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隙間を縫う襲撃者

 キルトは、昨日と変わらない表情で馬車の中にいた。何か夢を見た気もするが、全て忘れている。飛び起きた瞬間、アリスに抱きついてしまったのも心労の一つだ。


 更には、昨日出会ったスオにも別れの挨拶が出来なかった。どうやら早くに発ってしまったようで、店主にキルトへの伝言を残して去っていった。伝言の内容は別れの挨拶と、何より再会したいという旨が伝えられていた。


 ため息をつき、昨日と少しだけ変わった景色を眺める。出発してから数時間、アリスとイルヴィーラは飽きもせず楽しそうに話しており、ミコトは今日も眠ったように目を閉じていた。御者の男に関しては、相も変わらず

取り留めの無い話を続けている。


 今は川沿いに進み、次の村へと向かっていた。肌寒く清涼感のある空気が淀んでいく脳を洗い流す。鼻孔をくすぐる川の匂いは、心地よく抜けていった。緩やかに流れる川に光が反射し、宝石を散りばめたように美しい光景が広がっている。


 眩しさに目を細めながら、こういうのも悪くはないと微かな笑みを浮かべた。惜しむらくは、キルトの耳に入り込んでくる雑音か。御者の話し声、女達の笑い声、どれも鼓膜には優しくない。


 しかし、三日目という事でこれも慣れてしまった。眠っているのか起きているのか分からないミコトにも、多少の共感を抱く。本当の意味での同情の念を隠しきれず、チラリと横目で確認した。


「あれ? 何か、怪我してねぇか?」


 良く観察すると、肌には刃物で斬られたような傷が付いている。彼女の回復力は怪物の域に達しているので、おそらく最近のものだ。もっと言うなら、昨日の夜に付けた傷だろう。


 騒がしい馬車内に紛れたキルトの言葉を聞き付けたミコトは、見慣れた凶暴な赤い瞳を向けてきた。


「これかァ。これは、転んだんだよ」


 その瞳が、どこかで見たことがあり一瞬だけ言葉を失う。冷気を乗せた風が柔らかく、ミコトの髪を撫でた。艶やかさの足りない黒髪は、光を受けて優しげに揺れていた。その姿を見たキルトは、頭を抱えそうになる。


 ほんの僅か、認識出来るギリギリで美しいと感じてしまった自分を殴りたくなった。ミコトにそんなものを求めてどうするのだと、動揺した心を落ち着ける為に清廉な空気を吸い込みを大きく吐き出した。


「そりゃあ転んで出来る傷なのかよ」


「アタシが転んだ、って言ったんだ。これはもう、転んだしかねェだろ」


 見え見えの嘘を突き通す、あまりにも暴力的な言葉にキルトは納得しないままでも黙るしかない。こうなった彼女から真実を聞き出すのは不可能だろう。もはや、これが真実だと言わんばかりに目をギラギラと輝かせている。


「そうかい、悪かったな」


 だから、表面上は納得しておく。ミコトが問題無いと言えば、それは本当だろうから。僅かばかりの杞憂を端に寄せながらキルトは、外に目を向ける。視界の隅で、アリスに笑顔を見せているイルヴィーラに更なる疑念を抱いた。


 一方向に流れる川の水に、大きな乱れが起こる。視線を泳がせてみると、そこには複数の男が武器を持ってこちらに走ってきていた。


「ミコト!」


 鋭く呼び掛け、御者の男にも分からせてやる。馬車は急停止し、すぐさま外へ飛び出した。遅れてアリスも動こうとするが、手で制す。


「残ってろ。あれは野盗じゃねぇ」


 好戦的な顔付きで剣を抜き駆けていくミコトを尻目にして、キルトは周りを警戒する。見晴らしの良い道から見える景色からは、他の襲撃は確認出来ない。


 まずは馬の側に立ち、走ってくる男達の中から弓を持っている人物を警戒した。キルトの予想が正しければ、相手は馬を狙ってくる事になるはずだ。


 魔力を浸透させるように全身へ行き渡らせる。強化を施したキルトは、いつでも対応出来るようにナイフを握り構えた。


 そうしている内にもミコトは凄まじい速度のまま、男達に疾走していた。全部で十人はいるが、ミコトに任せても大丈夫だと判断する。


 水飛沫を上げながら近付いてくる男達を見て、キルトは舌打ちをした。こちらに知らせるように分かりやすすぎる襲撃から考えて、アレは陽動だろう。断定はしないものの、辺りを見回す事は忘れない。


 ミコトの剣が、音を置き去りにするように横凪ぎに振るわれた。一人の首が飛び、それが落ちる前に飛来する弓矢を避ける。


 その機に剣を持った男がミコトの腹を目掛けて突きを放った。しかし、ミコトは足を地面に這わせるように移動させるだけで回避し、攻撃直後の僅かな隙を見せる男を上段から斬り捨てた。


 すぐさまその場を飛び退く。数本の矢が地面に弾かれた。


 飛び退いた先にいるのは二人の襲撃者。ミコトの速度に反応出来ないと悟ったのか、男達は疾走するミコトに合わせて斬撃を放った。


 動きを予測していたミコトは剣の柄で刀身を弾き、そのまま男の胴を払うように斬る。上体を低くして、もう一人の男の顎を蹴りあげた。


 赤い残痕を縫うように、再び地を蹴り次の獲物へと刃を伸ばす。ミコトの動きに一瞬だけ硬直した男に下段から斬り上げを放ち、体を反転させながら振り上げた剣を鋭く下ろした。


 一人目が倒れてから数秒、半分を犠牲にして襲撃者達はようやく気付いた。自分達が相手にしているのは、絶対に敵わない者であると。ならばと、弓をつがえる二人の男はキルトの方へ矢を放ってくる。


 予想通りだと、加速してくる矢を見切る為に目の強化に半分以上の魔力を費やした。姿勢を低く保ち、同時に飛来してくる矢の一本をナイフで払い、もう一本を落とす為にキルトはナイフを投擲する。ナイフに込められた魔法が発動し、直線上にある矢を目掛けて加速した。


 これで二本の矢を落としたキルトは、六人七人目と斬り捨てたミコトを尻目に、チラリと川の反対側へと視線を移した。


「な……!」


 焦げた茶色のフードを被り、顔を隠した人物がこちらに向かって走ってきてくる。先程までは確認出来なかった場所から現れた人物に、キルトは僅かながらの戦慄を覚えた。その手には、ミコトと同じ反りの入った剣が握られている。その速度はキルトを上回る。


 キルトは引き寄せられるように、フードの人物に意識を集中した。


 右手でナイフを取り出し、魔力を全身へと戻していく。すると、目に比重を置いていた強化は分散し、悪態をつきたくなった。もしキルトが速く走る為の強化をしても、フードの人物程には速くない。つまり、魔力操作は間違いなく相手の方が上。


 格上だと認識するか、そうでないかによって戦いかたは変わってくる。この場合、相手を格上だと思った方が賢明だろう。様々な憶測、思考が凪がれては消えていくが今は戦闘に集中しないと殺されると考えたキルトは、姿勢を低くしながら迎撃体勢を取る。


 大丈夫、格上相手とは何度も戦ってきた。もっとも、今回はさすがに古代魔法の使用を控えるつもりであったが。


 地面に爪先を食い込ませ、接近してくる相手に砂をぶちまけた。これで少しでも隙が出来ればという思惑は外れ、何の効果も無いまま間合いへの接近を許す。


 勢いそのままに放たれた突きを、大げさに体を反転させる事で避けた。伸ばされた腕を横に振るわれ、更なる追撃をしてくる相手の攻撃を膝を折って回避。空気を斬り裂く音に、冷や汗が垂れる。


 刹那の攻防で悟った。この相手はキルトを遥かに凌駕する腕の持ち主であり、このままでは絶対に勝てないであろう事を。


 しかし、古代魔法を発動させる隙さえ与えぬように、しゃがんでいるキルトの頭を打ち抜くような蹴りを繰り出してきた。それも、何とか転がるように避けながら左手で砂を握る。


 上段から振り下ろす構えの相手に砂を投げながら、後退していった。どうにか立ち上がる間が出来たものの、次の瞬間にはフードの人物が肥大したかのような錯覚を受ける。


 それが、知覚が追い付かない程の速度で動いているのだと理解した時には、既に回避不可能な位置まで剣が迫ってきていた。首を斬り落とさんとするような軌道を見せる凶刃に、キルトは動けなかった。


 だが、死の瞬間は訪れなかった。


「ミコト……!」


 獰猛な獣のように笑うミコトが、キルトに迫る凶刃を受け止めていた。おそらく、もう後ろの十人は片付けたのだろう。


「よう、昨日振りじゃねェかァ」


 競り合う事なく、剣を振って相手の隙を作るミコトは、楽しみで仕方がないといった表情で言った。


 それに対し、フードの人物は諦めたようにため息を吐く。首を横に振り、次の動作はーー


「あァん?」


 逃走であった。先程よりも更に速く、もはやキルトの目では反応出来ない速度で相手は走り去っていく。


 追いかけようとするミコトを抑え、汗を拭った。


「待て待て。お前に行かれちゃ困るんだよ」


 もしあんな使い手が再び来れば、全滅の未来しか無い。その懸念を植え付けた上で逃走を選択したフードの人物は、見事だと言う他なかった。


「仕方ねェ。あの野郎を殺すのはまたの機会にしてやる」


 舌打ちをしながら剣を鞘に納めたミコトは、凶悪な表情のまま赤い瞳で川の方を見る。


「じゃあ、尋問でもするかァ」

 

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