消閑、とある子供の夢物語
注意。
本来、遥か先で投稿するはずだった部分を予定変更で投稿しました。凄く勘の良い方ならちょっとした伏線回収話になってしまいます、ご注意下さい。
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ーーその呼び声が懐かしく感じる。
「兄さん! 早く起きないと遅刻するよ?」
「うるせぇな。朝から喚くなよ」
微睡みの中、青年は快活さの溢れる声に鬱陶しさを覚え悪態をついた。布団を被り、まだ眠りたいとアピールするが、声の主はそれを許さない。
「遅刻するって! 彰人兄さん!」
彰人と呼ばれた青年は、勢いよく布団を蹴り鋭い目付きで声の主を睨んだ。
「春斗、俺の安眠を邪魔するなんて、良い度胸してんな」
声の主、彰人の弟である春斗は口を一文字に結び不満げな表情をとる。実年齢よりも幼く見える仕草に、彰人は舌打ちをしながら布団から出た。冬の冷気が肌を刺激し、凍えるかのような寒さに身を震わせる。
「やっぱまだ寝るわ」
一瞬で心が折れてしまったのか、再び温かい布団の中に戻ろうとするも、焦燥が浮かんだ顔の春斗によって阻止された。
「馬鹿な事してないで、早く学校行くよ」
突然、陽光が彰人の顔を照らし眩しさに目を細める。カーテンが開けられ、差し込んできた光を遮るように手を翳す。外から聞こえてくる騒音に、忌々しげに顔を歪めた。
「クソッタレなくらい爽やかな朝じゃねぇか」
「もうっ。その口癖止めなよ、くそったれって」
「出ちまうんだから仕方ねぇだろ。それより、さっさと出てけ。俺の着替えが見たいのか?」
そう言いつつ、彰人は上半身の服を脱いだ。刺々しい寒さに身動きが取りづらいが、気合いで何とかする。すぐさま高校指定の制服に着替え、全身を暖めるように摩擦した。
「朝飯、出来てるから早く来なよ」
呆れ顔の春斗がリビングに行く足音を聞きながら、ため息をつく。
「お袋に似てきたな、アイツ」
母は数年前に亡くなり、今は父親と春斗、妹が一人の四人で暮らしている。まだ中学に上がったばかりの妹と、だらしない性格の彰人、仕事が忙しい父親に代わって家事は春斗が担っていた。勿論、感謝はしているものの日に日に口うるさくなってくる弟に、複雑な念を抱いてしまう。これではどちらが兄か分からない。
駄目な兄を持つと、下はしっかりするものなのか。そんな感慨深い思いに嬉しくもあった。このまま、何事もなく弟と妹が元気に育ってくれれば兄としてこれ以上の幸せはない。
着替えが終わり、まだ欠伸の漏れる彰人は顔を洗おうと洗面所に向かう。部屋から出て右手に進んだところにある洗面所からは、水が流れる音が響いてくる。おそらく、妹が使用しているのだと予想しながらも構わず歩いた。
「あ、おはよう彰人お兄ちゃん」
「おう、おはよう美琴。今日は部活は無かったんだな」
「うん。今日の朝はお休み。だからこうやって、朝の彰人お兄ちゃんと久しぶりに顔を合わせてるんだけどね」
剣道をしている妹の美琴は、彰人が起きる頃には練習に出ている。幼く、まだ小学生だと言っても納得してしまう容姿だが才能はあるようで、楽しく部活をしているようだ。あまり女らしくないのも、あと一年もすれば恋人も出来て直ると勝手に思っている。
歯を磨いている美琴を押し退けて、顔を洗う。
「冷てぇ! 美琴、お前これ何だよ!」
刺すような痛みが彰人の顔を支配した。文句を言われた本人は、キョトンとした大きな目で不思議そうに彰人を見ている。可愛らしく首を傾げ、タオルを差し出してきた。
「はい、彰人お兄ちゃん」
「痛ぇ。顔が痛いぞ」
タオルを受け取り、恨めしげな視線を送ると美琴は目を潤ませて心配そうに目尻を下げながら、彰人の頬に触れてきた。
「ごめんね、大丈夫?」
「何泣きそうになってんだよ。大丈夫に決まってんだろ」
妹に本気で心配されたという恥ずかしさから、彰人は美琴の頭に手を乗せた。これも、昔からしている癖のようなもので美琴も心地よさげに目を細めている。すがり付くように首を伸ばしてくる美琴に、苦笑を漏らしてタオルで乱暴に顔を拭いた。
「そこのブラコンとシスコン、下らない事してないで早く朝飯食べちゃってよ」
微笑ましい雰囲気を醸し出していた二人に、軽く怒りを抑えた春斗が声をかけた。それに対して、彰人は顔を赤らめながら否定する。
「誰がシスコンだ! ふざけるな!」
「私はブラコンだ! その通り、私はブラコンだっ!」
「いやほんと、マジで早くしてくれないですかね」
彰人の反論と美琴の肯定は聞き流された。両者共に、朝っぱらから元気な必死さである。方向性の違いはあれど、間違いなく血の繋がりがあると思える程に二人の仕草は似ていた。凶悪な目をしている彰人、嬉しそうに目を輝かせている美琴は全く正反対のようでも、その本質は同じだった。
言われた通り、彰人と美琴は軽く準備を終わらせてリビングに向かう。
ーー目まぐるしく、場面は切り替わっていく。
早送りのように出来事が流れていき、現実ではない轍を作っていった。瞬きをする間の時間だったが、瞳が視る景色と意識は合致しない。永遠と思える程の時を、その一瞬で過ごしていた。
キャンパスに様々な色をぶちまけたような、不気味な色の世界が過ぎ去っていく。手を伸ばし、それを逃すまいと掴もうとするが無情にも刹那の間にすり抜けていった。
これが夢であることを否定し、頭を振りながら駄々をこねる。幸せな日常に帰るのだと自分に言い聞かせ、記憶の海に沈もうとした。これが現実なのだ。だって、こんなにも光に満ちた幸せな日々が夢のはずがない。
ーーじゃあ、なぜ両親の姿が見えないのか。
何もかもに拒絶されて、呪われた世界にやって来た忌み子に光が見えるはずなどない。あの時、救いを求め手を伸ばしたソレを拒絶された。そして、有るべかし世界に嫉妬した醜い子供が今更、何をしようというのか。
ーーこれは、キルト・レイデンムーンが望み、拒絶した世界の一片。
有るべかし夢に憧憬の念を抱いたまま、微睡みに沈んだ。もう、絶望しかない世界に戻る事を拒否するように、現実と相対する。
目を覚ました先に待っているのは『彼』と同じく、本来自分が存在するべきではない世界だった。




