去来挽歌(三)
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乾いた舌打ちと共に、ミコトはドアを蹴破った。
「なぜアタシがここに来たか、理解出来ない程馬鹿じゃねェよなァ」
相手の反応も待たずに開口一番、怒りに満ちた声を出したミコトは、部屋の中へ一歩を踏み出した。アリスの心中も穏やかではなく、しかしミコトとは違い怒りというよりも、戸惑いが大半を占めている。
恐る恐る、ミコトの背から顔を出す形で部屋を覗いたアリスは、静かに息を飲んだ。
「ここは予想よりも遅かった、と言っておきましょうか。まさか事が発覚するのにこれ程に時間がかかるとは思っていませんでした」
イルヴィーラは木製の椅子に腰掛け、窓を背にするようにこちらへ向いていた。薄い笑みは昨日まで見ていた彼女のものとは全く違い、どこか儚げで、邪な色を見せている。
青と白の光が窓から射し込み、イルヴィーラの白い肌を照らす。より一層の輝きを見せる金髪を撫でながら、アリスへ視線をよこしてきた。
「イルヴィーラ、さん……?」
本当に彼女なのだろうか。姿形は同じでも、発する空気、雰囲気がまるで違う。別人だと言われても納得してしまう程の変貌に、アリスは目を見開きポツリと呟いた。
「本当にイルヴィーラさん?」
「ええ、間違いありません。どうかしましたか?」
「いや、その、何でもない……」
本人に言われても納得出来ないのは何故だろうか。しかし、それでも今のアリスは俯くしかなかった。今は自分の疑問よりも優先すべき事がある。
チラリとミコトを窺い、アリスは眉尻を下げた。
「ねぇ、ミコト。どうしてイルヴィーラさんのところへ来たの?」
自分の声が震えているのを自覚し、僅かに顔を赤らめる。
「まるで予定調和じゃねぇか。ここにきて理解しない程、テメェは間抜けじゃないはずだぜ」
幾分か柔らかな口調で言うミコトの返事に、目を伏せた。
その言葉に隠された意味さえ理解出来ず、アリスは軽く首を縦に振った。その間も、イルヴィーラは笑みを浮かべるだけで何の動きも示そうとしない。
濁った瞳のまま、ミコトはイルヴィーラを睨み付ける。先程まであった甘い香りは既に消え、樹木の匂いが鼻先を通りすぎた。
「疑う要素ならあった。ありすぎた。まず最初に、アタシを探していたという事実。次に、キルトで妥協したという事実。この二つは取っ掛かりにすぎねェがな」
「お聞かせ願えますか?」
ふと、イルヴィーラの反応に違和感を覚える。なぜここで、ミコトの話を聞こうと思ったのか。部屋に入ってきた時の態度や言動から、こちらが状況を把握しているという事は一目瞭然だ。ならばーー時間稼ぎのような真似をするのは何故だろうか。
アリスは脳裏をかすめた違和感を飲み込み、イルヴィーラを注視する。この違和感にミコトが気付かないはずもない。なら、アリスが出来るのは注意深く観察すること。
「自分の足で、しかも商人としてのコネも使わずに飛び込みで依頼するのは愚策だ。アタシを名指しで依頼するには、それじゃあ足りねェ。いくら金を積んでも駄目だって事はわかるはずだぜ」
確かに、ミコトへ依頼するには金だけではどうにもならない。それにキルトだから受けたものの、ミコトや他の冒険者がこの依頼を受けるだろうか。あり得ない、そう答えを出すのは簡単だった。アリスも最初は断るだろうと思っていたのだから。
「……本気で依頼をするつもりは無かった?」
ポツリと呟いたアリスに、ミコトは頷いた。
「あの馬鹿が気付かねぇはずはないんだけどな。疑いは持っていても断る甲斐性が無かったンだろ。金に弱い無能特有の行動だ」
ひどい言われようである。しかし、今は反論するより先にイルヴィーラの反応を見る。
「あまりにも綺麗に踊ってくれたので、私としても拍子抜け、というより疑念が大きかったですね。何か狙いがあるのか、踊らされているのは私の方ではないのか、と」
ーーまただ。やはり、彼女は時間稼ぎをしている。結論を急がす、核心は口に出さない。今度は先を促す言動ではなく、引き伸ばすだけの中身が無い会話。
何が目的で時間稼ぎをするのか、今ある材料で推測出来るのだろうか。時間、時刻、状況、相対、キルトーー
イルヴィーラを視界の中に収めながらも、ミコトをチラリと見る。
ーー罠である可能性にミコトも気付いている。
そうであるなら、ミコトにも何らかの狙いがあるはず。
ーーアタシがブチ殺さないように止めろ。
ふと、ここに来る前ミコトから言われた事を思い出した。彼女が望んだアリスの役割。たった一つだけだが、彼女はそう言っていた。
「誰でも良かった、わけじゃねェよな。偶然が過ぎる。アタシじゃなく、キルトが目的だったんだろ」
「勇者様の騒ぎに便乗して、色々と動ける状態になっていましたから。キルトさんも混乱していたようですし、私でも依頼を受けるように誘導するのは簡単でした。とは言っても、嘘はついていません」
「テメェにとっては幸運だった。あのクソ勇者が来たこと、キルトがあの場にいたこと。いや、正確にはメツトリシムの冒険者がいたこと、か。条件としちゃ、そこそこ実力があって、頭は悪くなく、二人で行動している冒険者ってところか?」
「貴女の実力は飛び抜けていましたし、一人で行動する方のようですから、名前だけを借りてキルトさんを呼び寄せました。そちらの方が不自然ではないと考えたので」
アリスが思考を巡らせている間にも会話は進んでいく。淀みなく進む会話はまるで用意された台詞を言うような自然さを感じた。
「最初から望んでたのは釣り針って事か。確かに、キルトは適任だよなァ。一つ誤算があるとすれば、あの馬鹿がただの馬鹿じゃないってだけか」
ミコトの言葉から得られた手掛かりで、アリスは一つの真実に辿り着く。
時間稼ぎをしているのは、キルトを囮に敵の情報を探る為。この時刻を選んだのは、夜の内には出発させない為で、だとすれば彼女は命懸けで時間稼ぎをしているのだ。ミコトやアリスに殺される可能性を考慮した上で、それでも敵の情報を集めるためだけに命をかけている。
ーー正気じゃない。
おそらくキルトは敵の手に捕まっている。
気付くと、アリスの全身には魔力が迸っていた。
「キルトが殺されている可能性があるってこと?」
そうだ、何も捕まえておく必要はないのだ。邪魔者は殺せば良い、あの襲撃から推測すると相手は暴力を用いる事に戸惑いがない。だとすればキルトはーー
「落ち着け、間抜け。もしキルトが死んでたなら、この馬鹿女も死んでる。それに、宿への襲撃が無いって事は戦力が足りないか、最低限の目的は果たしたって事だ。あの剣士が敵側にいる以上、戦力不足よりも目的を達成した可能性の方が高ェ」
早口でアリスに説明したミコトは、その澱んだ瞳でイルヴィーラを見ている。
「イルヴィーラ・フォーファルス。テメェは何者だ? キルトを囮にして、否、相手側が釣り針に食い付いてきたのはテメェをある程度は知っているからだろ」
「そう、ですね。やはり私から話さないと前に進みませんか。ではお話しましょう」
イルヴィーラは自らの艶やかな金髪を撫でた。




