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追憶賛歌(二)

 強烈な光による分解は進み、辺り一帯は全てが消え去っていた。上空には一つだけ、太陽や月よりも存在を主張する白い星が強く輝いている。


「ーーーー!」


 言葉にならず、音すらも消失した世界に取り残されたキルトは、空に向かって叫ぼうとした。手を伸ばし、必死に何かを訴えかけようとしている。表情には怒りや悲しみが塗られていた。


 しかしそれは届くことはない。まるで反応を失ったように、その場には一切の音や景色が無かった。光があるはずなのに、視覚から得られる情報が断たれている。


 光の化け物は最期の咆哮を終え、役目を果たしたかのように霧散していった。そこには、小柄な人間の少年が倒れ付しているだけ。彼こそが光の勇者と呼ばれた存在である。


 キルトの横にいたはずの男は既に光に飲まれ消失しており、その姿は無い。


 ありったけの憎悪を込めて、キルトは空を睨み付ける。なぜ、勇者のように報われない存在を生み出したのかと。光の勇者が悪魔なら、一代前の光の勇者はどんな思いを抱えていたのか。


 何が悪いのか、きっと誰も悪くはないのだろう。そんな事は分かっていた。自分が生まれた理由、呪われた存在として生きてきた理由がはっきりした。


 おそらく、自分はただの出来損ないではない。この理解は希望ではなく、キルトに更なる絶望を与えることとなる。


「ーーこれが、お前の選択なのか?」


 音は相変わらず聞こえないものの、意味だけがキルトの中に入ってきた。ここにはいないはずの彼の言葉だとすぐに悟る。


「違うだろ、キルト。お前がこんな結末を望むはずがない」


 己の胸に手を当てて、その中に息づいているモノを確かめた。暖かい光の渦が確かにそこにはある。感じられずとも、キルトは知っているのだ。


「今、この瞬間だけはお前の望みが叶えられる。さあ、願え」


 古代魔法がぶつかり合い『向こう側』の魔力で満たされている空間。そして、一方が光の勇者が放ったものだとするならば彼が言っていることは正しい。


 だけど、キルトには決断出来なかった。それをすればこの街の被害は収束し、この戦いの爪痕を残さないようには出来る。可能だが、それだけの代償も必要だ。


 この場合の代償とは、倒れている勇者と消えたはずの男を犠牲にする。そんな代償を払って、願いを叶えたいとは思えなかった。どこまでも自分中心で勝手な考えだが、大切なモノを犠牲にして得た願いなどいらない。


 この思考は間違っているのだろうか。傲慢な考えが中途半端な迷いを生じさせる。


 ーー間違った方法で、全部を救うことなんて出来るはずがない。


 昔、キルトはこの世界に生まれた理由を真剣に考えたことがあった。自分を生み出した存在は、きっと全てを救いたかったのだ。しかし、キルトなどという呪われた存在を生み出した結果、消えてしまった。


 彼の過ちを繰り返さない為にも、キルトは他の何かを犠牲にするわけにはいかない。だからこそ、キルトの思考はある方向へと向かっていく。


 自分を犠牲にすれば、この状況は好転するのではないだろうかと。それは、先代光の勇者と酷似した思考だった。当然のように沸き上がってくる考えが、キルトに確信を与える。


 ーーああ、きっと俺はこの時の為に生きてきたんだな。


 この世界がどうしようもなく嫌いなのは変わらない。でも、自分が生まれた理由は決して世界を呪う為ではないはずだ。呪われているのは自分だけで良い。そんな、後ろ向きな考えが頭を上げ心の中の水面に一石を投じた。


 救いたい、という想いは願いに変わる。このまま皆が助かれば、おそらく『彼』も報われるはずだ。


「だからさぁ、今だけ力を貸してくれよ」


 音が息を吹き返し、キルトは己の中の光へ語りかけた。


「あんたの願いを叶える時だ」


 『彼』とは、完全な他人のようで絶対に他人ではない存在。


「なぁ……。皆を救いたい、それがあんたの願いだろ?」


 その問いに呼応し、キルトを中心として光の渦が出現する。徐々に輝きが増し、力強くなるそれはやがてキルトを包むように記憶の中枢へ侵入した。



 始まりは、ただ家族に会いたかっただけ。そんな願いすら叶えられず、それでも正しくあろうとした。結果、狂気的な想いに押し潰され消えてしまったのだ。


 今もまだ鼓動している光が、『彼』が遺した最期の証である。だからこそ、キルトは強く願った。皆を救いたいと、決して呪いに支配されたわけではなく、キルト自身の意思で願った。


「これが、俺の選択だよ」


▼▼▼


「ウアァァァァ!」


 記憶と過去に作用する似通った古代魔法の接触は、キルト・レイデンムーンに思わぬ影響をもたらした。 


 『向こう側』の魔力、踏み越えた先にある魔力はその質を変化させキルトの精神を蝕む。白く清廉な光が全身を這いずるようにまとわりつき、血を垂らしたかのような赤が瞳に宿った。


「その瞳……。あの化け物と同種のモノだね」


 既に古代魔法により作り出された幻影は消え失せ、再びキルトの前には白い髪の少年が立っていた。彼はキルトの反応について、冷静に分析している。あの赤い瞳は、ミコトと同種のモノであると直感的に理解した。


「『向こう側』の魔力に接触し過ぎた結果……?」


 少年は言葉に出しすぐさま自らで否定する。自分もまた常に『向こう側』の魔力に触れている、と言っても良い。ならば、キルトの症状は何かと考えてみた。


 こんな特異な状況は、今まで見たことがない。古代魔法や『向こう側』の魔力に触れてかなり経っているが、途中で魔力の質が全く違うものに変化するなど、あってはならない。それはつまり、神と称される存在と同等の魔力を内包している事に繋がってしまう。


 この時、空には白い星が微かに存在を主張していた。


 少年はそれに気付かず、推測と否定を繰り返しながらキルトの様子を慎重に観察していた。気温は低いにもかかわらず、少年の額からは汗がにじみ出ている。未知の状況に対する緊張が少年の心に僅かな硬直を生み出した。


 胸を押さえ、今にも倒れそうな程に膝が震えているキルトを前にしても、少年は動かなかった。古代魔法とは、それだけ危険なモノだと知っているからだ。未だどんな能力を持っているかも分からない相手に対して、嫌でも慎重にならざるを得ない。


 そして、観察を続けていた少年はキルトの姿を見て、違和感を覚える。


「赤い髪と瞳……?」


 どこかで聞いたことのある特徴。実際に見たわけではないが、少年の脳内には特徴だけがへばりついていた。


「いや、まさか……」


 その答えに辿り着いた時、無意識の内に否定の言葉を出してしまった。それだけ信じがたい推測であり、何よりあり得ない事だったからである。


「君はーー」


「黙れよ、クソッタレ」


 苦しんでいたキルトは、赤い瞳で少年を睨んだ。普段のキルトよりも幾分か鋭さと凶暴性を増した声で、少年の言葉を止めた。


「俺を呼ぶなんて、いい度胸してんじゃねぇか。今度はどんな願いを叶えようってんだ?」

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