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追憶賛歌(一)

 慌てて離れようとする御者の膝に蹴りを放ち、立ち上がる勢いを利用して腹に一撃を加えた。足から腕へ力を伝え更に一歩を踏み出す。


 飛躍的に上昇した戦闘能力、この場の状況から『軌跡の残骸』が出した答えは戦闘の継続だった。


 無力化され倒れていく御者を尻目に、少年へと疾走していく。


 その時には、キルトは本能的に理解していた。少年もまた、何らかの古代魔法を使っている事に。『向こう側』の魔力は、キルトと同じように煙となって体から出ている。


 戦闘用のものだとするならば、おそらくそれは一撃で相手を無力化する凶悪な魔法ではないと判断。遠距離で様子を見るより、接近戦に持ち込む方が勝つ可能性は高い。


 瞬間、キルトは眼前に現れた光景に驚愕する事となる。決して瞬きはしていない。しかし、少年を認識した時その姿は変わっていた。


「なんだよ、それ」


 白い儚げな少年から、見覚えのある姿に。


「クソッタレが……!」


 記憶のど真ん中に位置している幻想が具現化し、目の前に立っている光景はキルトの心を激しく掻き乱した。


「キルト、久しぶりだな」


 五年前、キルトの元からいなくなってしまった彼がそこにはいた。夜に紛れる短い黒髪が夜風に靡き、しかし月の光を吸収しているように輝いている。陽に焼けた少しだけ荒れた肌、猛禽類を連想させる目の中には茶色の瞳が鎮座しており、精悍な顔付きもあの頃から何一つ変わっていない。今のキルトよりも十歳は上であろうその姿は、当然ながら五年前から変わっているはずもなかった。


 アレは、敵が作り出した幻想だ。本当に彼がいるはずがないのだから冷静になれと自分を叱咤するが、どうしても心が言うことを聞いてくれない。


 脆弱な精神が悲鳴を上げながらキルトに過去を思い出させる。強要された追憶に流された感情は、確実にキルトの精神を蝕んでいった。


 割り切れるはずなどなかった。どれだけ頭の中で決意しようとも、幻想であれ目の前に現れれば動揺してしまうのは必至。


 そんなキルトを嘲笑うかのように、目の前の彼は大げさに手を広げた。


「そんな言い草はないだろ。久しぶりの再会だってのに、抱擁の一つもないのか?」


 声、仕草も完璧に再現されている。これは何だ、という疑問を押し流してくる感情の奔流にキルトは呆然と立ち尽くすだけ。


 それによって『軌跡の残骸』も一時的に機能を失ってしまった。ほんの一瞬、三秒にも満たない停止は余計な雑念を呼び起こし、奮起しようとする心をわし掴みにする。


 無意識に視線を泳がせ、いるはずもないアリスの姿を探す。


「誰を探してるんだ、キルト?」


「うるせぇ……。アイツの姿で俺の名前を呼ぶんじゃねぇよ……!」


 キルトという名は、彼が付けてくれたのだ。偽物なんかに汚されて良いものではない。


 心の底から出でるのは怒りではなかった。それはーー


「クソッ、クソッ……」


 いくら偽物であろうと、キルトには彼を攻撃する事は不可能だ。『軌跡の残骸』は発動されているものの、動こうとはしない。きっと、心の動きを感じ取り攻撃を拒絶したのだろう。


 

 一手が、思わぬ方向に動いてしまった。古代魔法を用いて最速で無力化するはずが、思惑が完全に外れてしまう。


 ーーキルトは直感した。おそらく、自分は負ける。


 こんな手を出されれば、今のキルトならば敗北は避けられない。かといって、何か対策を練ろうと考えても、脳が働く事を拒否した。精神的な攻撃が最大の弱点だと、今この瞬間にはっきりした。


「俺は俺だ。お前の記憶から取り出し、夢を通して出てきただけ」


 表情を歪め、弱々しく唇を噛むキルトに対して、彼は決定的な言葉を放ってくる。


「そうだ、キルト。アイツは元気か?」


 アイツ、それはきっとアリスの事だ。そう理解したキルトは、腹の底から這い上がってくる嗚咽を隠しきれず、涙を流す。


「あ……ぁ……」


「ありがとう。約束を守ってくれて」


 ーー瞬間、キルトの慟哭が木々を揺らした。


▲▲▲


 ーーこれは、五年前に起こった戦いの記憶。


 光の奔流が暴力となってキルトに襲い掛かる。


「チクショウ、何でこんな事に……!」


 勇者とは、人を守るべき存在なのではないかと心の中で叫んだ。


「何だよ、あれは」


 まるで光の化け物だ。世界の絶対的上位者であるドラゴンを連想させる姿。しかし、体を構成するのは徐々に輝きを増していく白い光だった。清廉な光ではなく、禍々しさを感じさせる光。


 もはや完全に人間の姿では無くなっている。狂気と傲慢さを孕んだ赤い瞳に睨まれ、キルトは心身を硬直させた。恐怖ではなく、怒りでもなく、アレは世界に存在してはいけない、破壊者だと悟ったからであった。


 人が選び、人が召喚し、崇める対象の本質はれっきとした悪魔なのだ。キルトが目撃したのはこれが初めてで、他にも六人もいると思うとゾッとする。


「見とけよ、キルト。アレが勇者の本当の姿だ」


 横で守るように無数の魔法を展開する男は、キルトに向かってそう言った。


「世界に反逆した奴の成れの果て。自我を無くした化け物。『星』の意思に反して生まれた存在だ」


 その言葉の意味を噛み締める隙もなく、暴力的な光は再び襲い来る。既にキルト達がいる街は半壊状態で、多数の死者や怪我人も出ていた。動ける者は避難をしており、現在この場所に五体満足で立っている人間はキルトと、隣にいる男だけだ。


 男は通常では考えられない量の魔法を展開して自分達の身を守っている。鼻から血が流れるものの、それを拭う事もせずに魔力を操り続けた。


 その様子に、キルトは戦慄を隠せない。光の化け物もそうだが、何よりも隣にいる男の凄まじさに。人間に許された能力の限界を遥かに凌駕している。無数に展開された魔法の一つ一つがキルトでも扱えないものばかりだ。それを常時操っているのだから、男の方も一種の化け物と思えた。


 上位者達の攻防は隙間を空ける事なく続いていき、やがて光の化け物が苦しむように咆哮を放った。


 空気を壊し、体を押し潰すような震動を全身で感じる。圧縮され可視化された魔力が渦を巻き、白い煙のような形で光の化け物を覆った。


「まずい! 古代魔法だ!」


 男は焦燥と危機感を孕ませた声で叫び、自身も古代魔法の準備に入る。凄まじい速度で魔法を完成させた男の体には、光の化け物と同じく煙のような魔力が渦巻いていた。


 キルトは、本能的に男の古代魔法と光の化け物のソレは違うものだと理解する。男は『向こう側』の魔力を使っているのに対して、光の化け物は自分自身の魔力を用いていた。


 この違いは、魔法の発動速度に影響し一瞬だけ男の古代魔法が遅れる。


「くそっ!」


 竜の咆哮は現象となり、その圧倒的な暴力を具現化させた。


 ーーそこからの記憶は、断片的にしか無い。失われたのではなく、うまく現実が認識出来なかったのだ。


 邪悪な光に包まれた世界で、彼は言った。


「約束だ、キルト」


 報われない、呪われた子に彼はそう告げた。

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