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去来挽歌(一)

 暗い瞳でキルトを見詰める少年の脳は、激しく回転していた。赤い髪と瞳、『向こう側』の魔力から全く違う魔力への変化、そして彼が用いた古代魔法。『軌跡の残骸』は見たことが無いものの、知識としては少年の中にある。


「……成る程。そうか、君はまだキルト・レイデンムーンであって、だけどそうではない」


 おそらく、『軌跡の残骸』で再現してしまった過去のキルトか、それとも全く別の誰かか。少なくとも、別の誰かだとすればそこにキルトの意思は存在しない。それならば、疑問は多く残るものの一応の納得は出来る。


 引き金となったのは、やはり古代魔法の影響か。精神に強く影響する少年の古代魔法と、記憶が軸となる『軌跡の残骸』が反応した結果の出来事だ。


 先程のアロンとのやり取りを静観していたのは推測する為の材料を見つける為に、思考し観察していたから。この事で、少年は今のキルトが持つ能力の幾つかは予想出来た。


「過去の再現、記憶の読み取り……。『軌跡の残骸』が持つ能力かな」


 古代魔法とはその一つ一つが強力である。少年が扱う『鈍色の悪夢』もまた、複数の効果が合わさった強力な魔法だ。それは『軌跡の残骸』であっても例外ではない。


 同じ古代魔法の使い手ならば、相性や地力が勝敗を分ける。相性に関しては問題無いだろうが、戦闘能力はキルトが圧倒しているはずだ。だが、その不利を補って余りある、キルトの精神的な脆弱性はこちらに有利に働く。


 しかしそれは先程までのキルトであればの話。『軌跡の残骸』が用意した今のキルトは、おそらく以前までの弱さは持っていない。他人の記憶を読み取る行為がそれを示している。脆弱な精神の持ち主は、何の躊躇いもなく他人の記憶を見れない。どこか心に揺らぎが出来るはずだ。


 本来、知識の中にある『軌跡の残骸』にはこのような効果は無い。だとすれば、少年の古代魔法により極度のストレスがキルトにのし掛かり、更に『鈍色の悪夢』が加わった事で初めて起こった偶然の産物。


 圧倒的不利な状況にも関わらず、少年は勝利を確信していた。


 ーー仕掛けが実る保証も無い、か。


 戦闘行為は少年の専門分野ではない。だからこそ、幾重にも勝ちの道を用意している。そしてこの場合の勝利条件はほぼ満たしたと言っても良かった。


 しかし、ある種の不安が少年の中で呼吸をしている。現実は計画とは違う事を誰よりも知っているから。そして、今この時の状況が不確定要素の塊であることも。


 ーーアロンにしてやられたね。


 地面で倒れている男を視界の端に映す。彼の心中はどうあれ、思惑通りに動かされていたという思いは否めない。確率的にはあり得るはずもなく、偶然が重なって少年は追い詰められている。だけど、これがアロンが思い描いた光景だと確信させる何かがあった。


 だとすれば、欲はかかない方が得策だ。当初の目的からはやや外れるものの、今のうちに逃げるのが良い。これが常道だ。


 問題は逃走が可能かどうか。肉体的に弱っているキルトと、健在の少年、この差があっても身体能力では劣っている。更に、『軌跡の残骸』による未知数の能力が、少年の行動を縛っていた。


 この膠着状態を打開する材料を探す為、未だ行動を起こそうとしないキルトに話しかける。


「君は……誰?」


 一瞬、キルトは何かを考えるような仕草を取る。これが何を意味しているのか、おそらく少年がいくら考えても分からない事だ。キルトが少年と戦おうとしない理由、それどころか動こうともしない理由さえ、推測の域を出ない。


「ただの人間だった男だ。今や、『軌跡の残骸』でしか再現されない過去の残骸だけどな」


「残骸なら大人しく朽ち果ててくれないかな。君とアロンのお陰で思惑が外れてしまったよ」


「そう言うな。俺が再現される際に与えられた時間は過ぎて、力も使いきった。もうすぐ、残り滓になっちまうんだからな」


 それを聞き、少年は心底震えた。彼の言葉が意味する事が、どんな真実を匂わせているかを理解したからだ。

最適解を出したはずの『軌跡の残骸』がこんな結果なはずはなく、それはつまりまだ何かがあるという事。


 ーー当たり前……。困難は、当たり前……。


 しかし、少年は動揺を一瞬で抑えてみせた。状況に対する理由は後回し。問題は、状況に対処する最も有効な方法だ。


 チラリと、酷薄な目でアロンに一瞥をくれる。鼻孔をくすぐる甘い香りが抜け、風が通り過ぎた。すると少年は薄い笑みを浮かべて、自らに古代魔法を使用した。


「……だから、君には夢が無いんだね。なら今のキルト・レイデンムーンは、僕と同じような状態か、一時的に消滅してしまったという事だ」


 少年が持つ能力で得た情報は絶対に近い。単純に相手の心を読む、等の能力よりも確実性が高く信用できる。生きている人間ならば、誰もが持つ夢を媒体にその人物が無意識下で考えている事すらも分かってしまうからだ。


 だけど、今のキルトからは何も読み取れない。つまり夢が無く、更に言うなら生きてすらいない。


「確かに、最適解からは程遠いね。打開、ではなく時間稼ぎを選んだ。本当に、最適解ではない」


 高速の思考の中、少年は相手の思惑を何通りかは考えた。そのどれもが合理的ではなく確実性に欠ける。いくら考えようとも古代魔法が下した判断を、少年が暴けるはずもない。けれど、古代魔法が下した判断はある程度の正しさを持っていると分かる。


 ーーやはり、アロンが鍵。


 力を使ってまでアロンに何かをしたのは絶対に理由があるはずだ。圧倒的な暴力で場を打開しなかった理由もそれに繋がっていると考えられる。そうでなければ辻褄が合わないのだ。


 僅かな間。沈黙と言うにはあまりにも短すぎる間隔に踏み込んだのは、キルトの方であった。


「俺を捕らえたきゃ捕らえろ。もうテメェと戦う理由・・はもうねぇからな」


 その言葉が真実かどうかは二の次。瞬時の対応、判断が求められる言葉に、少年は先手を打たれたと感じ心中で舌打ちをする。


「理由、か……。もうないなら仕方ない。お言葉に甘えるとするよ」


「その代わり、条件がある」


 やはり来たか。ある程度、想定していた事である。そして、この人物がキルト・レイデンムーンよりも厄介な敵である事も。どこまで読んでいるのかは本人しか知りえない。先を見据えた行動をするつもりなのは明白だ。


 キルトは指を二本立て、凶悪な笑みを伴い言った。


「このクズを回収しない。そして、キルト・レイデンムーンに危害を加えない。納得したら契約・・は完了だ」


「ーーーー」


 様々な思考が交差し、少年は白い息を吐いた。単なる強がりではなく、確固たる保険があってこその条件であろう。この条件がのめなければ、少年の狙いは瓦解すると言っているのだ。


「どうする? 受け入れるのか、受け入れねェのか、選択肢は二つしか無いぜ」


 勝利条件は満たしている。勝利も目前だ。受け入れがたいモノではあるが、ここは受けた方が良い。


「良いよ。僕も疲れたし。早く君を捕らえて休みたい気分だ」


「契約成立。破れば天罰が下るから、破らねぇ方が賢い選択だ。ーーじゃあ、頼んだぜ」


 それを最後に、キルトを覆っていた異様な雰囲気は霧散し、全身の力が抜けたかのように倒れた。


「ーーーー」


 少年はもう一度アロンを濁った瞳で見やり、目を瞑る。


 ーー泳がせていた方が面白い事になりそうだね。


 その時には既に、微かに存在を主張していた白い光は空から消えていた。

 


 

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