星は重ならない(三)
未熟である事を自覚しながらも、それを言い訳にするのは思考を停止させた愚者のすることだ。力があろうがなかろうが、人は出来ることをしなければならない。行動もせずに悩むだけの人間が何かを掴もうとする方が間違っている。
それでも、分かっていても、難しいものは難しい。行動した結果失敗をして、頑張ったと、もう十分だと自分を甘やかすのはアリスには出来なかった。成さなければ進めない。この場面で、アリスはどんな難関も乗り越えなければならないのだ。
やってみせると自らを鼓舞するものの、どんな手段があるかは思い浮かばない。ミコトは止めろと言った。降り下ろそうとする凶刃を、アリスの手で止めろと言った。それがどれだけ難しい事か、ミコトも理解しているはず。
彼女を止められる人間など存在するのだろうか。暴力において、彼女を上回る存在をアリスは知らない。いや、もしかしたら存在しないのかもしれない、と思える程に彼女の力は異常だ。
ならば、ミコトが求めているのはもっと別の事ではないか。力で捩じ伏せようとするミコトを止められる方法は何なのか、アリスは必死に考えた。
ーーやるしかないんだよね。
どれ程の困難だとしても、今のアリスにはそれしかなかった。一度決めたからこそ、これを曲げるなんて現状では不可能である。
まるで自分に言い聞かせるように、何度も何度も心の中でやるしかないんだ、と呟いた。方法が無くとも、あらゆる手段を模索してミコトを止める。残された選択肢は一つしかないのだから、アリスは自分に出来ることを全力でやるだけだ。
緊張の中、少し前を歩くミコトの背を眺める。薄い青の光が彼女の赤い髪を僅かに染め、不思議な色彩を見せていた。女性にしては大きな体躯ではあるものの、鍛えられた男性と比べるとやはり小さい後ろ姿。女の身でありながら、彼女は圧倒的な戦闘能力を身に付けた。凄い事ではあるが、同時に悲しい事だ。アリスが想像も出来ないような、壮絶な人生を送ってきたのだろうと容易に理解出来る。
迷っている暇があるなら行動し、苦悩をする余裕があるならば必死になれ。ミコトがここまでの強さを得たのはきっと、行動して結果を出してきたからだ。限界の一つや二つ、乗り越えなければ本当に強さは得られない。
望み、掴みたいからこそアリスは行動する。キルトがいない不安で踞るくらいならば立ち上がり歩を進め、何も成せない恐怖なんて捩じ伏せなければならない。未熟だと受け入れているから、今ある困難を跳ね返す。
ミコトの背は、未だ遠い。それでも、何かを掴めれば少しは追い付けるのではないか。そう思いながら、アリスは歩を進める。
向かう先は、イルヴィーラの部屋。ここでアリスの中に驚きは生まれなかった。何となく、ミコトはイルヴィーラと話さなければならない事があると思ったからである。
ミコトの頭の中でどのような事が描かれているのか、今の未熟なアリスでは予測すら不可能だ。下手に予測して、間違った想像をするくらいならば、目の前の出来事を必死にこなすだけ。やるべき事をする。行動しない愚者には何も成せやしないと理解しているから、迷いを捩じ伏せて歩を進めていく。
これは意地だ。決意を曲げるなんて許されない、言い訳を繰り返して逃避するのは、とうの昔に終わっている。前に進まなければ成長なんて出来ないし、欲しいモノを掴めない。だからアリスはどれだけ苦しくとも、根底にある決意を支えにして進めるのだ。
その証拠に、もうアリスの目に困難への恐怖はなく、爛々と輝く青い光だけがあった。
つまらない事をうだうだ考えるのはもう終わり。
ーー誰も知らないアリス・レイデンムーンの一部を、彼女自身すらまだ気付いていない。異常なまでの精神力と、キルトという一つの事に対して妄信的になれるソレを、狂気と言う。緩やかな進歩と共に、アリスの精神は徐々に捻れ、壊れ、狂っていく。彼女自身はまだ、気付いていない。
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ーー同時刻
雲一つない空には幾つかの星が見え、不変の光を灯している。眼下に広がる広大な森を眺めながら、魔王ネムサールは背中にある機械の羽に魔力を流していく。生物が持つ軽やかな羽とは違い、ネムサールのものは重厚的で見た目からは空が飛べるなど想像も出来ない。
現在の情報を得る為に各地を回っているネムサールは、ちょうどフィストンプルの上空にいた。接触こそしていないが、既に六人の勇者についての情報は得ており、他の魔王もどんな状態かは把握している。
そろそろ氷の魔王と会う時期だと考え、フィストンプルから北へ向かおうとした時、複数の古代魔法の発動を感知し、その場で停止した。
ネムサールがソレを感知したのは、彼が網を張っていたからだ。地中に張り巡らせたワイヤーから得られる情報は、ネムサールの機械と化した脳に直接届けられる。膨大な情報を処理する内、二つの存在を感知した。
「テスカ……? あの小僧、何を考えている」
何百年も会っていない魔王の一人。テスカは生物に関する研究をしていた魔王だ。そのテスカがグリブスレイドで何かをしている。いや、詳しくはグリブスレイドにある月のノドと呼ばれる塔内部で古代魔法を用いていた。
「まさかあの小僧……!」
脳裏に浮かぶ最悪の可能性に、ネムサールは戦慄を覚える。
スリープ状態にあるトラウィエルの起動。破壊の化身を再び目覚めさせようとしている、とネムサールは予想した。この予想が当たっているとすれば、非常に危惧すべき出来事だ。もし目覚めてしまえばネムサール一人で対処はまず不可能。最悪の場合、誰も手がつけられないようになってしまう。
かつて神殺しの為に造られたトラウィエルの恐ろしさを身を以て知っているネムサールは、この事に関して深く思案する。トラウィエルを起動する為のコード、これはネムサールを含む数人の魔王と一人の勇者しか持っていない。テスカはそれを持っていないが、トラウィエルの創造に関わった彼なら、起動も不可能ではないはず。
グリブスレイドへ方向を変え、凄まじい速度で移動を開始したネムサールは、次に目的は何なのかを考える。そもそもテスカは魔王としての活動に興味はなく、何千年も己の研究に没頭していた。何故このタイミングで動こうとしているのか。
ーー無関係、とは考えにくい。
おそらく、数日前に会ったキルト・レイデンムーンもグリブスレイドにいる。魔王と深く関係する彼と、そしてアリスと名乗る娘も同行している可能性が高い。
ーーアレも関係しておるか……?
月のノドの頂上にあるモノが目的だと考える事も出来る。
「儂も行かなくてはならんな」
情報が不足している。ならば、自ら赴いて情報を拾い、場合によっては対処もしなければならないだろう。
月の魔力が集められた神殺しの塔、月のノドへ。




