尋問の合間に歌声が響き渡る
どうやらミコトは、一人だけ生かしておいたらしく川の方へ歩いていく。その後ろをついていきながら、途中で馬車の中を一瞥した。
イルヴィーラは体を震わせ、恐怖に戦慄いているようである。そばで肩を抱き寄せながら、キルトに視線を向けるアリスは幾分か冷静さを保っていた。終わった、と伝える意味で頷きを返しておく。安心したように息を吐き、アリスはイルヴィーラへ笑顔を見せていた。
完全に安心してもらっても困るのだが、まだ未熟なアリスには伝わらなかったようだ。確かに、場数も踏んでいないアリスに悟れと言う方が酷だった。
一応、まだ警戒を続けながらミコトの後に続く。気付かない内に打ったのか、腕から鈍い痛みを感じる。熱を帯びたような痛みは我慢出来るが、念のために軽く腕を動かしておく。痛み以外に異常はないか、動く範囲や力の入れ具合を確かめた結果、問題はない。
死ぬかと思った、などと改めて考えてみる。魔力操作だけで圧倒された。元の身体能力も高いだろう事も分かるが、何より恐るべきはあのフードの人物は技術らしい技術を使っていなかった。あれほどの凄腕ならば、もっと効率よくキルトを追い詰めたはずだが、何か試しているような手加減があった。
思い返してみると、あの戦闘中は本気で殺されると思っていたのに対して、殺気は感じられない。状況的に見れば、ここでキルトを殺すつもりは無かったなんて可能性も出てくる。結果、キルトは生き残ったのだから。
思案をしている内に、生存している男の元へと来ていた。呻き声を上げながら、意識が定まっていない男の膝辺りに剣が刺し込まれる。
「ぐあぁああ!」
痛みに悶える男を冷たく見下ろし、ミコトは口を開いた。
「目は覚めたかァ?」
キルトは懐から布を取り出し、川に浸ける。水を吸って重くなったそれを丸めて男の口に入れた。今は、相手の恐怖を煽る事に専念する。
水が肺に入り、息も満足に出来ない男は苦悶の表情を浮かべていた。
「これから質問をする。答えるつもりがあるなら首を縦に振れ」
キルトはナイフを片手に持ち、太陽に反射する光を男に向けるようにちらつかせた。その行為と言葉に、首肯を示した。口から布を取り、もう一度水に浸す。
むせている男を横目にし、ミコトへ視線を向けた。すると、膝を抉り肉を捻るような動きで剣をゆっくりと回転させる。
今度は大きな声も出さず、喉の奥を鳴らすような音がキルトに耳に響いた。
「俺達が嘘と判断すれば、お前の体は徐々に無くなっていく。それは言っておく」
男が聞いている事を確認してから、キルトは更に言葉を繋げる。
「まず、お前達が誰から雇われたか聞くから、正直に応えろよ」
ここで野盗だと言えば手の指を切り落とすつもりだった。見晴らしの良く、野盗にとって生きづらいこの地域では数は少なく、いないと言っても過言ではない。この男達が襲撃してきた時から、キルトは彼らが野盗ではない事は分かっていた。
残る可能性は、依頼絡み。グリブスレイドで派手に動きすぎたイルヴィーラを狙ったか、到着を遅らせる為の犯行だと推測する。イルヴィーラの子供を誘拐したのが犯罪組織であるとすれば、その推測もあながち的はずれではないはずだ。
「知らねぇ」
ナイフの刃を指に食い込ませ、肉だけを切る。途中で骨に当たり侵入は止められるが、構わず木を削るように動かしていく。
「あァあああ! 知らねぇ! 本当に知らねぇんだ!」
男の反応を見て、キルトは安堵の息を漏らした。どうやら訓練された者ではないようだ。この程度で口を割ろうとするのなら、ただ金で雇われた冒険者崩れといったところか。それならば男が雇い主を正確に知らないのも頷ける。
「グリブスレイドで雇われたのか?」
「ぐっ……。ああそうだ。金払いが良かったからな。胡散臭くても引き受けた。女を一人、拐ってくるだけの依頼だった」
この男も、キルトと同じだ。胡散臭い依頼を金の魔力に引き寄せられた冒険者。キルトだけなら、男達の依頼は遂行出来ただろう。誤算だったのはミコトの存在である。それでも同情はせず。ここで野盗と言い張って殺したとしても罪にはならない。既に九人も殺しているのだから。
アリスに馬車で待機していろと言ったのは正解だった。こんな光景、彼女に見せるわけにはいかない。幸いアリスはイルヴィーラを慰める事で手一杯のはずだ。
「どういう経緯で依頼を受けた? あぁ、貰うはずだった金も言えよ」
「酒場で騒いでいたら、男が来て依頼をしてきた。一度は断ったが、前金で金貨十枚だぜ? 成功報酬で金貨百枚。こりゃ、受けるしかないだろ?」
同情を引こうとしているのか、涙を流しながらこちらに訴えてくる。そんな男に冷ややかな気持ちを抱きつつ、思考を加速させた。
正体を知らせず、こんなチンピラに金を出す経済力。
だけど疑問に思うのは、なぜプロを雇わなかったのか。数だけのチンピラより、殺し屋でも雇った方がましだ。
そこで、キルトはフードの人物に至る。あれは間違いなく手練れだった。ミコトを見て一目散で逃走した事から、相手の目的はキルトやミコトを殺すことではない。イルヴィーラの誘拐か、もしくは殺害だ。
なるほど、とキルトは顎に手を当てる。雇い主にとってミコトの存在は誤算ではなかった。こうなる可能性も考慮して、何の情報も持っていない冒険者を雇ったのだ。ただ、キルトが生き残ったのは相手にしても誤算だっただろう。
ミコトの実力と性格を知っていれば、一番に飛び出して男達へ向かうのは予想できる。その上で陽動に使ったのは、フードの人物がいたから。本命を潜ませ、ミコトがいない十数秒の間で事を終わらせるつもりだったのだとすれば、やはり目的はイルヴィーラの殺害か。
そして、戦闘の最中に弓の照準を馬に合わせてきた理由は、おそらく足止めをして機動力を無くした上で叩く算段もあったのだろう。失敗に対する保険も打っている辺り、相手はかなり慎重になっていた。
いや、と思考の流れが一瞬だけ停止する。ならばなぜグリブスレイドに滞在していたイルヴィーラを殺さなかったのか、疑問が残る。そうでなくとも、キルトと出会った村までの道中で殺せたはずだ。
やはりイルヴィーラは何かを隠している。ここにきて疑念は確信へと変わった。そして、問いただしても彼女が口を割らない事も。本当に話せる情報なら既に話している。隠す理由があるから隠しているのだ。そこから考えると、イルヴィーラはこの状況を予測していた事となる。
ミコトを雇おうとしたのも、その為だ。襲撃を材料にして問いただし、予期せぬ反応をされても困る。ここは黙っておこうと決めた。少なくとも、グリブスレイドに入るまで。
思案を止めたキルトは、これ以上の情報を男から引き出すのは無理だろうと判断した。依頼を持ってきた者も、おそらく無関係の人物である可能性が高い。更に踏み込んだ質問をしても、曖昧な答えしか返ってこないはずだ。
そう思い、男から視線を外した。キルトとしても無抵抗の人間を殺すのは気が引ける。痛め付け、二度と剣を握れなくするくらいだ。放っておいても死にはしないだろうと、ミコトへ視線を移動させた。
「なぁ、助けてくるんだろ? 命までは奪わねぇよなぁ」
その問いに答えず、退屈そうに欠伸をしているミコトに言う。
「手首でも落として放っておこうぜ。もうコイツから何にも得られねぇ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 俺には子どーー」
一閃。
ミコトの剣は膝から抜かれ、男の首を跳ねる。血飛沫が川の水を赤くし、流れていった。
「うるせェ。さっさと行くぞ、キルト」
何の感慨もなく、ミコトは男を殺した。それが当たり前の行いであるかのように馬車へ戻っていくミコトに、キルトは複雑な気持ちになる。
自分よりも、よっぽど荒んだ人生を歩んできたのだ。卓越した実力から見える赤い煌めきは、どれだけの血と絶望が流れているのか、キルトには推し量る事など出来ない。
微かな眠気を誘うせせらぎを背後にキルトも歩き出した。水と混ざりあった薄い赤を見ないようにして。




