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小閑、道中お話中

 ーー端から見れば羨ましい限りだろうな。


 グリブスレイドへ向かう道中、馬車の中でキルトは思った。何一つとして嬉しくないと。屋根のように取り付けられた幌を眺めながら、無意識にため息をついた。


 轍をなぞるように進む馬車はお世辞にも乗り心地が好いとは言えず、目的地までの我慢を強いられるものであった。イルヴィーナの馬車は小さく、メツトリシムに預けてきた。今キルトが乗っているのは、街や都市間を移動する、人を運搬する為の馬車だ。


 窮屈さは感じるものの、文句を言うほどに小さいわけではない馬車の中には、女三人と男一人の状態にある。御者をしている男から羨望の言葉を向けられるが、そんなに良いものでもないと返しておいた。


 約八日、グリブスレイドに着くまでこの状態だと思うと辟易する。ゆったりと流れる景色は道路らしい、拓けた風景だ。木や垣根などは無く見張らしは良い。この国では、道を敷設する際に周りの森林は伐採していく。昔は治安が悪く、野盗や魔物から身を守る為の配慮だったと言われていた。その弊害として、代わり映えのしない退屈な景色が出来上がった


 イルヴィーラとアリスは楽しげに話しており、ミコトは眠ったように目を瞑っている。とてもキルトが入り込む余地などなく、こうして暇をもて余していた。別に女に囲まれて嫌なわけではないが、この状況は耐えがたい。


 仕方なく、御者の面白くもない話に耳を傾けていた。

この御者、かなりのお喋りで出発してから口を閉じる様子がない。


「俺もグリブスレイドへは何度か行った事があってねぇ。あそこは治安は悪いが、質の良い酒が置いてあるんだ。中でもブドウ酒は絶品でねぇ、飲んでみる価値はあるよ。勿論、エールも旨かった。でもやっぱりブドウ酒が一番だったよ。舌先から全身に広がるような香りと、至福とも思える甘み、それでいて胸を揺さぶる濃厚な味わいは本当に一級品だったね」


 適当に相づちを打っていると、気を良くしたのか更に口の回転を早くしてきた。この男はきっと聞いている人がいなくても喋り続けているのだろう。


「ああ、忘れちゃいけないのは遺跡。グリブスレイドといえば月のノド。遺跡専門の冒険者にとっては天国みたいな場所らしいね。あそこまで状態の良い遺跡は滅多にお目にはかかれない。あんたは見たところ冒険者だし、あの塔に挑むんだろ。羨ましいよ。俺も才能さえあれば

男の夢を追いかけてたんだが、今や馬車の御者。人生、本当にままらない」


「喧しい! テメェは黙る事を知らねぇのか!」


 とうとう堪忍袋の緒が切れた。女二人の耳に障る声と、御者の鬱陶しいまでの話にキルトは我慢ならなかった。ただでさえストレスを抱えているのに、これ以上の負担は旅に影響が出る。


「俺とあんたの関係は、今日で切れるわけじゃない。この出会いを大切にしたくて、俺は話し続けてるんだ。時間は限りがあるから、こうして喋らないと勿体ないだろ? 御者なんてやってると、色々な人に会うんだよ。中にはあんたみたいに怒る人もいたけど、最後には納得して別れることが出来た。勿論、再会を約束してね」


 それは怒りが冷めて諦めただけではないか、という突っ込みも入れられない。僅かな間隙さえも許さない話し方は、むしろプロの域にまで達している。人を苛つかせるオマケ付きだが。


 何だか馬鹿らしくなってきたキルトは、御者の言葉を聞き流しながらアリスとイルヴィーラへと視線を向けた。今の話題はどうやら恋愛に関してらしい。心の中でよくやったと拳を握る。


「アリスさんは好きな人はいるのですか?」


「キルトとミコトかなぁ。一番は勿論キルトだけどね」


 何故だか、泣きたくなった。これが父親が娘に抱く感情なのか、全く違うものなのかは分からない。色々と食い違っている会話にやきもきしていると、イルヴィーラの方から訂正が入る。


「恋ですよ。将来、結婚したいと思える男性はいますか?」


「いないよ。結婚なんてしない。私、ずっとキルトと一緒にいるもん」


 これが父親が娘に抱く感情なのか、全く違うものなのかは分からない。本日三度目の感動に、キルトは涙を堪えるように上を向いた。幌のせいで空を拝む事は出来ないものの、不思議と蒼天に浮かぶ眩しい太陽やその他の星たちが見える気がした。


「アリスさん、幸せには様々な形があります。中でも最も分りやすい幸福は、愛する男性と結婚する事にあります。恋愛をして、結婚して、子を生む。そして家族が出来ていく。私も、あの人がいた頃は幸せでした」


「どういう人だったの?」


「……優しい人でした。私が困っていたら、一番に駆けつけてくれて守ってくれる。真面目だけど、ちょっとだけ悪戯な面もありました。きっと、もうあんなにも異性を愛する事は無いでしょう。そう思えるくらいには素敵な人でした」


 イルヴィーラの表情と口調から読み取れる僅かな違和感に気付かないフリをして、キルトはそのまま意識を集中する。


「私にとってのキルトみたいな人?」


「ちょっとだけ違うかもしれません。いや、もしかしたらそうかも。アリスさんにはキルトさんがいるから分からないかもしれませんが、いつかきっと理解出来る時が来ますよ」


「恋愛とか、結婚とか、よく分からない。私はキルトが大好きだからずっとそばにいたい。それで良いんだよ」


「今は、それで良いかもしれません。その時が来れば、アリスさんにも分かりますよ」


 アリスに向けるイルヴィーラの視線に、粘りつくようなモノが感じられる。にこやかに話してはいても、心の中では何を考えているのか。キルトは馬車の前部から流れてくる話し声を聞きながらも、イルヴィーラを観察する。


 慈しみと優しさ。キルトから見たイルヴィーラはそんな仮面を付けている。柔らかな態度の中にはドロッとした異質なモノを感じ、時おり影のある表情を見せてくる。これについて、キルトは夫と子を失った悲しみが起因

しているのだと予想した。


 大切な者を失う絶望は理解できる出来るから、イルヴィーラを疑いきれていない。下らない同情で目を曇らせる事は分かっているのだが、どうにもできなかった。夫を亡くし、彼女の支えは子供たけだったはず。その支えさえ失えば、人間は簡単に崩れる。アリスがいなくなると考えただけでも、胸が痛むのに彼女の悲しみは計り知れないはずだ。


 その時、イルヴィーラはキルトの目線に気付いたのか明るい笑みを張り付けながら話しかけてきた。


「キルトさんは、恋人はいるんですか?」


 その質問に、アリスが過剰に反応を示した。


「私も気になるっ! 恋人!」


「いねぇよ! アリス、お前分かってて聞いてるだろ! ここ最近は金が無いから女も抱けてないしよぉ。俺、この依頼が終わったら娼館に行くんだ」


「な、何言ってるの!?」


 アリスは顔を真っ赤にしながら、爽やかな笑顔を輝かせるキルトを罵倒した。次々に出てくる罵声に、歯を見せて嫌らしく笑う。


「お子様にはまだ早かったかなぁ? ゲヘヘヘヘヘ」


「ふざけるな! 馬鹿キルト! もういいよ!」


 何故か拗ねてしまった。見かねたイルヴィーラは苦笑を浮かべながら助けに入る。


「まぁ、男の人には必要な事ですから。溜め込むと体に良くないと言いますし」


 宥めるような言葉を無視して、膝を抱えるアリスを見守りながら、ふとミコトの方へ目を移した。


 ニヤニヤと牙を見せるように笑うミコトに、急に居心地の悪さを感じモゾモゾと身じろぎをする。

 

「……何ニヤニヤしてんだよ」


「いいや、何でもねェ」


「テメェ、何だよ何だってんだよ! 何を考えてんだよ!」


 依然として不快感を煽る笑みを見せてくるミコトから背を向け、御者の方を見る。いつの間にか話し声が止んでいると怪訝な思いを伝えるような表情をした。すると、御者の男もミコトと同じような顔をしてくる。


「はぁ、なるほどなるほど。あんたも良い趣味してるねぇ」


「テメェらぶっ殺すぞ! クソッタレ!」


 キルトの叫び声が、開けた道路に響いた。

 

 訳あって少しお休みタイムに入ります。更新が止まるわけじゃなく、ストーリーの本筋がお休みタイムに入ります。本編に戻る前の暇潰しに。

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