 アリスが安心感を抱いたその瞬間、イルヴィーラの頬から血が流れた。小さな切り傷から流れ出る赤は頬を伝い、ポタリと床に落ちる。


「調子に乗ってンじゃねぇぞ。テメェの命も、計画も、全部アタシの剣で終わらせる事が出来るんだぜ」


 動きだそうとする体を止める。このままイルヴィーラを殺すのでは、という焦りと自らの役割を思い出した故の行動だ。しかし、ミコトのした事と言葉を冷静になり考えてみると、彼女はイルヴィーラをまだ殺すつもりはないのだと判断できる。


 ミコトは言った。命も計画も終わらせる事が出来ると。ならば、なぜ今終わらせなかったのか。ミコトの性格から考えても躊躇や妥協などあり得ない。今すぐに殺さないのは理由があるから。行動と言葉で、ミコトはイルヴィーラに牽制しアリスに向けて自らの意思を示した。


 やはり頼りになる。頼りになりすぎる事がアリスの内側をチクチクと刺激するものの、歯を食い縛り耐える。


「……なら、貴方の剣で全てを終わらせて下さい」


「イルヴィーラさん、何言ってるの?」


 挑発はダメだ。死を呼ぶこむ行為は彼女らしくない。彼女が死ねば、本当に何もかもが終わってしまうのだから。


「いや、まさか……」


 終わる、という言葉に込められた意味を理解したアリスは戦慄した。


「ここが計画の分岐点だったのです。ミコトさんが加わり、キルトさんがメツトリシムに帰った時から予感はありました。きっと私の計画は破綻する。その時になれば、目標を達成する為に全てを犠牲にしようと思いました」


「気に入らねェ。テメェはアタシに殺される事で足枷を無くし、キルトの救出ついでに敵をブチ殺そうと考えてんだよなァ?」


「そう、貴方ならそうする。可能な能力も持っている。万が一、思惑通りに事が運ばないとしても、そういった事態になれば私は殺されない。そうでしょう?」


 感情の読み取れないイルヴィーラと反して、禍々しい感情を顕にするミコトは口元を歪めた。


「馬鹿は馬鹿のままかよ」


 ポツリと呟いた言葉は誰の耳にも届かず、虚空へ消えていった。

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