お喋りな間隙
「どうしたんだい? 目の下が物凄く黒いけど、昨日は眠れない夜を過ごしたのかい? いやぁ、お盛んだね、めでたいね、若いっていいね。俺なんて二回もすれば干からびた枯れ葉みたいになっちまうよ。おっと、レディーがいる前で失礼。で、相手は誰なんだい?」
「何を愉快な勘違いしてんだ。思考が飛躍し過ぎてぶっ飛んでんじゃねぇか」
ガタガタと揺れる馬車の中、キルトは辟易とした思いで返した。昨日の夜、物凄く怖い目にあった気がするのだが、よく覚えていない。心なしか体が怠いのもそのせいだろう。
相変わらず、横ではアリスとイルヴィーラは楽しげに談笑し、ミコトは眠っているのか目を閉じている。先程、試しに顔の前に手を伸ばしたら手刀を喉元に突き付けられた。本気で死ぬかと思ったキルトは、もうミコトには触れないでおこうと決めた。
代わり映えしない風景を頭の中を真っ白にしながら見ていると、御者の男はキルトに狙いを定めた。雨のように避けようもない言葉の嵐がキルトに襲いかかる。その全てを受け止めながら、未だ疲れが取れていない体を叱咤した。
「じゃあ、昨日はなぜ眠れなかったんだ? あんた、疲れた顔してたから早く寝たと思ったんだけどな。そんな顔してると、不幸が降りかかるぞ。太陽みたいな気持ちでいないと、幸福はやってこない。婆ちゃんが言ってたよ。まぁ、笑いながら人を騙して金をふんだくるような婆ちゃんだったけど」
「テメェの婆ちゃんなんてどうでも良いんだよ! どうやったらそんな話が脱線すんだ!?」
「脱線しないと間がもたないからね。僅かな隙間も許さない俺カッコいい」
「ふざけんな。話を聞かされる身にもなってみろ」
「そんな事より、昨日の夜何があったのか聞かせてくれよ」
「テメェが勝手に脱線しておいて、その言い草かよ」
深くため息をつき、御者の男に昨日の事を話す。覚えているのは、甲高い金切り声を聞いたのと村にある巨木の元で子供がいた事だけだ。宿の中で起きた事は覚えているが、それは話さないでおく。
「夢でも見たんじゃないかな。昨日、そんな声は誰も聞いていないよ。陽が落ちてから、村には何の異常もなかった。これ以上なく、退屈なくらい平和だったさ」
「あァ? そんなわけねぇ。あんなデカイ声、村中に響き渡ってたはずだからな」
「いやいや、本当に何も無かった。話題作りに命をかける俺が言うんだから間違いない。村の住人はもちろん、あんた以外の三人も聞いていないはずだよ」
怖気が走る。なら、声を聞いていない事になるのだが、それには少し問題がある。朝起きた時、隣にはアリスが寝ていた。あの夜にアリスの部屋を訪ねた理由は、声を聞いたからだ。もし声を聞いていないのであれば、キルトはあのまま眠っていたはず。
記憶と事実の食い違いに訳が分からなくなる。そもそも、アリスは帰ってきたキルトに聞かなかったのだろうか。朝の時点で、疑問を持っている様子はなかった。つまり、昨日の行動はアリスにとっては自然なものだったと推測する。
おそらく、アリスに話を聞いても望む答えは返ってこない。おかしな点が無かったのなら、彼女の中で整合性
のある話に仕上がっている。そんなもの信用出来ない。
「あの村には幽霊がいるって噂だからね。案外、取り憑かれたのかもよ」
「なななな何を言ってるんですか!? 幽霊なんて訳の分からん存在、いるわけねぇよ!」
「いやぁ、あの村にある木を見ただろ? あれには何百年も前に死んだ怨霊がいるって話だ。詳しい事は知らないが、住人の間では有名な話らしい。何でも、幼い子供の霊が兄弟を求めて夜な夜な彷徨いてるらしい」
若干、声の調子を落として話す御者は楽しそうだ。聞いてる方のキルトにしてみれば、更に混乱させるような内容である。
動揺を押し殺し、御者の言葉を否定するように鼻を鳴らした。
「幽霊が、この俺にちょっかい出したってか? 最高に笑える話だなぁ! お前にしちゃ、よく出来た話だぜ。誉めてやるから嬉しく思えよ」
「高慢な愚者は、己の恐怖と弱さを見せない為に強く見せる。これも婆ちゃんの言葉だけど、あながち間違ってなかったみたいだね。ただのホラ吹きババアじゃないって事を証明してくれたあんたには感謝を捧げよう」
何を馬鹿な事を、と御者の言葉を一蹴した。
「俺が、このキルト様が怖がってるって? 冗談にしては、あんまりにも現実とかけ離れ過ぎて笑えなくなってるぞ。それじゃあ、ただの嘘になっちまう」
ほんのりとミコトと似た傲慢な口調になってしまったが気にしない。額から流れ出る汗も、きっと暑いからである。ちなみに、本日の気温は涼しく、心地好い風が吹くような快適なものだった。
「認めると、楽になるよ」
らしくない、短く区切った言葉が胸に突き刺さる。確かに、まだ二十にもなっていない頃のキルトは幽霊の類いが恐ろしくてたまらなかった。それも、共にいた彼がいなくなる前に克服した事だ。正しくは、存在を認めず頑なになっているだけだが。
「クソッタレ野郎、いい加減にしねぇと頭かち割るぞ」
「おぉ、恐い恐い。あんたみたいな悪人面に脅されると、下半身の一部が縮み上がるよ」
「テメェ、絶対馬鹿にしてんだろ!」
「夜、お気をつけて」
苛立ちを煽ってくる投げやりな口調に、キルトは何だかやりきれない気持ちを抱えながら、沈黙する。そのまま、何事もなく本日の移動は終了した。
ーー陽光が薄くなるにつれて、徐々に夕闇が姿を表してくる時間帯にキルト達は次の村に着いた。
閑散とした、活気の無い村であるが宿はあるようで、人数分の部屋を取る。その際、一つだけ問題が発生していた。
「いつまでも一人で寝れないんじゃあ駄目だよ。今日から私は克服する」
まだ少し赤らんでいる空の下、アリスはその幼い顔付きを決意に変えて、キルトに言った。それは彼女が強くなろうという意思の元、太陽にも負けない輝きを放った言葉だった。
それに対して、キルトはだらしなく表情を緩め擦り寄るようにアリスへ愛想を振り撒く。
「いやぁそうなんだけど、それ明日からでもいいじゃねぇか」
「そんな甘えを持ってると、どっちにしろ駄目なんだよ。今日出来る事を明日に回すなんて、逃げてるだけ。私は、こんな事でも逃げたくない」
「別に良いじゃないか。今は困らないんだからさぁ。ほら、お前も寝不足で疲れを残したくないだろ? 帰ってから、帰ってからだ、な?」
その言葉に、アリスは首を横に振った。変な所で成長を遂げている彼女を嬉しく思うが、それはまた別に置いておく。
「大丈夫、キルトは安心して一人の部屋で泊まるといいよ」
あくまでも頑ななアリスに、とうとう燻っていた火が燃え上がった。
「違うだろ! そこはキルトの言う通りだね、って返すところなんだよ!」
「えっと、キルト……?」
「あァ、そこまで頑固なら言ってやる! 言ってやるよぉ!」
大きく息を吸い込み、半ばやけくそ気味に空へと叫ぶ。
「一人は怖いんで一緒に寝てくださいお願いしますぅ!」
痛々しいものを見るような視線が四つ。美しい夕焼けが闇に沈む中に、キルトの必死な叫びは消えていった。
すみません、もうしばらく急造のお茶濁しに付き合ってやってください。




